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勉強会(判例時報2017前半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

  6月
2329
  行政p3
大阪高裁H28.11.30  
  交通事故による高次脳機能障害の発症を認めた事例
  事案 Xは、本件事故により左不全片麻痺と記憶障害を主とする本件高次脳機能障害を負ったとして、労災保険法に基づく障害給付の支給を請求
⇒処分行政庁が障害給付を支給しない旨の処分⇒Y(国)に対し右処分の取消しを求めた。 
  原審 Xの請求を棄却。 
  判断 高次脳機能障害が交通事故により発症したか否かを判断する重要なポイントとして
①意識障害の有無とその程度
②画像所見
③因果関係の判定
が挙げられる。
①Xは、本件事故にあり、救命救急センターに搬送された当時、意識障害があり、その障害は20時間継続したもので、その障害の程度は重大なものであった。
②Xには、受傷直後に撮影された頭部CT及びMRI画像上、脳実質の損傷を窺わせる出血が認められる⇒慢性期の脳室拡大、脳萎縮が不明であったとしても、高次脳機能障害を否定するのは相当ではない。
③本件事故後におけるXの診療録、本件事故後におけるXの行動、他の疾病の可能性を総合考慮⇒本件事故と本件高次脳機能障害との間には因果関係が認められる。

Xの請求を認容。
  解説 高次脳機能:
視覚や聴覚等の各感覚系の情報に基づく広い意味での、知識に基づいて行動を計画し、実行する精神活動であり、これには、知覚、学習、記憶、概念形成、判断、言語活動、抽象的思考等が含まれるとされ、これらに障害を起こすことを高次脳機能障害というとされる。
平成15年8月8日付けの労働者災害補償保険における「神経系統の機能または精神の障害に関する障害等級認定基準について」の厚生労働省労働基準局通達によれば、
①意思疎通能力
②問題解決能力
③作業負荷に対する持続力・持久力
④社会行動能力
の4能力に区分して、その能力の程度を6段階で評価して等級認定されることになるが、
脳外傷による高次脳機能障害と判断するためには、
①意識障害の有無とその程度・長さの把握、
②画像上での脳室拡大・脳萎縮等の有無
③因果関係の判定(他疾患との鑑別)
が重要なポイント。
  行政p22
東京地裁H28.12.14  
  死刑確定者の再審請求の弁護人との立合いのない面会の申出に対する制限の仮の差止め
  事案 死刑確定者であるXが、Y(国)に対し、拘置所長において、再審請求の弁護人である弁護士による、再審請求の打合せを目的とする、同拘置所の職員の立会いのない1時間の面会をしたい旨の申出⇒同拘置所の職員を立ち会わせた上での30分の面しか認めなかった

Xは、このような制限は違法であるとして、
主位的に、同拘置所長において、前記目的の面会について、同拘置所の職員を立ち会わせる措置を執る旨の処分及び面会の時間について制限する旨の処分をすることの差止めを求めるとともに、
同拘置所長のこれらの行為に処分性が認められない場合に備えて予備的に、同面会について、同拘置所の職員を立ち会わせ、面会の時間について制限を付して面会を許可する処分をすることの差止めを求めた。 
本件は、前記本案の訴えを提起したXが、Yに対し、前記本案の訴えにおいて差止を求める各処分の仮の差止めを求める事案。
  争点 ①刑事施設の長による同施設の職員を立ち会わせる旨の措置及び面会時間を制限する措置が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうか

仮の差止めの要件である「本案について理由があるとみえるとき」に関し、
②刑事施設の長による同施設の職員を立ち会わせる旨の措置及び
③面会の時間を制限する措置が、
裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといえるかどうか。 
  判断 死刑確定者の面会に関する刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(「刑事収容施設法」)120条ないし122条の条立てと、受刑者の面会(同法111条、112条、114条)及び未決拘禁者の面会(同法115条、116条、118条)の条立ては基本的に同様であることを指摘した上、
受刑者の面会に関する同法の規定を挙げて、
被収容者の面会は、本来的には刑事施設の職員の立会い等及び面会の時間等の制限の規制を受けない性質のものとして規定されているとし、未決拘禁者の面会及び死刑確定者との面会に関しても別異に解すべき理由はない。
死刑確定者の面会に際し、刑事施設の長が、その指名する職員を面会に立ち会わせ、又は面会の時間を制限する措置を執る場合には、面会の許可によって認められた死刑確定者の面会の利益を制約することになる
⇒刑事施設の長によるこれらの措置は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。
  最高裁H25.12.210を参照し
再審請求弁護人が、再審請求の打合せをするために死刑確定者と刑事施設の職員の立会いのない面会(「秘密面会」)の申出をした場合に、刑事施設の長が、その許可に係る面会に職員を立ち会わせる措置を執ることは、秘密面会により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると認められ、又は死刑確定者の面会についての意向を踏まえその心情の安定を把握する必要性が高いと認められるなど特段の事情がない限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとなる。 
現時点における事情の下では、前記の特段の事情があるとはいえない
⇒拘置所長が秘密面会を許さずにその指名する職員を立ち会わせる措置を執ることは、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものというべき。

死刑確定者の再審請求の弁護人による刑事施設職員の立会いのない面会の申出に対する、これを許さない刑事施設庁の措置を仮に差し止めた事例。
  同拘置所における面会の実施件数などから、一般の面会についての面会可能時間は30分程度である上、面会の時間を制限する措置については、個々の面会の申出ごとの当該措置の時点における同拘置所の個別具体的な人的・物的事情を踏まえた上でなあければ、現時点で直ちにその措置が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することができない。

面会の時間を制限する措置に係る部分については、本案について理由があるとみえるときに当たるとはいえない。 

死刑確定者の再審請求の弁護人による時間制限のない面会の申出に対する、刑事施設長による面会時間を30分に制限する措置の仮の差止めの申立てを却下。
  行政p30
大阪地裁H28.8.26  
  国税通則法施行令の除外規定の法適合性
  事案 Xらは、平成18年11月8日に死亡したAを相続。
Xらは、法定申告期間内である平成19年9月10日、財産評価基本通達に基づいて相続財産を評価して相続税の申告。
but
その後、平成25年5月27日付けで前記通達が改正され、改正後の通達に基づいて相続財産を評価すると前記申告により納付すべき税額が過大に。

Xらは、国税通則法23条2項3号及び国税通則法施行令6条1項5号(申告などに係る課税標準又は税額等の計算の基礎となった事実に係る国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈その他の国税庁長官の法令の解釈が判決等に伴って変更され、変更後の解釈が国税庁長官により公表されたことにより、当該課税標準等又は税額等が異なることとなる取扱いを受けることとなったことを知ったこと)によりB税務署長に更正の請求。

B税務著証は、Xらの更正の請求には以下の理由から理由がないとして、原告らに通知。
①Xらの更正の請求は、法定申告期限から5年間(納付すべき税額を減少させる更正をすることができる期間)が経過した後にされたものであるところ、減額更正は法定申告期限から5年を経過した後はすることができない。
②通則法71条1項2号は、①の特例として、政令で定める理由が生じた日から3年間は更正できる旨規定しているものの、同号の委任を受けて定められた施行令30条及び24条4項は、施行令6条1項5号の理由に基づく更正を除外しているから、通則法71条1項2号の適用はない。

Xらは、通則法71条1項2号の更正の理由として施行令6条1項5号の理由を除外する施行令30条及び24条4項の規定(「本件除外規定」)は、通則法71条1項2号の委任の範囲を逸脱したものであるなどと主張して、Y(国)に対し、本件各通知処分の取消しを求めた。
  争点 本件除外規定が通則法71条1項2号の委任の範囲を逸脱したものであるか否か。 
  判断・解説 法律の委任に基づく行政機関の委任命令が授権規定の委任の範囲か否かが問題となった最高裁判例(最高裁H14.1.13等):
委任命令が授権規定による委任の範囲内といえるか否かについては、
①授権規定の文理
②授権規定が下位法令に委任した趣旨
③授権法の趣旨、目的及び仕組みとの整合性
などを考慮して判断すべきと解される。
通則法71条は、租税法上の法律関係の早期安定を図るために設けられた課税処分の期間制限の原則に対する例外を定めるもの。

同条1項2号に基づく減額更正は、租税法上の法律関係の早期安定を犠牲にしてもなお減額更正を行うべき事情が存在する場合に認められるというべき。
①同号が例示的に規定する更正の理由(申告納税方式による国税について、①その課税標準の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに起因して失われた場合、②当該事実のうちに含まれていた取消うべき行為が取り消された場合)は、いずれも法的申告期限後に発生した事実に基因して課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実が変動し前記の計算が異なることとなった場合であって、同号は、前記のような場合には申告時においてその後に変動した事実を前提に納税義務がないことを確定することが不可能であることから、租税北條の法律関係の早期安定の要請を犠牲にしてもなお減額更正を行うことを認めたもの。
②同号が、更正の期間制限の特例が認められる場合として、同号に例示的に規定された場合に「準ずる」場合を政令に定めるものとしている。

同号が政令に委任しているのは前記と同様の事情がある場合というべき。
施行令6条1項5号の理由は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に変動が生じたというものではなく、国税庁長官の法令解釈の変更を契機にして課税標準等又は税額等の計算が異なるものであったことが確認される場合であり、
納税者は、自ら正しいと考える申告をし、課税庁から増額の更正を受けた場合にはこれに対する取消訴訟を提起して自らの権利保護を求めることができる

租税法上の法律関係の早期安定の要請を犠牲にしてもなお減額更正を行うべき事情があるとはいえない。
通則法71条が通則法70条の期間制限の例外であってその範囲を緩やかに解すべきでない。

施行令6条1項5号の理由が通則法71条1項2号のいう「その他これらに準ずる」理由に当たるとういことはできず、本件除外規定が同号の委任の範囲を逸脱するものということはできない。
  民事p37
最高裁H28.12.1  
  仮差押え⇒土地第三者に譲渡(所有者別)⇒本執行の場合の法定地上権の成否
  事案 Xが、その所有する土地(838番6の土地)を占有するYに対し、所有権に基づき、土地明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めるなどした事案。 
838番6の土地上にはY所有の建物(本件建物)があるところ、Yはこれにつき法定地上権が成立するから、土地の占有権原を有するとして争った。
①Aは、平成14年5月23日当時、838番6の土地及び838番8の土地並びにこれらの土地上にある本件建物を所有。
②本件建物及び838番8の土地につき、平成14年5月23日、仮差押えがされた。
③Aは、平成19年3月26日、838番6の土地をXに贈与。
④本件建物及び838番8の土地につき、平成20年2月20日、強制競売手続の開始決定による差押え。
⑤Yは、強制競売手続における売却により、本件建物及び838番8の土地を買い受けてその所有権を取得し、それらを占有。
  規定 民執法 第81条(法定地上権)
土地及びその上にある建物が債務者の所有に属する場合において、その土地又は建物の差押えがあり、その売却により所有者を異にするに至つたときは、その建物について、地上権が設定されたものとみなす。この場合においては、地代は、当事者の請求により、裁判所が定める。
  原審 本件建物につき法定地上権の成立を否定し、Xの土地明渡請求を認容し、賃料相当損害金の支払請求を一部認容。
  判断 地上建物に仮差押えがされ、その後、当該仮差押えが本執行に移行してされた強制競売手続における売却により買受人がその所有権を取得した場合において、土地及び地上建物が当該仮差押えの時点で同一の所有者に属していたときは、その後に土地が第三者に譲渡された結果、当該強制競売手続における差押えの時点では土地及び地上建物が同一の所有者に属していなかったとしても、法定地上権が成立する。 

法定地上権の成立を肯定し、
原判決中、土地明渡請求を認容し、賃料相当損害金の支払請求を一部認容すべきものとした部分を破棄し、
法定地上権の消滅等について審理を尽くさせるため、前記部分につき原審に差し戻し、その余の上告を棄却。 
  解説 民執法81条は、同一所有者に属する土地及びその上にある建物の一方につき差押えがあり、その売却により所有権を異にするに至ったときは、法定地上権が成立。

①抵当権の実行にかかる民法388条の法定地上権と同様に、土地と建物は別個の不動産とされる一方、自己借地権は認められていないことから、前記のような事案では、特別の手当をしないと建物所有者は土地買受人に対して、また建物買受人は土地所有者に対して、土地利用権を主張できないことになり、
②建物取壊しによる社会経済上の不利益が大きい。
●民執法81条の、土地及び建物が同一所有者に属するとの要件(所有者要件)の基準時 
A:差押え時(中野他)

①民執法においては「仮差押え」と「差押え」は明確に区別され用いられているところ、同法81条には「仮差押え」の場合は規定されていない
②建物の仮差押え後に土地が譲渡された場合、建物につき土地譲受人との間で約定利用権が設定されるはずであり、建物の存続にはこの約定利用権があれば足りる

〇B:これを前提としつつ仮差押えがある場合については基準時を仮差押え時に修正する仮差押え時(民執法実務)

①執行の保全という仮差押えの目的を考えると、仮差押えには執行対象の価値の保存(交換価値の把握)という意義があるところ、基準時を差押え時とすると、建物の仮差押えをした後に土地の譲渡がされ、かつ利用権が設定されなかった場合、建物の価値はほとんど観念できないから、仮差押えで把握していたはずの価値を失うことになる
②建物の仮差押え後に土地所有権が移転された場合、確固たる約定利用権が設定される保証はない
  民事p40
最高裁H29.1.31  
  支払期限が到来していない養育料債権(強制執行認諾文言のある公正証書あり)を被保全債権としての仮差押命令(否定)
  事案 元妻であるXが、元夫であるYとの間で作成した強制執行認諾文言のある公正証書(「本件公正証書」)で定められた長男A及び二男Bの養育料(1人当たり月額3万円)のうち、Aに係る支払期限が到来していない養育料債権(平成28年2月~平成32年3月の50か月分、合計150万円)を被保全債権として、Y所有の土地及び建物(「本件不動産」)に対して仮差押命令の申立てをした。
  原審 金銭債権について債務名義が存在する場合には、債権者は、特別の事情のない限り、速やかに強制執行をすることができる。
本件申立ては、権利保護の利益を欠き不適法であるから、これを却下すべき。
  判断 抗告棄却 
  解説   最高裁H24.9.6:
(いわゆる例文の形ではあるが)債務名義がある債権を被保全債権とする仮差押命令の申立てについて、権利保護の必要性を欠くとの理由でこれを却下すべきものとした原決定を正当として是認。 
例外が認められる場合:
・債務名義に条件又は期限が付されている場合
・執行停止命令があった場合等
  本件の養育料債権については、債務名義(執行証書)がある
⇒支払期限が到来したもので未払のものについては、これを請求債権として強制執行の申立てをすることができる。
but
Yが給料その他継続的給付に係る債権を有していない
⇒養育料債権のうち支払期限が未到来のものを請求債権として強制執行の申立てをすることはできない(民執法30条、151条の2。ただし、同法167条の16による間接強制の余地はある。)。 
養育料債権を被保全債権とする仮差押命令の申立ての権利保護の必要性の有無については、各月ごとの債権を切り出して議論するのではなく、養育料債権全体実現方法の問題として議論すべきであり、既に支払期限が到来した未履行のものがあれば、基本的には、まず、それについて強制執行に着手すべきものであるという考え方が背景にあるように思われる。
  本件では、Xが、本件不動産の強制競売を申し立てたとしても無剰余を理由に手続が取り消される可能性が相当程度ある。 
債権者が債務名義を有している場合に債務者所有の不動産が無剰余でること(又は無剰余の見込みが高いこと)が、当該不動産に対する仮差押命令申立てについて例外的に権利保護の必要性(保全の必要性)を認める事情となり得るか?
A:必要性を肯定するもの
B:必要性を否定するもの
C:近い将来に剰余が生じる見込みが高いことが証明された場合に例外的に必要性を肯定することを明言するもの
平成24年最高裁判決:
債権者が債務者所有の不動産に対して強制執行をしたが無剰余取消しされる直前に当該不動産について仮差押命令の申立てをした事案において、権利保護の必要性を否定した原決定を正当として是認。
but
この決定が、例えば、遠くない将来に剰余が生じる見込みが高いことが証明されたような場合にまで例外を否定する趣旨であるかは明らかではない。
  民事p45
大阪高裁H28.11.18   
  在日韓国人間の婚姻無効確認請求の準拠法
  事案  在日韓国人A(平成25年3月死亡)と在日韓国人Yとの平成10年1月19日付の婚姻の届出について、Aの子らであるXらが、本件届出について届出の意思はなく無効であるなどと主張し、婚姻が無効であることの確認を求めた事案。 
  規定 法の適用に関する通則法 第24条(婚姻の成立及び方式) 
婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。
2 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
  一審 在日韓国人の届出意思の欠缺を理由とする婚姻無効に関し、
届出意思は「婚姻の成立」に当たり、 通則法24条1項に基づき韓国民法による。
韓国民法に基づき、Aには婚姻の意思があったと推定される⇒Xらの本訴請求を棄却。
  判断 在日韓国人の届出意思の欠缺を理由とする婚姻無効に関しては、届出意思は「婚姻の方式」に当たる
⇒通則法24条2項により、婚姻挙行地法である日本民法が準拠法。 
Aに無断で婚姻届を提出したと認定したが、その後Aは届出意思を追認した
⇒同旨の原判決は相当。
  解説 「婚姻の成立の要件」とは、婚姻の実質的成立要件を意味、
「婚姻の方式」とは、法律上有効な婚姻を成立せしめるために、当事者に要求される外面的行為を意味するものと解すべき。 
民法の「届出」は、婚姻の合意に含まれる意思表示がさような意思表示として効力をもつための方式であって、民法は、届出によって「その効力を生ずる」としているが、届出は、単なる効力の要件ではなく、成立要件と解されている(我妻)。
⇒届出の意思は「婚姻の成立」の問題か、それとも「婚姻の方式」の問題かの判断は、微妙で困難。
  民事p55
福岡高裁宮崎支部H28.5.26  
  遺産分割調停事件での相続税申告書及び添付資料を対象とする文書提出命令の申立(否定)
  事案 被相続人Bの遺産につき遺産分割調停(基本事件)の申立てをした相手方Aが、抗告人国の所持する基本事件相手方CがD税務署長に対して提出した相続税申告書及び添付資料につき文書提出命令を申し立て⇒原審が「D税務署」に対して、一部の提出を命ずる決定⇒抗告人国がこれを不服として即時抗告 
  判断 行政庁が現実に保管する文書の所持者は国又は地方公共団体であると解され、本件文書の所持者は抗告人国であるが、原審において実質的に抗告人国に手続保障が与えられていたといえる⇒原審の手続に違法な点はない。
相続税申告書等は、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであって、これが公にされることにより、申告者との信頼関係が損なわれ、申告納税方式による税の徴収という公務に支障を来すことになる
⇒民訴法220条4号ロ「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当する。
①基本事件に係る遺産分割調停の手続が非公開であるとしても、相続人が感情的対立等から、自己の申告内容を他の共同相続人等に開示することを拒むような場合に、相続税申告書等を当該遺産分割調停事件に提出することにより、申告者との信頼関係が損なわれることは明らかであり、
②申告納税制度が納税者の自主的かつ誠実な申告を前提に組み立てられている制度であり、納税者の自主的かつ誠実な申告にとって納税者と税務当局との信頼関係の確保が不可欠

基本事件のような遺産分割調停事件における相続税申告書等の提出が、被相続人の遺産の全貌を明らかにし、調停手続を円滑かつ迅速に進める上で必要性が認められ、ひいては適正な遺産分割の実現による紛争の解決に資するところがあるなどを考慮しても、
本件文書のような相続税申告書等は、その記載内容からみて、民訴法220条4号ロ「その提出により・・・公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」がある。
  解説 確定申告書は、その提出により公務の遂行に著しい支障が生ずる可能性があるものの具体例の1つとして紹介されているだけでなく、民訴法220条4号ロ該当性を肯定する下級審決定もある。
  民事p60
東京地裁H28.10.11  
  私立学校で旧姓の使用と損害賠償を求める請求
  事案 私立学校において、同校に勤務する教員が婚姻前の氏(旧姓)を通称として使用することを拒否された⇒同教員が同学校法人に対し、旧姓の使用を求めるほか、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求める事案。 
婚姻前の氏(旧姓)を通称として使用することを拒否されたXは、Yに対し、
①妨害排除請求(ないし予防請求)として、時間割表、生徒出席簿、生徒指導要録、成績通知票、生徒及び保護者に対する書面による通知、業務用ソフトへの登録氏名、タイムカード、年次有給暇届並びに出張願(届)において、Xの氏名として旧姓を使用することを求めるほか、
②損害賠償請求として、慰謝料110万円及び弁護士費用相当の損害金11万円の合計121万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起。
  争点 ①Yに対してXの婚姻前の氏を使用することを求めることの可否
②Yによる不法行為の有無
③Yによる労働契約法上の付随義務違反の有無
④Xの損害 
  判断   XがYに対してXの婚姻前の氏を使用することを求めることはできない⇒YのXに対する不法行為(使用者責任)は成立しない。
YのXに対する労働契約法上の付随義務に違反するところもない。
⇒Xの請求を棄却。
●Yに対して婚姻前の氏を使用することを求めることの可否及びYによる不法行為の有無
最高裁昭和63.2.16:
氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する。
最高裁昭和61.6.11:
人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有し、これを違法に侵害された者は、加害者に対し、損害賠償を求めることができるほか、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。
氏名が上記の識別特定機能、個人の人格の象徴等の性質を有する⇒氏名を自ら使用することが、いかなる場面で、いかなる目的から、いかなる態様で妨害されたとしても法的な救済が一切与えられないとすることは相当ではなく、その意味で、氏名を自ら使用する利益は、民法709条に規定する法律上保護される利益であるというべきである。
氏は、氏名を構成する要素⇒それを自ら使用する利益についても、上記と同様の意味で、法律上保護される利益ということができる。

以上の議論は、まずは戸籍上の氏名、氏について当てはまるところ、婚姻前の氏についても、同様にそれを使用する利益が法律上保護される利益をいえるか否かは措くとしても、少なくとも、上記の意味で、法律上保護される利益であるということができ、これを違法に侵害した場合には不法行為が成立し得ると解するのが相当。
とはいえ、本件のように職場という集団が関わる場面において職員を識別し、特定するものとして戸籍上の氏の使用を求めることには合理性、必要性が認められるということができるだけでなく、婚姻後に通称として婚姻前の氏を使用する利益は、・・・婚姻前に戸籍上の氏のみを自己を特定するものとして使用してきた期間における当該氏を使用する利益と比して、それと同程度に大きなものであるとはいえないところ、いまだ、婚姻前の氏による氏名が個人の名称として、戸籍上の氏名と同じように使用されることが社会において根付いているとはまでは認められない。

通称として婚姻前の氏を使用する利益は一般的には法律上保護される利益であるということができるが、本件のように職場が関わる場面において戸籍上の氏の使用を求めることは、その結果として婚姻前の氏を使用することができなくなるとしても、現時点でそれをもって違法な侵害であると評価することはできない。

不法行為の成立、人格権に基づく妨害排除(予防)請求を否定。
●Yによる労働契約法上の付随義務違反の有無 
Yの上記行為が業務命令に該当するとしても、Xが婚姻前の氏を使用することができないことの不利益を考慮してもなお、上記の合理性、必要性を以て、当該業務命令の適法性を基礎付けるに足りる合理性、必要性が存するというべき。
⇒Yが労働契約上の付随義務に違反したとは認められない。
  民事p68
広島地裁H28.7.20   
   
  事案 受刑者であるXが、禁固以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者について選挙権を制限する公職選挙法11条1項2号の規定が違憲であると主張して、
①次回の衆議院議員及び参議院議員の選挙において投票することができる地位の確認を求めるとともに、
②平成26年12月14日に実施された衆議院選挙において選挙権の行使を否定されたことにより精神的苦痛を受けたとして国賠法1条1項に基づき損害賠償を請求。 
  争点 公職選挙法11条1項2号が憲法の規定に違反するか。 
     
  商事p77
名古屋地裁H28.9.30   
  非公開会社における新株発行の効力発生日から1年を経過した後に提起された新株発行無効の訴えと信義則
  事案 非公開会社であるY1会社の株主Xが、
①Y1に対し新株発行を無効とすることおよびその不存在の確認を求め
②Y1およびY1の取締役Y2・Y3に対し、民法709条または会社法429条1項(Y2・Y3に)もしくは同法305条(Y1)に基づき、連帯して、本件新株発行に至る一連の違法行為によりXが被った損害の一部の賠償等を求めた甲事件と
新株発行後に開催された定時株主総会決議の取消し等を求めた乙事件からなる事案。 
  規定 会社法 第八二八条(会社の組織に関する行為の無効の訴え)

次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。

二 株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
  判断   甲事件:
本件新株発行は無効。
損害賠償請求は棄却。
乙事件:
各決議の時点では本件新株発行が有効に行われたことを前提とすることになり、Y2の保有株式数を620株として各議案を可決したことは、総会決議不存在事由とならない。
定款変更の議案に関しては、招集通知に議案の概要の記載として定款規定をどのように変更するか了解可能な程度の記載があることを要するがそれを欠いている⇒決議取消事由に当たる。 
  ●新株発行無効の訴えの提訴期間徒過の有無
最高裁昭和53.3.28を参照し、提訴期間は株式の効力が生じた日から1年以内(会社法828条1項2号括弧書)、払込期日である平成24年6月4日にY2が払込みをした本件では株式の効力が生じた日は、当該払込期日であるから、同日から1年以内。
but
①Y1の代表者であるY2は、XをY1会社の株主から排除する意図の下、Xに知られることなく本件新株発行を行うべく、Xがこれを察知する機会を失わせるための隠蔽工作を繰り返した。
②Xが本件新株発行の事実を予想し、または想定することは容易ではなかった。
③Y1が株式譲渡制限会社で、Y2だけが株式の発行を受けた者であり、本件新株発行につき取引の安全を考慮する必要性がさほど高いとは言えない。
④Xは、本件新株発行の存在を知った平成25年10月3日から1年以内に本件新株発行の訴えを提起していて訴訟提起が不当に遅延したとはいえない。

信義則上、Xが本件新株発行の無効の訴えを所定の提訴期間を徒過して提起したとすることはできず、当該訴えは適法。
  ●同訴えの無効事由の有無 
最高裁H24.4.24を引用し、
非公開会社であるY1において株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされたもの
⇒この瑕疵は新株発行の無効原因となる。
  ●不存在確認の訴えの不存在事由の有無
新株発行が物理的には存在するような外観を呈する場合には、その手続的、実体的瑕疵が著しいからといって不存在事由となるものではない。
  解説 会社(その代表者)がことさらに瑕疵ある新株発行について株主に秘匿し、株主による提訴を妨げた事情がある場合、信義則上、会社は提訴期間の徒過を主張することができないとの見解(田中亘、会社法)。 
  刑事p96
最高裁H29.1.16  
  刑の執行猶予の言渡し取消し決定謄本の送達先
  事案 執行猶予付き懲役刑の猶予期間中の再犯に関し、再度の執行猶予付き懲役刑を言い渡され、保護観察に付されていた申立人につき、遵守事項違反があったなどとして、刑の執行猶予の言渡し取消し決定がされ、即時抗告も棄却されたため、特別抗告が申し立てられた。 
検察官が前記各刑の執行猶予の言渡し取消しを請求⇒原々審は各刑の執行猶予を取り消す各原々決定。各決定の謄本を、いずれも検察官と原々決定で申立人が選任した弁護人2名のうち主任弁護人に対して送達but申立人に対して送達しなかった。
申立人は、前記弁護人2人を原審の弁護人として改めて選任し、各原々決定に対して即時抗告⇒原審は、各即時抗告をいずれも棄却⇒申立人が本件特別抗告を申し立て。
前記弁護人2人は、刑訴規則62条1項の送達受取人には選任されていなかった。
  規定 刑訴規則 第62条(送達のための届出・法第五十四条)
被告人、代理人、弁護人又は補佐人は、書類の送達を受けるため、書面でその住居又は事務所を裁判所に届け出なければならない。裁判所の所在地に住居又は事務所を有しないときは、その所在地に住居又は事務所を有する者を送達受取人に選任し、その者と連署した書面でこれを届け出なければならない。
刑訴規則 第34条(裁判の告知)
裁判の告知は、公判廷においては、宣告によつてこれをし、その他の場合には、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。
  判断 刑訴規則34条は、「裁判の告知は、公判廷においては、宣告によつてこれをし、その他の場合には、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。」と規定しているところ、刑の執行猶予の言渡し取消し請求において、同条により刑の執行猶予の言渡し取消し決定(刑訴法349条の2第1項)の謄本の送達を受けるべき者は、検察官及び猶予の言渡しを受けた者(被請求人)であり、また、同謄本が、被請求人の選任した弁護人に対して送達されたからといって、被請求人に対する送達が行われたものと同じ法的な効力は生じないと解するのが相当である。
  解説 最高裁昭和58.10.19:
刑の執行猶予言渡し取消し請求事件についての即時抗告棄却決定謄本が即時抗告の申立人(被請求人)本人と弁護人との双方に日を異にして送達された場合、特別抗告期間は申立人(被請求人)本人に対して送達された時から進行を始めるものと解すべき。 
   刑事p98
東京高裁H28.8.10
  検察官からの実質証拠として取調べ状況の録音録画記録媒体の取調べ請求の却下等
  事案 被告人が、B及びCと共謀の上、駐車中の自動車を窃取しようとしたところ、その所有者に発見され、同車を取り返されることを防ぐとともに、逮捕を免れるため、殺意をもって、同社を運転して衝突させるなどして同人を死亡させた⇒強盗殺人罪。
付近で別の車両に乗っていたB及びCは窃盗罪の限度で刑責を問われた。 
被告人は、運転者はBであったとして犯人性を争った。
原判決は、弁護人が取調べ請求したBから被告人に宛てた手紙等も根拠として、B及びCらの供述の信用性を否定⇒「被告人が運転者であったことにつき、常識的に見て間違いないと認められるほどの証明はされていない」⇒窃盗罪の限度で有罪。
  検察官 訴訟手続の法令違反と事実誤認の主張をして控訴。 
訴訟手続きの法令違反の主張:
起訴後に行われた被告人の取調べの録音・録画記録媒体(自己が運転者であることを認めるもの)について、原審検察官が「被告人が供述した内容そのものを実質証拠として、かつ、その供述態度をみてもらうことにより、その供述の信用性を判断してもらうため」として請求⇒取調べの必要性を否定して却下
~裁判所の合理的な裁量を逸脱したと主張。
事実誤認の主張:
前記Bの手紙の趣旨の解釈等を誤った⇒B及びCらの供述の信用性判断を誤り、明らかに不合理な事実認定をした。
そのことは、控訴審で取調べを求めた被告人の返信の手紙等を見れば一層明らか。
  判断 ●訴訟手続きの法令違反の主張
①B及びCらの証人尋問や被告人質問を経た後に、被告人が運転者であったことを立証する趣旨で原審検察官から実質証拠として請求された被告人の自白を内容とする録音・録画記録媒体について、これを原裁判所が採用すべき法令上の義務は認められない。
②その自白の概要が被告人質問により明らかになっている。
③争点については、B及びCの供述の信用性が決めてであるが、前記記録媒体で再生される被告人の供述態度を見て供述の信用性を判断するのが容易とはいえない。
④取調べ状況の録音・録画記録媒体を実質証拠として用いることには慎重な検討が必要。

取調べの必要性がないとして請求を却下した本件却下決定には合理性があり、同決定が、証拠の採否における裁判所の合理的な裁量を逸脱したものとは認められない。
  ●事実誤認の主張
①B及びCらの捜査の経緯や
②控訴審で調べた被告人の返信の手紙等

前記Bの手紙の趣旨等に関する原判決の認定には明らかな事実誤認があり、・・・運転者は被告人であるとの事実が優に認められる。

第一審判決を破棄
その認定をしなかった強盗殺人罪における殺意の有無について判断をした上で量刑をする必要⇒事件を原審に差し戻した。
  解説 ●録音・録画記録媒体の却下決定と裁量逸脱の有無 
本判決が、取調べの録音・録画記録媒体を実質証拠として用いることの許容性や仮にこれを許容するとした場合の条件等については、適正な公判審理手続の在り方を見据えながら、慎重に検討する必要があるとしている。

原審で請求されたものが検察官調書であった場合は、逆の結論が導かれた可能性は否定できない。
本判決は、公判審理において、長時間にわたる被疑者の取調べを、記録媒体の再生により視聴することの問題性を指摘。
裁判員制度対象事件における被疑者1人の取調べ時間は平均約43時間。
共犯事件では、被疑者の人数に応じて、更に2倍、3倍になる。
これを公判審理において全部再生することは現実的ではない。

通常は、全体の取調べの録音・録画記録の中から一部を抽出して編集したものでなければ、証拠としての適格性を有するとはいえない。
but
取調べ中の供述態度を見ることが裁判体に強い印象を残すことも考えられる。

当事者の一方である検察官が編集した録音・録画記録媒体については、そのことを理由として、実質証拠としての適格性ないし法律的関連性が争われることも考えられる。
  ●取調べを請求することができなかった「やむを得ない事由」 
原審検察官は、公判前整理手続の段階で、Bが前記の手紙を保管していることを知ってはいたが、それらが弁護士を通じて授受されたもので、任意に提出することをBが拒んでおり、接見交通権に対する配慮という点でも、重要証人であるBの意思に反して差押えにより強制的に押収する手段を選択することには支障があった。

第一審弁論終結前に取調べを請求することができなかったことには、やむを得ない事由があった。
2328
  特報p10
最高裁H29.1.31  
  グーグル検索結果削除請求事件許可抗告事件
  事案 Xの居住する県の名称及びXの氏名を条件としてYの提供する検索サービスを利用⇒関連するウェブサイトにつき、URL及び当該ウェブサイトの表題及び抜粋(URL情報等)が提供されるが、この中に、本件事実等(児童買春で逮捕された事実)が含まれる。
⇒Xが、Yに対し、人格権ないし人格的利益にに基づき、本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てを行った。
  原審 Xの主張の多岐にわたる被保全権利の主張を、名誉又はプライバシーに基づく削除請求権(差止請求権)に帰着するものと解した上で、これらの被保全権利及び保全の必要性をいずれも否定。 
    Xが抗告許可の申立て等⇒原審が抗告を許可
  判断 検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、
①当該事実の性質及び内容、②当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、③その者の社会的地位や影響力、④上記記事等の目的や意義、⑤上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、⑥上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較考量して判断すべきもので、
その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当。
本件においては本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない⇒Xの抗告を棄却。
  解説   平成20年第中頃まで:
検索事業者は飽くまでも媒介者であって、媒介内容について検索事業者は原則として責任を負わず、法的責任を負うとしても二次的なもの。
~検察事業さhが法的責任を負う場合を限定的、補充的に考える判断枠組みが有力。
平成20年代中盤以降:
出版メディアの領域で集積されてきた判例理論の判断枠組みに基づいた判断をした裁判例が増えている傾向。
but
比較衡量論の枠組みを採用する裁判例の中でも2つの枠組み。

A:比較考量の結果、プライバシーに属する事実を公表されない利益が優越するとされる場合には、原則として削除請求権を肯定。

B:「石に泳ぐ魚」事件控訴審判決と同様に、比較衡量に当たり、被害の明白性、重大性や回復困難性等をも考慮要素として加えるもの。
  一般的の用いられるロボット型検索エンジンは、
①インターネット上のウェブサイトに掲載されている無数の情報を網羅的に収集してその複製(キャッシュ)を保存し
②この複製を元にした検索条件ごとの索引(インデックス)を作成するなどして情報を整理し、
③利用者から示された一定の検索条件に対応するURL等情報を前記検索に基づいて検索結果として提供する
という3段階の情報処理を経るという仕組み。 
検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った検索結果を得ることができるように設計作成されたもの⇒検索事業者自身の表現行為という側面⇒人格的な権利利益と検索事業者の表現行為の制約との調整が必要
②検索事業者による検索結果の提供は、現代社会におけるインターネット上の情報流通基盤として、一層大きな役割を果たすようになっている。
被害者の明白性、重大性や回復困難性にとどまらず、検索サービスの正確や重要性等も考慮要素として取り込む判断枠組みを採ることは、人格的な権利利益の保護範囲を事実上切り下げることになることが懸念。
本判決は、印刷メディアの伝統的な法理に沿った比較衡量の判断枠組みを基本としつつ、削除の可否に関する判断が微妙な場合における安易な検索結果の削除は認められるべきではないという観点から、プライバシーに属する事実を公表されない利益の優越が「明らか」なことを実体的な要件として示したもの。
  本決定の列挙した考慮要素の検索に当たっては、収集元ウェブサイトの内容を吟味することを要するが、当該内容は、ロボット型検索エンジンの一般的な仕組みに照らすと、検索結果の内容から容易に推認可能なことが多いであろう。
もっとも、収集元ウェブサイトの内容について個別に主張、立証することを本決定が否定するものではないと思われる。 
  行政p24
最高裁H28.12.15   
  京都府風俗案内所の規制に関する条例の合憲性(合憲)
  事案 かつて営業禁止区域内で風俗案内書を営んでいたXが、本件条例(京都府風俗案内所の規制に関する条例)は憲法22条1項、21条1項等に違反すると主張して、Y(京都府)を相手に、営業禁止区域内で風俗案内所を営む法的地位を有すること等の確認を求めた 
  規定 憲法 第22条〔居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由〕
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
  一審 ①風俗案内所による弊害が風俗営業所による弊害よりも大きいとはいえず、
②風俗法及び同法施行条例が風俗営業所の営業禁止区域を保護対象施設の敷地から最大70m以内としている

保護対象施設の敷地から少なくとも70mを超える区域において風俗案内所の営業を全面的に禁止する本件条例の規定は、立法府の合理的裁量の範囲を超えて営業の自由を制限するものであり、憲法22条1項に違反。 
  原審 ①風俗案内所の特質(多数の風俗営業所の情報が集積し、案内業務に収益を上げるため、多数の風俗営業所について積極的に広告・宣伝が行われること)⇒建物内部への見通しなど構造設備要件により規制されている風俗営業所に比べて外部環境に与える影響は格段に大きくなる。
②風俗案内所が違法な性風俗店と結びつきやすい

風俗案内所に対して風俗営業所より厳しい規制をすることも合理的な範囲にとどまる限り許される。

風営法等が性風俗営業所に対して200m以内の営業禁止等を定めている
⇒規制内容の必要性・合理性についての立法府の裁量に逸脱・濫用はなく、憲法22条1項に反しない。
  判断 本件条例の規定が憲法22条1項、21条1項に違反しない
⇒Xの上告を棄却。 
  解説  憲法22条1項による職業選択の自由の保障は、広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含するものであり、狭義の職業選択の自由(職業の開始・継続・廃止の自由)だけでなく、職業活動の自由(選択した職業活動の内容、態様の自由)も含む。
経済的自由の制約を伴う規制立法の憲法適合性について、薬事法距離制限事件判決(最高裁昭和50.4.30):
これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。
この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。
しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。

憲法適合性判断の枠組みとして、利益衡量論を基礎とした上で、前記の諸事情を比較考量して立法府の判断がその合理的裁量の範囲内にあるか否かを判断する枠組みを採用。
本判決:
この判断枠組みを前提として、本件条例による風俗案内所の営業禁止規制について検討し、京都府議会が本件条例所定の保護対象施設の敷地から200m以内の区域における風俗案内所の営業を禁止する規制を定めたことが合理的な裁量の範囲を超えるものとはいえず、本件条例の規定が憲法22条1項に違反しないと判断。
  Xが風俗案内所に接待飲食等営業に従事する者等を表示する等の行為は、営利的な表現活動(営利広告)の側面を有する。 
学説は、営利的表現の自由も憲法21条により保障されるとするが、判例は表現の自由の範疇に属するか否かを明確にしていない。
精神的自由の制約を伴う規制立法の憲法適合性に関する最高裁判例は、
当該自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、①当該目的のために制限が必要とされる程度と、②制限される自由の内容及び性質、③これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を衡量して決せられるべきものである旨判示し、合憲性判断の枠組みとして利益衡量論を採ることを明らかにしている。
  行政p26
最高裁H28.12.19  
  地方税法施行令附則の「居住の用に供するために独立的に区画された部分が100以上ある共同住宅等」の判断
  事案 土地の取得に対する不動産取得税を納付したXが、当該土地上に建築された複数棟の建物につき同税が減額されるべき住宅に該当する⇒東京都都税条例48条の4に基づき不動産取得税の還付を求める申請⇒東京都都税総合事務センター所長からこれを還付しない旨の処分⇒Y(東京都)を相手に、本件処分の取消しを求めた。 
本件各建物は、Xが本件土地を取得してから3年を超えて4年以内に新築⇒本件減額規定の適用を受けるためには、施行令附則6条の17第2項の戸数要件及びやむを得ない事情に係る要件を満たす必要がある。
本件各建物はそれぞれ構造的に独立した建物(特例適用住宅)であり、その戸数はいずれも100に満たないものであった⇒戸数要件の対象となる独立区画部分が100以上ある共同住宅等につき1棟の建物ごとに判断すべきか否かが争われた。
  法令 地税法73条の24第1項1号及び東京都税条例48条1項1号は、土地を取得した日から2年以内に当該土地の上に住宅(「特例適用住宅」)が新築された場合には、所定の方法によって算出した額の不動産取得税を減額する旨を規定。 
平成11年法律第15号による改正により設けられた地税法及び本件条例の附則は、一定の期間に限って前記の新築期間を3年以内に延長し、平成16年政令第108号による改正により設けられた地税法施行令附則6条の17第2項は、
①当該特例適用住宅が居住の用に供するために独立的に区画された部分が100以上ある共同住宅等であって(「戸数要件」)
②土地を取得した日から当該共同市住宅等が新築されるまでの期間が3年を超えると見込まれることについてやむを得ない事情があると道府県(地税法1条2項により都を含む。)知事が認めた場合には、新築期間を4年以内に延長する旨を規定。
  判断 地税法73条の14第1項は、施行令附則6条の17第2項に定める戸数要件の対象となる共同住宅等につき、「共同住宅、寄宿舎その他これらに類する多数の人の居住の用に供する住宅」と規定し、同法73条4号は、住宅につき、「人の居住の用に供する家屋又は家屋のうち人の居住の用に供する部分」と定義。
⇒施行令附則6条の17第2項の共同住宅等は家屋に含まれる。 
地税法73条3号は、家屋につき、「住宅、店舗、工場、倉庫その他の建物をいう。」と定義しているところ、ここでいう建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいい、別段の定めがない限り、一棟の建物を単位として把握されるべき。
施行令附則6条の17第2項の共同住宅等に関して定められた戸数要件を充足するか否かの判断においても、別段の定めがない限り、一棟の共同住宅等を単位とすべきであるところ、これと別異に解すべきことを定めた規定や複数棟の共同住宅等を合わせて戸数要件を判断することを前提とした規定が存在しない
⇒一棟の共同住宅等ごとに判断することが予定されているというべき
本件各建物は、一棟ごとの独立区画部分がいずれも100未満であって戸数要件を満たさない⇒本件処分は違法であるとはいえない。
  解説 租税法は侵害規範であり、法的安定性の要請が強く働く
⇒その解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない(判例・学説)。
既定の文理上その意味を直ちに明らかにすることができない場合、既定の趣旨目的をどの程度考慮し得るかという点について、学説上、文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に規定の趣旨目的に照らして意味内容を明らかにすべきとする考え方(金子)が有力。
but
論者によって規定の趣旨目的を考慮し得るとする幅は異なり、必ずしも一致している状況にない。
判例は、租税法律主義の趣旨に照らし、文理解釈を基礎とし、既定の文言や当該法令を含む関係法令全体の用語の意味内容を重視しつつ、事案に応じて、その文言の通常の意味内容から乖離しない範囲内で、既定の趣旨目的を考慮することを許容しているように思われる。
不動産取得税における「家屋」の範囲は、固定資産税にいう家屋又は不動産登記法上の建物の意義と同一であり、屋根及び周壁を有し、その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいう。

地税法73条3号の家屋は一棟の建物を単位として把握すべきであり、施行令附則6条の17第2項の共同住宅等に関して定められた戸数要件を充足するか否かの判断においても、別段の定めがない限り、一棟の共同住宅等を単位とすべき。
  行政p30
名古屋高裁H28.7.28  
  反政府政党の指導的立場にあったとまでは認められなくても難民該当性を肯定した事例
  事案 ウガンダ共和国の国籍を有する外国人女性であるXは、平成20年7月に本邦に入国し、平成21年11月に、出入国管理及び難民認定法(「入管法」)61条の2第1項に基づき難民認定の申請⇒
平成23年1月に法務大臣から難民の認定をしない旨の処分、
法務大臣から権限委任を受けた名古屋入国管理局長から同法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分
名古屋入国管理局主任者からウガンダを送還先とする退去強制令書発布処分

Xは、自らはウガンダ政府から弾圧を受けている野党FDCの党員であり、ウガンダ出国前には親政府勢力から襲撃を受けるなどの迫害を受けており、前記各処分はXの難民該当性の判断を誤ってされた違法なものであるなどと主張し、その取消しを求めた。 
  原審 ①Xは、ウガンダ政府等から迫害の対象として関心を抱かせるような指導的立場で政治活動を行っていたものとは認め難い
②Xの供述には、重要部分で変遷が認められる
③Xは、本邦への入国時に迫害を受けていることを申し立てておらず、難民認定申請をするまでにも相当期間が経過しているなど、行動に切迫性を欠いている
⇒難民該当性を否定。
  判断 ウガンダの一般情勢等についても子細に検討し、
同国政府が、FDCの役職員や指導的立場にある者のみならず、集会や抗議活動に参加するFDC党員一般に対して、発砲、催涙ガスの発射、暴行、逮捕・拘留、集会の阻止などの行為を行っていることを認定

ウガンダの前記情勢では、指導的立場にあるとまでいえなくとも、XのようにFDC党員として実質的な活動をし、集会に参加して積極的に発言をしたり、動員役員としてFDC支援を募る有意な活動をしたりしていれば、迫害の恐れはあり、、実際に、Xは、親政府勢力から襲撃を受け、反政府活動を止めるように警告も受けている

難民該当性を肯定。
Xの供述の信用性について、
①複数の重要な事実について客観的裏付けがあり、
②難民該当性に関する中核的事実についての供述が具体的で一貫しており
③ウガンダの客観的情勢とも整合
⇒信用性を肯定。
  解説 「難民」の要件である「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」ことが認められるためには、その者が主観的に迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているだけでなく、通常人がその者の立場に置かれた場合に迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要。
  民事p51
東京高裁H28.8.12  
  遺産分割の方法についての判断
  事案 被相続人の妻であるXが、いずれも被相続人とXとの間の子であるY1及びY2に対し、被相続人の遺産の分割を求める審判 
  原審 法定相続分に従い、
Y1の自宅の敷地となっている本件土地を除く不動産及び金融資産をXに、
Y2が保管する現金の大半をY2に、
同現金の一部をY1に取得させるほか、
Y1が取得を希望したものの代償金を支払う資力がない⇒換価競売を命ずることとした本件土地の換価代金の1割をXに、その9割をY1に取得させる旨の審判。 
  Y1:本件土地の競売による換価代金が評価額より低廉なものとなるのは必至⇒原審の分割方法によるとY1のみが著しく不利益を被ると主張して抗告。 
Xが死亡し、Xの相続人であるY1及びY2がXの地位を承継。
Y1及びY2は、本件遺産分割手続においてXが取得すべき財産をY1とY2の間で更に具体的に分割することには同意せず、また、両名とも不動産の取得を希望せず。
  判断 金融資産及び現金をY1とY2の具体的相続分(本件では法定相続分と同じで2分の1ずつ)の割合に従ってY1とY2に均等に取得させ
不動産の全てについて換価競売を命じた上で、競売により取得する換価代金の一部について、Y1とY2に均等に取得させた。

遺産分割申立事件において、現金等の分割とともに不動産の換価競売を命ずる場合には、競売による換価代金が当該不動産の評価額と異なるものとなることが避けられないから、当事者間の公平を図るためには、換価代金は、出来る限り、各当事者の具体的相続分の割合に応じて分配するのが相当である。
遺産分割申立事件の係属中に相続人が死亡し、不動産の換価競売に基づく換価代金の一部を死亡した当該相続人に分配すべきこととなる場合には、同部分は同人の相続人らの遺産共有状態にある⇒同人の相続人らに相続分に従って保管させるのが相当

Xに分配すべきこととなる前記換価代金の残部について、Y1及びY2に均等の割合で保管させることとして、主文において、Y1及びY2に均等の割合で交付する旨を明らかにした。
  解説 遺産の一部について換価競売を命ずる場合の遺産分割の具体的方法:
①競売する遺産の価額をあらかじめ評価して他の遺産と合算し、各相続人の具体的相続分により算出した具体的相続分額から、各相続人が他の遺産から取得する財産の価額を控除して、各相続人が換価代金から取得すべき額を算出し、これを割合化して、審判の主文において換価代金を当該割合で分配する旨を定める方法 
②審判の主文において、現物分割により相続人が取得した遺産の分割時における価額と将来換価によって得られる金額とを合算して、これを具体的相続分に応じて分配すべき旨を定める方法
③換価競売に付す遺産とその他の遺産を区別し、競売した遺産については、その換価代金を具体的相続分率により分配する方法
①⇒換価代金額と評価額との乖離による相続人間の不公平
②⇒競売終了時まで遺産の総額が確定しないことによる難点
③⇒総合的解決という遺産分割制度の趣旨に沿わない
結論的には①か③が妥当とされる。
原審判は①の方法
遺産を構成する財産の種類や性質、評価額によっては、この方法によらざるを得ない場合もあり、原審判も、遺産取得に関する各相続人の意向や、遺産の利用、管理状況等を考慮して、この方法によった。
本決定は、原審判後にXが死亡したという事情の変更もあって、原審判とは異なる分割方法を採用し、総合的な解決を図りながら、できる限り、当事者間の衡平に適う分割方法を採用するのが相当であることを明らかにした。
共有物について、遺産分割前の遺産共有の状態にある共有持分(遺産共有持分)と他の共有持分とが併存する場合における共有物分割に関する事案について、
最高裁H25.11.29:
遺産共有持分を他の共有持分を有する者に取得させ、その価格を遺産共有持分を有する者(遺産共有持分権者)に賠償させる方法により共有物を分割する場合には、当該賠償金は遺産分割の対象となり、当該賠償金を支払を受けた遺産共有持分権者は遺産分割がされるまでこれを保管する義務を負うとした上で、
裁判所は、当該共有物分割の判決において、各遺産共有持分権者において保管すべき賠償金の額を定めた上で、遺産共有持分を取得する者に対し、各遺産共有持分権者にその保管すべき額の賠償金を支払うよう命ずることができる。
  民事p55
東京高裁H28.5.26   
  信用保証協会の主張する免責の抗弁に理由がないとされた事例
  上告審 Yの動機の錯誤を認めた上で、保証契約の性質に照らしつつ、保証契約締結当時における当事者双方の合理的意思を検討し、債務者が反社会的勢力ではないことが当該保証に係る法律行為の内容となっておらず、Yの意思表示に要素の錯誤はない。

公訴棄却は寝k津を破棄した上、Yの保証債務の免責の抗弁等について更に審理を尽くさせるために、本件を東京高裁に差し戻した。 (最高裁H28.1.12)
  争点 Xが「保証契約に違反したとき」に当たるか(免責の抗弁) 
  判断 中小企業者等が金融機関から貸付け等を受けるにつき、信用保証協会がその貸付金等の債務を保証する場合には、金融機関及び信用保証協会は、保証契約に関する基本契約上の付随義務として、個々の保証契約を締結して融資を実行するのに先立ち、相互に主債務者が反社会的勢力であるか否かについてその時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められる調査をすべき義務を負う。
Xがこの義務に違反して、その結果、反社会的勢力を主債務者とする融資について保証契約が締結された場合には、本件約定書に定められた免責条項であるXが「保証契約に違反したとき」に当たると解するのが相当である(前記上告審)。
●  ①本件保証の締結当時において、反社会的勢力対応部署を整備して一元的な管理態勢を構築すること、
②融資に伴う審査等の通常業務の中で、主債務者及びその関係者について反社会的勢力でないかどうかを調査、確認すること、
③前記部署において反社会的勢力に関する情報を一元的に管理したデータベースを構築し、取引先の審査に活用すること
が金融機関において求められていたといえる

これらの方法を用いて反社会的勢力か否かの調査を行うことは一般的に行われている調査方法に含まれる。
金融機関において、本件各保証締結当時、警察に対する反社会的勢力であるか否かの照会は可能⇒以上の調査方法により相手方が反社会的勢力であることの疑念が生じるなど、必要な場合には警察に対しても相手方が反社会的勢力か否かについて情報提供を求めることも一般的に行われている調査方法に含まれる。
本件各消費貸借の際に、Xは反社会的勢力対応部署を設けていたが、主債務者の審査業務等において徴求した審査資料や訪問調査時に反社会的勢力であることをうかがわせる事情は認められず、前記部署において構築されたデータベースやその他利用可能なデータベースを用いても該当結果が出なかった

Xは、主債務者が反社会的勢力であるか否かについて、その時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められる調査は行っていた。
⇒「保証契約に違反したとき」には当たらず、抗弁には理由がない。
  民事p62
東京地裁H28.8.25 
  遺言能力欠如⇒公正証書遺言無効
  事案 亡Aの相続人であるXら(Aの前夫の子ら)が、Aの公正証書遺言による遺言における受遺者ないしその相続人であるYらに対し、Aの遺言能力の欠如を理由として、本件遺言が無効であることの確認を求めた事案。 
  判断 本件遺言当時のAの遺言能力を否定。 
(1)Aに遺言をするに足る意思能力がなかった旨の意見を述べる医師の意見は、Aの経歴、診察経緯及びその内容等に照らし、少なくとも医学的観点から見た当時のAの精神状態の評価に関しては、疑問を差し挟むに足る証拠は見当たらない。
(2)Aが遺言能力を有していた旨の前記公証人の供述等は、
①その前提において医学的根拠がない部分があるなどその根拠に乏しい
②Aと公証人との面談時のやりとりにおいてAの能力に疑問を抱かせる点がある
⇒遺言能力を認めるに足りる的確な証拠であると評価できない。
(3)本件遺言当時のAが遺言能力を肯定するに足りるほどのコミュニケーション能力を有していたと認められない
(4)本件遺言当時のAは、Y夫婦に財産の全てを相続させたいとの意思を明示し、他の相続人に財産を分けない理由を自発的に述べていたが、それは、自分が置かれた現実の状況を理解・把握する能力を失っているAをY夫婦が誘導することによってされたものであるとみるのが相当

本件遺言当時のAは、医学的観点はもとより、法的観点から見ても、遺言能力を欠いていたと認めるのが相当。
  解説 遺言能力についての規定
①遺言能力具備の要件として15歳に達することが求められる(民法961条)
②行為能力に関する総則既定の適用が排除(同法962条)
③遺言能力は遺言時に有することが求められる(同法963条)
but
遺言能力についての明確な定義規定なし。
遺言能力の意義については、前記年齢要件のほかは意思能力と同様に解した上で、
その有無の判断に際しては、
①一般的な事理弁識能力があることについて医学的判断を前提としながら、
②それとは区別されるところの法的判断として、当該遺言内容について遺言者が理解していたか否かを検討すること
が一般的に是認されている。
裁判実務上、主として、
①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度
②遺言内容それ自体の複雑性
③遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等といった諸事情が考慮されている。
今日、公正証書遺言でさえも裁判で無効とされることも珍しくないとされている。
  民事p71
東京地裁H28.3.30 
  自筆証書遺言の日付の記載が故意による不実記載⇒遺言無効
  事案 X及びYの母であるAを遺言者とする自筆証書遺言(平成19年12月21日付)について、Xが、本件遺言書はYが偽造したものであり、本件遺言は無効である
⇒Yに対し、本件遺言が無効であること及び本件遺言書を偽造したYが相続人の地位にないことの各確認等を求める事案。
  規定 民法 第968条(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
  判断    ①Aの認知症に係る診断経過、
②本件遺言書の作成日付である平成19年12月21日前後からA死亡時までの間のAの財産をめぐるXとYの交渉経緯等
を認定
  ●本件遺言書の有効性:
Yは、Aの財産をめぐるXの振る舞いに対する不信感又はこれに類する情を高じさせて、平成20年4月23日より後のいずれかの時点で、本件不動産をYに取得せしめる内容の本件遺言につき、Aの他の不動産の売買の日と同じ平成19年12月21日にされた意思表示としての体裁を整えることとした上で、本件遺言書の作成に関与したものと推認するのが合理的。

①本件遺言書は、平成20年4月23日より後の日において、平成19年12月21日まで日付を意図的に遡らせて作成されたものと推認。
②自筆証書による遺言に際し意図的に真実の日付と異なる日付が記載された場合には、民法968条1項所定の要件の1つである自書による日付の記載があるとはいえない

本件遺言書にはついては、Yの抗弁と位置付けられる自筆証書の要件の立証がないことに帰し、有効性は認められない
  ●Yが本件遺言書を偽造したか否か 
①本件遺言書がAの自筆によるものとは断じることができず
②本件全証拠によっても、本件遺言書の作成へのYの関与の具体的な態様を認定することはできない

Yが本件遺言書を偽造したとは認められない。
  解説 自筆証書遺言に日付の記載が要求されている。

①遺言作成時の遺言能力の有無を確定するための基準や②互いに抵触する内容を持つ遺言書の有効性を判断するための遺言の先後を決定するための基準となる。

日付を欠く遺言は無効であり、たとえ日付の有無によって遺言の内容に疑問の生じる余地がない場合でも無効(判例・通説)。
遺言書に日付の記載はあるが、それが真実の遺言作成日と一致していないとき
(1)故意の不実記載⇒無効(通説)
(2)錯誤による誤記の場合
自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違しても、それが①誤記であること及び②真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、遺言はそれによって無効となるものではない(最高裁昭和52.11.21)。
本判決は、本件遺言が(1)の場合に当たるとして、これを無効としたもの。
遺言無効確認訴訟では、一般に、
①遺言無能力、②遺言書の偽造(自筆証書遺言の自書性)、③方式違背、④公序良俗違反等の法律行為の一般的要件の欠如、⑤錯誤無効・詐欺取消しなど多数の無効原因が主張されるのが通常。
  民事p77
東京地裁H28.9.30  
  社会保険事務所の担当者の説明・回答の誤り(⇒時効消滅)と国賠請求(肯定)
  事案 厚生労働大臣から遺族厚生年金の支払裁定を受けたXが、その裁定を受けるまでの間に、複数の社会保険事務所において、遺族厚生年金の受給の可否を相談⇒各職員から受給はできないとの誤った説明ないし回答⇒遺族厚生年金の受給権の一部が消滅時効にかかり支給を受けることができなかったことから損害を被った⇒Y(国)に対し、国賠法1条1項に基づき、消滅時効の完成を理由に受給できなかった年金総額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  判断 ●国賠法1条1項の違法な行為の有無 
・・・・このような事情の下では、平成4年6月15日の年金相談を担当した本件担当職員は、X及びBからの説明内容を踏まえ、配偶者要件充足の可能性を認識した上で、XがAの死亡時に離婚していた場合、原則としてAの遺族厚生年金を受給することはできないが、もし、配偶者要件及び生計維持要件を充足する事実関係が認められたとするならば、XがAの遺族厚生年金を受給することができる可能性もある旨説明すべきであったというべきであるのに、本件担当職員は、このような説明をすることなく、また、配偶者要件や生計維持要件の充足に関する事情を聴取することもないまま、死亡時に離婚していたので遺族厚生年金を受け取る方法はない旨誤った説明、回答を断定的にしたものといえ、これは、職務上の法的義務に違反する国賠法1条1項の違法な行為に該当する。
  ●損害額 
①平成22年10月15日の裁定請求の際のX及びBの対応⇒平成4年6月15日の年金相談において遺族厚生年金を受給することができるかもしれない旨の説明を受けていれば、X及びBは、速やかに、必要な書類を調査、収集して、遺族厚生年金の給付を請求したものと認めるのが相当。
②Xが平成4年6月15日の年金相談の後、速やかに遺族厚生年金の支給を請求すれば、そのころ社会保険庁長官により遺族厚生年金支給の裁定が行われ、Xは、平成22年の裁定では消滅時効が完成したためにXへ支給されなかった昭和62年9月分から平成17年7月分までの遺族厚生年金をも受給することができたと認めるのが相当。

時効消滅したXの遺族厚生年金の昭和62年9月分から平成17年7月分の合計額が・・・相当因果関係のある損害といえる。
Xは・・・平成8年9月分から平成17年7月分までX自身の老齢厚生年金合計338万8646円を受給しているが、これは、仮に平成4年6月に、Aにかかる遺族高裁年金支給の裁定が行われていれば受給することのなかったもの

これを・・時効消滅額から控除した1433万9869円が、本件でXがYに請求することが可能な損害額と認めるべき。
  ●消滅時効の可否 
Xは、相談担当職員の誤った回答で遺族厚生年金の受給権が時効消滅したとして、国に対して時効消滅した年金受給権及び遅延損害金を請求する旨の平成25年11月6日付けの通知書を消滅時効完成前の同月7日に受け取っているところ、この通知書により、Xは、本件損害賠償請求についてYへ催告したものと認められる。
⇒仮にY主張の日が本件の損害賠償請求権の消滅時効の起算日となるとしても、上記の通知書による催告によってY主張の消滅時効は中断。
⇒消滅時効完成についてのYの主張を否定。
  民事p85
京都地裁H28.5.27   
  地方公共団体が発注したプラント設備工事の契約解除等。
  事案 原告(地方公共団体)と被告(請負人)との間で締結された廃棄物焼却の後に排出される焼却灰を溶融する施設のプラント設備工事を内容とする請負契約(請負代金112億4550万円)について、被告による工事がなされたが、当事者間で工期が何回か変更され、最終引渡期限前で被告による引渡前の第二次試運転中に、設備に不具合(ダスト堆積)が生じた。
⇒被告が期限までに工事を完成させることが不可能となったなどとして、原告が、最終引渡期限より約1か月前に、契約を解除。 
工事途中において、原告は、被告に対し、出来率97%であるとの検査結果を通知し、請負代金約88%を支払っており
被告は、原告に対し、1162日分の工事遅延損害金合計23億円余を支払っていた。
請求  原告が被告に対し、
契約解除は有効であり、本件プラントの解体撤去及び損害賠償に関する合意(本件解体撤去等の合意)も成立したなどと主張し、
主位的に
①本件プラント設備全体の解体及び撤去
②損害賠償金68億円余及びこれに対する遅延損害金の支払
③既払請負代金98億円及びこれに対する遅延損害金の支払
を請求し、
主位的請求①について、予備的に、解体撤去費用相当額17億円余及びこれに対する遅延損害金を請求。
反訴請求:
被告が原告に対し、原告が工事の進捗を妨害し、工事を完成させることが社会通念上不能となったなどと主張し、本件契約に基づき、請負残代金の支払を請求。
  争点 ①本件解体撤去等の合意の成否
②本件請負契約の解除の有効性
③解除が有効である場合の解除の範囲
④被告の原告に対する請負残代金請求の可否 
  判断 ●争点①(本件解体撤去等の合意の成否)について
原告は、本件解体撤去等の合意の意思を一貫して有し、明示的に申し込みをした。
被告の承諾について:
①株主代表訴訟のリスク等を理由に難色を示していた
②100億円以上の負担を被告が承諾する動機に乏しい
③被告担当者は、あくまで現行の要望を協議する意図で調整を図っていた
⇒否定
⇒本件解体撤去等の合意の成立は認められない。
  ●争点②(解除の有効性) 
◎適用される民法上の規定
①予定された工程を一応完了したといえるためには、少なくとも発注仕様書において予定されていた第二次性能確認試験合格が必要
②被告は同性能試験に合格しておらず、いまだ予定された工程を完了していない
⇒請負の担保責任ではなく、債務不履行一般の規定が適用される。
  ◎履行遅滞に基づく解除 
①本件請負契約上、債務不履行に基づく解除原因は、
「責めに帰するべき理由により」「工期又は工期経過後相当期間内に工事を完成する見込みがないと認められる場合」と規定。
②被告が、本件請負契約の変更契約によって合意された期間までに本件プラントの完成検査に合格できなかった
⇒契約上の履行期徒過を認めた。
but
①本件請負契約の規定(損害金を徴収しての工期延長規定)
②被告が同規定に基づく遅延損害金を支払っていること

被告は、原告に対し、同規定に基づき、引渡期限延長の申込みを行い、
原告は、被告に引渡期限を厳守すること等を内容とした「厳命書」を交付した時点で、被告の前記申込みを少なくとも黙示的に承諾
本件契約の履行期は平成25年8月末日まで延長された。
第二次試験運転時に発生したダスト堆積の発生により、前期債務不履行に基づく解除の各要件が満たされるか?
①同試験に使用された焼却残さ成分は、第一次試運転時と異なり、設計図書において設計値として記載された値を上回っており、性能評価会議の有識者もダスト堆積原因を明確に特定できていない
②被告が立案したプラント内部の形状変更や堆積したダストを空気圧で排除しして体積を防止するスチームブローを移設すること等の対策工事の有効性が、事後的な実験ではあるが確認された

原告による解除の意思表示時点で、本件請負契約上の解除要件は満たされていない。
原告の解除に至る意思決定の過程には、原告の協力義務に違反するものがあると評価できる⇒受領遅滞の成立を認め、このような点からも債務不履行による解除が否定される。
  ◎履行不能に基づく解除 
①本件請負契約には一定の開発行為が含まれ、想定外の不具合の発生及びその是正の必要が生じ得る⇒不具合の発生から直ちに履行不法となるとはいえない
②被告提示のダスト堆積への対策工事の有効性が確認できる
③プラント内の炉内圧力(正圧)による蒸気噴出の問題は、負圧状態の維持の仕組みが整っていたと認められる

本件請負契約における仕事完成債務は社会通念上履行の期待可能性がないとはいえず、履行不能であるとは評価できない。
  争点④(被告の原告に対する請負残代金請求の可否)
①被告の仕事完成債務について、被告が工事を完成させることができないのは、技術的対策工事の面ではなく、原告が被告の対策工事を明確に拒絶していることが原因
②原告がそのような態度をとる原因となる事情があり、本件工事未完成の責任が、一概に原告のみにあるとまではいえず、被告にも原告の頑なな態度を招いた面も否定できない

原告が被告の対策工事を明確に拒絶していることのみから、ただちに社会観念上の履行不能と評価すべき事案ではない。

公益上重要な施設の将来にかかわり、巨額の公的資金の使途における有効性にかかわる
⇒原告の翻意がいまだ期待される。

仕事完成債務が履行可能と解すべき事案であるとして、民法536条2項の履行不能に当たらない。
反訴請求が既払部分を除く完成部分の請負残代金請求であると解したとしても、当該請求の根拠がない。
  解説 債務不履行の一類型としての「履行不能」は、一般には、債務の対象が不存在又は滅失するなどの物理的不能の場合や、物理的には履行可能であっても、社会通念や取引通念によって債務者による履行の実現が期待できない場合をいうと解されている。
  商事p111
東京地裁H28.5.26   
  分割型新設分割に伴って実施された剰余金配当に対する否認権行使(否定)
  事案 会社法(平成26年法律第90号による改正前のもの)763条の12号ロに定める形態による新設分割(いわゆる分割型新設分割)に伴う剰余金配当に対する、否認権行使の可否が問題となったもの。 
  事実 A社は、以下の内容で、B社を新設設立する会社分割を行った。
①A社は、その保有するP事業に属する資産・負債をB社に承継させる。
②B社は本件会社分割に際して普通株式200株を発行し、A社に交付。
③A社は、会社分割効力発生日に、B社から割当交付された株式の全てを、会社法736条12号ロの規定に基づく剰余金の配当として、Xに交付。
④A社は、会社分割に当たり、会社法所定の債権者異議手続を履践したが、所定の期間内に異議を述べたA社の債権者はいなかった。 
その後、A社は再生手続開始の申立て
⇒裁判所は、Yを監督委員に選任し、A社につき再生手続開始の決定。
Yは、前記会社分割に際して行われた会社法763条12号ロの規定に基づく剰余金配当について、民事再生法127条1項1号又は同条3項に該当すると主張して否認の請求⇒裁判所はそれを認容する旨の決定(原決定)。

XがYに対し、原決定の取消しと否認の請求の棄却を求めた。
  判断 分割型新設分割が会社法所定債権者異議手続を経て行われた場合には、特段の事情がない限り、分割型新設分割に伴って行われる剰余金の配当に対して否認権を行使することはできない。
but
債権者異議手続において備置された事前開示書面の記載内容に、債権者が会社分割に対して異議を申し立てるか否かの判断を誤らせるような虚偽の記載がある場合は、前記特段の事情があるものとして、否認権行使が可能である場合がある。
  解説  会社分割が濫用的に用いられる場合の債権者保護の方途として、
会社法上は、会社分割無効の訴えが規定。
but
出訴期間や原告適格に制限

会社分割に対する否認権や詐害行為取消権の行使など、会社法以外の法令に基づく権利行使による債権者保護が求められる事案がある。 
新設分割に対する詐害行為取消権の行使を認めた最高裁H24.10.12:
新設分割は、新たな会社の設立を内容に含む会社の組織に関する行為

このような性質からすれば、当然に詐害行為取消権行使の対象になると解することはできず、その可否については、「新設分割に関する会社法その他の法令における諸規定の内容を更に検討して判断することを要する」
本判決:
①分割型新設分割が物的分割とは異なる効果(分割会社と設立会社を親会社の下に対等な関係で分社化する)を実現するもの
②通常の新設分割とは異なり債権者異議手続の対象が全ての債権者に拡大されている
③剰余金配当につて財源規制が課されない

剰余金配当に対する否認権行使の可否は、「会社分割と密接に関連する法律行為」であって、「これに対する否認権行使の可否については、『会社の組織に関する行為』である会社分割に準じ、新設分割に関する会社法その他の法令における諸規定の内容を更に検討して判断することを要する」。

分割型新設分割に伴う剰余金配当について、新設分割と一体となって独自の経済的効果を実現するスキームの一部であると位置づけ、従って組織再編の法的安定の要請が働き、当然に否認権の対象となるものではなく、新設分割の否認に準じた慎重な判断を要する。
  本件の会社分割は、分割型新設分割⇒全ての債権者が債権者異議手続の対象となっていたところ(会社法810条1項2号)、所定の期間内に本件新設分割に対して異議を述べた債権者がいなかった。
⇒全ての債権者に承認擬制(会社法810条4項)の効果が及んでいた。
  ①新設分割当時既に存在した債権者については、債権者異議手続による権利保護の機会を与えられていた
②分割型新設分割の後に分割会社に対して債権を取得した債権者については、そのような新設分割が実施されたことや、当時の分割会社の財産状態を前提として再建を有するに至ったこと

新設分割に求められる法的安定性の要請に反してまで否認権の行使を認めることにより保護すべき利益があるとは言い難い。
  労働p129
東京地裁H28.11.30  
  大学の専任教員の定年後の再雇用拒否につき、労契法19条2号が類推適用された事例
  事案  被告:大学等を設置する学校法人
原告:被告との間で機関の定めのない労働契約(「本件契約」)を締結し、平成18年4月1日から平成27年3月31日まで、同大学総合政策学部の専任教員として勤務し、定年を迎えた者。 
  被告の就業規則において、専任教員の定年は、満65歳に達した日の属する学年度の末日と規定。
この特例として、「理事会が必要と認めたときは、定年に達した専任教員に、満70歳を限度として勤務を委嘱することができる。」との専任教員の定年に関する特別規定。
これまで定年後も引続き勤務を希望する専任教員については、本件規程に基づき、特例専任教員として、70歳まで1年間ごとの嘱託契約を締結。
but
原告は再雇用契約を拒否された。
  主張 原告は、
主位的に
①本件契約には定年を70歳とする合意が存在する
②定年を70歳とする労使慣行が存在する
と主張し、
予備的に
③本件契約には専任教員として65歳の定年になった後、70歳まで特別選任教員として再雇用する旨の合意が存在する、
④仮に①から③までの合意や慣行が存在しなかったとしても、原告には、定年後70歳まで特別専任教員として本件再雇用契約が締結されるものと期待することについて合理的な理由があるといえるから、雇止め法理が類推適用される。

被告に対し、特別専任教員としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた。
  判断 主張①について:
原告が被告との間で、被告の就業規則と異なる70歳定年制の合意をしたものと認めることはできない。
主張②について:
①本件規程が形骸化しているとはいえない
②本件再雇用契約を締結しした教員は希望者の全員とはいえ15年間で7名にとどまる
⇒70歳定年制の労使慣行が事実たる慣習(民法92条)として成立しているとはいえない。
主張③について:
被告が、大学教員としての勤務実績のない原告を採用する際に、定年後(9年後)の再雇用を予め確約しておくことは、社会通念上考え難い
⇒70歳まで特別専任教員として再雇用する旨の合意が成立しているとはいえない。
主張④について:
(1)
①原告の採用を担当した理事が70歳までの雇用が保障される旨の説明をしており、
②採用決定後の説明会においても、事務担当者が、就業規則を示しながら定年後は70歳まではほぼ自動的に勤務を委嘱することになる旨説明

これらの言動は、本件再雇用契約締結に対する期待を相当持たせる言動。
(2)平成26年8月までの間、本件再雇用契約の締結を希望した専任教員の全員が再雇用契約を締結して70歳まで契約更新を繰り返してきた

原告において、定年後、本件再雇用契約が締結されると期待することが合理的。

労契法19条2号を類推適用し、津田電気計器事件(最高裁H24.11.29)を参照した上で、本件再雇用契約の成立を認め、原告の請求を認容。
  規定 労働契約法 第19条(有期労働契約の更新等)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
労働契約法 第7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
  解説 津田電気計器事件:
①継続雇用制度(高年法9条1項2号における継続雇用基準(同条2項))を満たしていた労働者が、定年後に終結した嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があると認められるときは、特段の事情のない限り、使用者において再雇用を拒否することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、
②嘱託雇用契約終了後も継続雇用規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については継続雇用規程の定めに従うことになる。
津田電気計器事件は、高年法の適用があり継続雇用基準を満たしている事案。
本件事案は、65歳以降の再雇用の問題であり、高年法の適用がなく、再雇用基準(本件規程)に使用者の裁量が認められている点が津田電気計器事件と異なる。
高年法が求める定年が65歳
⇒本件規程のような使用者に一定の裁量を与える形の就業規則を設けたとしても、合理性のある条項として有効(労契法7条)。
⇒再雇用の採否は、原則として、使用者の裁量に委ねられ、使用者による再雇用拒否が違法となるのは例外的な場合。
仮に違法となる場合には、使用者に対し、①不法行為に基づく損害賠償請求を求めることが考えられ、さらに、②再雇用契約上の地位確認まで求めることができるか、その理論構成や津田電気計器事件の射程距離が問題。
  本件契約は、有期労働契約ではなく、定年によって終了したものであるが、
本判決は、
①労契法19条2号の趣旨が、定年後も再雇用されて雇用が継続されるものとの合理的な期待が存在する場面でもあてはまると判断して、労契法19条2号の類推適用を肯定するするとともに、
②その結果生ずる法律関係については、津田電気計器事件の考え方を参考にして、再雇用契約の成立を認めたもの。 
  刑事p138
東京高裁H27.10.30  
   
  事案 天候の悪化による遭難事故についての登山の引率者の過失責任が問われた事例。 
  判断・解説  ●結果の予見可能性 
◎  ①過失責任を問うためには、普通に注意していれば天候の悪化による遭難事故の発生を予見することができたにもかかわらず、必要な注意を欠いてその予見をせずに登山を続行した、といえることが必要。
②遭難事故となる危険性のあるような天候の悪化が予見できれば、遭難事故を避けるために登山を中止することが期待できる。

過失判断の前提としての予見の内容としては「遭難事故となる危険性のあるような天候の悪化の可能性」でたり、それ以上に「現に生じたような著しい天候の悪化の可能性」は予見の対象とならないというべき。
~一審判決が、現実の因果的経過を逐一予見することまでの必要はなく、ある程度抽象化された因果的経過を予見することが可能であれば十分といえると判断したのと同様の理解により、その判断を是認。
過失犯の成立要件の予見可能性:
具体的予見可能性説(構成要件該当事実の具体的予見可能性が必要であるとする見解)が判例・通説。

どの程度まで結果発生の危険が認識可能であれば予見可能性を肯定してよいかが問題。 
判例:
予見の対象としての因果経過はある程度具体的なものである必要があるものの、現実結果発生に至る因果の経過を逐一具体的に予見することまでは必要ではなく、ある程度抽象化された因果経過(「因果関係の基本的部分」)が予見可能であれば、過失犯の成立要件としての予見可能性が認められる。
  ●結果回避義務 
  本件における結果の予見可能性の内容⇒被告人には、遅くとも、被害者らの生命、身体に対する危険を生ずる結果を回避することが可能であったと認められる尾根の途中で、登山を中止して避難小屋に引き返すなどの対応をとる義務があったというべきであるとして、これを肯定。
結果回避義務の検討にあたり、「優良登山ツアーでは、登山者が自己の責任で行う通常の登山の場合と異なり、登山者は、登山中の安全の確保についてツアーの引率者に依存するところが大きいと考えられる」

引率者が、引率の対価を得る有料の企画か否かも、責任の有無に関係している可能性。
  過失犯の正否の検討:
結果から遡って、結果と因果関係が認められる過失行為を抽出した上で、行為者の結果回避義務の存否及び内容を検討していく方法。
その内容として複数のものを考え得ることもある。 
     
     
2327   
  行政p9
最高裁H28.12.20  
  辺野古湾の埋立承認取消しの取消しをしないという不作為の違法の確認を求めた事案
  事案 日本と米国との間で返還の合意がされた普天間飛行場の代替施設を名護市辺野古沿岸域に建設する事業(「本件埋立事業」)につき、沖縄防衛局が、前沖縄県知事から公有水面埋立法42条1項に基づく公有水面埋立ての承認を受けていた
⇒沖縄県知事が、本件埋立承認に違法の瑕疵があるとしてこれを取り消した
⇒国土交通大臣が、沖縄県に対し、本件埋立承認取消しは違法であるとして、地方自治法245条の7第1項に下づkい、本件埋立承認取消しの取消しを求める是正の指示をしたものの、現知事が、本件指示に基づいて本件埋立承認取消しを取り消さない上、法定の期間内に是正の指示の取消訴訟を提起しない
⇒地自法251条の7に基づき、現知事が本件指示に従って本件埋立承認取消しの取消しをしないという不作為の違法の確認を求めた事案。
  原審 本件埋立承認取消しは本件埋立承認に裁量権を逸脱・濫用した違法があるいえないにもかかわらず行われたものであるなど違法であって、
それに対する本件指示は適法であるとした上で、現知事が本件指示に従わず、本件埋立承認取消しを取り消さないのは違法であり、国土交通大臣の請求には理由がある。
  判断 上告棄却 
  解説  ●処分の職権取消しの適否に係る判断の在り方について
本件埋立承認取消しの適否を判断する前提問題として、行政庁が処分に瑕疵があることを理由に職権取消しをした場合に、その適否が訴訟上争われたときの判断のあり方が問題とされた
処分の職権取消し:
違法又は不当の瑕疵を有するものの、一応有効である処分につき、行政庁が、職権によりその成立当初に存在した瑕疵を理由にして効力を失わせること。
~行政庁が、後発的事情を理由にして効力を失わせるという講学上の処分の撤回とは区別される概念。
処分の職権取消しは、当該処分の根拠規定等に職権取消しに関する規定があればそれにより規律されるが、そのような規定がない場合であっても、処分に瑕疵があれば職権取消しは許され、そのこと自体に異論はない。
処分が違法であるとまではいえず、不当であると評価されるにとどまる場合に、当該処分の職権取消しが許されるか?
原審:
いわゆる授益処分の取消しの場合には、原処分が違法であることを要し、原処分に不当又は公益目的違反の瑕疵があるにすぎない場合には職権取消しをすることができない。
but
処分の職権取消しが許容される根拠は法律による行政の原理又は法治主義の観点によるものと考えられるところ、当該処分に処分を取り消すに足りる不当があるのであれば、同様の観点からは職権取消しをすることが許容されると解するのが相当。
最高裁判例においても、処分に不当がある場合にも職権取消しをすることができることを前提に、職権取消しの制限について判断を示すものがある(最高裁昭和43.11.7)。
また、学説上も、原処分に不当の瑕疵があるにすぎない場合であっても職権取消しをすることができるとする見解が多数。

本判決は、原処分に不当又は公益目的違反の瑕疵があるにすぎない場合には職権取消しをすることができないとする見解を採用しなかった。
本件における裁判所の裁量審判の対象となるのは、原処分である本件埋立承認に係る前知事の判断か、本件埋立承認取消しに係る上告人(現知事)の判断か?
行政庁が処分に違法又は不当(「違法等」)があることを理由に職権で取り消す場合には、そのような違法等が客観的に存在することが求められる。

原処分に違法等があるとはいえない場合には、原処分を取り消す理由がない⇒原処分の職権取消しをすることは違法。

職権取消しの適否が争われる訴訟においては、原処分に違法等があるか否かが直接の審理判断の対象となる。
職権取消しの対象とされた処分が裁量処分である場合には、裁量権の逸脱、濫用がある場合に違法等があることになる⇒原処分に係る行政庁の裁量判断の当否を審理判断すべきとするのが当然の帰結。
●  ●本件埋立承認が第1号要件に適合するか否かについて 
公有水面埋立法4条1項1号は、免許基準(承認基準)の1つとして、「国土利用上適正且合理的ナルコト」(第1号要件)を定めるところ、その意義については、当該埋立自体及び埋立地の用途が、国土利用上の観点からして適正かつ合理的なものであることを要する趣旨であるなどと説明されている。
「国土利用上適正且合理的ナルコト」の判断枠組みについては、本判決が判示するとおり、
埋立ての目的及び埋立地の用途に係る必要性及び公共性の有無・程度に加え、埋立を実施することによる国土利用上の効用、公有水面を埋め立てることにより失われる国土利用上の効用等の諸般の事情を総合考慮して判断することになる。
①第1号要件の文言は抽象度の高いもの
②埋立が国土利用上の観点から適正かつ合理的であるかを判断するための考慮要素としては多種多様なものがあり得るという事柄の性質

第1号要件の適合性については、免許権者(承認権者)である都道府県知事が一定の幅をもって裁量的な判断を行うことが予定されている。
そのような裁量判断の当否を裁判所が判断するに当たっては、
①その基礎となれた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、
②事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に当たるか否か
を審査することが相当。
●本件埋立承認が第2号要件に適合するか否かについて
公有水面埋立法4条1項2号は、免許基準(承認基準)の1つとして、「その埋立が環境保全及び災害防止について十分配慮せられたるものなること」(第2要件)を規定。
第2号要件は、「水面を変じて陸地となす埋立行為そのものに特有の配慮事項を定めたもの」とされ、埋立地の竣工後の利用形態ではなく、埋立行為そのものに関して必要となる環境保全措置等を審査するもの。
ここでいう「十分配慮」とは、「問題の現況及び影響を的確に把握した上で、これに対する措置が適正に講じられていることであり、その程度において十分と認められることをいう」と説明されている。
①第2号要件は、「十分配慮」という評価概念ないし不確定概念を用いるところ、第2号要件は、第1号要件と異なり、政策的な判断を求められるというよりは、環境配慮という専門的・技術的な判断が予定された要件。
②一般論としては、不確定概念により定められた要件充足性の判断に当たり行政庁の専門的・技術的判断が求められる場合には、処分行政庁が当該許認可等の要件を充足するか否かにつき裁量的な判断をすることが予定されているということができると考えられる。
個々の許認可処分における行政庁の判断の幅については、許認可要件を定めた法令の規定内容に加え、要件充足性を判断するに当たり検討すべき事項の範囲の広狭や専門性の程度、許認可における第三者専門家の関与の有無等に照らして個別具体的な検討が必要。
①公有水面埋立法は、「その埋立が環境保全及び災害防止について十分配慮せられたるものなること」と定めるのみであり、極めて抽象度の高いものであるといえる。
②公有水面の埋立てが環境にいかなる影響を与えるかや、環境への負荷を回避又は軽減する措置の適否等に係る審査は対象地の自然的条件や環境保全技術等、専門技術的な知見に基づく総合的な判断を要するものであり、かつ、審査すべき事項も広範に及んでいる

第2号要件の適合性に係る承認権者の裁量的な判断の幅はある程度広範にならざるを得ない。
裁判所がそのような専門的・技術的な観点からの判断の当否を審査するに当たっては、
①専門的・技術的知見を踏まえて作成された審査基準等に不合理な点がないかや、
②そのような審査基準等に沿った判断過程に不合理な点がないか
といった観点から審査をするのが適切。
  ●地自法245条の7第1項にいう「法令の規定に違反する場合」の意義 
本判決は、内閣総理大臣又は各省大臣が、その所管する法律またはこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認める場合には、当然に地自法245条の7第1項に基づいて是正の指示をすることができる旨を判示。
  ●地自法251条の7第1項にいう「相当の期間」の意義 
行訴法3条5項(不作為の違法確認の訴え)における「相当の期間」の解釈が参考になる。
同項にいう「相当の期間」については、行為の種類、性質等によって一概にいえないところがあり、具体的事案に即して個別に判断するほかないとされるものの、一応、行政庁が当該行政行為を行うに通常必要とする期間を経過している場合を基準とすべきであるなどと説明されている。
  本判決は、原判決の言渡しから約3か月という比較的短期間で言渡しがされている。

地自法251条7項1号に定める不作為の違法確認の訴えについては、第1審である高等裁判所が訴えの提起の日から15日以内の日を第1回口頭弁論期日として指定する必要があるとされ、また、高等裁判所の判決に対する上告期間が1週間とされるなど、迅速に審理判断がされることが法律上予定されていることを踏まえたものと考えられる。
  行政p17
最高裁H28.10.18 
   
  事案 千葉県議会議員一般選挙についての、選挙無効訴訟。
本件選挙当時、本件条例による定数配分と、平成22年10月の国勢調査による人口に基づく配当基数(各選挙区の人口を議員1人当たりの人口で除しえ得た数)に応じた人口比定数(公職選挙法15条8項本文の人口比例原則を適用した場合に各選挙区lにおいて差異がみられ、本件条例に定められた定数による選挙区間の人口の最大格差は1対2.51、人口比定数による選挙区間の人口の最大格差は1対2.60であり、人口の多い選挙区の定数が人口の少ない選挙区の定数より少ないいわゆる逆転現象は4通り(定数差はいずれも1人)
  規定 公職選挙法 第15条(地方公共団体の議会の議員の選挙区)
8 各選挙区において選挙すべき地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない。ただし、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる。
  判断 公職選挙法15条8項ただし書を適用してされた条例の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に較差が生じている場合において
①地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しており、これを正当化すべき特段の理由が示されないとき、あるいは、
②その較差は前記の程度に達していないが、前記の制定時若しくは改正時において同項但し書にいう特段の事情があるとの評価が合理性を欠いており、又はその後の選挙時において前記の特別の事情があるとの評価の合理性を基礎付ける事情が失われたときは、当該定数配分は、裁量権の合理的な行使とはいえないものというべき。 
前記事実関係等によれば、本件選挙当時における投票価値の不平等は、千葉県議会において地域間の均衡を図るために通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、
また、
①本件定数配分規定においては、各地方公共団体の実情等に応じた当該地域に特有の事情を考慮し、選挙制度の安定性の要請をも勘案しつつ、同法15条8項ただし書を適用して各選挙区に対する定数の配分が定められたものと解されること
②本件選挙当時においいて、選挙区間の人口の最大格差は、人口比定数による選挙区間の人口の最大較差をも下回っていること等

本件条例改正時において、同項ただし書にいう特別の事情があるとの評価がそれ自体として合理性を欠いていたとも、
本件選挙当時において前記の特別の事情があるとの評価の合理性を基礎付ける事情が失われたとも言い難い


本件選挙の施行前に本件定数配分規定を改正しなかったことが同議会の合理的裁量の限界を超えるものということはできない。 

本件選挙当時における本件定数配分規定は、公職選挙法15条8項に違反していたものとはいえず、適法。
また、憲法14条1項の規定に違反していたものともいえない。
  民事p21
最高裁H28.12.19  
  主債務者が中小企業の実体を有しない場合の信用保証協会の保証契約の意思表示の錯誤(否定)
  事案 Y銀行と保証契約を締結し、同契約の保証債務の履行として代位弁済をした信用保証協会Xが、Y銀行に対し、同契約は要素の錯誤により無効であると主張して、不当利得返還請求権に基づき、代位弁済金の返還等を求めた事案。 
  原審 A社が本件事業を行う中小企業者であることは、Xが本件制度を利用した保証契約を締結するための重要な要素であるところ、
A社が事業譲渡によって本件事業を行う中小企業者の実体を失っていたにもかかわらず、Xは、A社が本件事業を行う中小企業体であると誤信して本件保証契約を締結したと認められる。
⇒Xの本件保証契約の意思表示には要素の錯誤があるとして、Xの請求を認容。 
  判断 原判決を破棄し、Xの請求を棄却。 
  解説  信用保証協会法は、信用保証協会の業務を、中小企業者等が金融機関に対して負担する債務の保証等と定めており(同法20条)、信用保証協会は、主債務者が信用保証の対象となるべき中小企業者でないことがあらかじめ分かっていれば、その債務に係る保証契約を締結することはないと考えられる。

保証契約の締結後に主債務者が中小企業者でないことが判明した場合には、信用保証協会が保証契約を締結した動機に錯誤があったということができる。
  最高裁H28.1.12:
保証契約の主債務者が反社会的勢力であることについて信用保証協会に誤認があった事例について、信用保証協会による錯誤無効の主張を排斥。 
本判決:
平成28年最判と同様、当事者の意思解釈上、動機が法律行為の内容とされたものと認められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解すべきことを前提として、
信用保証協会の制度の趣旨及び目的や、当事者の属性に照らし、主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じうることを想定して対応をとることが可能であったが、そのような対応がされていなかった
⇒主債務者であるA社が中小企業者の実体を有するという点に誤認があることが事後的に判明した場合に保証契約の効力を一律に否定することまでを当事者双方が前提としていたとはいえず、当事者の意思解釈上、この点についてのXの動機が保証契約の内容となっていたとはいえない。

Xによる保証契約の錯誤無効の主張を排斥。
一般論として、金融機関には、信用保証に関する基本契約に基づき、主債務者が中小企業者の実体を有するものであることについて、相当と認められる調査をすべき義務があるとし、Xは、Y銀行がこの義務に違反したために中小企業者の実体を有しない者を主債務者とする融資について保証契約が締結されたことを主張立証して、本件免責条項に基づき、保証債務の全部又は一部の責めを免れることができる。 

錯誤により保証契約を一律に無効とせず、調査義務違反による保証債務の全部又は一部の免責の余地を認めることにより、事案ごとの個別具体的な事情に応じて金融機関と信用保証協会との間の利益衡量を図るべきであるとの判断を示したもの。
平成28年最判は、主債務者に関する調査の程度について「その時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて」相当と認められるものであればよいとして、高度の調査義務を課していない。
←主債務者となる者が反社会的勢力であることを調査する方法が実際上限られている。
中小企業者の実体を有しないことについては、融資に係る通常の審査の過程においても、その兆候を把握することができる場合が少なくない
⇒金融機関が、通常行うべき審査を懈怠したり、把握すべき徴候を看過したような場合には、信用保証協会との関係で前記の調査義務違反が認められ得るものと考えられる。
  民事p24
東京高裁H27.2.12  
  養子縁組の実質的縁組意思について判断した事例
  事案 亡Aの長女である被控訴人(原審原告)Xが、Aと控訴人らY1・Y2との間の養子縁組は、縁組当時Aに意思能力がなく、Xの遺留分を減少させることだけを目的としてされたものであり、AとYらに実質的縁組意思もなかったため無効⇒養子縁組の無効確認を求めた事案。
平成22年2月、AとYらは養子縁組をし(Y2は当時11歳であったため、親権者であるCとY1が代諾した。)、同年9月、Aは死亡。
翌平成23年、Xが、AとYらとの養子縁組の無効確認を求め提訴。
  規定 民法 第802条(縁組の無効) 
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
  原審 Aの財産等を巡るXとC及びAの激しい対立という本件各養子縁組の背景⇒本件各養子縁組は、Aが、Cの関与の下、もっぱらXの遺留分を減少させる目的で行ったものであると強く推認され、Aには実質的な縁組意思がなかったものと認められる。
⇒Xの請求を認め、本件各養子縁組は無効。 
  判断  実質的縁組意思の存在を肯定し、本件各養子縁組を有効であると判断して原判決を取り消した。 
養子縁組においては、養親及び養子において、社会通念に照らし真に親子関係を生じさせようとする意思があること、すなわち、親子としての精神的つながりを形成し、親子関係から本来生ずる法律的又は社会的な効果の全部又は一部を目的とするものであることが必要であって、こうした意思を全く含まず、単に別の目的を達成するための方便として、養子縁組の形式を利用したにすぎない場合には、縁組意思を欠くものとして当該養子縁組は無効となると解される。
養子縁組に至った経緯についてのY1の供述等

AはY1(息子の妻)に老後の面倒をしっかり看て欲しいとの考えから養子縁組を決意し、
Y1はAの気持ちに応えて安心させるため養子縁組に応じたと認められる。
⇒両名とも真に親子関係を生じさせようとする意思があったものと認めるのが相当。
原判決は、Y1の供述等の信用性を否定。
but
本判決は、
①Xのような資産がある高齢者も認知症が現れたり、体力的に弱って日常生活を一人ですることが困難になれば心細い思いをするが、そのような境遇で最も頼りたいはずの娘XからFの支配権を奪うような行動に出られた状況で同居していた長男Cの嫁であるY1に最後の面倒を看てもらいたいと考え、親子関係を形成しようとすることは不自然ではない。
②親子としての情愛を有する実子や養子から人的な信頼関係に基づき生活の面倒を看てもらうことなどで得られる安心感や満足感は、ヘルパーなどの第三者から得られるそれとは全く質が異なること等。
⇒Y1の供述等の信用性を認め、実質的縁組意思の存在を肯定。
  ●AとY2(孫) の養子縁組について
①本件と同様の境遇にある高齢者が、可愛がっている孫等に自分の思いを伝え、後を託す意味で、孫等と養子縁組を結ぶことは社会的に必ずしも珍しいものではない
②Aにとって可愛い孫で同居もしていたY2を経済的に援助するとともに、将来的に自分の資産が上手くY2に承継されるのを願い、養子縁組をしようとすることは何ら否定されるべきものではない
③Y2を養子にすることは、Cの希望を叶えるとともに、生活の面倒を看てもらっているY1との関係を円滑なものとし、Y2にも役立つものであって、いわば一石三鳥を期待できた

AにY2と真の親子関係を形成しようとする意思が認められないというものではないし、Y2の法定代理人として養子縁組を承諾したCらにAとY2との間で親子関係を形成させようとする意思があったことも明らか。
  解説 縁組意思を欠く養子縁組は無効(民法802条1号)。
判例・通説:真に親子となろうとする意思(実質的縁組意思)が必要。
  民事p39
名古屋高裁金沢支部
H28.9.14  
  認知症の高齢者を養親とする養子縁組について、意思能力及び縁組意思が否定された事例。
  事案 平成25年8月20日、亡A(大正9年生)を養親、Yを養子とする養子縁組届がYによって提出された(本件養子縁組)。AとYとの間に本件養子縁組以前からの親族関係はない。
本件は、Aの妹であるXが、本件養子縁組についてAの縁組意思の欠如等を主張して、Yに対し、本件養子縁組の無効確認を求めた事案。
  規定 民法 第802条(縁組の無効) 
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
  原審 Aにおいて、本件養子縁組当時においても養子縁組に必要な意思能力を有していたことが認められ、その届出意思がなかったとも認められない。
⇒Xの請求棄却。 
  判断 養子縁組当時、Xに養子縁組にかかる意思能力及び縁組意思がなかったと認められる⇒原判決を取り消し、Xの請求を認容。 
①Aはかねてからその妻との関係で妄想がみられ、遅くとも平成23年8月頃から認知症の症状が現れていた。
②平成24年11月時点で、医師により年齢(92歳)相応の脳萎縮があって、見当識障害及び著しい記憶障害によりアルツハイマー型認知症に罹患し、後見相当の精神状態にあると診断。
③このような状態は、本件養子縁組の届出書の作成、届出がされた平成25年8月20日前後の時点において更に進行し、客観的な所見としては、著名な脳萎縮が認められたほか、長谷川式及びMMSEの数値は高度の認知症があることを示し、しかも、見当識障害及び記憶障害が著しく、尿失禁等の周辺症状もみられた。

本件養子縁組の届出書作成・届出がなされた当時、精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況にあったということができるのであって、仮にAが本件養子縁組届出書に署名押印したとしても、これをもって直ちに縁組意思があったと推認することはできない。
Yは、平成24年11月以前からしばしばAを訪問し、その際にAの身の回りの世話をするなどして、それなりに親しくなっていたことは認められる。
but
①AとYは、本件養子縁組の届出がされるまで、本件養子縁組を周囲の関係者に対し公にしようとした様子は見受けられず、
②Yが養子となった後のAに対する扶養や祭祀承継等のあり方について、具体的な話し合いがされた形跡はなく、
③同居又はこれに類する生活を送ることについても同様であり、かつ、そのような生活が具体的に予定されていたものでもない

AとYとの間で、親子関係を創設するための真摯な協議はなく、少なくとも、Aについて、Yと親子関係を創設する意思があったとみるべき事情はない。
Aは本件養子縁組の届出後、入院先病院の医師や看護師に対し、Yと養子縁組をしたかのような発言をしていた事実が認められる。
but
このような発言は、Aとして、予期に反して入院が続いたことで帰宅願望を強めていたところ、YがAとの面会において同居を示唆するなどし、Aをして退院を期待させるようなことを述べたのを受けてなされたもの。
⇒これらの事情に加えて、当時のAの精神状態を考え併せると、Aの発言は、帰宅願望の文脈で理解され、Yが自分の面倒を見てくれるから退院させてほしいと医師や看護師に訴えることに主眼があったとみるのが相当で、本件養子縁組が有効に成立したことを前提にした発言と解するのは相当でない。 

本件養子縁組時のAの精神状態に照らして、AがYとの間で人為的に養子関係を創設し、扶養、相続、祭祀承継等の法的効果を生じさせることを認識するに足りる判断能力を備えていたとはいえず、かつ、その意思を有していたとも認められない。
⇒Aが、本件養子縁組当時、縁組意思がなかったと認めることができる⇒本件養子縁組は無効。
  解説 民法802条1号は、「当事者間に縁組をする意思がないとき」に縁組を無効とする旨定めているところ、「縁組をする意思」(縁組意思)の具体的内容について、最高裁は、「真に養親子関係の設定を欲する効果意思」と解している(最高裁昭和23.12.23)。
同号は、縁組当事者が意思能力を有しないにもかかわらず、縁組の届出をしたときにも適用があるものとされている(判例)。
半面、その意思能力ないし精神機能の程度としては、「格別高度な内容である必要はなく、親子という親族関係を人為的に設定することの意義を極く常識的に理解し得る程度であれば足りる」(東京高裁)とされている。
  民事p50
東京地裁H28.8.16  
  韓国法での相続分・法定相続分の確認請求(肯定)
  事案 韓国籍を有している被相続人Aは昭和14年頃来日し、昭和20年に原告X1と婚姻し、日本において複数の事業を行い、平成21年8月に死亡。
Aには相続人として、配偶者X1のほか、合計7人の子がいる。 
  法の適用に関する通則法38条は、相続は被相続人の本国法によるとしているところ、韓国民法は被相続人に子が数人ある場合、その相続分は平等であり、被相続人の配偶者の相続分は子の相続分に5割を加算した割合とされている。

X1の相続分は17分の3、子は17分の2となる。
  X1は、Y1らを被告として、Aを被相続人とする相続において、通則法42条を適用して、韓国民法の配偶者の法定相続分の規定の適用が我が国の公の秩序又は善良の風俗に反するとして韓国民法の同規定の適用を排除し、日本民法の配偶者の遺留分割合を最低限の法定相続分として、妻X1の相続分を4分の1、その余の子の相続分を韓国民法に従って平等の割合すなわち28分の3とするべきであるとして、法定相続分割合の確認を求めた。 
  規定 法の適用に関する通則法 第36条(相続) 
相続は、被相続人の本国法による。
法の適用に関する通則法 第42条(公序)
外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。
民法 第899条
各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
民法 第905条(相続分の取戻権)
共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2 前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。
  被告主張 請求の棄却を求めるとともに、
本案前の抗弁として:
遺産分割の前提となる具体的相続分の確認を求める訴えは確認の利益を欠くと解される(最高裁H12.2.24)のと同様に、法定相続分割合の確認を求める本件訴えは、確認の利益を欠き、不適法。 
  判断 ●本案前の抗弁について
法定相続分は、遺産分割の前提となるべき計算上の価値又は割合にすぎない具体的相続分と異なり、実体法上の権利であって、その割合に争いがある限り、その確認を求める訴えが直ちに確認の利益を欠くものであるとはいえない。
but
法定相続分の確認は認められるが、相続財産を掲げて法定相続分の確認を求めることは許されない
⇒「亡Aを被相続人とする相続についての」法定相続分の確認請求として認容。
  ●本案請求について 
通則法42条にいう公序に反するときとは、外国法の規定の適用が日本の法秩序にとって容認し難い結果をもたらすような場合をいうと解される。
法定相続分及び遺留分の割合は各国ごとに配偶者及び子の権利の均衡に配慮して定められていることから、外国の規定が適用される場合には、遺留分割合が日本の民法の規定による遺留分割合を下回ることも当然に予想され、このような結果をもたらす外国法の規定が直ちに公序に反するものではなく、①被相続人Aと原告X1が日本に生活の基盤を有し、韓国との特段のつながりを有していないこと、②被相続人Aが日本で財産を築き、原告X1がこれに多大な貢献をしたこと、③原告X1の相続額など原告らの主張する事実を全て考慮しても、本件相続に韓国民法の法定相続分割合の規定を適用することが公序に反するということはできない。
⇒原告の請求を棄却。
相続分の譲渡の対象となる相続分は、法定相続分ではなく具体的相続分である
⇒法定相続分の譲り受けにより法定相続分の加算を主張した原告の主張を排斥。
  解説  ●法定相続分の確認請求の訴えの適否 
法定相続分が権利性を有する⇒その確認請求は許される。
法定相続分が特別受益及び寄与分によって修正されて具体的相続分が形成される。
A:具体的相続分は法定相続分を修正した相続分であるが、具体的な相続分計算を待たずに相続財産に対する観念的な権利として実在し、これにしたがって相続財産が書く共同相続人に承継されるとして、民法899条にいう「相続分」を具体的相続分であると解する相続分説
B:持戻計算は特別受益によって相続分を修正するのではなく、特別受益者が現実に相続分に対して持つ取得分に変更を加える操作に過ぎず、かつ具体的相続分の計算は遺産分割審判の審理とともに初めて明らかになるもので、算定された具体的相続分は、具体的権利ないし法的関係ではなく、単に分割の過程で設定される一種の分割基準であるとする分割分説
最高裁H12.2.24:
具体的相続分は遺産分割審判手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体法上の権利関係であるということはできず、遺産分割審判事件における遺産の分割や遺留分減殺請求に関する訴訟事件における遺留分の確定等のための前提問題として審理判断される事項であり、このような事件を離れてこれのみを別個独立に判決判決によって確認することが紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要であるということはできない。

共同相続人間において具体的相続分についてその価額又は割合の確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法。
~
遺産分割分説に立つことを明言。
具体的相続分の権利性を否定する分割分説は、法定相続分が権利性を有することを前提にしているものと思われる。
⇒法定相続分権利性を有する以上、その割合に争いがある場合には、確認請求訴訟が許されるのは当然。
  ●通則法42条の適用の可否
本判決は、通説・判例に従い、
通則法42条が適用されるのは、外国法の規定の適用が日本の法秩序にとって容認し難い結果をもたらすような場合をいうと判示。
外国法の適用の結果が公序に反するか否かは、
①我が国法律の適用結果との差異の大きさと
②事案の我が国との牽連性
の双方を総合的に考慮すべきものと解されている。
  ●相続分の譲渡 
原告X2は、訴外の相続人から相続分の譲渡を受けたことを前提として、同人の法定相続分割合を自己の法定相続分割合に加算して主張。
本判決は、相続分の譲渡において譲渡の対象となるのは、法定相続分ではなく具体的相続分とし、X2の相続分の譲受を認めない旨の判示。
but
法定相続分に権利性を肯定する以上譲渡性も肯定されるのではないか。
  民事p55
東京地裁H28.6.6  
  関連会社の新規借り入れに際して担保のために行った約束手形の振出・裏書に対する無償否認(肯定)
  事案 再生債務者Aは、各種電気機械器具の製造販売等を業とする株式会社。
  平成26年4月以降、Aの全株式をBが代表取締役を務める持株会社Cが取得し、BがAの代表取締役に就任。
Xは平成26年10月30日にCに対し1億円貸付、AはXに対し、額面3800万円の約束手形を振り出すとともに、額面6264万円のD振出の約束手形を裏書譲渡。
  平成27年2月18日、Aは東京地裁に民事再生手続開始申立て、同裁判所は同月23日午後9時付で再生手続開始決定及び管理命令を発し、Yを管財人に選任。 
Xは、手が金合計1億64万円及び利息を再生債権として届け出たが、Yは全額について認めない旨の認否⇒Xが査定の申立て⇒再生裁判所は本件再生債権の額をゼロ円と査定する旨の決定⇒再生債権査定異議の訴えとして本件訴訟を提起。
  規定 民事再生法 第127条(再生債権者を害する行為の否認) 

3 再生債務者が支払の停止等があった後又はその前六月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為は、再生手続開始後、再生債務者財産のために否認することができる。
  Yの主張 ①本件貸付はもっぱらCのためになされたもの⇒Aは何ら関係ないから本件各手形の原因関係は存在しない。
②本件各手形がCのXに対する債務の第三者弁済ないし代物弁済としてなされたとしても、この手形債務負担行為は無償行為否認の対象となる。 
  判断 ●主張①について 
A及びX代表者らの供述

本件各手形は、その実質は本件貸付における担保として、後の貸付金弁済時に買い戻すことを予定して、形式としては第三者弁済(代物弁済)の形式をとり、Xに対して振出(本件手形1)又は裏書譲渡(本件手形2)したものと認定
⇒原因関係不存在の抗弁は認められない。
  ●主張②について 
旧破産法上の無償否認行為に関する最高裁昭和62.7.3を引用し、
再生債務者が義務無くして他人のためにした担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても、再生債務者がその対価として経済的利益を受けない限り、無償否認の対象となる。
①本件貸付の債務者はCであり貸付金もCの口座に送金されている
②Aは保証料を得ていない
③以前にXに対する保証債務を負っていたものでもない
⇒手形債務の負担によりAは直接的な利益を受けていない。
①C口座からA口座への送金も見られるが、直後にCの事業協力会社への手形債務の決済に使用されている
②C口座からA口座への送金よりもA口座からC口座への送金が多くなっている
③これら送金の当時はCを親会社とするグループ全体の資金繰りが悪化した時期であり、BはAの取締役会の決議をとらずにCの債務をAに補償させていたことがあった

BはAの資産をCその他グループ会社の資金繰りのために頻繁に利用しており、本件各手形に関してもAは間接的な意味でも利益を受けていない。

本件各手形の振出ないし裏書譲渡を無償否認の対象と認め、Xの主張を退けた。
  解説 民事再生法上の否認権の類型は、破産法及び会社更生法のそれと基本的に同じであり、
①支払停止発生後の危機時期またはそれに接着する時期において、無償でその責任財産を減少させたり、債務を負担する債務者の行為がきわめて詐害性の高いこと
②受益者の側でも無償で利益を得ているのであるから、緩やかに否認を認めても公平に反しないこと
⇒詐害行為否認の特殊類型として定められている。 
●債務の保証又は担保の提供の場合
XがAに対して融資を行う際、BがAのXに対する債務の保証人となったり、担保を提供したとして、Bが破産した場合の破産管財人は、債務保証や担保提供行為を否認できるか?(=Bにとって無償行為か?)
破産者の保証等が他人の既存債務についてなされた場合⇒学説の多くも無償否認を肯定。
その保証等が直接の原因となって新規の出捐がなされた場合。
A(かつての多数説):無償行為性を否定

①受益者たる債権者Xは、保証と引き換えに主債務者Aに対して融資を行っているから、受益者Xの側についてみれば無償で債務保証の利益を得たことにはならない。
②保証人は主債務者に対する求償権を取得するから、債務保証は無償行為とは言えない。
B(判例):破産者の受けた経済的利益の有無の観点から無償行為性を決している。
最高裁昭和62.7.3:
同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が、同会社の債務を個人保証するとともに担保を提供した事案において、
破産者が義務無くして他人のためにした担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、無償否認の対象となる。
最高裁H8.3.2:
会社の代表者等に対する信用保証協会の代位弁済による求償権行使の可否が争われた2つの事件において、連帯保証人がすでに包括的債務保証により金融機関に対して会社の金融機関に対する一切の取引上の債務を返済すべき義務を負っていた⇒無償否認を否定。
  民事p62
名古屋地裁H28.8.30  
  原告(未決拘禁者・死刑確定者)に対する拘置所長による自弁の書籍等に対する一部抹消処分⇒国賠法上違法(肯定)
  事案 平成23年4月1日までは未決拘禁者として、それ以降は死刑確定者として、拘置所に収容されているXが、
平成22年9月1日以降、差し入れられた書籍、パンフレット及び新聞の記事の一部(=死刑執行状況が具体的に記載された文書及び写真等)を抹消してXに交付した拘置所長による13回の各抹消処分が違法であり、これらによって精神的苦痛を被った
⇒Yに対して、国賠法1条1項に基づき慰謝料合計100万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  Yの主張 本件各抹消処分当時Xの精神状態が不安定であった⇒同文書等を閲覧することにより、Xが自傷行為や器物損壊行為等に及ぶおそれがあり、刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがあった⇒本件各抹消処分が刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律70条1項1号に基づく適法な処分
  判断 本件各抹消処分当時のXの精神状態について、
幻聴を聴いていた可能性を認めつつも、その頻度や当時のXに対する精神科医の治療の有無等処遇状況を検討
⇒Xが本件各抹消処分当時に精神的に不安定になっていたとは認められない。
①Xが過去に自傷行為及び器物損壊行為を行った時期から本件各抹消処分までの間に10年以上経過
②抹消処分の対象となった文書等の一部については、Xが以前に同一の文書等を抹消処分のない状態で閲覧していたものの、その後にXが自傷行為等に及んだ事実がなかった

本件各抹消処分当時、Xが本件各抹消部分を閲覧した場合に自傷行為等に及び、拘置所内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があったと認めることはできない

拘置所長による本件各抹消処分はいずれも裁量の範囲を逸脱濫用した過失があり、国賠法上違法であると判断し、各処分につき5000円ずつの慰謝料及び遅延損害金の支払義務を認めた。
  解説 原告の刑事収容施設法:
書籍等の閲覧が憲法上の表現の自由等に関わるもの

未決拘禁者、受刑者及び死刑確定者について、その収容の事由によって区別することなく、原則として自弁の書籍等の閲覧の自由を保障(同法69条)
刑事施設の規律及び秩序の維持のためにその閲覧を禁止する場合(同法70条1項1号)であっても、その制限に当たっては、同目的を達成するために必要な限度を超えてはならない旨規定(同法73条2項)。 
本判決:
同法70条1項1号所定の「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき」の解釈に当たっては、
死刑確定の有無を問わず、当該閲覧を許すことにより刑事施設内の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被収容者の性向、行状、刑事施設内の管理、保安の状況、当該書籍等の内容その他の具体的事情の下において、その閲覧を許すことにより刑事施設内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、その制限の程度は、その障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきと解するのが相当。
未決拘禁者については、監獄法下の判示ではあるが、既に同旨のの判例がある(最高裁昭和58.6.22)ところ、本判決は、刑事収容施設法の下では、死刑確定者についても同様であることを確認。
本件各抹消処分の一部について、Xの同意を得て抹消処分をしていたことがそれらの処分の適法性を基礎付けるか? 
本判決:
Xによる一部抹消に対する同意は、一部抹消を行うことによる書籍等の財産的価値の損失に対する同意として行われたものにすぎず、本件各抹消処分そのものの適法性を基礎付ける事情とはならない。
  知財p71
大阪地裁H28.5.24  
  スーツケース等の特定の態様のリブからなる表面形状の周知商品等表示性(否定)
  事案 スーツケース等を製造販売しているXが、その製造販売に係るスーツケースの表面形状はXの商品等表示として周知であり、これに類似した表面形状を使用したスーツケースのYによる販売はXの商品と混同を生じさせる不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当する行為⇒Yに対し、同法3条に基づき同行為の差止め及びYの販売に係るスーツケースの廃棄を求めるとともに、同法4条に基づいて損害賠償の支払いを求めた事案。
  主な争点 Xの商品に共通する表面形状がXの商品等表示として周知か? 
  判断 特定の商品形態が他の業者の同種商品と識別しうる特別顕著性を有し、かつ、その商品形態が、長期間継続的かつ独占的に使用され、又は短期間でも強力な宣伝が行われたような場合には、結果として、商品の形態が、商品の出所表示の機能を有するに至り、商品表示としての形態が周知性を獲得する場合がある。
複数の商品からなる商品群であっても、その共通形態においてかかる要件を満たし得るのであれば、商品表示としての形態が周知性を獲得する場合がある。
Xの商品群に共通する、ある商品形態が周知商品等表示となったというためには、その商品群が原告製の商品のうちでも販売実績が多く、また宣伝広告の頻度の多いもの、すなわち、需要者が原告製の商品として認識する機会が多い商品群であるということを明らかにした上で、これらの商品群の商品全体を観察して需要者が認識し得る商品形態の特徴を把握して、商品形態の特徴が特別顕著性を有し、かつ、販売実績や宣伝広告の実態から出所表示機能を獲得して周知となったといえることが主張立証されるべき。 
その上で、裁判所は、需要者に認識される機会の多いXのスーツケースに共通する形態と一般的なスーツケースの商品形態について検討し、需要者に認識される機会の多いXのスーツケースは、
①②③・・・という点に商品形態の特徴があり、これらの3つの商品形態の特徴が相俟って、他のスーツケースと識別しうる特別顕著性を有するものと認められるのであって、①のみで特別顕著性を有するというXの主張を採用することはできない。
  解説 ●商品形態が商品等表示に該当し得るか?
商品の形態が「商品等表示」(不正競争防止法2条1項1号)に該当するためには、実務上、
①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)かつ、
②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により(周知性)、
需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていることを要する(知財高裁H24.12.26)。
  ●どのような商品群に共通する形態が商品等表示に該当し得るか? 
一般的に、ある商品が広く世に知られたものである場合、その商品のどのような形態を商品等表示と特定して主張するかにより、裁判の帰趨は異なり得る。
裁判では、不正競争を主張する者が商品等表示に該当する形態を特定して主張することが必要であり、その形態を対象として相手方の不正競争行為の成否が審理されることになる(控訴審でなされた商品等表示に該当する形態を変更する原告の主張を時期に後れたものとして却下した事例(知財高裁H17.7.20))。
本判決は、商品群の特定の問題について、不正競争を主張する者において、その商品群が自己の商品のうちでも販売実績が多く、また宣伝広告の頻度の多いもの、すなわち、需要者が原告製の商品として認識する機会が多い商品群であることを明らかにすることが必要であることを述べた。
  商事p82
最高裁H28.9.6 
  匿名組合契約の営業者の匿名組合員に対する善管注意義務違反が認められた事例
  事案 XはY1社との間で、Y1社の営業のために出資をする旨の匿名組合契約を締結。
Y2はY1社の代表取締役であり、Y3はその弟。 
Xが、Y1社への出資金がY2及びY3とXとの利益が相反する取引に充てられて損害を被ったなどと主張して、Y1社、Y2及びY3各自に対し、不法行為に基づき、1億6500万円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに、
選択的に、
Y1社に対しては債務不履行に基づき
Y2社に対しては会社法429条1項に基づき、
前記と同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるなどした事案。
  事実関係 X:不動産賃貸業等を目的とする株式会社。
Y1社:総合コンサルティング業等を目的とする株式会社。
Y2:Y1社の代表取締役。
Y3: 平成19年当時、パソコンの解体業務の受託等を目的とするA社の代表取締役。
Xは、平成19年6月1日、Y1社との間で、Xを匿名組合員、Y1社を営業者として、Y1社が有価証券の取得、保有及び処分等の事業を営むためにXが3億円の出資をし、Y1社がXに前記事業から生じた損益の全部を分配する旨の匿名組合契約を締結。同月27日、本件匿名組合契約に基づき、Y1社に出資金3億円を支払った。
Y2は、A社のパソコンリサイクル事業をB社との共同事業とすることを計画し、平成19年8月までに、公認会計士からその手法について提案を受けた。
その手法は、A社のパソコンリサイクル事業を新設分割により設立する株式会社に承継させ、Y2及びY3に割り当てられる同社の株式を更に別に設立する株式会社が譲り受け、両者が合併するというもの。
A社は、平成19年10月26日、その事業のうちパソコンリサイクル事業を新設分割により設立するC社に承継させた。Y2及びY3は、前記新設分割の際にC社が発行する株式(「C社株式」)を全部取得し、Y3はC社の代表取締役に、Y2は取締役に就任。
平成20年1月7日、Y1社、Y3社及びB社の出資により、D社が設立され、Y3はD社の代表取締役に、Y2しゃ取締役に就任。
D社の設立時の出資額は、Y1社が8000万円、Y3及びB者がそれぞれ1000万円。
Y1社は、D社の発行する新株予約権付社債を引き受け、平成20年1月23日、1億円を払い込んだ。
D社の設立時のY1社の出資及び前記新株予約権付社債の引受けには、Xが本件匿名組合契約に基づき出資をした3億円の一部が充てられた。
D社は、平成20年1月23日、Y2及びY3との間で、C社株式の全部を合計1億5000万円で買い受ける旨の契約を締結し、その代金を支払った。
本件売買契約の代金額は、C社の依頼による作成された平成20年1月10日付けの株式価値評価書に基づいて定められた。
前記株式価値評価書には、C社株式の価値の総額について、2種類の評価手法により導かれた、2000万円との算定額及び2億9755万7000円との算定額を折衷するなどして、最終的に1億4229万円ないし1億5726万7000円となる旨記載。
D社は、平成20年3月1日、C社を吸収合併した。
  規定 商法 第535条(匿名組合契約)
匿名組合契約は、当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、その営業から生ずる利益を分配することを約することによって、その効力を生ずる。
  原審 匿名組合員と営業者又はその利害関係人との利益が相反する取引をすることは、営業者がその営業の遂行に当たりその地位を利用して匿名組合員の犠牲において自己または第三者の利益を図るものと認められるとき限り、営業者が匿名組合員に違反すると解すべき。
本件におけるY1社の行為は、Xの犠牲において自己または第三者の利益を図る行為であったと認めることができない⇒営業者の善管注意義務に違反するとは認められず、Y1社はXに対し債務不履行に基づく損害賠償義務を負わない。
Y1社に善管注意義務違反は認められない⇒Y1社らは不法行為に基づく損害賠償義務を負わず、Y2は会社法429条1項に基づく損害賠償義務を負わない。

請求棄却。
  判断 匿名組合契約の営業者であるY1社が、その営業として、新たに設立される株式会社D社の資本金の8割を出資し、D社の発行する新株予約権付社債を引き受け、D社がY1社の代表取締役であるY2及びその弟であるY3sから売買によりC社株式を取得した場合において、次の(1)及び(2)など判示の事情の下では、前記の出資、引受け及び売買に係る匿名組合員であるXの承諾の有無について審理判断することなく、Y1社に善管注意義務違反はないとした原審の判断には、違法がある。
(1) 
①前記売買は、Y1社らがD社設立時に予定し、D社の代表取締役であるY3において実行したものであり、前記の出資、引受及び売買はY1社による一連の行為といえるところ、
②前記一連の行為は、これによりY1社に生ずる損益が匿名組合契約に基づき全部Xに分配されるもの
⇒Y2及びY3とXとの間に実質的な利益相反関係が生じるものであった。
(2) 
①前記売買の売主であるY2及びY3が買主であるD社の取締役や代表取締役であること、
②C社株式に市場価格はなくXが売買代金額の決定に関与する機会もないこと
③前記の出資及び引受けの合計額は1億8000万円であり、前記売買の代金額は1億5000万円であって、いずれも匿名組合契約に基づくXの出資額である3億円の2分の1以上に及ぶもの
⇒前記一連の行為はXの利益を害する危険性の高いものであった。
  解説 本件の争点:匿名組合契約の営業者の関係者(営業者の代表取締役とその弟)と匿名組合員との間に実質的利益相反関係が生ずる行為を行うことが、匿名組合契約における営業者の善管注意義務に違反するか? 
匿名組合契約:
当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、その営業から生ずる利益の分配を約する契約(商法535条)
商法上、匿名組合契約の営業者の善管注意義務や利益相反行為の避止義務を定めた明文の規定はない。
匿名組合の内部関係には民法の組合の規定が類推適用される⇒善管注意義務を負う(民法671条、644条)。
●利益相反行為の避止義務 
A:匿名組合については、会社法356条の利益相反取引の制限や信託法31条の利益相反行為の制限のような規定なし⇒営業者の利益相反行為は善管注意義務違反とはならないという解釈。
B:匿名組合契約の営業者が負う善管注意義務の内容に、利益相反行為の避止義務が含まれるという解釈。
本判決:
①匿名組合契約の営業者であるY1社が行った一連の行為はY2及びY3とXとの間に実質的な利益相反関係が生ずるものであったこと
②前記一連の行為はXの利益を害する危険性の高いものであったこと

このような事実関係の下で、Y1社が前記一連の行為を行うことは、Xの承諾を得ない限り、営業者の善管注意義務に違反する。

Xの承諾の有無について審理判断することなくY1の善管注意義務違反を否定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
  商事p86
東京地裁H28.3.28  
  有価証券報告書の虚偽記載等に係る課徴金を課された⇒創業者取締役に対する損害賠償請求(肯定)
  事案 有価証券報告書の虚偽記載等に係る課徴金を課された会社の創業者取締役に対する損害賠償請求の事案。 
平成24年3月に上場廃止。
Yは、Xの創業者であり、Xの代表取締役や取締役会長をしていた者。
Xの取締役会決議により設置された第三者調査委員会は、平成23年12月、平成18年5月から同21年4月までに行われた11の取引(「本件取引」)におけるXの会計処理は不適切又は適切性に疑問が残ると報告。
Xは前記第三者調査委員会の報告に基づき、本件取引に係る過去の会計処理等を訂正し、K財務局長に対し、有価証券報告書等の訂正報告書を提出。
⇒金融庁長官は、Xに対し、重要な事項について虚偽記載のある開示書類の提出及び同開示書類に基づく募集があったとして、課徴金4996万円の納付命令の決定。

Xは、Yらの有価証券報告書の虚偽記載等により損害を被ったとして、納付した課徴金や第三者調査委員会に支払った費用等合計1億1366万円余の支払を求めた。
  判断 本件取引のうち7つの取引については、有価証券報告書記載の各計算書類について虚偽の記載があったと認定(「本件粉飾取引」)。 
Yは、他の取締役と共謀して、Xの財務状況を良好に見せかけるため、又は、転換社債に関する損失補てんに充てるため、取締役の善管注意義務に反し、あえて架空、水増し又は循環取引を行い、有価証券報告書の虚偽の記載をした。
⇒Yの責任を肯定。
Yが負担すべき損害額について、第三者調査委員会に対する報酬の11分の7である1416万円余、課徴金4996万円等の合計額から和解金として支払われた額を控除した、6002万円を、Yの違法行為と相当因果関係のある損害として認容し、その余の請求を棄却。
  労働p96
大阪高裁H28.12.22  
  いわゆる混合組合と不当労働行為救済の申立て
  事案 地方公共団体X市は、その職員により組織される労働団体Z1(地公法適用職員と労組法適用職員の双方で構成されるいわゆる混合組合。なお、Z2はZ1の下部組織)の組合費について、かねて無償で行っていたチェック・オフを、財政健全化等を理由に有償にし、その事務手数料の支払に応じなかったZ1との間でチェック・オフを中止し、これに関する団体交渉の申入れにも応じなかった。
⇒Z1は、組合費を徴収するため、振替手数料を負担して、金融機関の口座振替を利用。
⇒Y府(処分行政庁・労働委員会)は、X市の行為が不当労働行為に当たるとするZらの申立てに基づき、Z1の組合員全員を対象としてチェック・オフの再開を命ずる等の救済命令(本件救済命令)を発した。
⇒X市が本件救済命令の違法を主張してその取消しを求めた。 
  争点 ①本件救済命令申立てにおいてZ1に申立人適格があるか
②本件チェック・オフの中止が労組法7条3号(支配介入)に当たるか
③本件団体交渉拒否に正当な理由があるか(本件団体交渉拒絶の労組法7条2号該当性)
④不当労働行為に対する救済として、労組法不適用職員に関してもチェック・オフ等を命じることができるか
⑤振替手数料相当額の支払を命じることができるか
  判断・解説 ●争点①申立人適格、④労組法不適用職員に命じられるか
地公法が同法の適用職員につき労組法の適用明示的に排除⇒地公法適用職員と労組法適用職員の双方で構成されるいわゆる混合組合が労組法に基づき不当労働行為救済の申立てができるか?
(原審維持)
混合組合は労組法適用職員に関する事項については労組法上の「労働組合」(同法2条)に当たるが、地公法適用職員に関する事項についてはこれに当たらず、労組法に基づき労働委員会に対し救済を求めることはできない。
⇒本件救済命令のうち地公法適用職員について救済命令を認めた部分を取り消した。
労組法不適用職員については、不当労働行為に対する救済としてチェック・オフ等を命じることはできない。
  ●争点② 労組法7条3号(支配介入)に当たるか
不当労働行為の成否の判断の要素としては、①問題とされる使用者の行為が労働組合活動に与える影響、②当該行為を正当化する理由の程度とその合理性、③使用者が当該行為に至った経緯、④その間の労使の交渉の内容、⑤双方の態度等諸般の事情を総合考慮して、不当労働行為の意思及び不当労働行為の成否を決することになる。
(原審維持)
①Z1に対するチェックk・オフの有償化がX市の財政収支の改善にもたらす効果が小さい、②長らくZ1の財政基盤を支えてきたチェック・オフの中止はZ1の組織運営に悪影響を及ぼす、③X市長が、就任以来労働組合に対し、勤務条件の変更に関し十分な説明を怠り、合意を得るために努力する姿勢を示さなかった、④自己のブログを通じてZ1の組合活動に否定的な表現を繰り返し、チェック・オフに関する団体交渉にも一切応じてこなかった経緯
⇒X市によるチェック・オフの中止はZらの弱体化を意図してされたものと評価されてもやむなしとし、不当労働行為の成立を肯定。
  ●争点③ 団交拒否の正当理由の有無
使用者は「組合員である労働者の労働条件その他の待遇や当該団体k的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なもの」については、団体交渉に応ずる義務がある(義務的団交事項)。
地公法7条ただし書は地方公営企業等の管理及び運営に関する事項(管理運営事項)は団体交渉の対象外であると定めるが、管理運営事項であっても職員の勤務条件に影響を及ぼす限り、団体交渉の対象となると考えられている。
(原審維持)
チェック・オフが団体的労使関係の運営に関する事項であり、これを行うかどうかも使用者X市において処分可能な事項⇒義務的団交事項に当たり、長年継続してきた便宜供与の廃止に際しては労働組合と誠実な交渉を行うべき
⇒X市の団体交渉の拒否には正当な理由がないとして不当労働行為(労組法7条2号)の成立を認めた。
  ●争点⑤振替手数料相当額の支払を命じることができるか
労働委員会が不当労働行為に対して救済命令を発する場合、その内容については特段の規定がなく、労働委員会の裁量に委ねられている(労組法27条の12第1項、最高裁昭和52.2.23)。
  原審:
X市い対し、Z1に口座振替手数料相当額の支払を命ずることは、不当労働行為による団結権や組合活動の侵害状態を回復するもの⇒労働委員会が救済方法によついて有する裁量権の範囲内にある。
  控訴審:
救済命令本来の目的は不当労働行為がなかったのと同じ事実状態を回復するところにある⇒救済命令としては事務手数料を徴収することなく無償でチェック・オフを再開するように命じることで十分。
①本来組合費の徴収費用は労働組合(組合員)が負担すべきもの⇒救済命令として使用者にチェック・オフの中止期間中の振替手数料相当額の支払まで命じるのは、前記期間中に労働組合に生じた損害を補填するもので、実質的には不法行為による損害賠償を命じるに等しい。
②不当労働行為救済申立ての手続において、損害賠償のような民事上の権利義務の存否を判断することは予定されておらず、このような救済命令は労働委員会の裁量権の範囲を超える

原審の判断を変更し、本件救済命令は労働委員会の裁量権の範囲を超えるとして、原審の判断を変更し、本件救済命令中、振替手数料相当額の支払を命じた部分(本件救済命令主文第2項)については、労組法適用組合員に係る部分についてもこれを取り消した。
  刑事p103
最高裁H28.5.25  
  温泉施設の爆発事故と業務上の過失(肯定)
  事案 東京都渋谷区内にある温泉施設において、温泉水から分離処理されたメタンガスが、ガス抜き配管内での結露水の滞留により露出・滞留した上、引火して爆発⇒本件温泉施設内にいた従業員3名が死亡し、2名が負傷、通行人1名が負傷。

本件温泉施設の建設を不動産会社から請け負った建設会社に所属する施設の設計者である被告人が、情報伝達(説明)義務違反の過失があったとして、業務上過失致死傷罪に問われた事案。 
  争点 本件温泉施設の設計担当者である被告人においてガス抜き配管内からの結露水の水抜き作業に係る情報を説明すべき号無上の注意義務の有無が争点。 
  主張 過失の有無について
①本件爆発の機序に関する予見可能性がなかった
②信頼の原則の適用により水抜き作業に係る情報につき不動産会社に対する説明義務がなかった 
  解説・判断  過失犯についての因果経過の予見可能性の有無が問題となった判例
生駒トンネル火災事件に関する最高裁H12.12.20
明石砂浜陥没事故事件に関する最高裁H21.12.7

予見の対象として因果経過はある程度具体的なものである必要があるものの、現実の結果発生に至る経過を逐一具体的に予見することまでは必要ではなく、ある程度抽象化されて因果経過が予見可能であれば、過失犯の要件としての予見可能性が認められるという立場。
組織内における担当者の不作為による過失犯について業務上の注意義務の有無が問題となった判例:
薬害エイズ事件(厚生省ルート)
明石花火大会歩道橋事故事件
トラック欠陥放置事件
明石砂浜陥没事故事件等

判例は、業務上の注意義務の有無に関し、
①被告人の地位や職責等、②その職務の遂行状況の実態等の諸事情を前提として、③結果発生の危険性や、④そに対する支配管理性などの事情を総合的に考慮し、刑法上の注意義務として結果回避義務を肯定できるかどうかを判断してきた。
本件では、本件温泉施設の設計担当者としての被告人の立場や本件への関わりなどの事実関係から、注意義務主体として当然に被告人が想定され、その業務上の注意義務の有無や具体的内容が問題となる。
本決定は、原審までの認定事実から、
①被告人の職責や立場、②本件温泉施設の構造、③メタンガス爆発事故防止のための結露水排出の意義と被告人によるその認識可能性、④本件爆発事故の因果経過、⑤被告人による建設会社の施工担当者に対する説明状況、⑥水抜きバルブの開閉状態の変更指示等の事実関係を確認。
その上で、本件が爆発事故であることを前提として、
①被告人が、本件温泉施設の建設工事を請け負った建設会社におけるガス抜き配管設備を含む温泉一時処理施設の設計担当者として、職掌上、同施設の保守管理に関わる設計上の留意事項を施工部門に対して伝達すべき立場にあり、自ら、ガス抜き配管に取り付けた水抜きバルブの開閉状態について指示を変更して結露水の水抜き作業という新たな管理事項を生じさせたこと、
②同作業の意義や必要性を施工部門に対して的確かつ容易に伝達することができ、それによって爆発の危険の発生を回避することができたこと
等の事情

被告人には、同作業に係る情報を、建設会社の施工担当者を通じ、あるいは自ら直接、不動産会社の担当者に対し確実に説明し、メタンガス爆発事故の発生を防止すべき業務上の注意義務がある。

本件の具体的事実関係に応じて、被告人の立場や新たな管理事項の創出に加え、結果回避措置の容易性を指摘。
  刑事p107
名古屋地裁H27.12.15  
  裁判員裁判の死刑判決の事案・訴因変更勧告・択一的認定
  事案 平成10年に起きた夫婦を被害者とする強盗殺人事件(甲事件):
被告人が共犯者2名と、パチンコ店の売上金等を目当てに、同店の店長宅に侵入し、店長の妻(当時36歳)を殺害して現金を奪い、さらに帰宅した店長(当時45歳)を殺害し金庫や鍵束を奪ったが、結局はパチンコ店に入ることができず、その売上金などを盗むことはできなかった。
平成18年に起きた強盗殺人未遂事件(乙事件):
甲事件の共犯者の1名と共謀し、金品を強奪しようとし民家に侵入し、同所にいた被害者(当時69歳)をひも様のものを用いて首を絞めるなどして犯行を抑圧し、現金等を奪ったが、殺害は未遂に終わった事案。
  解説  公判での証拠調べが終わって事実認定に関する中間論告が終わった段階で、乙事件について、予備的訴因が追加。 
訴因変更⇒被告人の防御のため、公判手続を停止することもあり得る(刑訴法312条4項)⇒裁判員の職務従事期間を延ばさなければならなくなるという困難な問題と直面。
but
本件の場合、事案が重大で、訴因を変更さえすれば事実が問題なく認定できるといった点が考慮され、勧告となった。
  判決で「単独で、又は被害者の殺害についても共犯者と共謀して、殺意をもって、」被害者の首をひも様のもので絞め付けるなどしたと認定。 
~択一的認定
東京高裁H4.10.14:
原審が、強盗の共同正犯の起訴に対して、単独犯か共犯者との共同正犯であると認定したことを、実体法の適用上及び訴訟手続上、被告人に不当な不利益を及ぼすものではないとして是認。
本判決は、いきなり判決で示したのではなく、検察官に訴因変更を勧告した上でのこと⇒不意打ちにはなっていない。
量刑を考える際には、択一認定のうち被告人に有利な方を前提に考えることになろう。
本判決「殺人の実行行為を行ったのが共犯者1人であるという被告人にとって最も有利な場合を想定しても」と論じる。
  ●量刑について 
裁判員裁判と死刑の量刑について「裁判員裁判における量刑評議のあり方について」(司法研究報告書63.3.103以下)
死刑については、氷山基準(最高裁昭和58.7.8)
司法研究報告書:
死亡被害者が2名の強盗殺人事件⇒約3分の2の被告人が死刑。
2名に対して当初から強盗殺人の犯意を有していた類型と、2回の機会における犯行で、そのそれぞれにおいて、当初から各被害者に対する強盗殺人の犯意を有していた類型は、死刑が宣告されることが多い。
犯行現場において強盗殺人の犯意が発生した類型は、無期懲役が宣告されることも多い。

生命侵害に向けられた強盗殺人の犯行の危険性は、早い段階から殺害を計画して実行した場合に高まり、また、計画性が高まれば高いほど、その行為が生命を軽視した度合いが大きい。
本件は、当初から強盗殺人の犯意があったとはいえない事例だが、
2名の生命を奪い、1名の生命を脅かしたという結果が極めて重大であるとし、これらを繰り返した点で被告人の生命軽視の態度が甚だしいとして、特に酌量すべき事情がない限り、死刑を選択することもやむを得ないと判断。
5月   
2325   
  行政p21
東京高裁H28.11.30  
   
  事案 昭和26年に原告土地を四棟の住宅敷地として利用するために、私道が開設され、東京都知事による道路位置指定処分がされた。
・・・・その後、昭和26年に開設された私道は廃止され(事実行為として廃止され)、原告土地全体を敷地として一等のマンションが建築された。 
平成25年に至り、隣接土地の新所有者が、本件土地が建築基準法上の道路であることを前提として、建築確認を取得(接道義務は区道に接することで満たされるが、本件土地が建築基準法で定義される「道路」だとすると、二面で道路に接するため、各種建築規制が緩和される。)。
Xは、本件道路位置指定の取消しを申請⇒Yは、隣接土地やその地上建物所有権者・抵当権者等の承諾がないことを理由にXの申請を却下
⇒却下処分の取消し及び取消処分の義務付けを求めるのが本件訴訟。
  判断 本件の事実関係(道が無くなった時に接道義務を満たさない土地の発生などのトラブルが生じておらず、道路位置指定の必要性は消滅した。)に即した判断。
本件の事実関係の下では、道が壊されて無くなった後の本件土地は、「道」も「これから築造しようとする道」も存在しない⇒建築基準法42条1項5号の「道路」に該当しない。
このような場合には、申請がなくても道路位置指定の取消処分をすべきであり、この点について処分行政庁に裁量の余地はなく、敷地所有者・隣地所有者等の同意も必要ではない。
最高裁昭和47.7.25:道路位置指定の取消処分をするには道路敷地所有者(本件ではXのほか隣接土地新所有者がこれに当たる。)の承諾が必要であるかの如く判示。
but
最高裁昭和47.7.25は、係争地に現実に「道」が存在し、道路位置指定の必要性が存続していた事案であって、これと事案を異にする本件には適用されないと判断。
国民に義務を課し又は権利を制限するには、法律、法律の委任に基づく政省令又は法律の委任に基づく条例によらなければならないと判断

前掲最高裁判決を根拠に地方自治法15条の規則により道路位置指定解除の要件を定めることができるというYの主張を排斥。
  民事p37
最高裁H28.12.8  
  厚木基地騒音訴訟(第4次)
  事案 国が日米安保条約等に基づき米軍に使用させ、また、海上自衛隊が使用する厚木海軍飛行場の周辺住民である原告らが、自衛隊機及び米軍機による騒音等により受忍限度を超える被害を被っている

国に対し、
①自衛隊機及び米軍機の離着陸等の差止め及び音量規制を請求するととにに、
②国賠法2条に基づく損害賠償等を請求
  規定  国賠法 第2条〔営造物の設置管理の瑕疵と賠償責任、求償権〕
道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。
  民訴法 第135条(将来の給付の訴え)
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。
  判断 ・・・損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については、その性質上、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。 
  解説  本件で問題となるのは「あらかじめその請求をする必要がある」との要件を充たすか否かという以前に、そもそも当該請求権が将来給付の訴えの対象となり得るか否か(請求適格の有無)。
  将来の給付の訴えの対象:
①期限未到来の債権
②停止条件付き債権
③将来発生すべき債権(保証人の求償権、代償請求権等) 
本件における将来分の損害賠償請求権は、事実審の口頭弁論終結後も引き続き将来にわたって継続させる不法行為に基づく損害賠償請求⇒③に該当。
不動産の不法占拠者に対する明渡請求に付随して、事実審口頭弁論終結の日までとその翌日以降とを区別せずに「明渡済みまでの賃料相当損害金」を求めるもの等。
  最高裁昭和56.12.16(大阪国際空港訴訟判決):
継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については、
たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても
①それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性を持つ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができる。
②その場における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生と捉えてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、不動産の継続的不法占有の場合と同一に論ずることはできない。

そのような将来の損害賠償請求権については、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできない。
航空機騒音により周辺住民らが被害を被っていることを理由とする損害賠償請求の場合に、明確な具体的基準によって賠償されるべき損害の変動状況を把握することは困難
⇒将来の給付請求は許されない。
最高裁H19.5.29:
飛行場において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分は、判決言渡日までの分についても、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しない旨を判示。 
  民事p41
東京高裁H28.10.19   
   
  事案 株式会社である第一審被告Yの株主総会決議についての不存在確認訴訟及び取消訴訟。
第一審原告であるX1(弁護士)は、死亡した株主Aが有していたY発行の譲渡制限株式(本件A株式)についてその議決権を行使できる⇒原告適格を有すると主張。
具体的には、
①Aの自筆証書遺言により本件A株式について遺言信託が開始⇒X1は遺言信託の受託者として株主権を行使できる。
②Aの自筆証書遺言の遺言執行者としても原告適格を有する。
尚、
別紙決議目録2記載の監査役選任決議の不存在確認・取消しについてX1に原告適格があることは、X1は、株主総会の時点においてYの監査役権利義務者であり、当該決議が不存在又は取消しとなる場合に監査役となる者であることについて自白が成立しており、争いがない。
X2が原告適格を有することには争いがない。
  規定  
  判断 自筆証書遺言の解釈⇒保険A株式に関しては、信託行為(遺言信託)を内容とするものと判断(信託法2条、3条参照)。
その具体的内容は、
①信託財産が本件A株式
②受託者がX1(共益権を行使できる)
③受益者及び信託行為において指摘する残余財産帰属者(信託法182条、183条)がB(Aの孫で未成年者)
④信託行為において定める信託の終了事由(信託法163条9号)がBの成人。
⑤信託行為において指定する残余財産の帰属権利者(信託法182条)はB。

遺言の文言(株券をBにあげる。Bが成人するまで弁護士X1が信託管理し、株券の権利行使は全部X1が行使する。)は解釈が困難で、遺言自体には、信託終了事由や残余財産帰属者という用語は使用されていないが、遺言者の真意に最も近い解釈を試みた。
  本件遺言信託はBの成人前に目的達成不能により終了し(信託法163条1号)、信託の清算(信託法175条以下)に入り、信託財産である本件A株式は信託行為において指定する残余財産帰属者である未成年者Bが取得すべきものとなったと判断(信託法182条、183条)。

①信託においても、受託者X1に譲渡制限株式が移転するには、会社の承認が必要。
②本件においては、受託者X1への株式譲渡について会社の承認が得られず、受託者X1が任務(配当を受領して受益者Bに交付する・共益権を行使する等)を遂行することは困難。
③仮に受託者X1への株式譲渡について会社のみなし承認(会社法145条1項)があったと判断されるとしても、本件遺言信託は受益者全員の受益権放棄を原因としても目的達成不能により終了。 
  ⇒本件A株式は信託行為において定める残余財産帰属権利者である未成年者Bが取得すべきものと判断し、本件A株式の遺言信託の受託者たる地位を根拠としては、X1の原告適格(別紙決議目録2の決議を除く)を根拠づけることはできない。 
Aの自筆証書遺言によればX1は遺言執行者であったが、遺言執行者であることだけを理由として遺産である株式の株主権の行使はできない。
⇒この観点からもX1の原告適格(別紙決議目録2記載の決議を除く。)を否定。 
同じ当事者間の先行する訴訟の確定判決の理由中にある、遺言執行者であることだけを理由として遺産である株式の株主権を行使できる(X1の原告適格を認める。)という判断については、当該判断の既判力及び争点効類似の効力をいずれも否定。
本件株主総会には手続上の瑕疵があるが、瑕疵は軽微
⇒決議取消請求を裁量棄却。
  民事p61
東京高裁H27.11.18  
  警察による記者発表について、名誉毀損の国賠請求が認められた事例
  事案  神奈川県警察は、本件書籍に関し、記者発表において、
①新薬の効果や効能に関する意思・研究者の談話及び体験者の体験談につき、これらの者の了解を得ずに氏名を使用し、
②本件書籍の記載内容はほとんどが虚偽である
と説明。

Xら(X1:発行者、X2:著者、X3:X1従業員で本件書籍の編集を行った者、X4:X1の代表取締役、X5:X1元従業員で、本件書籍を企画した者で、いずれも未承認医薬品の名称及び効果を広告したとして薬事法違反の被疑事実で通常逮捕された者)は、記者発表による事実が新聞報道されたことで名誉が毀損された
⇒Y(神奈川県)に対し、国賠法1条1項に基づき、X1につき300万円、X2~X5につき各110万円の支払を求めた。 
  原審 真実性の抗弁を認め、Xらの請求を棄却。 
  判断 真実性の抗弁を認めず、また、誤信相当性の抗弁も認められないとして、原判決を取り消し、X1に対して110万円、X2、X4に対して22万円、X3、X5に対して11万円を認め、その余の請求はいずれも棄却。
●   医師・研究者の証言の信用性につき、
①X1から取材料が支払われて取材が存在したことを推認させる
②医学的見地に反する内容を述べたものとすると、医師らとX1との間で深刻な紛争が発生し、X1が法的責任を問われる大きな危険が生じる
③本件書籍の出版に協力する医師が複数存在している中で無断で談話を掲載するのは合理的な行為とは考え難い
④本件刑事事件の被疑事実からすれば、本件書籍への関与を否定しようとする動機をもつことがないとはいえない

X1が医師らに対して取材を行っていないとか、取材に沿った内容が記載されていないといった事実は認めることができない。
体験者の証言につき、
①この証言、供述以外に、本件書籍に記載された内容が取材に沿わないものであることを裏付ける証拠はない
②本件刑事事件の被疑事実から、本件書籍への関与を否定しようとする動機を持つことがないとはいえない

X1が体験者らに対して取材を行っていないとか、取材に沿った内容が記載されていないといった事実を認めることはできない。
①本件書籍には取材に沿った内容が記載されているとする者が存在
②医師、体験者らのうち、X1が取材を行っていないとの事実を認定できる者が存在しない

本件書籍の記載内容のほとんどが虚偽であるといった事実は認められず、真実性の抗弁は認められない。
  解説 名誉毀損による不法行為については、摘示事実の公共性、公益目的性、真実性の要件を満たすとき、違法性が阻却され、これらの要件は、名誉毀損の加害者が主張立証責任を負う(最高裁昭和58.10.20)。 
本件において、「新薬の効果、効能に関する医師・研究者の談話、体験者による体験談が取材に基づくことなくXらによって作り上げられているなど、その記載内容のほとんどが虚偽であるとの事実」について、本件書籍に登場する医師・研究者、体験者の供述を基に立証が組み立てられている。
信用性の検討に当たっては、合理的な疑いを残すことのないようにすべき。
控訴審:複数の医師・研究者の名前が挙げられているのに、本件書籍が取材に基づかずに発行されているとすると、X1と医師・研究者らとの間で法的な問題が顕在化することは明らかであって、そのような危険を冒してまで本件書籍を発行することが不合理であると指摘。

医師・研究者らの実名を挙げていることからすれば、法的危険を冒すことの意図よりも、取材が行われた事実を推認させることが通常であると考えられる。
  民事p78
東京高裁H29.1.26  
  離婚訴訟で父親を親権者(一審)⇒監護者である母親を親権者に(控訴審)
  請求 Xは、YのXに対する身体的・経済的・精神的・性的暴力により婚姻関係は破綻したとしてYに対し離婚と慰謝料500万円の支払を求め、
附帯処分として養育費月額10万円及び年金分割を求め、
Yは離婚について請求棄却を求め、
予備的にA親権者としてYを指定することを希望し、
その場合の附帯処分として別紙共同養育計画案に基づきXとAの面会交流の時期・方法等を定めることを求めた。 
  原審 離婚は認容。
X(母親)の慰謝料請求は否定。
Y(父親)をAの親権者に指定。
本判決確定後直ちにAをYに引き渡すことをXに命じる。
面会交流を認め、Yが前記条項に基づく面会交流に応じない場合は、それが親権者変更事由になることを認める旨の条項を付加。 
①XはYの了解を得ることなくAを連れ出し、以来今日まで約5年10か月Aを連れ出し、以来今日まで約5年10か月間Aを監護し、その間Y・A間の面会交流を合計で6回程度しか認めておらず、今後も一定の条件の下で月1回程度の頻度とすることを希望
②YはAが連れ出された直後から取り戻しについての数々の法的手段に訴えたが奏功せず、爾来今日までAとの生活を切望しながら果たせずに来ており、それが実現した場合は整った環境で周到に監護する計画と意欲を持っており、XとAの交流に関しては、親密な親子関係の継続を重視して、年間100日に及ぶ面会交流の計画を提示

Aが両親の愛情を受けて健全に成長することを可能にするためには、YをAの親権者に指定し、本判決確定後直ちにAをYに引き渡すことをXに命ずるのが相当。
  控訴の趣旨 ①原判決中X敗訴部分の取消し
②A親権者X指定
③養育費月額6万円
④慰謝料500万円の支払等
  Xの主張 Aは主たる監護者であるXの下で安定した生活を送っているのに、
原判決は、
Yの提案する年間約100日面会交流を認めるとの主張について、その現実性、父母間を高頻度で行き来する8歳の長女への影響を考慮せず、Xが提案するY・A間の面会交流が少ないことをもって、Aの親権者をYと定めたもので、
現実に生きているAの福祉という観点に立たず、面会交流の回数のみから親権者の適格性を判断するという過ちを犯している。 
  判断 親権者指定の判断基準として、
①これまでの子の監護養育状況
②子の現状や父母との関係
③父母それぞれの監護能力や監護環境・監護に関する意欲
④子の意思その他子の健全な生育に関する事情
を総合的に考慮して、子の利益の観点から判断すべき。
面会交流の頻度等に関しては、親権者を定めるにあたり総合的に考慮すべき事情の1つであるが、父母の離婚後の非監護者との面会交流だけで子の健全な生育や子の利益が確保されるわけではない
⇒①~④について総合的な観点から検討。
年間100日面会のYの主張に対しては、
X・Y宅は片道2時間半程離れており、現在小学校3年生のAが年間100回の面会交流のたびに両宅を往復するとすれば、身体への負担のほか、学校行事への参加、学校や近所の友達との交流等にも支障が生ずるおそれがある
⇒必ずしもAの健全な成育にとって利益になるとは限らない。
Xは、Y・A間の面会交流の頻度は当面月1回を想定しており、当初はこの程度で面会交流を再開することがAの健全な生育にとって不十分でAの利益を害するという証拠はない。
以上のほか、
Aの現在の監護養育状況にその健全な生育上問題なく、
Aの利益からみてAに転居・転校させて現在の監護養育環境を変更しなければならないような必要性があるとの事情は見当たらず
Aの利益を最も優先して考慮sるえば、その親権者をXと定めるのが相当。
Xによる長女Aを伴う別居に関しては、
①別居当時Aは満2歳4か月であり、業務が多忙なYにAの監護を委ねることは困難であり
②破綻的別居で予めAの監護について協議することは困難であった
③Xはそのころ8回にわたり面会交流の場を設け、更に電話による交流もさせていた
④平成22年9月26日以降は面会交流をさせなかったが、これは同月8日にYがXに対し、AとYが寺日番組で放映される旨、他のマスメディア関係者もこの問題を取り上げる旨等を記載したメールを送り、実際に同日Yがマスメディアに提供した面会交流時のAの映像が、目の部分にぼかしが入れられたものの、放映され、Xがこれに衝撃を受けたことによるもの(Xはマスメディアの取材やYによるAの撮影がないことを条件に同月26日の面会に応じたもの)

これらをもってAの利益の観点からみて、Xが親権者としてふさわしくないとは認め難い。 
  解説 Xは離婚と親権者指定とを求めたが、面会交流に関しては、予備的にせよ附帯処分として申立てをしていない。
⇒本判決で面会交流の頻度方法等について判断していないのは、不告不理の原則から当然。 
  民事p85
奈良地裁H28.2.25  
  医師の説明ミスと胃がん患者が受けた先進治療の費用の間の相当因果関係(否定)
  事案 AはY1の開設する本件病院で検査を受け、胃がんであることが判明。
医師であるY2の不注意によりこれを説明しなかった⇒治療が遅れて胃がんにより死亡し、Aの相続人であるXらが損害賠償を求めた。 
  争点 ①Aが治療のため受けた保険適用のない免疫療法、NK細胞療法、がん免疫細胞療法、遺伝子両方等を受けた治療費が、本件説明ミスと相当因果関係のある損害といえるか
②相当因果関係がないとした場合に、先進治療費について支払合意があったか否か
③Y1がAに対して支払った金員が損害賠償の内払いに当たるのか 
  判断 争点①について
本件説明ミスと先進治療費との間には相当因果関係はない

Aが受けた先進治療については、その有効性が医学的証拠をもって裏付けられたものではなく、これに要した治療費も著しく高額。
争点②について、合意が成立したとは認められない。 
争点③について
AがY1に対して具体的に発生していた先進治療費の負担を求め、Y1もこれを認識してこれに応じて支払っている⇒損害金の内払いとはいえない。
  解説  交通事故の被害慰藉が、脳脊髄液漏出症に罹患したとして、先進医療である硬膜外自家血注入療法(ブラッドバッチ)を受け、加害者に対し、損害賠償請求
⇒いずれも脳脊髄液漏出症の立証がされていないとして、請求を棄却された事例(大阪高裁H27.7.24)。 
がん治療について、通常とは異なる治療方法を行うことが医師の債務不履行、不法行為に当たるとしたもの(東京地裁H17.6.23)。
  知財p94
知財高裁H28.7.13  
  意匠の類否について
  事案  発明の名称を「道路橋道路幅員拡張用地覆ユニット及び道路橋道路幅員拡張用地覆ユニット設置方法」とする本件特許及び意匠に係る物品を「道路橋道路幅員拡張用張出し材」(「本件物品」)とする本件意匠権を有するXが、YによるY製品の製造、譲渡等はXの本件特許権及び本件意匠権を侵害すると主張して、Yに対し、Y製品3の譲渡等の差止め及び廃棄等を求めるとともに、損害賠償金1720万6051円等の支払を求めた事案。
  判断  ●  ●登録意匠と対比すべき相手方の意匠とが類似であるか否かの判断:
需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行う(意匠法24条2項)ものとされており、意匠を全体として観察することを要する。
この場合、 意匠に係る物品の性質、用途及び使用態様、並びに公知意匠にはない新規な創作部分の存否を参酌して、取引者・需要者の最も注意を惹きやすい部分を意匠の要部として把握し、登録意匠と相手方意匠とが、意匠の要部において構成態様を共通にしているか否かを重視して、観察を行うべき。
●本件意匠の要部 
本件意匠の構成のうち、要部は、道路橋の利用者から注目される全面側の舗装層によって隠れない部分であるといえ、また、背面側及び底面側のうち、施工後も公衆から見える部分も、ある程度取引者・需要者の注意を惹くといえる。
しかし、基本的構成態様(正面視左右方向に長く、長手方向に中空の直方体(中空筒体)を有し、中空筒体の正面側の面(前面側)の外方に向けて底面側の面(底面側)が前面にわたって延伸して延伸部が形成され、底版部(底面側と延伸部からなる)の下面に、その左右方向の全面にわたって下方に延びる四角板状体(腹板)が形成され、中空筒体の背面部の面(背面側)の下の底面側の下面から、腹板の最低位までを直線状につなぐ三角板状態(リブ)が左右方向に複数形成されている。)自体は、施工後に見えなくなる部分が含まれる以上、要部であるといえない。
●本件意匠とY意匠との類否 
本件意匠とY意匠1及び2とは、要部である全面側の舗装による隠れない部分において構成態様に大きな差異があり、背面側の構成態様にも一定の差異がある
⇒取引者・需要者の注意を惹くものの程度が弱い底面側の構成態様が類似していることを加味しても、両意匠を全体として観察した際に、看者に対し異なる美感を起こさせるものと認められる。
  商事p124
東京地裁H28.6.29  
  特例有限会社における任期の定めのない取締役の解任と会社法339条2項に基づく損害賠償請求(否定)
  事案 Xが、特別有限会社であるYの取締役を務めていたところ、Yの臨時株主総会において、Xを取締役から解任する旨の決議(「本件解任決議」)その他の決議がされた。

Yの発行済株式の大半を保有していた訴外Aが意思能力を欠いていたにもかかわらず議案に賛成する議決権を行使し、これにより、これらの決議がされたと主張し、
Yに対し、
(1)
①主位的にこれらの決議が無効であることの確認を、
②予備的にこれらの決議が不存在であることの確認をそれぞれ求めるとともに、
(2)
①主位的に、本件解任決議が無効であることを前提として役員報酬の支払を、
②予備的に、本件解任決議が有効に存在する場合に会社法339条2項に基づく損害賠償を
それぞれ求めた事案。
  判断 (1)の各請求について:
前記決議に瑕疵は認められず、これが無効であるとはいえない。
法的にみて不存在であると評価することもできない。
⇒いずれも棄却。
(2)の請求について:
①の請求について、本件解任決議が有効に存在⇒解任以後の役員報酬は発生しない。
②の請求について、特定有限会社における任期の定めのない取締役が解任されたとしても、会社法339条2項に基づく損害賠償請求をすることはできない。
  規定 会社法 第三三九条(解任)

役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
  解説 ●旧有限会社法下の規律 
会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による廃止前の有限会社法(「旧有限会社法」)は、有限会社の取締役の任期に特段の制限を設けていなかった⇒定款又は社員総会の決議で任期が定められていなければ、有限会社の取締役は、辞任・解任等のない限り、任期が続くこととされていた。
旧有限会社法32条は、会社法整備法による廃止前の商法(「旧商法」)を準用しており、同条1項ただし書は、「任期の定ある場合において」正当の事由無くして人気の満了前に取締役を解任したときは、当該取締役は、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求することができると規定。

有限会社の取締役は、解任された場合であっても、任期の定めがなければ、会社に対し、損害賠償を請求することができないと解されていた。
  ●会社法下の規律と争点 
会社法の施行後は、有限会社は、会社法の規定による株式会社として存続する(会社法整備法2条)。
but
このような有限会社については、特例有限会社(会社法整備法3条2項参照)として、会社法の規律が一部適用されないなどの特例の1つとして、株式会社の取締役の任期を定める会社法332条が特例有限会社に適用されないとされている(会社法整備法18条)。
⇒会社法の施行後も、旧有限会社法下と同様に、特例有限会社の取締役の任期について制限がない。
解任された取締役の損害賠償請求権を定める会社法339条2項は、特例有限会社の取締役にも適用される。
but
同項は、旧商法257条1項ただし書と異なり、「任期の定めがある場合において」の文言はなく、解任された役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。会社法329条1項)又は会計監査人は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができると定めるのみ。

特例有限会社における人気の定めがない取締役が解任された場合に、当該解任された者が、会社法339条2項に基づき、会社に対して損害賠償を請求することができるかが解釈上問題。
  ●裁判例と本判決における判断 
本判決は、他の裁判例と同様消極に解し、特例有限会社における任期の定めのない取締役が解任されたとしても、当該取締役は、解任の正当な理由の有無にかかわらず、少なくとも会社法339条2項に基づく損害賠償請求をすることができないと解するのが相当であると判示。

①商法257条1項ただし書を受け継いだ会社法339条2項には、「任期の定ある場合において」に相当する文言はないが、会社法の下では、取締役の任期は法律又は定款によって定められており、任期の定めが全くない場合は想定できないことから同文言は不要とされたものと考えられ
②会社法の施行により、同項の損害賠償責任の本質に変化が生じたという事情はない
③解任された取締役を有限会社法の下におけるよりも手厚く保護する実質的な理由は見当たらない。
本判決は、特例有限会社における任期の定めのない取締役が解任されたとしても「少なくとも」会社法339条2項に基づく損害賠償請求をすることはできない
⇒同項以外の根拠に基づく会社に対する損害賠償請求の余地を残している。
ex.
当該解任された者が、民法651条2項に基づき、不利な時期に委任が解除(解任)されたことを理由として行うもの。
   
  労働p129
東京地裁H28.5.10   
  私立大学が定年年齢後、専任教員との再雇用契約を締結しないことが権限濫用にあたるとされた事例
  事案 被告学校法人Yが設置する大学の専任教員であった原告Xが、就業規則所定の定年年齢(65歳)に達し、1年契約の特別選任教員として再雇用を希望⇒Yが再雇用契約を締結しない旨決定⇒選任教員として引き続き勤務する地位にあることの確認等。 
  Xの主張 定年を満70歳とする①個別合意または②労使慣行がある。
YがXとの間で再雇用契約を締結しないとすることは③権限濫用に当たる。 
  判断 入職前の説明会で総務部長等が就業規則を交付して、70歳まで再雇用されるケースが多いことなどを口頭で説明した事実はある
but
就業規則と異なる内容の合意を口頭でしたと認めるには慎重な検討を要するものと解される

定年を満70歳とする旨の合意が確定的に成立したと認めるには足りない
⇒①の個別合意の成立を否定。
①就業規則と矛盾抵触する内容の労使慣行が法的効力を認められるには、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたって広く反復継続され、かつ、当該慣行についての使用者の規範意識が明確であることを要するものと解するのが相当
②本件において、過去の取扱い事例も少なく(7名程度)、Yにおいて就業規則を排斥する規範に基づくものとして明確に認識されていたとはいえない

労使慣行として法的効力を認めるまでには至っていない。
①労使慣行として法的効力が認められるまでには至らないとはいえ、70歳まで雇用が継続されるという一定の方向性をもった慣例が存在し、
②65歳以降も希望した者の雇用は継続されるという点では例外はなかったところ、これらの雇用継続に際して実質的な協議や審査が行われていたとは認められない

教員らが再雇用による雇用継続に期待することには合理性が認められる。
定年後再雇用について、一定の裁量が認められるものの、理事会での審議は、「客観性のある基準に基づくものでも、具体的な事情を十分に斟酌したものでもな」い⇒理事会がXについて再雇用を否定し、YにおいてXとの間で再雇用契約を締結しないことは権限濫用に当たり、違法無効。
内規に基づき、基準給与月額の70%の額で一年契約の再雇用契約が締結されたものと同様になるものと解するのが相当。
  解説  労使慣行(労働慣行)とは、労働条件、職場規律、施設管理、組合活動等について、労働協約や就業規則の規定に基づかない取扱いが、長期間反復継続して行われ、労使双方に事実上のルールとなっているもの。 
労使慣行の法的効力について、多くの裁判例は、民法92条の事実たる慣習を根拠とする。
民法 第92条(任意規定と異なる慣習)
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
一般に、労使慣行の成立について、
①同種行為等の長期間の反復継続
②労使双方の排除意思の不存在
③当該労働条件の決定権限を有する者(使用者)等の規範意識の存在
の3要件が求められる。
労働協約や就業規則に矛盾する内容の労使慣行の場合は、規範意識の認定には厳密な証明が求められるとして、「例外的な場合に限られる」とされる。
・大学における定年延長の労使慣行に関して、教授会の議決があれば延長されるという慣行の成立を肯定したもの。
・当然に定年延長がとられるという慣行や教授会での相当数の異議がなければ定年延長されるという慣行の成立を否定したもの。

裁判例は、労使慣行の成立にはやや慎重な態度といえる。
  判旨は、雇用継続に対する期待の合理性から、契約締結という法的効果を導く枠組みは、日立メディコ事件(最高裁昭和61.12.4)等の雇止め法理や労契法19条2号と類似。
「解雇であれば解雇権濫用に該当し解雇無効とされる事実関係の下」という文言は、日立メディコ事件の判旨とほぼ同様で、「再雇用契約が締結されたのと同様になるもの」との法的効果を導いている。

雇止め法理を念頭においたものと解される。 
労働契約法 第19条(有期労働契約の更新等)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
いったん定年退職後に期間の定めのある再雇用契約を締結し、経営上の理由等からその更新の可否が問題となった事案では、雇用継続への合理的期待を認め、期間満了による終了について客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当とは認められないとして、有期契約の更新を認容するものもある(最高裁H24.11.29)。
雇止め法理は、有期労働契約の更新の場合に適用されるものとして形成、確立されてきたもの
⇒定年後再雇用の事実関係(無期労働契約を終了し、有期労働契約を締結する)に、雇止め法理を適用の射程を広げたとみることもできる。
2324   
  特報p11
大阪地裁H28.8.10  
  東住吉事件再審無罪判決 
  事案 被告人の自白した方法では放火することは困難で、自然発火の可能性も認められる⇒再審開始。
被告人両名の自白を除けば、本件火災が自然発火によるとの合理的な疑いがあり、放火行為を認めることができない⇒被告人両名にそれぞれ無罪を言い渡した。
男性被告人A(当時29歳)とその内妻B(当時31歳)が、Bとその前夫との間の長女Cに掛けられていた1500万円の生命保険金を目当てに、平成7年7月22日、Cが入浴した際に、家族で居住した家屋に火をつけて家屋を焼損させるとともに、C(当時11歳)を焼死させて殺害し、生命保険契約を締結していた会社に保険金を請求したが、被告人らが逮捕されたために保険金を受領できなかったという要旨の公訴事実で起訴
⇒被告人両名無期懲役で確定。
  経緯 平成7年7月22日、本件発生。
9月10日、被告人両名はそれぞれ別の警察署に任意同行の上取調べを受け、その日のうちに両名共に犯行を認め、通常逮捕。
その後、自白と否認を繰り返す。 
本件発生から、確定判決まで約11年、再審無罪判決まで21年以上経過。
確定第一審以来、本件が放火なのかという事件性のほか、自白の任意性、信用性が争点。
  ■本件火災の原因 
  ●確定控訴審 
ガソリン蒸気の漏出の可能性を視野に入れて、その点の実験(漏出しなかった)を行った結果を取調べ。

本件自動車から発火した可能性は抽象的な可能性に止まるとされ、本件自動車からの発火の可能性は極めて低い。
  ●再審請求審 
弁護側は、平成23年に静岡県内で行われた実験(「小山町新実験」)の結果等をもとに、
(1)Aの自白は、
①多数の事項について科学的見地から不合理な内容である上、
②その他の新証拠によっても、Aの自白は極めて不自然、不合理
⇒信用できない。
(2)提出した新証拠⇒確定審が自然発火の可能性を否定した論拠、根拠は崩壊し、自然発火の蓋然性が高いことが明らかになった。
と主張。
裁判所:
被告人両名と本件犯行を結びつける直接証拠は被告人両名の自白しかなく、特に多数の自白調書や自供書を残しているAの自白の信用性が揺らぐことになれば、確定判決の有罪認定も同様せざるを得ない証拠構造にあるとの認識の下、①②について検討。

確定審とは全く異なったものであり、自白の信用性を否定して、再審開始の結論
  ●再審無罪判決 
小山町新実験は、可能な限り、当時のガレージの状況を忠実に再現し、実際に燃焼実験を行った。

①ガソリンを床上に散布すると、風呂釜の種火から約64センチないしもっと離れていても、種火がガソリン蒸気に引火。
⇒風呂釜の種火による引火という、それまでほとんど問題にもされていなかった発火の原因が浮上。
②ガソリンが人為的に散布されなくても、給油口から漏出することが確認。

本件自動車の給油口からガソリンが漏出し、それが蒸気となり、それに風呂釜の種火が引火することにより、本件火災が発生しうることが、確かめられた。
  ■  ■自白の任意性
  ●取調べの経過 
被疑者としての取り調べは、9月10日からであるが、それ以前から事情聴取を受けており、Aも、自分が疑われていることを理解し、無料法律相談を受けて弁護士にその旨相談していた。
それ以前に、焼死したCと性的交渉を持っていたことを警察官に供述。
9月10日からの本格的取調べ:
当初は否認して、相談した弁護士に連絡してほしい。
その後自白して、8通の自供書を作成。
その後、自白と否認を繰り返したが、9月14日になって、否認が自白に再度転じ、自供書11通を作成するとともに、相談していた弁護士を解任し、新たな弁護士を選任。
その後、自白を維持し、自白調書が作成。

①9月10日、なぜ早々に自白したのか?
②9月14日に再度自白し、弁護人を替えたのは何故か?
  ●確定審 
  ◎被告人側の主張と判断
①任意同行は違法な身柄拘束
②警察官から、Aが放火したところをBの長男が見たと言っているとの虚偽の情報を与えられて精神的に圧迫を受けた
③否認すれば、Cとの性的関係を事件として立件する、世間に公表する等の利益誘導ないし脅迫を受けた
④警察官から首を絞められる等の暴行を受けた
⑤警察官からBが全部しゃべっているとの虚偽の情報を与えられ、いわゆる切り違い尋問が行われていた。
but
被告人の供述と取調官の供述を比較⇒被告人供述に一貫性がないとか、供述内容が自然ではないなどと評価。
9月14日までの経過として
①被告人は、12日の取調べの際に、自分の父親からの手紙を見せられ、取調官から、「否認すれば、父親の病気が悪くなるかもしれない。」などと言われ
②「調書書くのは自分であり、悪く書こうと思えばいくらでも書ける。」「お前を死刑にすることも簡単にできる。」「今認めるなら、情状酌量で訴えたら、15年くらいの判決で、仮釈放をもらったら7,8年で出てこれる。」などともいわれた。
but
被告人の訴えるようなことが、その日の弁護士との接見の際には、被告人は言っていないこと等⇒被告人の供述は信用できない。
被告人が弁護士の解任届を書いた経過についても、
①その後の弁護人とのなった弁護士との接見において、犯行を認める態度をとっていたこと
②前の弁護人を解任したのは自分の意思であり、前の弁護人は死刑になると脅したので信頼できないと述べていた
⇒被告人の供述は信用できない。
●再審無罪判決の判断 
①単に、取調官の供述と被告人の供述を比較するだけでなく、
②A及びBの取調べに関する報告書や取調日誌、さらには供述調書の記載内容をも検討し、取調官の供述の矛盾を指摘し、あるいはその不自然さを明らかにした。

取調べ状況に関する被告人の供述を信用できないものとして排斥することは困難であるとした上で、さらに、被告人の自白内容から被告人の自白の任意性を検討。
従来、取調べ状況については、被告人側と取調官側の水掛け論になる場合も多く、その認定に困難をきたしていた。
①(再審では)単に供述者の供述を比較するだけでなく、その余の証拠、留置人出入簿や取調官の残した報告書やメモ、接見した弁護士のメモや供述などをも考慮して取調べ状況を認定。
②確定審では、被告人の供述が信用できるか否かを検討、再審無罪判決では、取調官の供述が関係証拠との関係で虚偽でないか、合理的か、自然かといった形で判断され、それとの関係を踏まえて、被告人の供述の信用性が検討。
再審無罪判決は、任意性の判断のため、自白内容も検討。

記載の仕方等から誘導があったのではないかといった検討方法を超えて、記載内容自体を問題にするもので、一般的には、自白の信用性の問題として扱われている。
but
本判決は、自白の内容を他の証拠とつきあわせて、自白がある程度詳細で具体的であっても、捜査機関が把握していた情報から推測可能な内容にとどまっていることを実証し(秘密の暴露のようなものが含まれていないことの証明)、自白に自発性を裏付けるようなものがないとして、不任意を推定。
本判決は、A、 Bの自白について、信用性を問題にせず、任意性の問題として決着をつけた。

「この自白は、証明力の問題ではなく、証拠とすること自体を許してはならない」という決意。
  ■  ■自白の信用性 
●Aの自白の中でも、放火方法の非現実性。
①ガレージという空間で、約7リットルものガソリンをまいてライターで点火したという自白を前提にすれば、ほぼ一瞬にして炎が立ち上がり、その後ガソリンがなくなるまで激しい燃焼が続くであろうことは、ほぼ常識の範囲のことであった。
②まして、近くに風呂釜の種火があって、すぐにでも引火しそうな状況であった。
③使用後に本件自動車の下に置いたとされる給油ポンプの残骸もない
④自白から想定される燃焼状況は、火災の初期を目撃した住民の供述とは全くそぐわない。
再審開始決定:
「放火方法に関するAの自白は、見過ごせないほど不自然、不合理な点を含み、客観的状況ともそぐわない。」と評価。
その他、
①当座必要な170万円のために、子ども、しかも、Bにとっては実子である11歳の娘を焼死させるのかとうい動機面での疑問。
②AとBがどのように共謀したのかという共謀の過程についての疑問。
③供述の変遷(たとえば給油ポンプの入手について)等
  他に可能性がない場合、それが本当に他の方法や態様があり得ないのか、実際はあり得ても、それが説得力のある説明がなされていないだけなのかは、細心の注意を払って検討されるべき。
現在の科学をもってしても説明できないことがあるし、多くの者の供述を集めても解明できない事実関係があることを率直に認める必要。
  民事p79
東京高裁H28.4.26  
  面会交流の方法
  事案 抗告人(原審相手方。監護親(母))及び相手方(原審申立人。非監護親(父))間の長女(11歳)及び二女(8歳)について、月1回6時間の面会交流をすることを定めた原審判を変更し、非監護親と未成年者らとの交流が長らく途絶えていたことをなどを考慮し、最初の数回は監護親の立会を認め、また、月1回の面会交流の時間について、最初は二時間から始め、回数を重ねながら、4時間、6時間と段階的に伸ばすことを定めた抗告審決定。 
事実 試行的面会交流については、抗告人が家庭裁判所児童室における実施に反対⇒抗告人甥予備当事者双方の代理人弁護士の立会のもと、レストランで1時間会食する方法で実施。
相手方と未成年者らが約5年5か月ぶり対面というこtで双方とも非常に緊張した状態となり、十分に打ち解けた状態に至らなかったものの、子の福祉に反するような事情は何ら生じていない。
  原審 面会交流の頻度を月1回6時間
抗告人宅の最寄り駅にて未成年者らの受渡しを行う。 
  判断 ①相手方が未成年者らと面会交流を行うこと自体に子の福祉を害する事情は認められない
②父子交流が長らく途絶えていたことによる相手方と未成年者らとの心理的距離は、面会交流を重ねていくことによってこそ解消し得る

面会交流の頻度を月1回とし、抗告人宅の最寄り駅にて未成年者らの受渡しを行うという原審の基本的な枠組みは維持。 
試行的面会交流が1時間という短い設定の中で双方が緊張して打ち解けないまま終わり、実施前は面会交流に積極的であった未成年者らが消極的な気持ちに転じてしまっているという未成年者らの心情等について具体的な配慮が必要。

1回当たりの面会交流時間つき、初回から3回目までは2時間、4回目から7回目までは4時間、8回目以降は6時間として段階的に時間を伸ばしていくこととし、また、初回及び2回目までは抗告人の立会を認めるのが相当であるとして、原審を変更。
解説 監護親が、未成年者の否定的な感情を自らの主張の根拠とする事案は多いと思われるが、この場合、未成年者の真意の所在や、未成年者が真に否定的な感情を有するに至ったとするならば、その経緯や背景事情を的確に把握することが肝要。
  民事p84
大阪地裁H28.6.15  
  大阪市に対する多数回にわたる面談強要等⇒損害賠償請求・差止請求(認容)
  事案 X(大阪市)が、Xに対して多数回にわたって情報公開請求を行ったり、質問文書の送付や架電等による不当な要求行為を繰り返したYに対し、
①面談強要行為等の差止めを求めるとともに、
②不法行為に基づく損害賠償請求として、
主位的にYへの対応を余儀なくされたXの職員らの給与及び超過勤務手当相当額を、
予備的に、Xの職員の超過勤務手当相当額
及び弁護士費用相当額の一部の支払を求めた。 
  判断  ●業務妨害行為に対する差止請求の可否 
Xが普通地方公共団体として法人に該当することを前提に、
法人の業務が、当該法人の財産権やその業務に従事する者の人格権を包含する総体としてとらえられる

法人に対して行われた当該法人の業務を妨害する行為が、当該行為を行う者による権利行使として相当と認められる限度を超えており、当該法人の資産の本来予定された利用を著しく害し、かつ、その業務に従事する者に受忍限度を超える困惑・不快を与えるなど、業務に及ぼす支障の程度が著しく、事後的な損害賠償を認めるのみでは当該法人に回復の困難な重大な損害が発生すると認められるような場合には、
当該法人は、前記妨害行為が、法人において平穏に業務を遂行する権利に対する違法な侵害に当たるものとして、
前記妨害行為を行う者に対して、
不法行為に基づく損害賠償を請求することができるのみならず、
平穏に業務を遂行する権利に基づいて、前記妨害行為の差止めを請求することができる。
Yによる業務妨害行為は、条例により認められた情報公開請求や、Xが広聴活動の一環として行っている「市民の声」制度等を利用した質問等⇒いずれもその権利行使としての側面を有する。
but
①Yが行った情報公開請求の中には、特定のXの職員の経歴等が記載された文書が対象として含まれ、Yがこれによって得た情報をもとに、当該職員を侮辱するような発言を行ったりした
②Yが、窓口で対応したXの職員に対して大声で暴言を吐いたり、脅迫的な発言を繰り返すなどして、長時間にわたる対応を余儀なくさせたこと等。

Yの行為は、その頻度や態様等に照らすと、正当な権利行使として認められる限度を超えるものであって、Xの資産の本来予定された利用を著しく害し、かつ、その業務に従事する者に受忍限度を超える困難・不快を与え、その業務に及ぼす師匠の程度が著しいもので、今後も、このような行為が繰り返される蓋然性が高いということができる。

Yに対して事後的な損害賠償責任を認めるのみでは、Xに回復の困難な重大な損害が発生するおそれがあるというべき⇒差止請求を認容。
  ●損害賠償請求について:
Yの行為が権利行使に付随して行われたもの

Xの職員が行った労働行為の対価たる賃金相当額や、超過勤務手当相当額が、そのまま損害となると認めることはできない。
本件の損害は、その内容・性質に照らし、その額を立証することが極めて困難。
⇒民訴法248条に基づき、その損害の額を80万円と認め、その限度でXの請求を認容。 
  解説 事業活動を阻害されたことによる経済的な損害について民訴法248条を適用した事例は多い。 
  商事p93
東京地裁H28.2.26  
  関東財務局長による有価証券報告書の虚偽記載に係る訂正報告書の提出命令及び金融庁長官による課徴金納付命令(いずれも適法とされた事例)
  事案 関東財務局長による有価証券報告書の虚偽記載に係る訂正報告書の提出命令(「本件提出命令」)及び金融庁長官による課徴金納付命令(本件提出命令と併せて「本件各処分」という。)を受けたXが、
①本件各処分の取消しを求めるとともに、
②違法な本件提出命令により損害を受けたとして、Y(国)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案。 
事実 Xは、風力発電を含むエネルギー開発その他のエネルギー事業全般に係る施設の開発等を目的とする株式会社であり、金融商品取引所に上場されている有価証券の発行者。
風力発電機メーカーとの間で締結した風力発電機メーカーとの間で締結した風力発電機の販売斡旋契約に基づき、風力発電機メーカーが建設会社に対して販売した風力発電機合計82基の販売斡旋手数料合計22億6600万円を有価証券報告書において売上計上

実体のない風力発電機販売斡旋取引に係る売上げの計上であるとして、本件各処分を受けた。
  判断 Xと風力発電機メーカーとの間の販売斡旋契約では
①具体的な自社開発案件が念頭に置かれていた
②自社開発案件においては案件ごとにXが風力発電所の建設・運用主体として発電所子会社を設立し、風力発電機のエンドユーザーとすることが予定されていた
③発電所子会社はXの完全子会社であって、従業員等は存在せず、その代表取締役はいずれもXの取締役が兼務していたこと
等を認定。
自社開発案件においては、どの業者の風力発電機をどの建設業者に購入させるかは、Xが自社開発案件を実施するためにX自身が決定し得るものであって、上記両業者間の契約はそれに随伴するものにすぎない。
⇒本件各販売斡旋契約の上で風力発電機の提供業者のために行われるかのごとく定められているXの役務提供行為は、・・・Xが当該案件を自ら実施していくために当然に必要となる作業にすぎない。
自社開発案件におけるXの役務提供は対価の支払を求め得るような斡旋といえるだけの実体を有するものではなかったし、これに対して(風力発電機メーカーが)手数料の支払を約束したのは、Xの設立完全子会社によりその原資が提供され(風力発電機メーカーにおいて)負担を負わない仕組みになっていた。
⇒これをもって、Xの役務提供に対する対価と評価することはできない。
「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」とするのが企業会計原則の考え方であるところ・・・(本件の販売斡旋契約に基づく)役務の提供及び対価のいずれも実体を有しないもの
⇒当該手数料の支払は「役務の給付によって実現したもの」とはいえない⇒これをもって売上高とすることはできない。
⇒風力発電機の販売斡旋手数料を売上げとして計上した有価証券報告書には虚偽の記載があった。
  解説  金商法は、有価証券報告書等であって、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者等について重い罰則を定める(同法197条1項1号等)、内閣総理大臣は、有価証券報告書のうちに重要な事項について虚偽の記載があることを発見したときは、いつでも、有価証券報告書の提出者に対し、訂正報告書の提出を命ずることができる(同法24条の2第1項、10条1項)。 
前記罰則を適用し得ない場合や、罰則によって対処することが必ずしも適当でない場合もあり得るが、このような場合についても防止の実をあげるため、内閣総理大臣による課徴金の制度が設けられている(同法172条の2第1項、172条の4第1項。なお訂正報告書の提出命令や課徴金納付命令に係る内閣総理大臣の前記権限は、それぞれ財務局長及び金融庁長官に委任されている。)。
  労働p120
大阪高裁H28.9.2  
  従業員に対する賃金の支給に際し労働基準法違反をしたとして、業務委託契約を解除された事例(肯定)
  事案 Y1:1000円でカットサービスをのみを提供するヘアカット専門店の経営事業を営む会社。
本件訴訟の係属後にY2に合併された。
X1は、A(X1代表者)が、Y1と締結していた業務委託契約を承継し、大阪府およびその周辺地域で店舗運営事業を営んでいた会社で、X2は、X1からその事業の一部を受託。
Y3ら:X1の取締役であり、その担当する地域の責任者(エリアディレクター)として店舗の運営を管理する役割を担っていた。
Y1が、X1につき、約定の解除事由である「本契約を継続し難い重大な事由」が生じたとして業務委託契約を解除。

X1が、Y1訴訟承継人Y2に対し、その解除は無効であると主張して、
①業務委託契約に基づき委託料の支払を求めるとともに
②同契約上の地位を有することの確認を求め、
B(Y1代表者)とY3らが、共謀の上、X1に無効な解除通知を送付し、X1の従業員を違法に引き抜いたなどと主張して、X1とX2が、Y1訴訟承継人Y2とY3らに対し、それぞれ共同不法行為又は債務不履行に基づき損害賠償を請求した事案。
  規定 労基法 第24条(賃金の支払) 
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
労基法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
  争点 業務委託契約の解除の有効性
①X1は、委託業務の遂行に当たり、法令遵守義務を負っているが、従業員に対するj賃金の支給に際し、労働基準法(労基法)違反等の法令違反が認められるか
②法令違反が認められるとしても、これが、約定の解除事由である「本契約を継続し難い重大な事由」に該当するか 
  判断 ●雇用契約上の賃金の計算方法について 
X1と従業員との雇用関係において、賃金は、
①当該従業員のランクに②配布ポイント及び③当該従業員の計算用店舗時間を乗じた金額として計算されており、
その金額が最低賃金とこれに対する法定の割増賃金との合計額を下回らない限り、当該金額が賃金として支払われていた。
①のランク:従業員の評価ポイント、カットポイント及び皆勤ポイントの合計値であり、カット利用客1人当たりのX1の収入金額520円未満の値
②の配布ポイント:当該月の全従業員のカット利用客の総数を全従業員の就業時間数で除した数値である「カット平均値」から経費に相当するカット人数を控除した値
③の計算用店舗時間:当該月の当該従業員の就業時間数(労働時間と休憩時間の合計額)
配布ポイントがカット平均値から毎月変動する経費分を控除して算定される数値であることは、X1設立前の説明や入社式説明資料等によって、各従業員にも周知されていた。
⇒賃金の計算方法は、X1と従業員との間の雇用契約の内容になっていた。
  ●労基法24条1項違反について 
②の配布ポイントの算定過程で控除される経費の範囲及び額については、雇用契約上は明確に定められていない。

控除される経費の範囲及び額が合理的かつ相当なものにとどまっている限り、雇用契約の定めに反するとはいえないが、そうでないときは、雇用契約の定めに反するというべき。
配布ポイントの算定過程で控除される経費は、社会保険料の会社負担分とエリアディレクターの報酬不足分であって、その額は30万円程度が通例であったが、
平成24年1月支給分はX2及びAの納税資金を確保するために通例よりも70万円程度増額した金額を、
3月支給分は表彰式の開催費用や社内イントラネット整備費用等の経費を捻出するために通例よりも470万円程度増額した金額を、それぞれ基礎として配布ポイントを計算。

その範囲及び額が合理的かつ相当なものにとどまっているとはいえず、これを控除して算定した配布ポイントを用いて計算された賃金の支払をすることは雇用契約の定めに反する。
⇒X1には労基法24条1項違反があった。
  ●労基法37条1項違反について
③の計算用店舗時間は従業員の労働時間と休憩事件とを単に合計しただけの時間であって、その労働時間が法定時間内のものであったか時間外のものであったかという観点からの配慮が全くされていない。

X1の従業員に対する雇用契約上の賃金の支払によって労基法37条1項所定の割増賃金が支払われたとすることはできない。
X1の従業員の多くが恒常的に相当程度の法定時間外労働を実際にしていた
⇒X1には、本来支払われるべき法定の割増賃金の支払をしていないという労基法37条1項違反があった。
  ●契約解除事由該当性について 
①X1の労基法24条1項及び37条1項違反は、法令遵守義務に違反した場合に該当。
②前記法令違反の行為は罰則の適用がある犯罪行為である上、その法令違反の態様は悪質なものであった。
③X1の従業員は、X1設立後の賃金に不満を募らせていたところ、Aは、平成24年1月支給分に引き続いて同年3月支給分でも相当数の従業員の賃金の減額を指示し、これを実行させたことにより、従業員の処遇の悪化に危機感を募らせたY3らと従業員の離反を招き、Y3らによるY1への説明、これを理由とするY3らの取締役解任、多数の従業員の退職届の提出という事態に至ったもので、Y1が運営する多数の店舗の運営を危機に晒した。
④このような事態は、X1が運営している店舗に係る経済的な損失の発生ばかりではなく、Y1に対する信頼を損ない、Y1が質の高い従業員を確保することを困難にさせ、多数のてん補を展開するY1の社会的・経済的な信用失墜にもつながるおそれがある。
⑤このような事態を招いたことについてY1とY3らに非は認められない。

X1が犯した法令違反やこの法令違反も含めた従業員の処遇の悪化に起因するY3らや従業員の離反は、業務委託契約の委託者であるY1の信頼を裏切るものといえる⇒約定の解除事由である「本契約を継続し難い重大な事由」に該当する。
  解説 労基法24条j1項及び37条1項違反につき、これが約定の解除事由である「本契約を継続し難い重大な事由」に該当するものとして業務委託契約の解除を認めたもの。 
   刑事p139
最高裁H28.7.27
  刑の一部の執行猶予に関する規定の新設と刑訴法411条5号にいう「刑の変更」
  事案 被告人が、2回にわたり、営利の目的で知人に覚せい剤を譲渡したという事案。 
1審、2審とも量刑が争点。
原判決後、本件が上告審係属中であった平成28年6月1日に、刑の一部の執行猶予制度を新設する2つの法律(①刑法等の一部を改正する法律、②薬物使用等の積んにを犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律)が施行。
  弁護人 上告趣意において、刑の一部の執行猶予制度の新設は、刑訴法411条5号が職権破棄事由と定める原判決後の「刑の変更」に当たる。 
  規定 刑訴法 第411条〔著反正義事由による職権破棄〕
上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
刑訴法 第383条〔再審事由等〕
左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、その事由があることを疎明する資料を添附しなければならない。
二 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
刑法 第6条(刑の変更)
犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。
  解説 刑訴法411条5号は、控訴審に関する同法383条2号に対応する規定で、その趣旨は、原判決後に刑の変更等があった場合に、原判決にその時点では瑕疵がなかったにもかかわらず、原判決前に刑の変更があった場合との衡平の観点からみて、原判決を維持することが法的正義に反するという政策的理由でこれを破棄するもの。
最高裁昭和23.11.10:
刑法6条は特定の犯罪を処罰する刑の種類又は量が法令の改正によって犯罪時と裁判時とにおいて差異を生じた場合でなければ適用されない規定⇒刑の全部の執行猶予の条件に関する規定の変更は、同条にいう「刑の変更」には当たらない。
  刑の一部の執行猶予制度新設の趣旨:
改正前刑法では、刑の言渡しの選択肢として全部実刑か刑の全部の執行猶予かのいずれかしか存在しなかった。
vs.
犯罪をした者の再犯防止・改善更生のためには、施設内処遇後に十分な期間にわたり社会内処遇を実施することが有用な場合がある。

裁判所において、宣告した刑期の一部を実刑とするとともに、その残りの刑期の執行を猶予することにより、施設内処遇に引き続き、必要かつ相当な期間、刑の執行猶予の言渡しの取消しによる心理的強制の下で、社会内における再犯防止・改善更生を促すことを可能にするような刑の言渡しの選択肢を増やすべく、刑の一部の執行猶予制度が新設。 
  刑法6条は、法定刑ないし処断刑を定めるために新旧どちらの法律を適用するかという場面で用いられる規定。
ここでいう「刑の変更」とは、法令の改正によって特定の犯罪に対して科される刑の種類又は量、すなわち、特定の犯罪に対する法定刑又は処断刑が変更された場合を意味する。
①上訴に関する刑訴法383条2号、411条5号の趣旨
②「刑の変更」と並んで破棄事由とされているのが「刑の廃止」及び「大赦」

これらの規定にいう「刑の変更」は、改正法を適用しないことによって衡平の観点から法的正義に反するほどの重大な事態が生じる場合を意味すると解される。
③同一文言解釈の統一性
⇒刑法6条の場合と同一の意味に解するのが相当。
本決定は、刑の一部の執行猶予の制度趣旨をふまえ、それが特定の犯罪に科される刑の種類や量を変更するものではない
⇒刑の一部の執行猶予に関する刑法の各規定の新設は刑訴法411条5号にいう「刑の変更」には当たらない。
2323   
  判例特報p23
知財高裁H28.11.11  
  著作権判例百選事件保全抗告決定
  事案 Xは、自らが編集著作物たる「著作権判例百選(第4版)」(「本件著作物」)の共同著作者の一人であることを前提に、Yが発行しようとしている雑誌「著作権判例百選(第5版)」(「本件雑誌」)は本件著作物を翻案したもの
⇒本件著作物の翻案権並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の著作者の権利(著作権法28条)を介して有する複製権、譲渡権及び貸与権又は著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権を被保全権利として、Yによる本件雑誌の複製・頒布等を差し止める旨の仮処分命令を求める申立てをした。
  東京地裁は本件仮処分申立には理由があると判断⇒Yが保全異議の申立て⇒原決定は、本件仮処分決定を認可⇒Yが原決定及び本件仮処分決定の取消し並びに本件仮処分申立ての却下を求めた。
  争点 ①Xが本件著作物の共同編集著作者の一人か
②翻案該当性ないし直接感得性
③本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否
④氏名表示権の侵害の有無
⑤同一性保持権の侵害の有無
⑥黙示の許諾ないし同意の有無
⑦著作権法64条2項、65条3項に基づく主張の当否
⑧権利濫用の有無
⑨本件雑誌の出版の事前差止めの可否
⑩保全の必要性 
  規定 著作権法 第12条(編集著作物)
編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。
2 前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。
  著作権法 第14条(著作者の推定) 
著作物の原作品に、又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に、その氏名若しくは名称(以下「実名」という。)又はその雅号、筆名、略称その他実名に代えて用いられるもの(以下「変名」という。)として周知のものが著作者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する。.
  判断 ①本件著作物の表紙にA教授、X、B教授、C教授の氏名に「編」と付して表示されている
②はしがきの記載
⇒本件著作物には、Xの氏名を含む本件著作物の編者らの氏名が編集著作者名として通常の方法により表示されている
⇒Xについて著作権法14条に基づく著作者の推定が及ぶ。
著作者の推定の覆滅の可否:
編集著作物の著作者の認定につき、
①素材について創作性のある選択及び配列を行った者ちゃ著作者にあたり、
②本件著作物のような共同編集著作物の著作者の認定が問題となる場合、編集方針を決定した者も、当該編集著作物の著作者となり得る。

他方、編集方針や素材の選択、配列を消極的に容認することは、いずれも直接創作に携わる行為とはいい難い⇒これらの行為をしたにとどまる者は当該編集著作物の著作者とはなり得ない。
共同著作物の著作者の認定につき、ある者の行為につき著作者となり得る程度の創作性を認めることができるか否かは、
①当該行為の具体的内容を踏まえるべきことは当然として、さらに、
②当該行為者の当該著作物作成過程における地位、権限、当該行為のされた時期、状況等に鑑みて理解、把握される当該行為の当該著作物作成過程における意味ないし位置付けをも考慮して判断されるべき。
Xは、本件著作物の編集過程においてその「編者」の一人とされてはいたものの、実質的にはむしろアイデアの提供や助言を期待されるにとどまるいわばアドバイザーの地位に置かれ、X自身もこれに沿った関与を行ったにとどまるものと理解するのが、本件著作物の編集過程全体の実態に適する

著作権法14条による推定にもかかわらず、Xをもって本件著作物の著作者ということはできないと判断し、著作者の覆滅を認め、本件仮処分決定及びこれを認可した原決定をいずれも取り消し、本件仮処分申立てを却下。
  解説 著作権法 第17条(著作者の権利)
2 著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。
著作権法は、創作時点で権利が発生する無方式主義(法17条2項)を採用⇒その著者を特定することが困難な場合も想定される。
⇒14条に著作者の推定規定をおき、調整を行っている。
14条の推定を受けるには
①原作品への氏名等の表示
②実名または周知な変名の表示がされていること
③通常の方法による表示がされていること
が求められる。
自らが著作者であると主張する者は、具体的な創作について主張するまでもなく、例えば書籍であれば表紙や奥付に著作者として表示されていればそれをもって著作者と推定されることになり、
この推定を争う場合には、その事実の推定を覆す立証をその相手方がする必要がある。
編集著作物(著作権法12条1項)の著作者として認められるためには、表現の創作行為への実質的な関与が必要。
最高裁H5.3.30:
「企画案ないし構想の域」を出ない程度の関与は、著作者としては認められない。
東京地裁昭和55.9.17:
配列について相談に与って意見を具申すること、又は他人の行った編集方針の決定、素材の選択、配列を消極的に容認することは、いずれも直接創作に携わる行為とはいい難い
  行政p41
大阪高裁H28.2.24  
  情報公開法での不開示情報と一部開示
  事案  平成24事件(①事件)、平成25年事件(②事件)ともに、一審原告が、内閣官房内閣総務官に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(「情報公開法」)に基づき、内閣官房報償費(「報償費」)の支出に関する行政文書である、
①政策推進費受払簿、②支払決定書、③出納管理簿、④報償費支出明細書並びに⑤領収書、請求書及び受領書(「領収書等」)の各文書の開示を請求
⇒内閣官房内閣総務官が不開示決定
⇒それぞれ特定の期間に係る不開示決定の取消しを求めた事案 
両事件は、原審では、それぞれ別の裁判体で審理がされたが、控訴審では、事件の併合はされていないものの、同一の裁判体で審理がされ、同日に判決。
  規定 情報公開法 第5条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。

三 公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報

六 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ
ロ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
ニ 人事管理に係る事務に関し、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
ホ 独立行政法人等、地方公共団体が経営する企業又は地方独立行政法人に係る事業に関し、その企業経営上の正当な利益を害するおそれ
情報公開法  第6条(部分開示)
行政機関の長は、開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合において、不開示情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは、開示請求者に対し、当該部分を除いた部分につき開示しなければならない。ただし、当該部分を除いた部分に有意の情報が記録されていないと認められるときは、この限りでない。
2 開示請求に係る行政文書に前条第一号の情報(特定の個人を識別することができるものに限る。)が記録されている場合において、当該情報のうち、氏名、生年月日その他の特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分は、同号の情報に含まれないものとみなして、前項の規定を適用する。
  解説 ●報償費の説明 
  争点 本件対象文書に記録された情報が、不開示情報、すなわち、
情報公開法5条6号(国の機関・・が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、・・当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの)及び同条3号(公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報)に該当するかどうか。
さらに部分開示義務が認められるかどうか。
  原審① ①政策推進費受払簿及び④報償費支払明細書に関する不開示決定を取り消し
③出納管理簿のうち、調査情報対策費及び活動関係費の各支出決定に対応する記載を除いた部分の不開示決定を取り消し、
その余の請求を棄却。
  原審② 不開示決定の取り消しの範囲を平成24年事件の原判決よりも拡大させ、
前記に加えて、
利用者の記録されていない公共交通機関の利用に係る交通費の支払については、
②支払決定書、③出納管理簿の調査対象費及び活動関係の各支払決定に対応する記載並びに⑤領収書等に関する不開示決定も取り消した。
  判断・解説 ●判決の概要 
事件①について、当事者双方の控訴を棄却。
事件②については、一審被告(国)主張の公共交通機関の利用に係る交通費の支払に関する文書の不存在を認め、その限度で一審被告(国)の控訴に基づき原判決を変更したが、その余の双方の控訴を棄却し、本件対象文書の不開示決定の取消しについては、事件①と同範囲とする判断。
事件①の控訴審では、公共交通機関の利用に係る交通費の支払に関する文書であっても、具体的な弊害が生じ得るものとして、その区別なく不開示情報と認定した原判決を是認する判断。
  ●不開示情報該当性 
◎不開示情報該当性の主張立証責任の所在及びその内容 
情報公開法5条6号については、情報公開法の趣旨(=情報開示を原則とし、不開示情報を特に法定していること等。)⇒一審被告(国)において、当該文書に同号の情報が記載されており、かつ、これが開示されることにより当該事務又は事業の性質上、その適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性について、主張立証責任がある。
同法5条3号について、①同号の文言(=おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報)や②その性質上、高度の政治的判断を要すること等⇒行政機関の長の裁量権を認め、その逸脱濫用につき、一審原告に主張立証責任がある。
本件のような情報公開訴訟の特殊性として、
①文書の所持者は、不開示自由該当性の立証に際し、当該文書自体を証拠方法として用いることはできないし、
②請求者はもちろん、裁判所も、その当該文書の内容を確認することはできない
⇒審理の出発点としては、文書の所持者が、当該文書の書式やサンプルを示すなどして、記載されている情報の類型を明らかにしていく。
最高裁H21.1.15:
情報公開法に基づく行政文書の開示請求請求に対する不開示決定の取消訴訟において、不開示事由該当性を判断するために、当該文書を目的物とする検証の申出及び検証物提出命令申立てを行うことは、申立人が検証への立会権を放棄したとしても、民事訴訟の基本原則に反し、許されない。
⇒情報公開訴訟において、いわゆるインカメラ審理を行うことを許容していない。
  ◎不開示情報該当性の具体的な判断 
①政策推進費受払簿については、特定の政策推進費の支払日、支払額、支払相手方及び支払目的等が特定ないし推認されるとはいえない⇒不開示情報を含まない。
政策推進費受払簿が開示されることで、国民の間に種々の億測を呼ぶことがあり得ることは認めつつも、その程度では不開示情報には該当しない。
②支払決定書については、支払相手方及び具体的使途等が記載⇒不開示情報を含む。
③出納管理簿については、
政策推進費受払簿の転記部分には不開示情報を含まず、
支払決定書の転記部分には不開示情報を含み、
その余の累計額の記載等には不開示情報を含まない。
④報償費支払明細書については、支払相手方や具体的使途等が明らかになるものではない⇒不開示情報を含まない。
⑤領収書等については、支払日、支払相手方、金額、具体的使途等が明らかになる⇒不開示情報を含む。
支払相手方が情報提供者や協力依頼者ではなく、会合業者や交通事業者等の役務提供者である場合(間接支払類型と定義され、本件では、書籍代、交通費、金融機関の振込手数料、会合費等が問題となった。)についても、第三者が当該事業者に買収、監視、盗聴及び脅迫等の様々な不正行為を行うことにより、役務利用者の氏名等が明らかになる可能性があることを具体的に認定⇒不開示情報を含む。
  ●部分開示の可否 
各原審が、
①最高裁H13.3.27を引用しつつ、情報公開法が、「情報」と「記述等」を区別し、「記述等」の一定のまとまりをもって「情報」としている
⇒部分開示の可否は、このように独立した一体的な「情報」ごとに判断され、これをさらに細分化して「記述等」についての部分開示を予定していない(情報公開法6条2項が不開示事由に該当する個人識別部分のみを除いて開示することを認めるのは、同条項の場合に限り、このような細分化した部分開示を許容することを是認した創設規定であるとする。)ものとした判断、
②このような「情報の」把握については、社会通念に照らして合理的に解釈されるべきであると、その具体的な適用について、一つの政策推進費の繰入れ、一つの支払決定、一つの金銭授受などの社会的に有意な辞意jつに関する情報(誰が、誰に、いつ、いくら等)をもって、社会通念上独立した一体的な情報を構成するものとする判断
をいずれも是認。

領収書等(⑤)については、一通の領収書等に記載された一つの金銭授受の情報は、それ全体が一つの情報とされ、これをさらに細分化する部分開示(例えば、受領者の氏名のみをマスキングして開示すること。)を否定
支払決定書(②)についても、同様の判断。
出納管理費(③)は、政策推進費受払簿と支払決定書の性質を併せ持ち、報償費の出納状況を一覧表にしてまとめたもの⇒各出納ごと、すなわち、各政策推進費の繰入れや各支払決定ごとに一つの情報を形成するものとし、不開示情報とされた支払決定書からの転記部分である調査情報対象費及び活動関係費の記載を除いた部分の開示を命じている。

不開示情報(調査情報対策費及び活動関係費の支払決定に関する記載)と
開示情報(政策推進費繰入れの記載等)
を峻別して、各情報につき、それぞれ情報単位論を適用し、前者につき、その情報を限度として不開示とし、後者の情報について部分開示を是認。
解説  最高裁H19.4.17は、1つの文書に不開示情報と開示情報とがあり、両情報を構成する記載部分の一部が共通する。
  民事p101
東京高裁H28.9.14  
  銀行の送金契約の債務不履行と通常損害・特別損害、損害算定
  規定 民訴法 第248条(損害額の認定)
損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。
  判断 一審判決の損害額812万円余から162万円に変更する判決 
銀行の債務不履行により証券会社との間で株式の信用取引を行っていた者が指定銀行預金口座に追加保証金を入金することができず証券会社に強制決済され建玉を喪失

建玉喪失は送金契約における当事者とは別の当事者である証券会社との間の信用取引の約定に基づいて生じたもの⇒送金契約における債務不履行による通常損害ということはできない。
銀行からの送金が追加保証金として証券会社の指定銀行預金口座に入金することを目的とし、同日中に入金されない場合に証券会社に強制決済されるという事情は、建玉喪失を生じさせることにつき民法416条2項にいう特別事情に当たり、送金契約ないし本件債務不履行時に、銀行において前記事情を予見し、又は少なくとも予見することができたときには、債務不履行と建玉の喪失との間には、相当因果関係が認められる。
銀行の債務不履行により証券会社との間で株式信用取引を行っていた者が指定銀行預金口座に追加保証金を入金することができず証券会社に強制決済され建玉を喪失した場合においける損害算定:
株式の信用取引における投資家の保有建玉決済は、変化する投資銘柄の株価を前提として、自らのポートフォリオや資産状況等を踏まえた一定の不確実性をもってする判断⇒強制決済がされなかった場合を仮定し、特定の投資家が決済したであろう時期を個別に立証することは、その性質上著しく困難
⇒民訴法248条にいう「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」に該当⇒裁判所において、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定すべきもの。
①Xが投機目的であった、②本件強制決済後に再開された信用取引において短期の売買がされている、③本件建玉の買玉の中には1年以上保有しているものもあった、④Xが追証を入金してまで本件建玉を維持しようとした目的は、本件建玉に生じた損失の回復にあった、⑤今後の市場の動向についてのX自身の判断に係っており、仮定の事実につき一定の法則的な認定をすることは困難、⑥各銘柄の株動向、市場全体の動向など、諸事情を勘案した上で、民訴法248条に基づき、本件強制決済に起因する逸失利益の額を認定

Xが、本件強制決済を回避して本件建玉を維持していた場合に回復し得たと認定できるのは、前記損失額812万円余の約2割である162真似んと認めるのが相当。
解説 Y銀行:
本件振込依頼時にXから本件事情の説明を受けていたとしても、それだけでは、本件建玉が強制決済されることを抽象的に予見できたといえるにすぎず、本件建玉の内容など信用取引の具体的内容、その後の株式相場の動向、Xの投資行動の態様などその他の事情の予見可能性が認められるわけではなく、これらが予見できなければ、民法416条2項の損害賠償義務は認められるべきでないと反論。
but
本判決:
少なくとも、本件債務不履行が本件信用取引における建玉の強制決済という事態を招くことを知り、又は知ることができれば、これによる損害を銀行に負担させることを基礎付ける事情としては十分であり、これが衡平を欠くということはできず、Yが主張するような具体的事情まで民法416条2項にいう特別の事情に含めることは相当ではない。
一審も本判決も、民訴法248条によるべきとする点は同じ。
一審:
Xは本件建玉につき弁論終結時までに全体の損益をプラスマイナスゼロにする程度にまで持ち直すことは、現実に可能⇒本件強制決済による本件建玉の喪失に係る損害の額は、本件強制決済によって確定した損失812万円余と同額と認定するのが相当。
本判決:
Xが本件強制決済を回避して本件建玉を維持していた場合に回復し得たと認定できるのは、前記損失額の約2割である162万円と認めるのが相当。

損失を回復することができた確度(蓋然性・可能性)についての評価の違い。
     
  民事p110
東京地裁H28.4.15  
  クーポンスワップ取引と証券会社による追加担保や解除清算金等についての説明義務違反(肯定)
  事案 原告が、証券会社である被告との間で締結したクーポンスワップ取引を行う旨の契約(クーポンスワップ契約)について
無効(①公序良俗違反又は信義則違反、②錯誤)であり、
被告担当者の原告に対する勧誘行為が不法行為(①適合性原則違反、②説明義務違反)に該当すると主張

被告に対し、不当利得返還請求権(民法703条、704条)又は不法行為による損害賠償請求権(民法709条、715条)に基づき、
利得金ないし損害金等の支払を求める事案。
原告と被告の間では2件のクーポンスワップ取引(本件第1取引と本件第2取引)が締結されたが、原告に損害が生じた取引は本件第2取引
  判断   証券会社である被告の担当者が顧客である原告に対して本件第2契約を勧誘したことについて、追加担保、解除清算金及び解約清算金(解除清算金等)に関する説明義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を認容し(過失相殺6割)、原告のその余の主張をいずれも斥けた。
  ●適合性原則違反 
判例:
株価指数オプションの売り取引の勧誘行為の適合性原則違反に関して、顧客の適合性を判断するに当たっては、当該金融商品の具体的な商品性を踏まえて、これとの相関関係において顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるという判断枠組み(最高裁H17.7.14) 
①本件第2契約のうち、(i)スワップ取引に係る部分の仕組みや一般的なリスク等は、一定の経験と理解力を有する者には理解が困難なものであったとは認められない、(ii)追加担保や解除清算金等の具体的な算定方法等に係る部分については理解が困難であったがこれらが発生する可能性があること自体は理解できた
②原告は、それまでの通貨オプション取引等の取引経験から為替を組み込んだ金融商品や為替相場について、ある程度の知見を有していた
③原告は、一定程度の現金預金及び金融資産を有しており、相当期間にわたって多額の資産を投資し、複数の金融商品取引を並行して行っており、金融商品取引を積極的に行うことにより運用益を上げようとする投資意向があったといえる

被告の担当者が原告に対して本件第2取引を勧誘した行為は、取引の仕組みの一部については理解が困難であったものの、適合性の原則から著しく逸脱していたとまではいえない。
  ●説明義務違反 
証券会社の担当者は、顧客に対して取引を勧誘するに当たっては、顧客の自己責任による取引を可能とするため、取引の内容や顧客の投資取引に関する知識、経験、資力等に応じて、顧客において当該取引に伴う危険性を具体的に理解できるように必要な情報を提供して説明する信義則上の義務を負う。
◎  ◎スワップ取引の説明
①被告の担当者は、原告に対し、本件第2取引の内容を詳しく説明した上、説明資料などを用いて種々のリスクがあることを説明し、リスクの確認を行っている
②原告はその説明を踏まえて、交換レートや目標相場のレートについて原告に有利になるよう交渉した上で、本件第2契約を締結

スワップ取引に係る部分の仕組みや一般的なリスク等については、原告の知識、経験、資力等に相応し、ある程度丁寧に説明をした。
◎追加担保及び解除清算金等に関する説明
追加担保及び解除清算金等に関する説明について、
①契約期間が10年間と比較的長期間であり、その間、原則として解約ができないこと、
②原告は、その事業規模に比して高額の追加担保が発生することにより運転資金を拘束され、スワップ取引を継続できなくなった場合には解除清算金等の支払義務が発生

被告の担当者は、原告に対して本件第2取引を勧誘するに当たり、単に追加担保や解除清算金等が発生する可能性があるという抽象的な説明をするだけでは足りず、追加担保や解除清算金等が、為替相場の変動に応じて、具体的にどの程度必要になるか理解できるように説明する義務を負っていた。
本件第2取引においては、個別の取引は、円/米ドル為替レートが123.50円(契約時為替相場)から108.90円(条件相場)までの範囲の円安で推移すれば原告いが利益を得る取引きであるが、追加担保は、契約時為替相場から5円以上円高になる(118.50円/米ドル)と、1000万円単位で必要になる
⇒この点についてはは注意が必要で、被告の担当者は、原告に対し、その点も含めて説明する義務があった。 
①被告担当者による説明では、約定時の担保額が購入金額により増大することは想起できるが、単に金利為替の相場変動により追加担保が発生するという記載しかなく、本件第2取引に係る追加担保が必要となる場合やその金額などを具体的に想起させるような説明となっていない
②原告に交付された説明資料中の主なリスク項目を説明する部分において、追加担保が触れられていなかった

このような説明では、ある程度の金融商品に関する知識を有すると認められる原告であっても、追加担保に伴う具体的なリスクを理解することはできなかった。
解除清算金等の点について、被告の担当者による説明は、原告が解除清算金等を支払う可能性があることを想起させるものではあったが、解除清算金等の金額などを具体的に想起させるものではなかった

このような説明では、ある程度の金融商品に関する知識を有すると認められる原告であっても、解除清算金等に伴う具体的リスクや、1億円超える解除清算金等が必要になることを理解することはできなかった。

追加担保及び解除清算金等に係る説明義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を認容。
  民事p125
東京地裁H28.1.27  
  弁護士賠償責任保険契約における免責条項の適用が否定された事案
  事案 弁護士Xは、Bの訴訟代理人として、C有限会社に対し貸金3億円余の返還等を請求する訴訟⇒1審判決は、1億円の金銭の授受を認め、一部認容。
Cが控訴。
控訴審では、Dが本件貸金債権の譲渡を受けたと主張し、独立当事者参加をし、Bに対して前記1億円の貸金債権等を有することの確認、Cに対して前記1億円等の支払を請求。
Cは、本件貸金債権の存在を否認するとともに、予備的に、CがDに対して有するを自働債権とする相殺を主張。

控訴審:
Bの1億円の貸付、BのDに対する本件貸金の譲渡、Dの相殺を認め、Bの請求、Dの請求を棄却。
Eは、前記3億円余のうち、1億円は自ら、残額はFが出捐し、Bは形式的な貸主であり、実質的な前記訴訟の委任者はE、Fであったこと、Xが本件貸金債権の譲渡契約書等の作成に関与したこと等を主張
⇒Xに対して債務不履行、不法行為に基づき内金として2000万円の損害賠償を請求。
控訴審は5000万円の損害賠償請求を認容。
  争点 ①本件保険契約上Yのてん補責任の有無
②本件免責条項の適用の可否 
  判断 ●争点①について 
別件の損害賠償請求そしょうにおいてXの5000万円の損害賠償責任を認める判決が確定しており、同判決が不当であるとしてXのてん補責任を否定することは許されない。
  ●争点②について 
「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」:
故意免責とは別の行為を意味し、他人に損害を与えるべきことを予測し、かつ、これを回避すべき措置を講じないという消極的な意思作用に基づく行為を指す。
予測は現実に認識した場合に限らず、損害を与える蓋然性が高いことを認識していることを含む。
本件では、
①Xが本件貸金債権の立証が困難であり、その存否自体が不確定であると考えていたこと、
②BのDに対する本件貸金債権の譲渡契約書等の作成は、XがBらからDの債権担保のためであると聞いていたこと
等の事情
⇒Xが損害の発生又は損害を与える蓋然性が高いことを認識していたとはいえない。
⇒本件免責条項の適用を否定し、請求を認容。
  民事p130
東京地裁立川支部H28.2.5  
  面会交流審判未確定の段階での面会交流権侵害に基づく損害賠償請求の可否(否定)
  事案 ①調停離婚した元夫(原告)から、子(原告C)の親権者となった元妻に対し、子との面会交流を被告が認めないのは父子面会交流権侵害の不法行為⇒損害賠償請求。
②逆に被告及び原告Cから、原告が面会交流審判記録中プライバシー部分の写しを第三者に交付したのはプライバシーと名誉権の侵害⇒人格権に基づき損害賠償請求と交付等の差止請求。 
面会交流審判記録中の、医師意見書等数個の書面を謄写して原告Cの担任教諭や小学校等に郵送。
  争点 ①被告の面会不実施の不法行為の成否
②記録一部謄写部分の配布等の違法性
③同配布等の差止請求の当否 
  判断 争点①について:
本件のように面会交流の審判が未確定であるうちは、面会交流権は抽象的なものに過ぎず、いまだ具体的に形成されているものではない⇒不法行為の被侵害利益とは言えない。 
争点②について:
原告の行為は、非公開の家事事件手続において被告らのプライバシー権の侵害であって名誉毀損ともなり、不法行為を構成。
争点③について:
仮処分決定があるまでこれらの違法行為を継続した原告の行為は、被告らの人格権に基づき差止請求が許される。
  解説 家事事件手続は非公開の非訟事件であり、記録中の文書の開示の自由はない。 
  民事p135
東京家裁H28.10.4
  面会交流の間接強制金につき、債務者の資力を考慮し、毎月1回の不履行ごとに100万円とされた事案
  事案 非監護親である外国人妻が監護親である日本人夫に対し、離婚前の面会交流の申立⇒東京家裁がこれを認容し、東京高裁がこれを維持:監護親が毎月1回、第1日曜日、午前11時から午後4時まで面会交流をさせる義務を負担したにもかかわらず、履行せず⇒非監護親が間接強制の申立
    ■面会交流決定
●東京家裁:
いわゆる原則的実施論に基づき、相手方による、申立人の育児放棄や連れ去りの危険の主張、あるいは未成年者の申立人との面会拒否の主張等はいずれも退け、申立人との面会交流の実施が未成年者の福祉を害するものと認められる特段の事情はない⇒母子直接面会を認めるべき。
未成年者は既に12歳であり、十分な判断能力を有し、意思を表明することができることを考慮しても、未成年者の負担や生活上の利益に対する配慮をしたうえで、面会交流の具体的な方法を定め、相手方に未成年者の引渡義務を課さなければ、面会交流を実現することはできない⇒面会交流義務の履行を命じた。
審判時12歳になっている未成年者の意思に関し、未成年者は11歳時の調査官調査によれば、現在の父の監護状態が変更されなければ申立人との面会交流を受容している
⇒離婚訴訟において親権者が相手方に指定され、これが確定した後にという未成年者の発言は、相手方の意向を反映したものであり、これが面会交流を妨げるべき特段の事情に当たらない。
●抗告審
未成年者の拒否的発言は未成年者の考えというよりも相手方監護親の主張を受け売りするものであり、同相手方が申立人に対する否定的情報を与え続けたことで、未成年者の認知が歪んでしまった結果である。
  判断 債務者の平成27年度の年収が給与収入合計2640万円であること等を考慮し、不履行1回につき100万円の間接強制金の支払を命じたもの。 
  解説  間接強制金の額としては、これまでの裁判例では、毎月5万円、8万円などが多く、他の実務例でも5万円から10万円が多い。
双方医師の場合でさえ20万円と抑えられている。
実務的には、①債務者の支払能力や②養育費の額等によって定められている。
債務者の多くは女性で資力がない場合が多い⇒低額化傾向にある。
  面会交流の不履行に対する間接強制について、判例は積極説。 
  未成年者の意思表示について、家事事件手続法152条が15歳以上の子の陳述を聴かなければならないとしているほか、同法65条はそれ以下の未成年者でも年齢に応じた子の意思を考慮しなければならない旨を定めている。
but
未成年者が意思表示をしても、それは監護者の影響によるもので、子の真意ではないとする認定判断がされることがある。
(米国でも、PAS・PA問題として議論されている) 
家事事件手続法 第152条(陳述の聴取)
2 家庭裁判所は、子の監護に関する処分の審判(子の監護に要する費用の分担に関する処分の審判を除く。)をする場合には、第六十八条の規定により当事者の陳述を聴くほか、子(十五歳以上のものに限る。)の陳述を聴かなければならない。
家事事件手続法 第65条
家庭裁判所は、親子、親権又は未成年後見に関する家事審判その他未成年者である子(未成年被後見人を含む。以下この条において同じ。)がその結果により影響を受ける家事審判の手続においては、子の陳述の聴取、家庭裁判所調査官による調査その他の適切な方法により、子の意思を把握するように努め、審判をするに当たり、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならない。
  本件は東京高裁に抗告され、制裁金があまりに過大であるとして30万円に減額する決定。 
4月 
2322   
  行政p35
東京地裁H27.7.17  
  国税の担保として提供された不動産の公売公告の取消訴訟係属中に売却決定⇒訴えの利益(肯定)
  事案 相続税の納税義務者であるXが、年賦延納の担保として自己の不動産を提供したが、分納期限までに分納税額を完納しなかった⇒延納許可を取り消された上、同不動産の差押えを受けてこれが公売に付された
⇒公売に付した財産の選択につき裁量権の逸脱又は濫用があるなどとして公売公告及び見積価額の公告の取消しを求めた事案。 
本件公売不動産については、平成14年2月までに前記相続税を担保するための抵当権が設定⇒平成18年4月に差押処分⇒平成24年9月に公売公告(本件公売公告)及び見積価額の公告がされた上、本件訴訟の係属中である平成26年9月に売却決定(本件売却決定)がされ、配当が実施。
本件公売不動産のうち土地一筆については、平成19年12月にXからAに売却され、平成25年7月にXからAに対する所有権移転登記手続。
Yは、本件公売公告は一連の公売手続の終了によりその目的を達成して法的効力を失っている⇒その取消しを求める訴えの利益が消滅していると主張。
  規定 行訴法 第9条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
  判断 本件公売公告の法的効果については、Y主張のとおり、その目的を達成して失われている。
but
売却決定がされた場合でも、国税の担保として提供された不動産の所有者及び滞納者には、公売公告を取り消すことによって「回復すべき法律上の利益」(行訴法9条1項参照)がある。

本件公売公告の取消しを求める訴えの利益は、なお失われていない。
①所有者については、行訴法33条1項(取消判決等の効力)、税徴法135条1項(売却決定の取消しに伴う措置)等を根拠として、「売却決定がされるに至った場合でも、公売公告を取り消す旨の確定判決を得ることにより、その拘束力に従って売却決定を取り消し、差押不動産の所有権を買受人又は転得者から回復することを期待し得るという法的地位を有する」
②滞納者については、行訴法33条1項等を根拠として、「売却決定及び配当がされるに至った場合でも、公売公告を取り消す旨の確定判決を得ることにより、その拘束力に従って売却決定及び配当を取り消し、改めに適法な手続の下における売却決定が行われてより高額な売却がされることを期待し得るという法的地位を有する」

「回復すべき法律上の利益」を有する。
  解説 最高裁は、処分の取消しを求める訴えの利益(広義)について、仮に当該処分の取消判決がされた場合に、拘束力(行訴法33条1項)の作用として不整合処分の取消義務が生ずる場合には、これを肯定する傾向。 
公売公告の違法性は、後行する売却決定に承継されるところ、一連の手続を構成する先行処分と後行処分との間に違法性の承継が認められる場合には、いずれの取消しを求めることもできると解する見解が有力。
担保不動産競売(民事執行)においては、売却許可決定により「自己の権利が害されることを主張するとき」に限り、同決定に対して執行抗告をすることができる(民執法188条、74条1項)ところ、
債務者兼所有者が同要件を充たすのは、売却自体が許されなかった場合(同法71条1号)又は当該瑕疵がなければより高額に売却された可能性がある場合であると解されている。
本判決の控訴審は、結論は同じであるが、
「回復すべき法律上の利益」の内容について、本判決とは異なり、所有者及び滞納者のいずれについても「改めて適法な公売公告の下に売却決定に至る一連の手続が行われることを期待し得る法的地位」であると解している。
  行政p49
高知地裁H27.3.10  
  地方公共団体が出資した会社の株主総会での議決権の行使は住民訴訟の対象とならないとされた事例
  事案 A社の株主総会において、株主であるB町の代表者であるYが、A社の財産を第三者に売却等する旨の議案を承認したことにつき、B町の住人であるXらが、その売却価額が不相当に安価であり、この議案を承認すべきではなかったのに、その承認をしたことにより、A社の財産的価値が減少し、B町に損害が生じたなどと主張して、地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき、B町の町長であるYに対し、2079万7343円及び遅延損害金の支払をYに求めるよう請求する住民訴訟。 
  規定 地方自治法 第242条(住民監査請求) 
普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。
  判断 ①住民訴訟の対象となる事項は、地方自治法242条1項に定める違法な財務会計上の行為又は怠る事実に限定
②財務会計上の行為のうち「財産の管理」とは、当該財産としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財産管理行為がこれに該当。
③株主の有する議決権は、株主が会社経営に参与し、あるいは、取締役等の行為を監督是正する権利である共益権の一種である上、本件議案に陥ったA社において木材の乾燥業を継続することは困難である一方、A社の保有する乾燥機を利用してきた業者にとってその使用を継続する必要があるため、乾燥業の受け皿となる林産組合が設立されたことを前提として、その林産組合にA社の有する固定資産を譲渡すべきかが、A社の経営上問題となったことから、A社の株主であるB町として、その経営上の判断の是非に賛否を明らかにすべく行使されたもの⇒この議決権の行使は、株式の財産的価値の維持・保全を図る財務的管理を直接の目的とするものであるとはいえず、財務会計上の行為であるとはいえない。

Xらの訴えを却下。
  民事p53
最高裁H28.7.8  
  関係会社ABと再生債務者との間の債権債務の相殺の可否(否定)
  事案 再生手続開始の決定を受けた証券会社Xが、信託銀行Yとの間で基本契約(「本件基本契約」)を締結をして行っていた通貨オプション取引及び通貨スワップ取引(「本件取引」)が終了したとして、本件基本契約に基づき、Yに対し、清算金の支払等を求めた事案。
事実 本件基本契約におけるXの信用保証提供者であるA社が平成20年9月15日に米国連邦倒産法第11章の適用申請を行った⇒本件取引は終了し、XはYに対して本件基本契約に基づく清算金債権(「本件清算金債権」)を取得。
B社も、Xとの間で本件基本契約と同様の基本契約を締結して取引を行っていたところ、同取引は同日に終了し、B社はXに対して、同基本契約に基づき、本件清算金債権を上回る金額の清算金債権を取得。 
Yは、再生債権の届け出期間内に、B社のXに対する清算金債権を自働債権、XのYに対する本件清算金債権を受働債権として、対当額において相殺する旨の本件相殺をした。
Yの主張 Xの再生手続開始の決定後、Yと完全親会社を同じくする他の株式会社が再生債務者であるXに対して有する再生債権を自働債権、XがYに対して有する前記清算金の支払請求権を受働債権とする本件基本契約に基づく相殺をしたことにより、前記清算金の支払請求権が消滅したと主張。 
  争点 再生債権者と再生債務者との間において債権債務の対立(=相互性)を欠く本件相殺が、民事再生法92条1項により認められる相殺に当たるか? 
  規定 民事再生法 第92条(相殺権)
再生債権者が再生手続開始当時再生債務者に対して債務を負担する場合において、債権及び債務の双方が第九十四条第一項に規定する債権届出期間の満了前に相殺に適するようになったときは、再生債権者は、当該債権届出期間内に限り、再生計画の定めるところによらないで、相殺をすることができる。債務が期限付であるときも、同様とする。
  原審 本件相殺は、2当事者が互いに債務を負担する場合における相殺ではないが、
①Xの再生手続開始の時点で再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在するものであると認められ
②再生債権者間の公平、平等を害するものであるとはいえない
⇒法92条により許容される。
⇒本件清算金債権は本件相殺によりその全額が消滅したとして、Xの請求を棄却。
  判断 再生債務者に対して債務を負担する者が、当該債務に係る債権を受働債権とし、自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は、これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても、法92条1項によりすることができる相殺に該当しない。
⇒本件相殺も同項によりすることができる相殺に該当しない。
  解説 再生債権につき再生手続開始後は原則として再生計画の定めるところによらなければ消滅させる行為を禁止(法85条)など、再生債権者間の公平、平等な取扱いを基本原則としている。
これに対し、「互いに」同種の債権を有する当事者間において、相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することは、通常、再生債権についての再生債権者の公平、平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではない⇒法92条は、破産法等と同様の考え方の下に、再生債権者による相殺権を保障したもの。
法の相殺の禁止に関する規定は、再生債権者間の公平、平等を図ることを目的とする強行規定⇒これに反してされた相殺は合意に基づくものであっても無効であると解することで特に異論がない。
  民事p60
東京高裁H27.8.4  
  被保険車両の盗難を理由とした保険金の支払を求めた事案で、否定された事例。
  事案 Xは、Yとの間で、協定保険価格355万円の自動車保険契約を締結していたが、その使用する自動車(イモビライザー装備車)が盗難にあった⇒車両保険金355万円の支払を求めた。 
  原審 本件駐車場所に本件車両が置かれていたことを認めた上で
①レッカー移動など非自走式の窃取方法やスペアキーを利用する方法で本件車両を持ち去ったとは考え難いとしつつ、イモビライザーシステムを無効化すること自体が不可能ないし著しく困難であるとはいえず、イモビライザー装備車であっても相当数の盗難事例が存在⇒本件車両の盗難は可能
②Xの収入が乏しいこと、Xにおいて本件車両の必要性は乏しいといった事情があったとしても、本件盗難を故意に生じさせたとまではいえない
⇒Xの請求を全部認容。 
  判断  X以外の者が本件車両を本件駐車場から持ち去ったことを認めることはできない⇒原判決を取り消してXの請求を棄却。 
本件駐車場所に本件車両が置かれていたことを認めた上で、
①本件駐車場は、三方を建物に囲まれ、片側一車線の国道に面するなどの周辺立地状況等⇒非自走式による本件車両の持ち去りは現実的に考え難い。
②エンジンキー、スペアキーの利用を疑わせる具体的な事情は見当たらず、単なる抽象的な可能性にとどまる
③イモビライザー装備車のエンジンキー複製について、本件車両の持ち去りが判明した午前5時頃までに、本件車両からコンピュータを取り出して運び出し、明るいところで作業をする時間的余裕は全くなく、エンジンキーを複製することができる専門業者の関与をうかがわせる証拠も一切ない⇒エンジンキーを複製する方法による持ち去りの現実的可能性は極めて乏しい
④このほか本件車両の持ち去りの可能性を示す具体的な事実を認めるに足りる証拠はない
⑤Xが警察に盗難被害を届け出ている事実があったとしても、これをもって直ちに本件車両の盗難被害の事実を推認することはできない。

「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」を認めることはできない。
  解説 盗難を原因として保険金の支払を請求する者は、請求原因事実として、盗難の外形的事実である
「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び
「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」
を合理的な疑いを超える程度にまで主張立証しなければならない(最高裁H19.4.17等)。

被保険者の意思とは切り離された外形的な事故態様。 
単に盗難の可能性を示すだけでは足りず、その可能性がどの程度まで具体的に示しうるかについて検討することが必要。
  民事p70
大阪高裁H28.10.13  
  ①子の入寮(私立高校)による食費・光熱費の権利者の負担減、②義務者の再婚に伴う相手方の子との縁組⇒養育費減額
  事案 2003年(平成15年)に公表されその後実務に定着した養育費等の標準的算出方法(簡易算定方法)に立脚しながら、①未成年者が平成28年4月に私立高校に入学したが入寮したたま権利者の負担額が減少したこと、②義務者が再婚して再婚配偶者の子と養子縁組したため義務者の負担額が増加したこと等
⇒抗告審において、義務者(父)が権利者(母)に支払うべき養育費を減額変更。 
  原審 標準的算定方法⇒
平成27年においては月額8万円から10万円の枠の下域に
平成28年度では6万円から8万円の下域に。
高校の寮費等に年間85万円余円がかかる⇒算定表において考慮されている公立高校の学校教育費相当額33万円余円を超過する52万余円については、双方で基礎収入の割合に応じて按分負担すべき。
義務者の負担額を38万余円(月額3万2000円)とし、
当事者双方の生活状況等、諸般の事情から、時期を分けて、月額8万円、6万5000円、9万7000円とした。
  判断  未成年者は入寮の限度で権利者は食費・光熱費の負担が軽減⇒月額2万8000円を養育費から控除
義務者の再婚者の子(縁組)の養育費を控除

義務者の負担すべき養育費の額は月額4万4000円。
  解説 日弁連の新簡易表が家裁実務等に広く使われる可能性。
⇒義務者の負担額はかなり増える。
  民事p73
東京地裁H28.6.29  
 
  事案  慢性腎不全の診断を受けていたXが、不妊治療の目的で、平成23年11月以降、Yの解説する薬局で登録販売者のAから説明を受けた漢方薬を購入し、約5か月にわたりこれを服用⇒腎機能が悪化し、末期腎不全になった⇒Yに対し、不法行為又は使用者責任に基づき損害の賠償を求めた。 
  争点 ①慢性腎不全を患っているXに対し、Yは漢方薬を販売すべきではなかったにもかかわらずこれを怠った腎機能悪化防止義務違反があったか?
②Aにはxに対し前記漢方薬の副作用によってXの腎機能が更に悪化する可能性があることを説明すべき責任を負っていたか?
  判断 ●争点① 
Xが本件薬局から処方された漢方薬は、いずれも一般用医薬品のうち第2類医薬品に該当
⇒薬局開設者又は店舗販売業者は、購入者から相談がなくとも、薬剤師又は登録販売者に情報提供を行わせるよう努めることが望ましいとはいえるものの、当該医薬品を購入して服用するか否かの判断は購入者が自ら行うもの。
     
  民事p84
東京地裁H28.4.14  
  弁護士の懲戒処分の差止め・決定の違法確認等(不適法)
  事案 労働事件の双方の当事者、その代理人である弁護士らが相互に懲戒請求。
一方の当事者、弁護士が懲戒処分の差止め、損害賠償、弁護士会の決定、日弁連の決定の違法確認等を請求。 
事実 弁護士X1は、平成25年8月頃まで、A学校法人の委任を受け、労使交渉等の助言を行う等。
同年9月、Aの労働組合の代理人としてAに団体交渉を申し入れる等。

Aは、平成25年11月、X1につきY1弁護士会に対して、委任契約書の不作成、報酬の説明懈怠、過大な報酬、秘密保持義務違反等を理由に懲戒請求。
X2は、Aの職員であったが、平成26年3月、解職処分⇒X1が代理人となり、Aに対して仮処分を申し立て、訴訟を提起。
X2は、、平成26年11月、X1を代理人として、Aの監事である弁護士BにつきY2弁護士会に懲戒請求。
⇒Y2の綱紀委員会(Cが部会長)がBにつき事案の審査を求めないことを相当する旨の議決をし、Y2は、Bを懲戒しない旨を決定⇒X2は、X1を代理人としてY3連合会(日弁連)に対して異議の申出⇒Y3は、同年8月、異議の申出を棄却。
⇒X2は、X1を代理人として、CにつきY2に懲戒請求の申立て⇒Y2は懲戒しない旨の決定。
Y1の綱紀委員会は、X1につき事案の審査を求めることを相当とする旨の議決。
  訴訟  X1、X2の提起した訴訟
Y1に対するもの:
①Y1の綱紀委員会の決定による懲戒処分につき独禁法24条に基づく差止め(X1のみの請求)、
②主位的に不法行為に下づk損害賠償、予備的に前記決定の違法の確認をするもの

Y2に対するもの:
Y2がB、Cに関する懲戒をしない旨の決定が違法である等と主張し、
主位的に不法行為に基づく損害賠償
予備的に前記決定の違法の確認を請求

Y3に対するもの:
異議の申出を棄却する決定につき 、
主位的に不法行為に基づく損害賠償
予備的に前記決定の違法の確認を請求
  争点 ①各訴えの適法性
②独禁法24条の該当性
③各不法行為の成否
④損害発生の有無等 
  判断 Y1に対する請求のうち、差止請求について、
①綱紀委員会の決定が出されたにすぎない段階で懲戒事由の存否、効力、適否等につき司法審査の対象とし、懲戒処分の差止めを求めることは、弁護士法の趣旨等に照らして許されない⇒不適法
②懲戒処分が公の権力の行使として行われるものであり、広い意味での行政処分⇒行政処分の効力に係る差止めの訴えは、民事訴訟として許容されるものではなく、不適法。 
損害賠償請求について:
綱紀委員会の決定の段階で懲戒対象者に生じる不利益は、通常生ずる程度の不利益の限度を超えるものではなく、法律上保護される利益の侵害が認められない⇒不法行為の成立を否定。
違法確認請求について、確認の利益を否定。
Y2、Y3に対する判断も同様。
  民事p95
和歌山地裁H28.3.25  
  地方公共団体が設置・管理する博物館の外国人(反捕鯨ジャーナリスト)に対する入館拒否が違法とされた事例
  事案 X(オーストラリア在住の反捕鯨ジャーナリスト)は、本件入管拒否が、
①Xの表現の自由等を侵害するもので法令上の根拠を欠き、
②思想良心に基づく不利益処遇及び外国人差別に該当する
⇒憲法14条、19条及び21条等に反するなどと主張し、
Yに対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償として、慰謝料300万円等の支払を求めた。
  判断  ●争点①について
  ①本件入管拒否が、憲法19条及び21条から導かれる情報摂取行為に対する制約の側面を有すると認め、国賠法上の違法性の判断にあたっても憲法上の価値を考慮すべきであることを前提に、条例上本件博物館が入管を拒否できる要件について、
単に管理の支障を生じる一般的・抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、具体的事情の下において、管理の支障を生じる相当の蓋然性がある場合に限ると解するのが相当。
②Xがテレビ局職員を伴ったり大型機材を所持したりしておらず、窓口職員が何らの質問等をすることなく即座にプラカードを提示して入館を拒否している⇒管理の支障を生じる相当の蓋然性までは認められない。 
  ●争点2について 
管理の支障を考慮したもので、思想や国籍などに基づくものではない。
  ①Xの情報摂取の目的が希薄であった
②Xの反捕鯨の考えの表明という主たる目的が達成されている
③本件入管拒否が管理の支障に着目してされたもので付随的な製薬
⇒慰謝料を10万円とし、弁護士費用と合わせて11万円の支払を命じた。
  解説 本件は、主に憲法21条に関し、防御権ではなく、地自法上の住民でない者が地方公共団体の設置・管理する施設を使用するという請求権的側面が問題となった事案。 
集会の自由と公の施設の管理権との調整が問題となった事案である最高裁H7.3.7:
地自法244条2項及び3項等を参照し、憲法が集会の自由を保障する見地から、利益衡量を行い、利用を不許可とするには、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であるとした。
地自法 第244条(公の施設) 
普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。
2 普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。
3 普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。
本件のXは、Yの住民ではなく、本件博物館は、表現行為を予定した場所ではない上、想定される管理権行使の態様も集会用の施設と異なる。

従前の情報摂取行為に関する判例のみならず、本件博物館の公的な役割及び展示物から得られる情報の価値等にも言及して、本件入管拒否が情報摂取行為の制約に当たることを判示。
市立図書館の司書が規則に違反して独断で図書を廃棄した事案である最高裁H17.7.14も、地方公共団体の設置した施設である図書館の役割や機能を、国賠法上の違法性の判断に反映させている。
本判決は、集会の自由と管理権が問題となった判例同様、条例上の管理権行使の要件を限定的に解釈する立場を採用し、入管拒否に管理の支障の相当の蓋然性を要求して、本件入管拒否に蓋然性は認められないとした。
  知財p106
知財高裁H28.6.1  
  特許法102条1項の構造、同ただし書の「販売することができないとする事情」
  事案 ①発明の名称を「破袋機とその駆動方法」とする発明に係る本件特許権を有する一審原告が、一審被告が製造販売する破袋機は、本件特許発明1ないし3の技術的範囲に属する
②一審被告が被告製品を生産、譲渡等する行為は、本件特許権を侵害する行為であり、また、一審被告から被告製品を購入した顧客が、業として被告製品を使用する行為は本件特許権を侵害する行為であるところ、一審被告が顧客の使用する被告製品を保守する行為は、顧客による被告製品の使用という本件特許権の侵害行為を幇助するもの

一審被告に対し、
①特許権100条に基づき、被告製品の生産、譲渡等の差止め並びに被告製品及びその半製品の廃棄、
②不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金の一部である2816万9021円及び遅延損害金の支払
を求めた事案。
  規定 特許法 第102条(損害の額の推定等)
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
  原審  ①被告製品は、本件特許発明1,2の技術的範囲に属するが、本件特許発明3の技術的範囲に属さない。
②本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとはいえない。
③一審被告が被告製品を譲渡したことによる損害額は1758万3700円(特許法102条1項)である。
④一審被告が被告製品を保守したことによる損害賠償請求は理由がない。

一審原告の請求を、
①被告製品の清算、譲渡等の差止め並びに被告製品及びその半製品の廃棄、
②1756万3700円及びこれに対する遅延損害金の支払
を求める限度で認容。 
  判断 被告製品は、本件特許発明1,2の技術的範囲に属する旨判示。
損害について増額変更。
  判断・説明 ●特許法102条1項の趣旨
侵害者の営業努力や代替品の存在等、権利者において侵害品の販売数量と同数の販売をすることが困難であった事情が訴訟において明らかになった場合でも、それらの事情を考慮した上で現実的な損害額が算定できるルールとして、同項が新設された。
  ●特許法102条1項の構造
「①特許権者又は専用実施権者を侵害した者・・・がその侵害の行為を組成した物を譲渡したとき・・・譲渡した物の数量」に
「②特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」
を乗じた額を、
「③特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度」において、
特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
同項ただし書によれば、
「④譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情に相当する数量」に応じた額を控除。

損害の計算式:
「(①-④)×②」(≦③)
で、
①②③の事実は、特許権者側が主張立証
④は、被告側が主張立証。
  ●特許法102条1項の解釈 
②の「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべき。
特許権者の製品が侵害品と競合可能性を有する物であれば足り、同一のものであることを要しないとするのが多数説・判例の立場。
②の「単位数量当たりの利益額」は、特許権者等の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した1個当たりの額(限界利益の額)とするのが裁判例。
④の「販売することができないとする事情」は、侵害者の営業努力や代替品の存在等をいうもの。
侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情に特に制限があるわけではなく、これらの事情の立証責任が被告側にあることがポイント。
本判決は、「販売することができないとする事情」は、侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし、例えば、市場における競合品の存在、侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)、市場の非同一性(価格、販売形態)などの事情がこれに該当。
一審被告が主張した事情はこれに当たらない。
  知財p122
東京地裁H28.3.25  
   
  事案 著作権等管理事業者であるXが、Y1及びY2に対し、Yらが共同経営しているライブバーにおいて、Xとの間で利用許諾契約を締結しないままライブを開催し、Xが管理する著作物を演奏(歌唱を含む)させていることが、Xの有する著作権(演奏権)侵害に当たる

①管理著作物の演奏・歌唱による使用の差止めを求め
②著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として、連帯して使用料相当額及び弁護士費用の支払を求め
③不法行為にも届く損害賠償請求又は不当利得に基づく返還請求として、平成27年11月1日から管理著作物の使用終了に至るまで、連帯して使用料相当額の支払を求めた。
  判断 ①Yらが共同して、ミュージシャンが自由に演奏する機会を提供するために本件店舗を設置、開店したという経緯、②ライブハウスの管理状況、③ライブの客から飲食代として最低1000円を徴収していること等の諸事情を総合
⇒Yらが、管理者作物の演奏主体(侵害主体)に当たる。 
Xに著作権管理を委託している著作者は、Xとの間で、全ての著作権及び将来取得する全ての著作権を信託財産としてXに移転する内容の契約を締結⇒著作者自身が演奏する場合であっても、Xに無許諾で演奏することは著作権侵害に当たる。
著作権侵害の故意の有無の判断に当たっては他人の権利を有する楽曲を利用する認識があれば足りる⇒Yらには故意があった。
本件調停の過程において管理著作物の利用に係る許諾契約が成立しているとは認められない。
Xによる請求は、過去の交渉経緯等に照らしても権利濫用に当たらない。

Xの差止請求を認めるとともに、過去の本件店舗における演奏に係る損害賠償請求又は不当利得返還請求については、証拠により認められる限度で一部認容。
将来の給付請求については、あらかじめその請求をする必要がある場合に当たらないとして棄却。
  解説 クラブ・キャッツアイ事件(最高裁昭和63.3.15)、ロクラクⅡ事件(最高裁H23.1.20):
最高裁は、
演奏主体に関し、クラブキャッツアイ事件で、
スナックにおける客のカラオケ歌唱について、
①店の経営者の管理の下に歌唱していると解されていること
②店の経営者が、客の歌唱を利用して営業上の利益を増大させることを意図していること
⇒店の経営者が演奏主体であると判断。

複製主体に関し、ラクロスⅡ事件で、
サービス提供者が、その管理、支配下において、放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力するという複製の実現における枢要な行為をしている
⇒サービス提供者が複製主体に当たる。 
本判決:
Yらが、①演奏を管理・支配し、②演奏の実現における枢要な行為を行い、③それによって利益を得ている⇒Yらが侵害主体に当たる。
本件ライブバーは、ライブ客から徴収したミュージックチャージの全額を出演者が得ているなど通常のライブハウスとは多少異なる営業実態。
2321   
  行政p10
大阪高裁H27.6.18  
  大阪市の戒告処分の取消しをを求めて提訴⇒訴訟の取下げ要求を拒否した市バス運転手を内勤に転任させた転任命令が取り消された事例
  事案 Xは、Y(大阪市)に対し、Xが入れ墨に関するアンケート調査への回答を拒否したことを理由とする戒告処分の取消し及び慰謝料の支払を求めて提訴。
Xが、Yに対し、Y交通局長から前記訴訟の取下げを要求され、これを拒否⇒自動車部運輸課に命じられた(本件転任命令)⇒
①主位的に、同転任が裁量権の逸脱・濫用がある違法な処分であるとして、行訴法30条に基づき、その取消しを求め(本件取消請求)
②予備的に、本件転任命令が行政処分ではないとしても、違法な転任であり、確認の利益も認められるとして、行訴法4条に基づき、自動車部運輸課に勤務する義務のないことの確認を求め(本件無効確認請求)
③違法な転任命令により精神的苦痛による損害を被った⇒国賠法に基づき、損害賠償440万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  規定 行訴訟 第3条
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
行訴訟 第9条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
行訴訟 第30条(裁量処分の取消し)
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
  争点 ①本件転任命令に処分性があるか
②本件取消請求に訴えの利益があるか
③本件転任命令に裁量権の逸脱・濫用があるか
④本件確認訴訟に訴えの利益があるか
⑤国賠法に基づく損害賠償請求権の存否・賠償額 
  判断 ●争点①②について 
①市営バスの運転業務は、公共交通機関として、時刻表どおり正確にバスを運行するなど習熟した技術を要する職務であるが、かかる職務から、運輸課の職務への転任は、これまで従事してきた職務により得られた経験や技能を活かすことが困難になる一方で、新たな知識等の習得が1から必要となる。
②Xは、20年以上バスの運転手の職種にあったことや、その年齢からすると、前記職務内容の変更は異動に伴い当然に甘受すべきであるとか事実上の不利益にとどまるものとはいえない。

本件転任命令は、処分の取消しにより回復される不利益を伴うものと認めるのが相当であり、Xには、本件転任命令の取消しを求めるにつき法律上の利益がある⇒本件取消請求には訴えの利益がある。
  ●争点③について 
本件転任命令は、Xが別件訴訟を提起したことを受けて、Xに対し、同訴訟を取り下げることを求めたが、Xが求めに応じなかったことを理由とするもので、Xが別件訴訟を取り下げるまでは従前の業務に従事させないという、Xが同訴訟を提起したことの対抗措置としてとられたもの。

公務遂行上の必要性が全くなく、Xの裁判を受ける権利を侵害する不当な意図・目的によるもの⇒本件転任命令には、裁量権の逸脱・濫用があると認められ、違法⇒本件取消請求には理由がある。
  ●争点⑤について 
①国賠法上の違法行為に該当。
②本件転任命令の内容、同命令に至る経緯、特に職務上ないし人事上の必要性、合理性が特段みとめられない中で、別件訴訟を取り下げないというXの態度の起因して別件訴訟への対抗措置として本件転任命令が行われたこと、超過勤務手当の減額、Xの経緯等
⇒Xの精神的苦痛は大きい
⇒慰謝料は100万円を下らない。
  解説  公務員に対する転任命令について訴えの利益が問題となった最高裁昭和61.10.23:
市立中学校教諭に対する同一市内中学校への転任処分につき、身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでないことはもとより勤務場所、勤務内容等において何らの不利益を伴うものではない⇒本案判決をした原判決を破棄して一審判決を取り消し、訴えを却下。
(同事例では、地方公務員法49条にいう「不利益な処分」か否かが問題となったが、本件は、地方公営企業法39条1項により地方公務員法49条の適用が排除⇒行訴法上の訴えの利益の問題とされた。) 
  行政p26
広島高裁H27.10.28 
  社会福祉法人の退任理事の、処分行政庁の行った仮理事選任処分の取消し訴訟を提起することの原告適格(肯定)
  事案  本件社会福祉法人内部で理事同士の対立⇒後任理事が決まらないまま全ての理事が任期満了⇒理事が存在せず⇒処分行政庁が、社会福祉法39条の3に基づき、職権で、仮理事を選任する処分。
任期満了で退任した理事の1人(理事長)Xが、
①本件仮理事選任処分の取消しを求めるとともに、
②同処分前にXが仮理事選任申立てをしていたところ、その申立ての中で仮理事候補者に挙げていた者を仮理事に選任することの義務付け(行訴法3条6項2号)を求めた 
  規定 行訴法 第3条(抗告訴訟)
6 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。

二 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。
行訴法 第9条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
民法 第654条(委任の終了後の処分)
委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
  解説 社会福祉法人の役員の任期は2年(社会福祉法人法36条2項(H28改正前))、同法39条の3は、利害関係人の請求又は職権による、所轄庁による仮理事選任を規定。 
  争点 ①本件選任処分の違法性
②訴訟要件に関し、Xが本件仮理事選任処分の取消訴訟を提起するに当たり原告適格(行訴法9条1項の「法律上の利益」)を有するか。
③任期満了で退任した理事Xが、仮理事船員を請求できる「利害関係人」に当たるか
  原審 Xの訴えのうち、本件仮理事選任処分の取消訴訟が原告適格を欠く不適法な訴えであり、ひいては義務付訴訟の不適法になる⇒Xの訴えをいずれも却下。 
  判断 取消訴訟及び義務付け訴訟のいずれもXの原告適格を認め(訴えの利益も肯定し)原判決を取り消して原審に差し戻した。
退任理事も、民法654条の類推適用により、急迫の事情があるときは、正式な仮理事ないし理事の選任がされるまでの間、理事として必要な処分をしなければならない義務を負っており、その義務を怠れば第三者から損害賠償を求められるおそれ⇒仮理事選任を請求することにつき法律上の利害関係を有する。
処分行政庁はXからの仮理事選任請求に直接応答せず、職権で本件仮理事選任処分をしたが、この処分は選任請求と目的を同じくし、また、これを端緒にされたもの⇒Xからの仮理事選任請求に対する処分行政庁の応答の趣旨を含むと認めるのが相当⇒選任請求をしたXは、本件仮理事選任処分の相手方ないしこれに準ずる地位にある。

Xは、具体的な事実関係の下でその権利、利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがないという特別の事情がない限り、本件仮理事選任処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する。 
  解説 ●退任理事は仮理事請求の「利害関係人」に当たるか 
最高裁H18.7.10:
社会福祉法人が理事の退任によって定款に定めた理事の員数を欠くに至り、かつ、定款の定めによれば、在任する理事だけでは後任理事を選任するのに必要な員数に満たないために後任理事を選任することができないような急迫の事情があり、かつ、退任した理事に後任理事の選任をゆだねても選任の適正が損なわれるおそれがないときには、民法654条の趣旨に照らし、退任した理事は、後任理事の選任をすることができる。

退任理事が退任後も引き続き理事の職務を行うことは可能。
退任理事が、退任後も引き続き職務を行う義務を負い、この義務に懈怠があれば、損害賠償責任を負う可能性がある。

退任理事は、社会福祉法人の事務が遅滞することにより損害をうけるおそれがあるとして、これを回避するため仮理事選任請求をする法律上の利害関係を有する。
●退任理事が仮理事選任処分の取消訴訟の原告適格を有するか 
  民事p36
大阪高裁H28.3.17  
  不貞行為を認定しその者からの婚姻費用分担請求につき、子らの養育費相当分に限って認めた事例
  事案 Yは、XとYが別居に至った原因は、専らX(妻)の不貞によるもの⇒Xによる婚姻費用分担金の請求は権利濫用に当たる。
  規定 民法 第760条(婚姻費用の分担) 
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
  原審 XとYが再度同居した後、Xと別の男性乙(長女の習い事の先生)とのソーシャルネットワークサービス上の通信において、一定程度、相互に親近感を抱いていることをうかがわせる内容ものがあることが認められる。
but
このことをもって、Xと男性乙が不貞関係にあったとまではみることはできず、XとYが別居に至った原因が専らXの不貞によるものとみることはできない。
⇒Yに対し、婚姻費用の支払を命じた。 
  判断 Xと男性甲との関係については、(Yとの別居中に)不貞関係があったからといって、直ちにXの婚姻費用分担請求が信義に反しあるいは権利濫用に当たるとは評価することはできない。 
but
(XとYとの再度同居後の)Xと男性乙との関係については、ソーシャルネットワークサービスを使い、単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりをするような関係⇒これによれば不貞行為は十分確認される。

XのYに対する婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から、子らの養育費相当分に限って認められる。
  解説 夫婦は、その資質、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する(民法760条)。
婚姻関係の破綻そのものによって婚姻費用分担義務が計ゲイされると解した裁判例。
vs.
婚姻費用分担義務は、婚姻という法律関係から生じるもので、夫婦の円満な関係、協力関係の存在という事実関係から生じるものではない。
破綻ないし別居について専ら又は主として責任がある者の分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地から許されない、あるいは軽減されるとするのが裁判例の大勢。
  民事p42
東京地裁H28.5.25  
  マンモトーム生検の局所麻酔で、患者の胸腔内まで麻酔針を貫通させ、肺を穿刺し気胸を発症⇒医師の過失を肯定
  事案 Xが、Yの開設するY病院において、エコーガイド下マンモトーム生検の局部麻酔を受けた後に左肺に気胸が生じた⇒前記局所麻酔によるものであり、Y病院の医師に麻酔針を漫然と胸腔内に進行させた手技上の注意義務違反ないし過失を主張。 
  判断 ①本件マンモトーム生検の局所麻酔において、超音波画像で麻酔針の針先が確実に描出できなかった可能性をもって、Xに生じた気胸が不可避であったものと断ずることはできない。
②本件マンモトーム生検の局所麻酔においてXの胸腔内まで麻酔針を貫通させ、肺を穿刺したことについて、Y病院の医師には、針先の十分な確認を怠って麻酔針を侵入させた手技上の注意義務違反ないし過失があったと推認せざるを得ない。
⇒33万円余の請求を認容。 
  民事p50
大阪地裁H28.5.17  
  大腸内視鏡検査での診断上の過失(否定)
  事案 大腸がんに罹患した患者につき、医師が、3年前の大腸内視鏡検査において発見されたポリープをがん化するポリープであると診断しなかったことに過誤があるか否かが問題となった事案。
  争点 医師が、平成18年検査で、本件ポリープががん性のもの又はがん化の危険性の高いものであると認識できたか否か 
  判断 ①本件ポリープの大きさは5㎜以上10㎜未満程度であるところ、この程度の大きさをもってがん性のもの又はがん化の危険性の高いものとは判断できず、他の要素も考慮して切除等の当否を検討するのが相当
②本件ポリープの形状は担がん率の高い陥凹型には当たらず、その形状・色調は過形成性ポリープの特徴と概ね符号
③平成18年検査当時、Y病院には拡大内視鏡がなかったのでこれによる表面構造の検査は行われていないが、当時、拡大内視鏡のない病院もまだまだ多かった⇒本件ポリープの表面構造は本件ポリープのがん性又はがん化の危険性を判断する上での考慮要素とはならない
④平成9年検査は平成18年検査の9年も前のことであり重視する考慮要素ではない

医師が本件ポリープを過形成性ポリープ等の非腫瘍性のものであると認識判断したことは医学的にみて合理性がある。
⇒Yに責任はなく、Xの請求棄却。
  民事p58
名古屋地裁H28.2.26  
  相続税申告を受任した税理士が物納にかかる助言指導をしなかったことについての債務不履行責任(肯定)
  事案 相続税の申告納付を受任した税理士法人が物納に係る助言指導をしなかったことについて債務不履行責任の成否が問題となった事件。 
Xは、相続税申告納付につき十分な説明をしなかった等の善管注意義務違反により、物納ができないと誤信し、物納できたD株を相続開始時の価額よりも低額で売却した差額の損害が生じた
⇒Yに対して債務不履行に基づき6974万9188円の損害賠償を請求
  争点 準委任契約の成立時期、Yの負う注意義務の内容、違反の有無、因果関係の存否、損害額、過失相殺の成否
  判断 EがX宅を訪問した平成20年1月15日に相続税申告の準委任契約が成立。
Yが関係法令、制度を適切に確認、調査の上、委任者において適正な納税を行い、かつ、最も利益となるように申告納付手続を行うべき注意義務、助言指導義務を負っている。 
平成20年8月のD株売却の時点では、納税の方法につき委任者に確認し、必要な助言指導すべき注意義務を負っていたところ、Eが何らの確認もせず、物納の検討を行わなかった注意義務違反がある。
同月のD株売却とYの注意義務違反との間の因果関係を肯定。
株価の差額相当の損害3441万円を認め、Xの過失3割を相殺。

請求を一部認容。
  民事p65
仙台地裁H28.3.24  
  東日本大震災の地震発生による避難に際しての小学校校長の義務違反⇒国賠請求(一部肯定)
  事案 Y市に対し、Y市が設置、運営し災害時の避難場所に指定していた本件小学校に避難したA及びBを校舎の2階以上に避難誘導しなかったという本件校長の過失によってA及びBが本件小学校の体育館において津波に襲われて死亡し、また、本件小学校に避難した同校在籍の児童であるCを災害時児童引取責任者として登録されていなかったD(Cの同級生の親)に引渡し後の安全を確認せずに引き渡したという本件校長の過失によってCが本件小学校よりも海側の場所で津波に襲われて死亡した
⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償請求等 
  判断  本件校長は、教育委員会の補助機関として、本件小学校について防災対策業務を行い、災害に関する情報を迅速かつ適切に収集及び伝達し、当時の一般的な知見等に照らして避難者らの生命又は身体に対する有害な結果を予見し、その結果を回避するための適切な措置を採るべき法的義務(法的義務①)を有していた。
本件校長らが行った情報収集は明らかに不十分なものであったが、
本件校長らが入手し得た情報を前提としても、本件津波が本件体育館に到達するという結果を具体的に予見し得たとは認められない
⇒過失を否定
  本件校長は、指定避難場所である本件小学校に避難した同校の児童を同校から移動させる際には、安全とされている避難場所から移動させても当該児童に危険がないかを確認し、危険を回避する適切な措置を採るべき注意義務を負っていた。
災害発生後に児童が同校に避難してきた場合には、たとえ一旦下校した児童であったとしても保護者の保護下にない状況であれば、児童の安全を確認できない限り、災害児童引取責任者以外の者に引き渡してはならない義務(法的義務②)を負っていた。 
①本件校長は、CがDに引き渡されるまでに、事前に想定されていた地震と同程度の地震が発生したことを認識し、少なくとも事前の想定と同規模の津波が到達するという結果の発生を予見することができた。
②Cが自宅に戻るためには本件津波浸水予測図における津波浸水域を必ず通過しなければならないこと、わずか9歳のCが津波の危険を察知できず、不適切な行動を取る可能性も十分に考えられること

本件校長において、CをDに引き渡して自宅に帰宅させると、帰宅途中ないし帰宅後に本件津波に巻き込まれるという結果を具体的に予見できた。

本件校長が、Cが本件津波に巻き込まれるおそれがあることを全く考慮しないまま、Cの担任教諭を通じてCを災害時児童引取責任者ではないDに引き渡したことにつき、前記法的義務②に違反した過失がある。
本件校長の前記過失とCの死亡との間に因果関係が認められることは明らか。
(本件事情の下)仮にCを体育館に留め置いたとしても生存し得たものと認められる⇒損害額については、Cを本件体育館に留め置いたとしてもCは死亡したとして当該事由を損害額の算定に当たって考慮することは相当ではなく、また、Cの死亡について日本スポーツ振興センターからX3に支給された特別弔慰金を損益相殺すべきではない。

X3の請求全額を認容。
  知財p85
知財高裁H28.4.27  
  プログラム著作物の複製・翻案、ソースコードの「営業秘密」性(肯定)
  事案 一審原告(被控訴人)は、原告プログラム著作権等を有し、そのソースコードは原告の営業秘密であったところ、そのもと従業員であった一審被告(控訴人B)が、一審被告(控訴人A)に入社しで同様のプログラムを作成し、これを搭載した児童接触角計を製造、販売したことが、著作権侵害・不正競争行為等に当たるか否かが問題となった。
A事件およびB事件:
被控訴人が、
①控訴人の「接触角計算(液滴法)プログラム」は、控訴人Aが控訴人Bの担当の下に原告プログラムのうち「接触角計算(液滴法)プログラム」を複製又は翻案したものであって著作権違反に当たり、
②控訴人Bが、被控訴人の営業秘密である原告プログラムのソースコード(原告ソースコード)やアルゴリズム(原告アルゴリズム)を控訴人Aに不正に開示し、控訴人Aがこれを不正に取得したことは、不正競争防止法2条1項7号及び8号に該当する行為であり、
③控訴人らのこれらの行為は、被控訴人の法的利益を侵害する共同不法行為に該当する行為又は、
④控訴人Bの労働契約上の債務不履行に該当する行為

A事件では、控訴人A・Bに対し損害賠償を求め
B事件では、控訴人A・B・Cに対し、被告新バージョンの複製等の差止めを求め、廃棄、損害賠償等を求めた。
C事件は、
控訴人A・Cが、
①被控訴人のB事件の訴訟提起が不法行為に当たる、
②被控訴人がしたホームページにおける告知行為等は不正競争防止法2条1項15号に該当する
⇒被控訴人に損害賠償の支払を求めた。
規定 著作権法 第2条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

十五 複製 印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、次に掲げるものについては、それぞれ次に掲げる行為を含むものとする。
イ 脚本その他これに類する演劇用の著作物 当該著作物の上演、放送又は有線放送を録音し、又は録画すること。
ロ 建築の著作物 建築に関する図面に従つて建築物を完成すること。
著作権法 第114条(損害の額の推定等)
著作権者、出版権者又は著作隣接権者(以下この項において「著作権者等」という。)が故意又は過失により自己の著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為によつて作成された物を譲渡し、又はその侵害の行為を組成する公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行つたときは、その譲渡した物の数量又はその公衆送信が公衆によつて受信されることにより作成された著作物若しくは実演等の複製物(以下この項において「受信複製物」という。)の数量(以下この項において「譲渡等数量」という。)に、著作権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物(受信複製物を含む。)の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者等の当該物に係る販売その他の行為を行う能力に応じた額を超えない限度において、著作権者等が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を著作権者等が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

七 営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

八 その営業秘密について不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為

十五 パリ条約(商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第四条第一項第二号に規定するパリ条約をいう。)の同盟国、世界貿易機関の加盟国又は商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。以下この号において単に「権利」という。)を有する者の代理人若しくは代表者又はその行為の日前一年以内に代理人若しくは代表者であった者が、正当な理由がないのに、その権利を有する者の承諾を得ないでその権利に係る商標と同一若しくは類似の商標をその権利に係る商品若しくは役務と同一若しくは類似の商品若しくは役務に使用し、又は当該商標を使用したその権利に係る商品と同一若しくは類似の商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくは当該商標を使用してその権利に係る役務と同一若しくは類似の役務を提供する行為
原審 A事件を一部認容し、B事件、C事件を棄却。 
  判断   著作権侵害及び不正競争防止法違反等を肯定し原判決を変更。 
  ●複製又は翻案の成否 
旧バージョンについて、
①そのプログラム構造の大部分が同一
②ほぼ同様の機能を有するものとして1対1に対応する各プログラム内のブロック構造において、機能的にも順番的にもほぼ1対1の対応関係が見られる
③これらの構造に基づくソースコードは、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムは、原告接触角計算(液滴法)プログラムのうち本件対象部分と創作的な表現部分において同一性を有し、これに接する者が本件対象部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる。
  ●原告ソースコードの営業秘密該当性 
肯定。
  ●その余の請求について 
旧バージョンについて、控訴人Bは、著作権侵害、不正競争防止法、不法行為、債務不履行に基づき、控訴人Aは、著作権侵害、不正競争防止法、不法行為に基づき、損害賠償責任を負う。
  解説 ●プログラムの著作物の著作権侵害 
「著作物の複製」:既存の著作物に依拠し、その創作的な表現部分の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為(著作権法2条1項15号)
「著作物の翻案」:既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁H13.6.28)。

既存の著作物に依拠して創作された著作物が、創作的な表現部分において同一性を有し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる場合には、複製又は翻案に該当する。
既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらない。
◎  プログラムに著作物性があるといえるためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れているものであることを要する。
プログラムの表現に選択の余地がないか、あるいは、選択の幅が著しく狭い場合には、作成者の個性の表れる余地もなくなり、著作物性を有さない。
プログラムの指令の手順自体~アイデアにすぎない
プログラムにおけるアルゴリズムは「解法」に当たり、
いずれもプログラムの著作権の対象として保護されない(知財高裁H18.12.26)。
プログラムは
①その性質上、表現する記号が制約され、
②言語体系が厳格であり、
③電子計算機を少しでも経済的、効率的に機能させようとすると、指令の組合せの選択が限定される
⇒プログラムにおける具体的記述が相互に類似することが少なくない。

プログラムの具体的記述が、表現上制約があるために誰が作成してもほぼ同一になるもの、ごく短いもの又はありふれたものである場合、作成者の個性が発揮されていないものとして、創作性なし。
指令の表現、指令の組合せ、指令の順序からなるプログラム全体に、他の表現を選択することができる余地があり、作成者の何らかの個性が表現された場合においては、創作性が認められる。
●営業秘密に係る不正競争防止法に基づく請求 
不正競争防止法が保護の対象とする技術上又は営業上の情報は、不正競争防止法2条6項所定の要件を備える営業秘密であることを要する。
①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3つが必要。
経済産業省の営業秘密管理指針:
平成27年1月改訂で、
秘密管理性は、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(=認識可能性が確保される)必要がある。
●その他 
共同不法行為の主張について、最高裁H23.12.8を引用し、
他人の著作物を翻案したものに該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなど特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない。
競合他社が存在するという著作権法114条1項ただし書の事情に係る主張について、主張立証責任を負うべき控訴人らが、競合他社の存在が控訴人の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を被控訴人が販売することができないとする事情に当たることについて、具体的な主張立証をしていない⇒同項に基づく損害額を算定。
被控訴人が、著作権侵害を調査するために、被告製品を購入しプログラムの同一又は類似性を調査したこと等を認定し、調査費用を著作権侵害と相当因果関係のある損害と認定。
  商事p121
最高裁H28.7.1  
  公開買付け⇒全部取得条項付種類株式として全部取得する場合の会社法172条1項にいう「取得の価格」
  事案 Xが、会社法172条1項に基づき、全部取得条項付種類株式の取得の価格(取得価格)の決定の申立てをした事案。 
  事実 A社及びB社は、平成22年当時、大証JASDAQスタンダード市場に上場中のY社の総株主の議決権の70%以上を直接又は間接に有していた。
A社及びB社は、Y社の株式を両社で全部保有することなどを計画⇒
A社、B社ほか1社は、平成25年2月26日、買付予定数を180万1954株、買付期間を同月27日から同年4月10日まで(30営業日)、買付価格を1株につき12万3000円(本件買付価格)として、Y社発行の普通株式(本件株式)及びY社の新株予約権(本件株式等)の全部の公開買付け(本件公開買付け)を行う旨、
本件株式等の全部を取得できなかったときは、Y社において本件株式を全部取得条項付種類株式とした上でこれを本件買付価格と同額で取得する旨を公表。
Y社は、前記の公表に先立ち、
本件公開買付けに関する意思決定過程からA社及びB社と関係の深い取締役を排除し、両社との関係がないか、関係の薄い取締役3人の全員一致の決議に基づき意思決定をした。
法務アドバイザーであるC法律事務所から助言を受け、財務アドバイザーであるD証券会社から、本件株式の価値が1株につき12万3000円を下回る旨の記載のある株式価値算定書を受領するとともに、本件買付価格は妥当である旨の意見(いわゆるフェアネス・オピニオン)を得ていた。
有識者により構成される第三者委員会から、本件買付価格は妥当であると認められる上、株主等に対する情報開示の観点から特段不合理な点は認められないなどの理由により、本件公開買付けに対する応募を株主等に対して推奨する旨の意見を票ねいすることは相当である旨の答申を受け、同年2月26日、同答申のとおり本件公開買付けに対する意見を表明。
平成25年6月28日に開催されたY社の株主総会及び種類株主総会(本件総会)において、公開買付けにおいて公表された内容に沿った議案について決議がされ、同年8月2日、同決定に基づく定款変更の効力が生じ、Y社は、同日、全部取得条項付種類株式の全部を取得。
XらはY社の株主であった者であるが、本件総会に先立ち、前記決議に係る議案に反対する旨をY社に通知し、かつ、本件総会において、同議案に反対。
  規定 会社法 第172条(裁判所に対する価格の決定の申立て)
前条第一項各号に掲げる事項を定めた場合には、次に掲げる株主は、同項の株主総会の日から二十日以内に、裁判所に対し、株式会社による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定の申立てをすることができる。
一 当該株主総会に先立って当該株式会社による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨を当該株式会社に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該取得に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)
二 当該株主総会において議決権を行使することができない株主
2 株式会社は、裁判所の決定した価格に対する取得日後の年六分の利率により算定した利息をも支払わなければならない。
  原々決定 ・・・その後の各種の株価指数が上昇傾向にあったことなどからすると、取得日までの市場全体の株かの動向を考慮した補正をするなどして本件株式の取得価格を算定すべきであり、本件買付価格を本件株式の取得価格として採用することはできない。
⇒Xらの申立てに係る本件株式の取得価格をいずれも1株につき本件買付価格を上回る1株当たり13万206円にすべきもの。
  原決定 抗告許可の申立て
⇒裁判所の合理的な裁量の逸脱をいう部分について抗告を許可。
  判断 Y社の論旨に沿って原決定を破棄し、原々決定を取り消して本件株式の取得価格を本件買付価格と同額の1株当たり12万3000円とした。
株式会社の株式の相当数を保有する株主が当該株式会社の株式等の公開買付けを行い、その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし、当該株式会社が同株式の全部を取得する取引において、
独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど当該株主又は当該株式会社と少数株主との間の利益相反関係の存在により意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ、公開買付けに応募しなかった株主の保有する前記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額の取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により前記公開買付けが行われ、その後に当該株式会社が前記買付け等の価格と同額前全部取得条項付種類株式を取得した場合には、
前記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り、
裁判所は、前記株式の取得価格を前記公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。
  解説 裁判例では、最高裁H21.5.29で田原裁判官が補足意見で示した整理に従い、
①MBOが行われなかったならば株主が享受し得る価値(客観的価値)と
②MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分(増加価値分配価格)
とを合算することにより株式価値を算定する一方で、
一連の取引が公正な手続により行われたかどうかを審理判断し、これが認められる場合には、裁判所が独自に算定した株式価値と一定以上の乖離がない限り、会社法172条1項にいう「取得の価格」として公開買付価格と同額を決定するものが多い。 
  ●本決定 
本件のような典型的なキャッシュ・アウト取引では、
①買収者と対象会社との交渉合意により全部取得条項付種類株式の取得の対価を含めて取引条件が決定され、②当該取引条件が株主や市場参加者向けに公表されて公開買付けが実施され、②その後の全部取得条項付種類株式の取得等の会社法上の行為も前記取引条件を前提として行われるという実務の実情

一般に公正と認められる手続を通じて前記取引条件が定められた場合において、同条件どおりにキャッシュ・アウト取引を行われたときは、裁判所は、公開買付価格をもってキャッシュ・アウト取引完了までの事情変更可能性を前提に多数株主と少数株主との利害が適切に調整された取引条件であるものと解し、これを参照した取得価格を決定するのが原則である旨の判断。
~少数株主の利益に配慮した実務上の運用が適切に行われた事案において当事者が自主的に定めた取引条件を尊重してきた下級審裁判例を是認するとともに、本決定の趣旨に沿った適切公正な企業再編等の促進を期待。
2段階のキャッシュ・アウト取引では、
公開買付けにより総株主の議決権の9割以上を取得した場合には同法により新設された特別支配株主による株式等売渡請求制度、
9割未満にとどまった場合には同法による改正後の株式併合制度を利用して株式を全部取得する運用
が実務上定着。 
  労働p127
最高裁H28.7.8  
  業務中断⇒研修生の歓送迎会参加⇒業務再開のため事業場に戻る際の交通事故と業務起因性
  事案 株式会社A(「本件会社」)に勤務していた労働者であるBが交通事故により死亡したことに関し、その妻であるXが、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付金及び葬祭料の支給を請求⇒行橋労働基準監督署長から、Bの死亡は業務上の事由によるものに当たらないとして、これらを支給しない旨の決定(「本件決定」)⇒Y(国、被告・被控訴人・被上告人)を相手に、その取消しを求めた。
  原審 本件歓送迎会は、中国人研修生との親睦を深めることを目的として、本件会社の従業員有志によって開催された私的な会合であり、Bがこれに途中から参加したことや本件歓送迎会に付随する送迎のためにBが任意に行った運転行為が事業主である本件会社の支配下にある状態でされたものとは認められない
⇒本件事故によるBの死亡は、業務上の自由によるものとはいえない
⇒Xの請求を棄却 
  判断 労働者が、業務を一時中断して事業場外で行われた研修生の歓送迎会に途中から参加した後、当該業務を再開するため自動車を運転して事業場に戻る際に、研修生をその住居まで送る途上で発生した交通事故により死亡したことは、次の①~③など判示の事情の下においては、労災保険法1条、12条の8第2項の業務上の事由による災害に当たる。 
①前記労働者が業務を一時中断して前記歓送迎会に途中から参加した後に事業場に戻ることになったのは、上司から歓送迎会への参加を打診された際に、業務に係る資料の提出期限が翌日に迫っていることを理由に断ったにもかかわらず、歓送迎会に参加してほしい旨の強い意向を示されるなどしたためであった。
②前記歓送迎会は、事業主が事業との関連で親会社の中国における子会社から研修生を定期的に受け入れるに当たり、上司の発案により、研修生と従業員との親睦を図る目的で開催されてきたものであって、従業員及び研修生の全員が参加し、その費用が事業主の経費から支払われるなどしていた。
③前記労働者は、事業主の所有する自動車を運転して研修生をその住居まで送っているところ、研修生を送ることは、歓送迎会の開催に当たり、上司により行われることが予定されていたものであり、その経路は、事業場に戻る経路から大きく逸脱するものではなかった。
⇒原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、Xの請求を認容。
  解説 ●業務災害に関する保険給付と業務起因性・業務遂行性
労災保険法に基づく業務災害に関する保険給付は、労働者の「業務上」の負傷、疾病、障害又は死亡に対して行われるもの(同法7条1項1号)であり、
本件で問題となる遺族補償給付及び葬祭料は、「労働者が業務上死亡した場合」に支給される(同法12条の8第2項、労基法79条、80条)。
「業務上」とはいえるためには、「業務」と負傷等との間に、業務に内在又は随伴する危険が現実化したと認められるような相当因果関係があること(業務起因性)を要する(最高裁昭和51.11.12)。
行政解釈:
「業務上」の判断につき、
①その負傷等の原因が「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態」を条件として発生したこと(業務遂行性)が必要で、
②その上で、業務起因性が認められること(=業務又は業務行為を含めて「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態」に伴う危険が現実化したものと経験則上認められること)を要する。
  ●業務遂行性の具体的類型と行政解釈・裁判例の動向 
  ◎休憩時間中の災害等 
事業場を離れて私用で外出⇒原則として事業主の支配下を離れているものとして、業務遂行性を否定。
but
残業中に夕食のため帰宅し会社へ戻る途中の交通事故につき当該外出を公用外出として業務遂行性を認めた事例
定期貨物便の運転手が運送途上食事のため停車し道路横断の途中で生じた交通事故につき食事行為を業務に付随する行為とみて業務遂行性を認めた事例
  ◎通勤途上の災害 
昭和48年の労災保険法改正により通勤災害に関する補償制度が整備
but
同改正の後においても、「業務の性質」を有するものは、業務災害の対象となり得る(同法7条2項)。
通勤途上の災害については、行政解釈上、一般的にはいまだ事業主の支配管理にあるとはいえない⇒原則として業務遂行性が否定。
but
業務遂行性を認めた行政解釈例として、
①突発事故のため休日出勤の呼出を受け現場へ赴く途中の事故
②深夜業のため自宅に夕食を取りに行く途上の事故
裁判例でも、労働者が通勤途上においてもなお事業主の支配下に置かれていたと認めるべき特別の事情がある場合に限り、業務上の事由に当たるとの立場を前提。
  ◎宴会その他の行事に出席中の災害 
宴会、懇親会、慰安旅行等に出席中の災害について、この種の催しの世話役等が自己の職務の一環として参加⇒一般に、業務遂行性を肯定。
それ以外の労働者の場合には、その催しの主催者、目的、内容(経過)、参加方法、運営方法、費用負担等について総合的に判断しなければならないとしても、特別の事情がない限り、業務遂行性がない。
従業員が会社の実施した忘年会に参加した後その会場玄関付近で事故に遭って負傷したことが業務上の災害に当たらないとした例(名古屋高裁金沢支部昭和58.9.21)
宴会等が終了した後の帰宅途中の災害が通勤災害(労働保険法7条1項2号)に該当するかについて、同条2項所定の「就業の場所」や「就業に関し」の要件との関係から、当該宴会等の業務性が前記の行政解釈に沿って検討され、その結果に応じて当該災害の通勤災害該当性が判断。
  ●本判決について 
次の3点から、業務遂行性(=本件会社の支配下にあったか否か)を実質的に検討し、肯定。
①Bが業務の途中で本件歓送迎会に参加して再び本件工場に戻ることになった経緯

Bは、E部長の意向等により本件歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、その結果、本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために本件工場に戻ることを余儀なくされた。
=本件会社が、Bに対し、職務上、一連の行動をとることを要請。
②本件歓送迎会について

・・・研修の目的を達成するために本件会社において企画された行事の一環と評価することができ、その事業活動に密接に関連して行われたものというべき。
③本件運転行為について
~送迎に至る経緯やその経路に照らし、本件会社から要請された一連の行動の範囲内のものであった。
  刑事p133
東京地裁立川支部H28.3.16  
  覚せい剤自己使用の事案で鑑定に付された尿が被告人の尿であるとは認められない⇒無罪
  事案 覚せい剤自己使用の事案について、検察官が被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたことを証するものとして証拠請求をした鑑定書が、その鑑定対象となった尿につき被告人の尿であるとは認められず、関連性がないとして、証拠採用されず、他に被告人の身体に覚せい剤が摂取されたことを証する証拠もないとして、無罪が言い渡された事案。 
  解説 ①覚せい剤自己使用事案において、被告人が事実関係を争っても、被告人の尿の鑑定書により、被告人の体内に覚せい剤が摂取されたことは容易に立証される。
②尿鑑定書により被告人の体内に覚せい剤が摂取されたことが立証されれば、覚せい剤が厳しく取り締まられている禁制薬物であって、通常の社会生活の過程で体内に摂取されることはあり得ない⇒被告人は特段の事情のない限り、自己の意思で覚せい剤を摂取したものと推認される(高松高裁H8.10.8)。

尿鑑定書は最重要証拠。 
  判断 捜査手続上の瑕疵が指摘
①本件の強制採尿について、実際には関与していない警察官が、強制採尿の実施と尿の差押えを報告する内容の捜索差押調書を作成。その内容も実際の経過と異なる虚偽のもの。
②尿の鑑定嘱託が、地域課の警察官からの問い合わせを受けるまでされず、尿の差押えから20日後になってされたもの。
③鑑定嘱託された被告人の尿が入っているとされる採尿容器は、氏名、日付、指印欄のいずれもが白地の封かん紙により封かん。
④鑑定嘱託書について、原本と、記載内容は同じであるが、フォント等体制が異なる謄本が作成されている(この謄本に違法はないが、現在では、原本と同じ電子データを活用して印字するか、原本をコピー機で複写する方法で、謄本を作成することが多く、原本と謄本との体裁は異ならないものであることが多い)。
⑤本件の捜査手続には、複数の捜査関係者が関与しているが、採尿容器が白地の封かん紙で封かんされている経緯を説明できる捜査関係者が1人もいない。
上記①について、捜査の適法性の審査を欺く、重大な違法がある証拠。
上記②について、捜査の最も基本的な事項さえ踏襲されておらず、著しく信頼性の低い捜査と評されてもやむを得ない。
強制採尿手続に関与した警察官らが、1人として、被告人の尿を入れた採尿容器の封かん紙が白地であったと供述していない。
⇒封かん紙に署名したとする被告人の供述を排斥することはできない。
⇒鑑定された尿が被告人の尿ではない疑いを払拭できない。
仮に白地の封かん紙で封かんされたものであったとしても、その採尿容器が、外観自体から、被告人の尿が入れられたものであるといえるわけではない。
⇒他の検体と取り違えられたり、すり替えられたりした可能性がないといえなければ、鑑定に付された尿が被告人のものであるとの立証がされたとはいえない。
本件において、
①封かん紙に被疑者自ら署名等をさせるという、採尿手続に係る基本的な準則が、正当な理由なく遵守されていない
②準則を遵守できなかった事情を証する捜査報告書等も一切残されていない
③関与した捜査官が1人としてその事情を説明することができない

取り違えやすり替えの可能性を排除できたとはいえない。
  ⇒鑑定に付された尿が被告人の尿であるとの証明はされたことにはならない。
  解説 採尿手続には、被疑者が封かん紙への氏名等の記入を拒否することもあろうから、封かん紙の氏名や指印欄に被疑者の署名や指印が得られない場合もあり得るが、その場合には、捜査官は、何故被疑者による署名や指印がないのかという経緯を説明する捜査報告書等を作成すべき。 
2320   
  行政p27
東京地裁H28.2.16  
  国民年金に係る保険料の滞納処分に関し、差押調書謄本の交付を欠く⇒配当処分が違法
  判断 差押調書謄本の交付は、差押処分の効力発生要件としては規定されず、差押処分を行うために経ることを要する手続とはされていない上、差押処分後の事情となるにとどまる⇒その瑕疵は、差押え処分の違法事由とはならない。
but
差押えのあった事実を滞納者に知らしめ、差押えに対する不服申立ての機会を与えるなどの重要な意義を有している
⇒その交付がなされないまま、後続処分である配当処分がなされた場合には、法令上求められる事前手続を欠いたまま配当処分が行われたことになる⇒配当処分の違法事由となる。
①国税通則法12条2項の推定の前提となる書類の発送の事実を証する発送記録の作成・備置は確実に行われることを要し、これを欠く場合に、他の証拠により書類の発送の事実を証明して前記推定を適用することは慎重な検討を要するものというべき
②前記推定の適用の可否を措いたとしても、法令上当然に作成されるべき発送記録が作成されておらず、又は適切に記録されていないことは、書類の発送の事実の存在を否定する事情となり得る
との理解を前提に、
(i)本件管理票は、書類の名称の記載が不正確で、宛先や発送の年月日が不分明⇒原告に対し差押調書謄本を発送した旨の発送記録と認める足る形式を備えているということはできない
(ii)本件管理票の記載内容の信用性に疑義

原告に対する差押調書謄本の交付の事実は認められず、本件配当処分は違法。
⇒同処分の取消請求を認容。
  民事p33
最高裁H28.10.18  
弁護士法23条照会への回答拒絶の弁護士会への不法行為(否定)
  事案  弁護士法23条の2第2項に基づく照会(23条照会)を郵便事業株式会社(本件会社) に対してした弁護士会であるXが、
本件会社を吸収合併したYに対し、
主位的に、本件会社が23条照会に対する報告を拒絶したことによりXの法律上保護される利益が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求め
予備的に、Yが23条照会に対する報告をする義務を負うことの確認を求めた
事案
Aの代理人弁護士は、Bに対する強制執行の準備のため、平成23年9月、所属弁護士会であるXに対し、B宛ての郵便物に係る転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について本件会社に23条照会をすることを申し出⇒Xは23条照会⇒Yは、同年10月、これに対する報告を拒絶
  判断 ①23条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたもの。
②23条照会を受けた公務所または公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解される⇒23条照会をすることが上記の公務所または行使の団体の利害に重大な影響を及ぼし得る。
⇒弁護士法23条の2は、上記制度の適正な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねている。

弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適性な運用を図るためにすぎないのであって、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。 

23条照会に対する報告を拒絶する行為が、23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはない。
  解説 本件については、Aも、Yに対する損害賠償を請求していたが、原審は、
①23条照会の制度は依頼者の私益を図るために設けられたものではなく、23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益は、前k制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎない。
②本件拒絶が、Aの権利、利益等を害する目的でされたとは認められない。
③侵害行為の態様(違法性の程度)との関係からみても、Aの管理又は法律上保護される利益が侵害されたということはできない。

Aの請求を棄却。
上告棄却兼上告不受理決定。
  民事p36
東京高裁H27.4.6  
  「私生活についての重大な秘密」にあたるとして、訴訟記録の閲覧等制限申立が認められた事例
  争点 Xが閲覧等の制限を求めて本件秘密記録部分(母の死体についての解剖結果報告書、母の死体の実況見分調書及びXの身体の状況についての写真撮影報告書)が民訴法92条1項1号にいう「私生活についての重大な秘密」にあたるか? 
  規定 民訴法 第92条(秘密保護のための閲覧等の制限)
次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
一 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
  原決定 ①本件秘密記録部分について、本件暴行事件当時の報道等によりX及びその母が事件の被害者となった事実について公開されていた
②秘密記載部分自体が刑事事件の証拠として公開されていた

私生活についての重大は秘密にあたらないとして、Xの申立てを却下。
  判断 「私生活についての重大な秘密」とは、単に私生活についての秘密として保護され、差止請求権や損害賠償請求権の根拠とされるというのみでは足らず、当事者の人格にかかわるような重要性を有する秘密であり、秘密の公開によってその社会生活が破壊されるような重大な秘密でなければならない。
①母に関する記録が公開された場合には、Xの母に対する愛慕崇敬の感情が著しく害され、心情の静謐が大きく乱されるものと認められる⇒母に関する記録はXの人格にかかわる秘密に当たる
②Xの身体の状況についての写真撮影報告書が公開された場合には、肖像権が侵害されるにとどまらず、Xに対する社会的評価の低下を招き、名誉感情、羞恥心を含め、Xが自己の人格に対して有する感情が著しく害される⇒Xの人格にかかわる秘密に当たる。
③これらが公開された場合には、Xの人格について、容易には回復しがたい打撃を受け、社会生活が破壊され、Xが社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある。
  解説 秘密保護のための閲覧等の制限においては、秘密記載部分を特定して申し立てなければならない(民訴法92条1項、同規則34条1項)。
秘密記載部分が公開されることで、秘密の保持を望む当事者が訴訟記録に記載されることを恐れて、十分な主張立証をすることができなくなり、敗訴の危険にさらされる⇒秘密保護のための閲覧等の制限規定。
but
閲覧等の制限は、憲法82条が保障する裁判の公開の重大な例外を構成⇒秘密の保護は必要最小限のものに限られる。
  民事p40
東京高裁H27.9.11  
  離婚事件の訴訟記録の閲覧等制限申立てが否定された事例
  事案 離婚及び親権者の指定を求める基本事件において、民訴法92条1項1号に基づき、訴訟記録の全部について閲覧等制限の申立て。 

①Xが在京キー局の名物プロデューサーとして広く知られているとしても、あくまで一般の私人であって、私生活に関する秘密は広く保護されるべき
②第三者が本件訴訟記録を閲覧した場合に、世間から好奇の目にさらされるほか、担当番組の視聴率等に影響し、会社内での立場が危うくなること等によって、Xが社会生活を営むのに重大な支障を生ずる。
  規定 民訴法 第92条(秘密保護のための閲覧等の制限)
次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
一 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
  原決定 ①基本事件の主張ないし証拠の記載が、人事訴訟における一般的な審理対象の域を出ず、当事者、関係者等の特定情報も含め「重大な秘密」に当たるということはできない。
②すでに第三者が本件訴訟記録を閲覧している状況下において、Xが社会生活を営むのに著しい支障が生ずるおそれがあるとの疎明はない。
⇒申立てを却下。
  判断 ①単に世間の関心が寄せられているかどうかによって、私生活上の秘密としての重要性が左右されるものとは考え難い。
②勤務先での立場に影響が生じているとの疎明があったとはいえず、すでに報道機関による報道やインターネット上の記事の掲載等によって広く知れ渡っている本件において、第三者による基本事件訴訟記録の閲覧等を考慮することは相当。
⇒Xの抗告を棄却。 
  解説 私生活上の秘密についての判断において、すでに公開されているとされる情報に関して、
大阪地裁H11.8.30:
公開している内容については、もはや申立人の私生活上の秘密であるとはいえないことは明白であるところ、閲覧等の制限を求めている申立人が本訴被告から受けたとするわいせつ行為の核心部分はいずれも既に公開されている
⇒私生活上の秘密であるとはいえない。 
but
第三者が基本事件の訴訟記録を閲覧しているのみで、報道機関による報道等がない場合ににも、同様と考えるかどうか、その公然性に関しては慎重に検討すべき。
  民事p43
東京高裁H27.9.14  
  民訴法92条1項2号の「営業秘密」に当たるとして、訴訟記録閲覧等制限を認めた事例
  事案 Y社(メーカー)は、その従業員Xから退職勧奨の違法及びその後の現職場への配転命令の違法を利用として、現職場での就労義務の不存在確認及び損害賠償請求訴訟を提起⇒退職勧奨の違法性、配転命令の違法はいずれも認められないとして、Xの請求は棄却。 
Xは本案訴訟において、書証を提出。その中には、マル秘、社外秘、転送・コピー厳禁と注記されたY社の社内文書が含まれていた。

Y社は、それらの①各社内文書及び②特定の文書の証拠説明書の立証趣旨記載部分は不正競争防止法2条6項にいう「生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」に該当し、民訴法92条1項2号の「営業秘密」に該当するとして、訴訟記録閲覧等制限申立てをした。
  規定 民訴法 第92条(秘密保護のための閲覧等の制限)
次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
二 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第二条第六項に規定する営業秘密をいう。第百三十二条の二第一項第三号及び第二項において同じ。)が記載され、又は記録されていること。
不正競争防止法 第2条(定義)
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
  原決定 ①各社内文書、②特定の文書の証拠説明書の立証趣旨部分は、いずれも不正競争防止法2条6項にいう「生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」に該当しない⇒民訴法92条1項2号の「営業秘密」に該当しない⇒却下。
  判断  抗告を一部容れ、
(1)各社内文書、(2)特定の文書の証拠説明書の立証趣旨記載部分のうち、
(1)各社内文書について訴訟記録閲覧等制限申立てを却下した部分を取り消した。
(1)の本件社内文書について
①Y社の希望退職者の募集要項とその説明、部署の新設と職務内容、従業員の氏名を含む組織図・各部署の職務分掌、品質保証・品質教育業務等を内容とするものであり、品質の維持管理等を行う品質環境分野における人的体制や戦略に関わるもの
②Y社は、これらの情報について、マル秘、社外秘、転送・コピー厳禁等の表示を付して社外への公表を禁止
⇒これらの情報は、不正競合防止法2条6項の事業活動に有用な営業上の情報であって、Y社において、秘密として管理され、公然と知られていない
⇒民訴法94条1項2号の「営業秘密」が記載されている。
(2)は、X作成の証拠説明書中の甲5号証の立証趣旨部分であり、新設された部署の名称や職務分掌等が簡潔に記載されているにすぎず、それ自体事業活動に有用なものとまでは認められない
⇒民訴法92条1項2号の「営業秘密」が記載されているものとは認められない。
  解説 民訴法上の秘密保護の手続は、
①口頭弁論等の手続にかかる秘密保護措置(訴訟記録の閲覧等の制限)と
②文書提出命令等にかかる秘密保護措置 
営業秘密は、不正競争防止法2条6項に定める
①秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に②有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないものをいう

①秘密管理性、②有用性、③非公知性が要件。
ex.
製品の設計図、製法、研究資料、顧客名簿、販売マニュアルなどの情報
営業秘密は、訴訟記録中に記載・記録された情報が閲覧等されると秘密としての要件である非公知性を欠くことになり、営業秘密としてのの権利性がなくなる。
⇒これを回避するため、訴訟記録の閲覧等を制限。
  民事p46
東京高裁H27.6.24  
  道路法58条1項に基づく原因者負担金が共済約款上の「法律上の損害賠償責任」に含まれるとされた事例
  事案 A社が保有しその従業員Bの運転する貨物自動車が、首都高速道路走行中に横転し、けん引していたタンクセミトレーラーに積載していたガソリン等が炎上する事故が発生してコンクリート橋脚等の道路構造物が損傷⇒橋桁架け替え等の作業費用として、17億3883万3815円を要した。

首都高速道路を管理するC社は、A社に対し、道路整備特別措置法40条1項、道路法58条1項に基づき、原因者負担金の支払を求めたが、A社が道路整備特別措置法45条3項に基づく督促によっても本件負担金を納付しなかった

C社は、本件負担金の徴収権限を有するXに対し、本件負担金の徴収を申請。 
Xは、同条、道路法73条1項、2項に基づき、督促処分をしたが、A社による審査請求を棄却する裁決がされて抗告訴訟の提起もなく、督促処分は確定。
Xは、道路法73条3項、国税徴収法47条に基づき、本件負担金及び督促手数料を徴収するため、A社のYに対する共済契約に基づく共済金支払請求権を差し押さえ、取立訴訟を提起。
  争点 共済約款上の「法律上の損害賠償責任」に原因者負担金の負担責任が含まれるか? 
  判断 ①原因者負担金制度は、特定の者の行為が原因で生じた道路の損傷や汚損等がある場合、道路の本来の機能を迅速に回復させるとともに、工事等に要する費用を迅速に徴収して、一般納税者や一般道路利用者の負担を軽減する意味で公益に資するものであって、そのため行政上の強制執行を行うことまで可能とされている
②損害保険契約は、被保険者等に生じた経済的損失ないし不利益を保険者ないし共済組合等がてん補することをその本質としており、原因者負担金を、損害の対象からあえて排除するとの意思を有していること解することは困難
③Yも含めて保険会社又は共済組合から道路管理者に対して、原因者負担金が支払われ続けている 
  ⇒共済約款上の「法律上の損害賠償責任」に原因者負担金の負担責任が含まれる。 
  民事p55
東京地裁H28.4.4  
  差押と消滅時効中断の効力
  事案 Xが不動産売買の仲介を依頼した宅地建物取引業保証協会(不動産保証協会)Yの社員であった築地建物取引業者(宅建業者)Aに交付した手付金等の返還請求債権(本件対象債権元本)を有するとして、Yに対し宅地建物取引業法64条の8第2項に基づきYが供託した弁済業務保証金につき弁済を受けることの認証を求めて訴えを提起。
事実 Xは、Yの社員であったAとの間で平成10年12月から平成11年1月にかけて不動産売買契約の仲介を依頼し、手付金等の名目で計500万円をAに預けた。
XとAは、平成11年2月に前記各仲介契約を合意解約⇒Xは、同年9月、Aに対して、返済を受けた50万円を除く450万円の返済を請求。
さいたま地裁越谷支部は、平成13年1月31日、Aに450万円及び遅延損害金の支払を命じる判決。
Xは、同年2月、Yに認証の申出をしようとしたが、担当者より苦情解決の申出を行うよう指導⇒認証の申出ではなく、苦情解決の申出。
Xは、同年6月、さいたま地裁越谷支部に、前記判決に基づき、Aに対する450万円及びこれに対する遅延損害金合計50万円余円等を請求債権として債権差押命令を申し立てた。

同裁判所は、同年7月、前記判決に基づくXのAに対する返還請債権に基づき、
①AがYに対して有する弁済業務し保証分担金に係る供託金の取戻請求権、
②Aが金融機関に対して有する預金債権
を差し押さえる旨の差押命令を発令。
Aの廃業を受けて平成14年4月、Yは、Aと不動産取引をおこなったことにより生じた債権につき、法64条の8第1項に基づき弁済の権利を有する者は公告日から6か月以内に認証申出書をYに提出する旨及び法定認証申出書の提出がないときは、Aに係る弁済業務保証金分担金がAに返還される旨公告。
Xは、平成24年5月に法定認証申出書をYに提出。
Yは、平成25年1月の本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、Xに対し、XのAに対する本件対象債権につき10年の消滅時効を援用。
  規定 民法 第155条
差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない。
民法 第157条(中断後の時効の進行)
中断した時効は、その中断の事由が終了した時から、新たにその進行を始める。
  争点 Xが差押債権の範囲を超える金額を請求債権として債権差押命令の申立てをした場合に、この申立てに基づく差押命令による時効中断の効力はいつまで継続し(換言すうrと、本件差押命令による時効中断効はいつ終了して新たな時効の進行が始まるのか)、もし中断が継続するとしてその効力はどの範囲まで及ぶのか。 
  判断 差押命令による時効中断効は時効の利益を受ける者に通知した後でなければ効力を生じない(民法155条)が、本件では、これがAに送達された平成13年7月25日に本件対象債権元本につき中断の効力が生じている。
中断した時効は、その中断事由が終了したときから新たな進行を始める(民法157条1項)。
債権執行手続においては、
①第三債務者から現実に取立てをしたとき等執行手続が終了した場合には中断事由が終了したとみられ、
②執行の可能性が当初からなかったり差押命令の発令後になくなったりした場合は、その時点で中断事由が終了したとみるのが相当。
本件では、
金融機関を第三債務者とする部分については差押債権がなかったり少額にすぎなかった⇒執行の可能性がないとみる余地がある。
保証協会との関係ではな執行の可能性が存していた⇒差押命令による中断事由は終了しておらず、本件対象債権は中断したまま⇒時効が新たに進行を始めることはない。
時効中断の効力の及ぶ範囲:
債権者が差押債権の範囲を超える金額を請求債権として債権差押命令の申立てをし、債権差押命令がされた場合

差押債権の範囲ではなく、請求債権として表示された債権の全てについて、また遅延損害金についてもその請求債権として表示された元本から生ずるものであるから、その全てについて中断の効力が及ぶ。
  解説 宅建業者は、営業を開始するにあたり営業保証金の供託が必要(宅地建物取引業法25条)、宅建業者と取引した消費者が損害を被った場合は、この営業保証金から弁済を受けることができる。
営業保証金制度の代替的な制度として、宅建業者が営業保証金の供託に代えて、それよりかなり低額の弁済業務保証金分担金(法64条の9)を納付して保証協会の社員となれば営業保証金の供託を要しないとう弁済業務保証金制度が創設。

多くの宅建業者が結集し集団的保証をおこなうことで宅建業者の負担を軽減できるとともに、不動産取引に関する事故についてその損害を補償し取引の相手方を迅速に救済しうる。
but
取引の相手方が弁済業務保証金から弁済を受けようとする場合は、保証協会の認証を受ける必要がある。
保証協会による認証は、弁済業務保証金の還付を受ける権利の存在及びその額を確認し証明することをいう。
本判決は、Yによる認証の判断がされるまでに本件対象債権意係る認証申出書の提出がされた場合は苦情解決の申出をもって認証の申出と認め、認証申出期間が経過した後にされたものとは解さなかった。
  民事p64
東京地裁H28.7.13  
  「確定した執行決定のある仲裁判断」と請求異議の訴え
  事案 XとA社との間には、平成20年4月4日付けの、XがAに対し、1億9600万円を貸し付ける内容の金銭消費貸借契約書。
XとYとの間には、同年8日付けの、XがYから1億9600万円を借りること等を内容とする借用契約書(「本件契約書」)。
本件契約書中には、本件契約書に関連して発生する紛争等について、ロシア連邦商工会議所付属国際商事仲裁裁判所がその仲裁規則に従って行う解決に委ねる旨の条項。
Yは、同月10日Xに、Xは同月16日A社い、それぞれ1億9600万円を送金。
本件契約書に定められた貸付債権の存否についてX・Y間に紛争
⇒仲裁裁判所は、XがYに貸付金1億9600万円を支払うこと等を内容とする仲裁判断⇒Yは、東京地裁に対し、本件仲裁裁判所に基づく執行決定を求める申立てをし、同裁判所は、これを許可する決定。即時抗告は棄却。
前記決定を得た本件仲裁判断に基づき強制執行をしようとしたYに対し、その強制執行の不許を求めてXが本件訴訟を提起。
  規定 民事執行法 第35条(請求異議の訴え)
債務名義(第二十二条第二号、第三号の二又は第四号に掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。
2 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。
  原告の主張 ①本件契約書は偽造されたもので本件仲裁判断は仲裁合意に基づくものではない
②本件契約書は偽造されたもので、本件債権は不存在
③本件契約書による契約は通謀虚偽表示によって無効
④XはYに対して本件債権と同額の損害賠償請求権を有しているところ、同債権との相殺によって本件債権は消滅
⑤本件仲裁判断に基づく強制執行は権利の濫用に当たること
を異議事由として主張。
  判断 主張①の異議事由について:
①民執法35条1項後段の「債務名義の成立について」の異議であると整理。
②同項後段の趣旨が、司法手続を経ない債務名義について、その成立を裁判手続で審査する必要性が高いという点にある
③仲裁判断は、取消しの裁判や執行決定手続において、仲裁判断の成立に関して裁判所の審理が予定されている

「確定した執行決定のある仲裁判断」は「裁判以外の債務名義」に当たらず、異議事由とすることができない。
主張②③⑤の異議事由について:
①民執法35条2項の趣旨は、請求権の存在が確定判決により確定された以上その既判力の基準時以前の事情は既判力の効果として主張し得ないとする点にある、
②これは、既判力を有する債務名義に妥当し、仲裁判断も既判力を有する
③従前の解釈においても同項の適用が確定判決に限られていなかった

「確定した執行決定のある仲裁判断」が同項の「確定判決」に含まれ、その基準時を仲裁判断について既判力の生ずる仲裁判断時とし、仲裁判断がされる以前の事情を異議事由とすることはできない。
主張④の異議事由に関して、自働債権の発生が認められない。
⇒Xの請求棄却。
  解説 仲裁合意:当事者が既発生又は将来生ずる一定の法律関係に関する民事上の紛争の解決を仲裁人に委ね、かつ、その判断(仲裁判断)に属する旨の合意(仲裁法2条1項)。 
仲裁合意に基づいてされた仲裁判断は、承認拒絶事由(同法45条2項各号)のない限り、既判力を有する(同法45条1項本文、2項柱書)。
当事者は、裁判所に対して仲裁判断の取消しの申立てをすることができ、取消事由のいずれかが認められると、仲裁判断が取り消される(同法44条)。
仲裁判断は既判力を有するものの、仲裁判断に基づく強制執行をするためには、裁判所に対して、債務者を被申立人として、執行決定を求める申立てをし、執行決定を得る必要(同法45条1項但し書き、46条)。
同申立てを受けた受けた裁判所は、承認拒絶事由のいずれかが認められて、同申立てを却下する場合を除いて執行決定をしなければならない(同条7項)。
承認拒絶事由は、基本的に取消事由と共通し、仲裁判断の効力に関するものと仲裁判断の手続的瑕疵に関するものがあるところ、執行決定手続では、これらの事由の審査が予定されているのみで、仲裁判断の内容に踏み込んだ実体的な審査は予定されていない。
執行決定に対しては、即時抗告することができる(同条10項、44条8項)。
執行決定は、承認拒絶事由の不存在を確定するものであり、同決定の確定後は、仲裁判断の取消しの申立てをすることができない(同条2項後段)。
債権者は、このように執行決定手続を経た「確定した執行決定のある仲裁判断」を債務名義(民執法22条6号の2)として、強制執行をすることができる。
この債務名義は、仲裁判断と執行決定とが合体した複合的債務名義であると理解されている。
  民事p71
東京地裁H28.2.24  
  バスケットボール部顧問教諭からの暴行等⇒自殺⇒国賠請求
  事案 本件生徒の父、母及び兄であるXらが、本件教諭の暴行や威迫的言動等が不法行為に該当し、これらの不法行為と本件生徒の死亡(自殺)との間には相当因果関係が認められる⇒Y(市)に対し、国賠法1条1項に基づき、本件生徒の死亡によりXらが被った損害合計1億7468万1427円の賠償等を求めた。 
  争点 ①本件教諭の本件生徒に対する有形力の行使や言動等の不法行為該当性
②本件教諭の有形力の行使や言動等の行為と本件生徒の自殺との間の相当因果関係の有無
③寄与度による減額の可否及びその割合 
  判断 本件暴行等を認定。 
本件教諭の本件生徒に対する本件暴行等は、その態様が極めて強度であり、本件生徒の自尊心を著しく傷つけ、著しい精神的苦痛をもたらす内容や態様のもの
⇒本件暴行等は、その有形力の行使のみならず言動等を含めて、教育上の指導として法的に許容される範囲を逸脱した一連一体の不法行為を構成。
①本件生徒が本件教諭から最も強度の暴行等を受けた日の夜に自殺を決意していた兆候とみられる行動をとった上で遺書を作成して自殺
②本件生徒が本件教諭による暴行等につき不安や恐怖及び苦悩や混乱を示す言動をしていた
⇒本件暴行等と本件生徒の自殺には条件関係が優に認められる。
本件暴行等がされた当時、いわゆる「指導死」の問題が広く社会問題化し、文部科学省によるリーフレットや生徒指導提要の配布等によって全国の高校等の教員に対しても注意喚起がされていたこと等⇒本件教諭には本件生徒が自殺することについて予見可能性があったと認められ、本件生徒の自殺と本件教諭の前記行為との間には相当因果関係が認められる。 
・・・・強度の身体的、精神的負荷に対して脆弱な面があったとみられることは否定し難く、本件生徒の自殺と言う結果の発生に本件生徒のそのような心因的要因が一定程度寄与したことは否定しがたい。
⇒本件生徒の自殺における本件教諭の前記行為の寄与度は7割と認められるとして、民法722条2項を類推適用し、本件生徒の死亡によりXらに生じた損害の認定額の7割についてXらの請求を認容。
  規定 学校教育法 第11条〔児童・生徒・学生の懲戒〕
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
  解説 体罰は一切の留保及び例外なくこれを禁止する学校教育法11条に違反するものであり(同条ただし書は児童、生徒及び学生に体罰を加えることはできないと定めており、文科省の生徒指導提要にも体罰の禁止が明記。)、それが運動部の活動における指導の際に行われたものであっても異なるものではなく、仮にいわゆる強豪校と称される学校の運動部において指導の過程で体罰が一定程度行われているという実情が事実上あったとしても、そのことによって体罰が法的に許容され得るものではないことが判示。
有形力の行為を伴わないものであっても、一定の事情の下では、教育上の指導として法的に許容される範囲を逸脱した威迫的、侮辱的な言動が体罰と相まって生徒の人格的利益等を侵害する違法な行為と評価されることも判示。
  民事p103
札幌地裁H28.3.18  
  東日本大震災に伴う原発事故で、ドラッグストアの店舗閉店に伴い、3年分の営業損害が認められ、一定の損益相殺がされた事例
  事案 東日本大震災に伴い、福島第一原発事故(平成23年3月11日)により、福島県内における5店舗の閉店等を余儀なくされた原告が、福島原発を設置、運転していた被告に対し、原子力損害の賠償に関する法律3条1項に基づき、事故から10年間の営業損害を含む合計約12億円の損害賠償を求める事案。
事実   本件5店舗では、本件事故前の1年間で、合計約1億4000万円の営業利益があった。
原告の小売業全体の売上高は、本件事故前の平成22年5月期と比較して本件事故後に大きく増加。営業利益も本件事故後に大きく増加。
平成23年3月から平成24年2月までの福島県内の売上高の対前年比は112.2%であり、同時期の全国の売上高の前年比106.4%と比較して5.8%高くなっていた。
原告は、被告に対する直接請求の対象期間の後である平成23年9月1日から平成24年2月29日まで6か月間の休業損害合計約7077万円及びその後9年間分の逸失利益合計約10億円並びに違約金損害等を請求。
  被告の主張 ①原告の小売業全体における営業利益を基準に検討すれば、営業損害の賠償請求には理由がない
②仮に営業損害が認められるとしても、避難や転業をするため必要な準備期間は2年を大きく下回る
③本件事故後の福島県内の売上高の増加が本件事故とこれに伴う避難指示等によって生じた人口移動及び避難に付随する生活用品の需要の増加によるもの⇒損益相殺。 
  判断 原告の事業の在り方等に照らし、本件事故から3年間の営業損害(約1年の休業損害とその後2年の逸失利益)を認め
避難者を対象とした自宅の被災状況に関するアンケート調査による地震や津波による避難者と本件事故による避難者の割合等を検討⇒本件事故後の福島県内の営業利益の増加のうち全国水準以上の分のうち更に37.5%について損益相殺。 
  解説 原子力損害賠償紛争審査会が原賠法18条に基づいて策定した「東京電力株式会社福島第1、第2原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(中間指針) 
条理上、債権者が損害を回避又は減少させる措置を執ることができたと解される時期以降は、被った損害の全てが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない(最高裁H21.1.19)。
本判決は、原告が既存店舗のスクラップアンドビルドを推進してきたことがうかがわれることなどに照らし、本件事故後3年間の営業損害を肯定。
被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益の間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁H5.3.24)。 
本判決:
原告の売上高及び営業利益は、本件事故後大きく増加しており、本件5店舗において失われた利益と原告の小売業全体において増加した売上との間に一定の重なりがあることが推認できる
⇒福島県内への避難者数、原告の福島県内の売上高と全国のそれとの対比、宮城県と福島県との比較、被災者へのアンケート調査等を総合して、限定的ながら一定の損益相殺を肯定。
  知財p113
知財高裁H28.7.27  
  商品(「エジソンのお箸」)の形態と不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」(否定)
  事案 控訴人が、被控訴人に対し、
①控訴人が販売する「エジソンのお箸」という商品名の練習用箸(原告商品)の形態は、控訴人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているもの
②被控訴人が製造・販売する「デラックストレーニング箸」という商品名の箸(被告商品)は、前記原告商品の形態と同一の形態を備えている
⇒被控訴人による被告商品の販売は、原告商品と混同を生じさせる行為であり、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当
⇒被告商品の製造・販売の差止め及び廃棄を求めるとともに、損害賠償の一部としての100万円及び遅延損害金の支払を求めたもの。 
  規定 不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
  判断 商品の形態は、商標等とは異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではないが、商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合がある。
商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し「商品等表示」に該当するためには
①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、
②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)
を要する。
商品の形態が商品の技術的な機能及び効果を実現するために他の形態を選択する余地のない不可避的な構成に由来⇒「商品等表示」に該当しない。
商品の形態が商品の技術的な機能及び効用に由来するものであっても、他の形態を選択する余地がある場合は、当該商品の形態につき、前記の特別顕著性及び周知性が認められれば、「商品等表示」に該当し得る。
本件の原告商品:
原告商品形態が、前記機能及び効用を実現するために他の形態を選択する余地のない不可避的な構成に由来するものということはできない。
but
同種商品の中でありふれたものというべき⇒特別顕著性を認めることはできない。 
⇒法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当しない。 
  知財p124
大阪地裁H27.9.10   
  イラストの複製・利用について著作権侵害を認めた事例
  事案 イラストレーターであるXが、地域活性化イベントにおけるキャラクターのイラストを作成したY1及び同イラストに基づいて複数のイラストを使用して宣伝活動を行った同イベントの実行委員長Y2に対し、Y1による同イラストはX作成のイラストを無断で改変して作成したものであり、同イラストをガイドブック等に印刷して譲渡し、インターネット上にアップロードする等によりXの著作権(複製権又は本案権、公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害⇒複製等の差止め、損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めた。 
  争点 ①Yらの具体的行為の態様
②Yらの故意・過失の有無等 
  判断 ●争点①について
  ①Yイラスト1は、首より下の部分はXイラストと異なるが、頭部の描画がXイラストとほぼ同一⇒原告イラストの本質的特徴を感得し得る。
②Y1によるYイラストの作成経緯

Y1は、原告のホームページにアクセスし、Xイラストに依拠してYイラスト1を作成したと推認される
⇒Xイラストを翻案したものであり、Y1は、Xの本案権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害。 
その後使用されたY各イラストについても、使用された事実を認めるに足りる証拠がないもの及びブログに掲載された写真のうちXいらすとの表現の本質的特徴が直接感得できないもの等を除いて、侵害の成立を認めた。
●Y1の過失 
実行委員会が同キャラクターをいわきフラオンパクのガイドブックに使用することを認識した時点で、他人のイラストに依拠してYイラスト1を作成したことをY2らに伝え、使用を中止するよう取り計らう注意義務があった⇒かかる義務に違反したY1には過失が認められる
⇒共同不法行為の成立を肯定。
Y各イラストのうち、Y1が関与したことを認めるに足りる証拠がないものについては、不法行為の成立を否定。
●Y2の過失 
Y2が準備段階においてY1と会議において同席しており、Yイラスト1をキャラクターとして利用するに際し、Y1に対してYイラスト1の作成経緯を確認し、他人のイラストに依拠していないかどうかを確認することは容易であったが、これを怠った。⇒過失を認定し、共同不法行為の成立を肯定。
Y各イラストのうち、Y2が関与したことを認めるに足りる証拠がないものについては、不法行為の成立を否定。
Yらに対する損害賠償請求を、YらによるY各イラストの使用態様を考慮しそれぞれ90万円の限度で認容。 
Y各イラストの内容及び使用態様がXの社会的声望名誉を毀損するものとは認められない⇒謝罪広告の請求を棄却。
①フラオンパクは今後も開催される見込みは低く、Yイラストが今後使用される可能性は低い
②現在Y1が自身の管理するブログに掲載している写真からはXイラストの表現の本質的特徴を感得することもできhない。

差止請求を棄却。
  解説  ●著作権を侵害して複製物を作成した者から発行の依頼等を受けて複製・譲渡等を行った他の者の過失 
多くを占める出版社や放送局に関する事例では、大量の出版物を発行する者等としての高度の注意義務が課される等としてこれを肯定した事例がほとんど。
カラオケ装置のリース業者について、相手方が当該著作権者との間で著作物使用契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負う(最高裁H13.3.2)。
受注者が制作した水彩画ポスターにより他人の写真の著作権を侵害した事例において、発注者である八坂神社の過失を認めた事例(東京地裁H20.3.13)。
原告サイトの解説文を、財団の研修会に参加した報告書の作成者が無断転載した事例において、NPO法人の責任を認めた東京地裁H21.2.19.
パンフレット製作会社にパンフレット製作を依頼したコーヒー販売会社が、パンフレットに使用される写真の著作権については調査義務まで負うものではなく、注意義務に違反するとはいえない(大阪地裁H17.12.8)。
  利用者の過失は基本的には諸般の事情を考慮して判断すべきものとされるが、出版社・発注元等に厳格責任を負わすべきとする立場。

①その者の行為による著作権侵害の拡大・拡散
②経済的利益の存在
③補償条項を設けることによって侵害物作成者に求償できる
④原告にとって被告側の内部関係をしることは困難であるから、事実上の過失推定を負わせるべき。
vs.
(1)従来出版の現場において個別にチェックを行うことや、制作に関与していないパンフレットの発注元が調査を行うことは実際上極めて困難であり過重な負担
(2)民法における注意義務の一般的基準としては、一般に①危険が生じる蓋然性、②危険が生じた場合の重大性、③予防措置を取ることに対するコストの3つを勘案するに比して、著作権法では、メディアの責任のような大上段な前提から出発する傾向にあり、十分な予防措置をとることに対する負担が考慮されていない。
  労働p139
東京地裁H28.4.25  
  団体交渉の開催場所等について交渉過程が、団体交渉拒否の不当労働行為に当たるとされた事例
  事案 大阪市にあるAの店舗で勤務していたAの従業員は、大阪市に主たる事務所を有する労働組合であるyに加入していたところ、yは、Xに対し、前記従業員の労働条件等についての団体交渉を大阪市内で行いたい旨等を数次にわたって申し入れ⇒Xは、これらの申入れに対し、愛知県春日井市内(本店所在地)又は名古屋市内で団体交渉を行いたい等と回答⇒団体交渉は開催されず。
 yは、大阪労働委員会に対し、Xの前記対応によって大阪市内での団体交渉が行われなかったことにつき、Xが団体交渉拒否の不当労働行為(労組法7条2号)を行った旨の申立て⇒大阪府労委は、Xの前記対応は労組法7条2号の不当労働行為に当たるとして、Xに対して救済命令⇒Xは、中央労働委員会に対し、前記救済命令につき再審査の申立て⇒同委員会は棄却する旨の命令⇒前記命令の取消しを求めた事案。
  規定 労組法 第7条(不当労働行為)
使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
  判断 労働委員会段階で行われた審問の結果等も踏まえ、Xとyとの間で行われた団体交渉の開催に向けてのやり取りを詳細に認定。
yが大阪市内で団体交渉を行うことを希望したことにつき、客観的な諸事情に照らせば必要性、合理性がある。
Xが愛知県春日井市内又は名古屋市内で団体交渉を行うことを希望したことについて、客観的な諸事情に照らせば一応の理由がある。
but
①Xがyに対して事情を的確に説明することや、団体交渉の開催日等について変更を求めることをしなかったこと
②Xは人事部の担当者が大阪市内に出向くことのできる日程や大阪市内で団体交渉を開催することについての検討をしていなかった
③yは大阪市内における団体交渉の開催場所として本件事務所を希望していたところ、Xには本件事務所以外を団体交渉の開催場所とすることについてyと協議する十分な機会が与えられていたとみることができる

Xがyに対して前記団体交渉の開催に向けてのやり取りの中でX側がyの呼出しに応じて本件事務所での団体交渉を行わなければならない法的根拠を示すよう求めたことは、これを見る者にXは本件事務所ひいては大阪市内での団体交渉の開催に任意に応じる意思はないことを表明したものと評価されてもやむを得ない。
・・・・・結論として、Xの一連の対応は全体的にみて不誠実であったというべきであり、Xはかかる対応により、団体交渉をすることを正当な理由なくして拒んだものというべき。
  解説 労組法7条は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むこと(同条2号)を使用者による不当労働行為として禁じる。
かかる正当な理由のない団体交渉拒否については、交渉の日時、場所、時間、人数等に関する正当でない理由を主張しての交渉拒否がこれに当たり得る旨が指摘(菅野)。
使用者が負うべき団体交渉義務の基本的な内容として、使用者には労働者の代表者として誠実に交渉に当たる義務がある。
3月
2319
  行政p10
東京高裁H28.4.21  
  馬券の的中による所得が雑所得と認められた事例
  事案 Xは、馬券の的中による払戻金に係る所得について、雑所得に該当するとして確定申告
⇒所轄税務署長から、本件競馬所得は一時所得に該当し、かつ、外れ馬券の購入代金を総収入金額から控除することはできないとして、更正処分及び賦課決定処分を受けた。
⇒各更正処分のうち確定申告額を超える部分及び各賦課決定処分の取消しを求めた。
  争点 ①Xの購入態様による本件競馬所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当するか
②外れ馬券の購入代金が必要経費にあたるか 
  判断  ①Xによる各年における回収率がいずれも100パーセントを超え、多額の利益を恒常的に得ていた⇒期待回収率が100パーセントを超える馬券を有効に選別し得る何らかのノウハウを有していたことが推認される

Xが独自のノウハウに基づいて長期間にわたり多数回かつ頻繁に当該選別に係る馬券の網羅的な購入をして100パーセントを超える回収率を実現することにより多額の利益を恒常的にあげていた。
②このような一連の馬券の購入は一体の経済活動の実態を有するということができる
  ①本件競馬所得について雑所得に該当する
②外れ馬券の購入代金につき必要経費として雑所得に係る総収入金額から控除される

原判決を取り消し、各更正処分及び各賦課決定処分をいずれも取り消した。 
     
  民事p24
東京高裁H27.5.27  
  建物の一部の無断転貸人の転借人に対する、共用部分を適切に維持管理して使用させる義務(肯定)
  事案 Yは、本件ビルの所有者であるAから本件建物の一部を賃借していた者であるが、Xとの間でAらの承諾を得ないで転貸借契約を締結。 
その後、本件ビルの配水管のうち共用部分が詰まったために、本件建物の厨房の床の排水口から汚水が逆流して厨房が汚水で溢れるという事故が2回発生。
⇒Xは、Yに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求等を求める。
  争点 無断転貸の場合に当該転貸人が転借人に対し、共用部分を適切に維持管理して使用させる契約上の義務を負うか? 
  原審 YがXに対し、本件建物部分の使用収益義務を負っているとしても、その範囲は、Xが本件転貸借契約が無断であることを知っていたから、Aらに対し適切な情報提供を行い、Aらからその対応を求める程度のものにすぎず、本件ビルの所有者でないYが、本件ビル全体の配管について、Xのために自ら配管を清掃する義務も権限もない。
⇒債務不履行責任を否定。
  判断 転貸がされたからには転貸人において貸主としての義務が当然に発生
⇒転貸人には排水管の共用部分を適切に維持管理して転借人に使用させる契約上の義務が発生。 
転貸人において共用部分の維持管理を自ら行うことができないという事情をもって、貸主としての義務を軽減させるものではない。
⇒債務不履行責任を肯定。
  解説 本判決は、無断転貸の場合でも、転貸人が転借人に対して共用部分の維持管理をすべき義務があると認めたもの。 
  民事p32
大阪高裁H28.6.28  
  仲裁人の忌避事由の開示義務違反⇒仲裁裁判取消事由に該当するとされた事例
  事案 Xらが、Xら及びYらとの間の仲裁判断につき、仲裁法44条1項4号、6号または8号の取消事由があるものと主張して、仲裁判断取消申立てをした事案。 
  事実 Xら:アメリカ合衆国テキサス州に本店を置き、空調機器の販売等を目的とする会社
Yら:電気機器の製造・販売等を目的とする会社 
両者間には、YらがX1に空調機器を納入する旨の売買契約
その後Yらが同契約の解除の意思表示
⇒その適法性などをめぐって紛争。

平成23年6月16日、Yらは、Xらを相手方として、同契約の仲裁条項に基づき、Yらに契約上の義務違反がないことの確認等を求めて、日本商事仲裁協会(「JCAA」)に仲裁申立て。
Yらは、Aを仲裁人に選任
Xらは、所定の期間内に仲裁人の選任をしなかった⇒JCAAがYらに代わってBを仲裁人に選任
平成23年9月20日、A及びBは、長たる仲裁人としてCを選任。 
Cは、D法律事務所シンガポール・オフィスに所属する弁護士であるが、その仲裁人への選任に際してJCAAに公正中立表明書を提出。
この表明書には、
①D法律事務所の弁護士が、将来、本件仲裁に関係はしないもののクライアントの利益が本件仲裁の当事者またはその関連会社と利益相反する案件において、当該クライアントに助言しまたは当該クライアントを代理する可能性があること、
②C自身は、仲裁の係属中かかる職務に関与することも、かかる職務の情報を与えられることもない
などを記載した付属文書が添付。
本件仲裁手続きが開始された当時、
Y1と完全兄弟会社の関係にあるE社を被告とするクラスアクション事件がアメリカ合衆国で係属しており(「別件訴訟」)、別件訴訟においてE社の代理人を務めていたF弁護士は、Cが本件仲裁における仲裁人に選任された当時には別の法律事務所に所属していたが、遅くとも仲裁手続の係属中である平成25年2月20日以降、D法律事務所のサンフランシスコ・オフィスに所属(「本件利益相反事由」)。
Cは、この事実を開示することなく、平成26年8月11日に、Yらの主張を概ね認める内容の仲裁判断。
Xらは、これに対して、Cによる開示義務違反が仲裁法44条1項6号または8号所定の仲裁判断取消事由に該当すると主張し、仲裁判断取消しの申立。
  規定 仲裁法 第18条(忌避の原因等)
当事者は、仲裁人に次に掲げる事由があるときは、当該仲裁人を忌避することができる。
二 仲裁人の公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき。

3 仲裁人への就任の依頼を受けてその交渉に応じようとする者は、当該依頼をした者に対し、自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の全部を開示しなければならない。

4 仲裁人は、仲裁手続の進行中、当事者に対し、自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実(既に開示したものを除く。)の全部を遅滞なく開示しなければならない。
仲裁法 第44条
当事者は、次に掲げる事由があるときは、裁判所に対し、仲裁判断の取消しの申立てをすることができる。

四 申立人が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。

六 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと。

八 仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。
  原決定 本件利害相反事由は、Cの仲裁人としての公正性または独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実(仲裁法18条4項、JCAA規則28条4項)に該当。
but
①別件訴訟は本件仲裁とは関連性のない事件であった
②C自身が別件訴訟に関する情報に接する機会はなかった

いまだCの仲裁人としての公正性または独立を疑うに足りる相当な理由がある(仲裁法18条1項2号)とまでは認められない。
①この事実の存在が仲裁判断の結論に影響を及ぼしたとは認められない
②本件付属文書についてXらが何ら異議を述べていなかった

開示義務違反が認められるとしても、その瑕疵は軽微なもの。

これが仲裁法44条1項6号に該当するとしても、仲裁判断を取り消すことは相当ではない。
  判断 ①本件利益相反事実は、Cの仲裁人としての公正性または独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実(仲裁法18条4項、JCAA規則28条4項)にあたる
②Cが別件訴訟に関する情報を一切与えられておらず、本件利益相反事由を知らなかったとしても、特段の支障なく調査することが可能であった以上、開示義務違反の責任を免れない
③本件付属文書は、将来生起する可能性のある抽象的、潜在的な利益相反を表明したものにすぎず、これをもって本件利益相反自由についての開示義務を果たしたものとはいえない
④本件利益相反自由は仲裁人の忌避事由に該当する可能性がないとはいえないもので、その不開示は重大な手続上の瑕疵にあたる

裁量棄却は相当でない。 
  解説  仲裁法18条1項2号は、 
「仲裁人の公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき」
を仲裁人の忌避事由とし、これを受けて、
仲裁人は、「自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の全部」について開示義務を負う(同条3項、4項)。
  国際仲裁の実務においてしばしば参照される国際法曹協会(IBA)のガイドラインによれば、
①仲裁人が所属する法律事務所が、当事者の関係会社との間で重大な商業上の関係を有することは、忌避事由に該当する放棄可能なレッドリストに、
②仲裁人が所属する法律事務所が、当事者の関係会社に対して、重大な商業上の関係を生じることなく役務を提供していることは、開示義務事由に該当するオレンジリストに該当。
同ガイドラインは、
仲裁人は利益相反の有無について合理的な調査の義務を負い、そうした調査を怠った場合には、利益相反事由を知らなかったことにより開示義務を免除されるものではないこと、
本件付属文書に類する事前通告や事前免除によっては、仲裁人の開示義務は免除されないこと
を定めている。
  民事p40
広島高裁岡山支部H28.6.30   
   
  事案 Xは、農地法3条に基づく許可を受けて、平成7年6月15日、X所有農地の一部を埋め立てて自宅を建築したが、その余は畑にした。
Aは、法3条に基づく許可を受けて、本件農地所有権を取得したが、Aと訴外B会社は、平成23年11月15日、Yの農業委員会に対し、法5条1項に基づき、本件農地を露天資材置場とするため、本件農地についてBの賃借権を設置することの許可を求める旨の申請⇒同委員会は、平成24年2月29日、本件賃借権設定を許可する旨の本件処分。
AとBは、本件申請に先立ち本件造成工事⇒X所有農地から本件農地への排水が著しく悪化し、農作物の生育不良。
⇒Xは、Yに対し、農業委員会は、本件処分をするに際し、同法施行規則33条4号該当性の審査を適切に行う職務上の法的義務を、Xに対して負っているにもかかわらず、この義務に違反して本件処分をした⇒国賠法1条1項に基づき、排水確保工事費用の賠償を求めた。
  規定  農地法 第3条(農地又は採草放牧地の権利移動の制限)
農地又は採草放牧地について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、若しくは移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が農業委員会の許可を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合及び第五条第一項本文に規定する場合は、この限りでない。
農地法 第5条(農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限)
農地を農地以外のものにするため又は採草放牧地を採草放牧地以外のもの(農地を除く。次項及び第四項において同じ。)にするため、これらの土地について第三条第一項本文に掲げる権利を設定し、又は移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が都道府県知事の許可(これらの権利を取得する者が同一の事業の目的に供するため四ヘクタールを超える農地又はその農地と併せて採草放牧地について権利を取得する場合(地域整備法の定めるところに従つてこれらの権利を取得する場合で政令で定める要件に該当するものを除く。第四項において同じ。)には、農林水産大臣の許可)を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
・・・・・

2 前項の許可は、次の各号のいずれかに該当する場合には、することができない。ただし、第一号及び第二号に掲げる場合において、土地収用法第二十六条第一項の規定による告示に係る事業の用に供するため第三条第一項本文に掲げる権利を取得しようとするとき、第一号イに掲げる農地又は採草放牧地につき農用地利用計画において指定された用途に供するためこれらの権利を取得しようとするときその他政令で定める相当の事由があるときは、この限りでない。
・・・・
四 申請に係る農地を農地以外のものにすること又は申請に係る採草放牧地を採草放牧地以外のものにすることにより、土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合、農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがあると認められる場合その他の周辺の農地又は採草放牧地に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合
  一審 ①法5条2項4号は、申請に係る農地を含めた地域全体の農地の振興を図る趣旨のもとに規定されたものという言うべきであり、周辺の農地の所有者等の個別的な利益を保護する趣旨を含むものではない
②本件処分が法5条2項4号の場合に該当しないとした委員会の判断に誤りがあったものとは認められない
⇒本件訴訟を棄却。
  判断 法5条2項4号は、本件農地を農地以外のものにすることにより、隣接するX所有の農地が良好な排水等の営農条件に支障を受けないとする法的利益を個別的に保障する趣旨を含むと解される。
①本件申請を受けた委員会としては、本件造成工事が、周辺農地の営農条件に影響を及ぼしするものであることは、十分に認識することができた
②その点に関する調査がされたとも認められない

職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件処分をしたというほかない⇒
過失肯定で、Xの請求を一部認容。
  解説 判例上、国賠法1条1項にいう公務員の行為の「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背したことを言う(最高裁昭和60.11.21)。
本件では、農地法5条2項4号が周辺農地の所有者等の個別の利益を保護する趣旨であるか否かが問題。
  民事p49
東京地裁H28.4.28  
  歯科医師の説明義務違反を認めた事例
  事案 Yの開設する美容外科・歯科医院(Y医院)で差し歯治療を受けたXが、担当医師らの不適切な治療により歯肉炎や差し歯の脱落などが起こり、また、事前の説明がないまま天然歯を削られたなどと主張して、Yに対し、債務不履行に基づき損害賠償訴訟を提起。 
  判断 Xの受診目的は、左上1番の差し歯が曲がったことの修補のみならず、全体の見た目をきれいにするためのものと認定。
Xの症状である右上2番ないし左上4番の歯肉炎や、右上2番ないし左上2番の差し歯の脱落等については、A医師や、B医師の治療に責任があると認めるに足りる証拠は存在しない⇒Yの責任を否定。
A医師が、天然歯である左上4番を削った点についての説明義務違反:
①審美目的の医療行為については、医学的必要性や緊急性が乏しく、患者の主観的願望を満足させるために行われるもの⇒医師は、患者に対して通常よりも丁寧に説明し、患者が当該医療を受けるか否かについて十分な情報を基に熟慮の上決断できるように配慮すべき義務を負う

通常よりも厳格に評価するのが相当。
②左上4番は医学的には治療する必要のない天然歯であり、一度削ってしまえば二度と元に戻すことはできなくなることなどを丁寧に説明すべ義務を負っていた。
③診療録には説明に関する記録なし
⇒説明義務違反がある。
説明義務違反と因果関係がある損害は30万円、弁護士費用3万円で、合計33万円の限度で請求を認容。
  解説 最高裁H13.11.27:
医師の説明義務について、
「特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある。」 
  民事p55
東京地裁H27.1.30  
  無罪判決⇒検察官の違法を理由とする国賠請求・被告の虚偽供述を理由とする不法行為請求(いずれも否定)
  事案 医師法違反教唆被告事件で無罪判決を受けた医師X1が、医療法人社団X2とともに、
①自らの刑事責任を軽くするため虚偽の供述を繰り返したY1に対し不法行為責任に基づき、
②十分な捜査をせずにX1を逮捕するなど一連の捜査手続に違法があったとしてY2(東京都)に対し、
③十分な捜査をせずにX1を起訴したとしてY3(国)に対し、
国賠法1条1項に基づき
損害賠償請求(X1につき7600万円余、X2につき3億8600万円余)をした。 
起訴された公訴事実は
「X1が、
(1)平成19年8月16日頃、Y1に対し電話で入院中本件クリニックにおいて無資格医業を行うことを唆し、Y1にその旨決意させ、
(2)同月17日頃、本件クリニック事務員Aに対し電話でY1が入院中も事務員らが薬剤処方等を行うように言い、
(3)同月18日頃、Y1の妻Bに対しY1が入院中も事務員らに薬剤処方等を行わせればよい旨を言った上、これをAらに伝達させるなどし、
よって、Y1・Aら7名をして、共謀の上、Aらが医師でないのに、8月21日頃から9月7日頃までの間、8回にわたり、問診、薬剤処方等の医行為を行わせ、もって医師でないのに医業をなすことを教唆した」
というものであった。
  判断 ①捜査段階における警察官の逮捕状請求・逮捕が国賠法上違法となるのは、各行為時において、捜査により現に収集した証拠資料、通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して、犯罪の嫌疑要件を充足すると判断することが不合理と認められる場合に限られる。
②本件における前記証拠資料を総合勘案して、本件被疑事実の直接証拠であったY1の供述に相応の信用性を認め、かつ、信用性を否定するに足りる証拠はない。

X1に犯罪の嫌疑要件を充足すると認めた警察官の判断は、不合理であったとは認められない。
①検察官は公訴提起時において、検察官が現に収集した証拠資料、通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、公訴の提起は違法性を欠く。
②本件における各公訴事実の直接証拠は、各供述のみであり、これらの供述と裏付け証拠に加え、信用性を減殺する証拠を含めて、前記証拠資料を総合勘案し、合理的な判断過程により有罪であると認められる嫌疑を認めることができないにもかかわらず、公訴提起がされた場合(各供述に信用性があると判断することが合理性を欠くと認められた場合)に限り本件起訴が国賠法上違法と評価される
③本件において、各公訴事実の直接証拠となる各供述に信用性があると判断することが合理性を欠くとまでは認められない

本件起訴を違法と評価することはできない。
①Y1の不法行為の成立を認めるためには、その供述が虚偽であることが必要であり、これが虚偽であることの直接証拠はX1の供述のみであるところ、
②X1の供述の内容は捜査における取調べ、刑事事件における被告人質問、本事件における陳述書・当事者尋問を通じて概ね一貫しているが、直接裏付ける客観的証拠があるわけではなく、一部不自然さを否定できない部分を含んでいる
③Y1らの捜査段階における各供述は信用性を決定的に否定するまでの客観的証拠はなく、公判審理の結果を考慮しても変わることはないというべき

刑事無罪判決によってもY1らの各供述が虚偽である可能性がうかがえるにとどまり虚偽であることまで認めることは困難。
  解説 刑事裁判で無罪が確定した場合に、捜査、起訴など刑事司法手続の国賠法1条1項の違法性をどのように評価すべきか:
A:結果違法説
B:職務行為基準説 
判例(最高裁昭和53.10.20):
後に無罪が確定した場合でも、逮捕・勾留は、当該時点において、犯罪の嫌疑につき相当の理由があり必要性が認められる限り適法であり、
公訴提起後も、起訴や公訴追行時における各種証拠資料を総合勘案して合理的は判断過程により有罪であると認められる嫌疑があれば適法である。
~職務行為基準説。
職務行為基準説の下でも、公訴提起の違法性の具体的判断基準について
〇A:合理的理由欠如説(判例)
B:一見明白説
C:違法限定説
虚偽供述をした被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求について、
刑事無罪判決から供述が虚偽の可能性はあるが、虚偽であると認めることは困難であるとして、不法行為の成立を否定したケース。 
民事訴訟における事実の認定判断は、自由心証主義が妥当するが、恣意的なものであってはならず、経験則に合致するものでなければならない。
but
本判決は、Y1らの供述の信用性を否定している刑事判決の事実認定とは対照的であるようにみえる。
  民事p80
東京地裁H28.2.26  
  遺留分減殺の意思表示が1042条前段所定の期間経過後になされたとされた事例
  事案 Xら及びYは、いずれも亡Aの相続人。
Xらが、亡Aが所有していた株式の生前贈与を受けたYに対し、遺留分減殺請求権を行使したと主張⇒Xら各自に対し、株式の引渡しなどを求めた。 
X1は、Yを含む亡Aの相続人を被告として、二度にわたり訴訟を提起。
第1次訴訟:Yは、亡AがB社に係る株式をYに贈与する内容の贈与契約を偽造したと主張し、B社に係る株式は、亡Aの遺産であることの確認を求めたが、裁判所は、X1の請求を否定。
第2次訴訟:X1は、Yが、C社、D社及びE社に係る株式につき、亡Aに無断で名義書換手続を行ったなどと主張し、株式が亡Aの遺産に属するとの確認を求めたが、裁判所はX1の請求を否定。
  規定 民法 第1042条(減殺請求権の期間の制限)
減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
  争点 ①Xらの遺留分減殺請求権について消滅時効の成否
②遺留分侵害額 
  判断  遺留分減殺請求権の消滅時効の起算点:
Xらは、Xらの遺留分減殺請求権の消滅時効の起算点につき、第1次訴訟の敗訴判決が確定した日と主張。
but
①Xらが、株式の贈与が虚偽であると信じたことについての裏付けとして指摘する各証拠の内容
②第1次訴訟における一審及び控訴審の各判決の内容
③Xらは、第1次訴訟の控訴審判決が言い渡されるまでの間に、亡Aの各財産につき価値を把握しうる状態にあった
③B社、C社、D社及びE社に係る各株式のうち、第1次訴訟において問題となっていたB社に係る株式の価値が相当程度の割合を占めていた

遅くとも、Xらが第1次訴訟の控訴審判決の主文及び判決理由を知った時期には、Xらが、贈与の存在及びこれが減殺できるものであることを知っていたことが推認され、同時期が前記消滅時効の起算点。 
Xらが遺留分減殺の意思表示を行った時期について、消滅時効の起算点から1年を経過した時期。
  民事p86
静岡地裁H28.3.24  
  看護師が行った留置針の穿刺行為⇒複合性局所疼痛症候群を発症
  事案 Yの設立したA病院において、左前腕に点滴ルート確保のために抹消静脈留置針の穿刺を受けたXが、Yに対し、A病院の看護師が十分な注意を払わずに穿刺行為を行うなどの過失があったと主張し、その結果、複合性局所疼痛症候群(「CRPS」)を発症し、後遺障害を負った⇒不法行為又は債務不履行に基づき、7171万円余の損害賠償請求をした事案。
  判断  本件穿刺行為の態様、Xの主訴、治療経過等を詳しく認定し、本件穿刺行為によりXの橈骨神経浅枝が傷害されたと認定、その原因は、B看護師が本件穿刺行為において深く穿刺しないようにする義務を怠ったから。 
●本件穿刺行為により後遺障害としてのCRPSが発症したのか? 
①Xは本件穿刺行為によってこれまで点滴ルート確保の際に感じたことのないような鋭い痛みを感じた
②B看護師はXが痛みを訴えた後に更に留置針を1ないし2㎜勧め、血液の漏出を来たし、少なくとも3㎜程度の大きさの瘤を生じさせ、その瘤を強く圧迫した
③Xは、その際も強い痛みを感じ、それ以降左腕の痛みやしびれを訴えるようになった
④複数の医師が、XのCRPSの原因は本件穿刺行為がトリガーになったと証言
⑤本件手術中にXの身体の左側に多少の圧迫等があったとしてもそれによってCRPSが発症したとまでいうことは困難
⇒Xは、本件穿刺行為によってCRPSに罹患したものと認めるのが相当。
  ①Xの後遺症の程度は、「上肢の用を全廃したもの」といえる⇒後遺障害等級5級6級に該当。
②素因減額をするのは相当ではない。

6102万円余の損害賠償請求を認容。
  民事p104
神戸地裁H28.7.29   
  売買対象不動産で強盗殺人事件が発生したことを告知しなかった⇒不法行為(肯定)
  事案 Xは、本件売買契約(平成26年7月29日、代金3300万円)後、本件不動産上で、平成18年8月31日に、Yの母親が強盗殺人の被害者となる事件が発生していたこと、その犯人が未だ検挙されていないことを認識。
⇒Yに対し、本件売買契約に際し、本件不動産上で本件事件をが発生したことを告知しなかった不法行為があると主張し、2300万円の損害賠償請求を提起。
  判断 ①売買対象の不動産について強盗殺人事件が発生しているか否かという情報は、社会通念上、売買価額に相当の影響を与え、ひいては売買契約の成否・内容を左右するもの。
②Yは本件事件の被害者の子であるから、本件売買契約当時、本件事件の存在を十分承知していた

売主であるYは、本件売買契約を締結するに際し、買主であるXに対し、本件事故を告知する義務を負っていたとして、Yの不法行為責任を肯定。 
損害について、売買代金額と市場価額の差額である1575万円(+弁護士費用)。
Xが主張する得べかりし利益(転売利益)はその確実性が乏しいなどとして損害として認めず。
  解説 取引不動産において自殺や強盗殺人があったことは、一般に「心理的瑕疵」と呼ばれ、「隠れたる瑕疵」があるとして瑕疵担保責任が認められたり、売主に契約上の告知義務違反を認め不法行為責任を認めた事例が相当数存在。 
  知財p106
東京地裁H28.7.19 
  美容用フェイスマスクの形態と不正競争行為(否定)。
  事案 美容用フェイスマスク(X商品)を販売するXが、美容用フェイスマスクであるY商品を販売するYに対し、
①Y商品の形態が、周知の商品等表示であるX商品の形態と類似し、X商品と混同を生じさせる⇒その販売は不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に当たる
②Y商品がX商品を形態を模倣⇒その販売は同条1項3号の不正競争行為に当たる

法3条1項及び2項に基づきY商品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、法4条に基づく損害賠償金の支払を求めた。 
  規定 不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
・・・
三 他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為

4 この法律において「商品の形態」とは、需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感をいう。
不正競争防止法 第3条(差止請求権)
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
不正競争防止法 第4条(損害賠償)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密を使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。
  判断 ●請求①について 
商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには、
①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有して(特別顕著性)、かつ、
②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用されるなどしたことにより、
③需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)
を要する。
X商品の形態はごくありふれたもので、客観的に他の同種商品と異なる顕著な特徴を有しているとはいえない

法2条1項1号の不正競争行為の成立を否定。
  ●請求②について 
当該商品の形態と他人の商品形態との相違がわずかで、全体からみれば些細な相違にとどまる場合には、実質的に同一の形態と評価される得るが、
他方で、相違の内容・程度、共通点と相違点のバランスが商品全体の形態に与える影響等に鑑み、相違が些細なものといえない場合には、実質的に同一の形態とはいえない。
同種の商品にしばしばみられるありふれた形態は、特段の資力や労働力を等価することなく作り出すことができる⇒法2条1項3号の保護対象となる「商品の形態」には当たらない。
①X商品とY商品とに共通又は近似する形態がいずれもありふれた形態である一方、②X商品とY商品の特徴的な形態が大きく相違
⇒全体として、Y商品の形態がX商品の形態と実質的に同一とはいえないから「模倣」に当たらない。
需要者が通常の用法に従って使用するに際して内容器の形態を認識することはできない⇒内容器の形状は、「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の・・・内部の形状」(法2条4項)に当たらない⇒Xの主張を排斥。
  解説 法2条1項3号が、「商品の形態」を保護する趣旨については、
模倣者が先行者において資金や労力を投下して商品化した商品について、その形態を殊更模倣した商品を自らの商品として市場に提供し、同じ市場において先行者と競争する行為が事業者間の競争上不正な行為として位置づけるべきものとしたことにあるという理解が一般的。 
  知財p116
東京地裁H28.6.30   
  商標権に基づく権利行使が権利濫用に当たるとされた事例
  事案 X1は、亡Aの相続人であり、X2はX1が代表取締役を務める会社。
Xらは、亡Aの死後、極真会館において従前使用されていた極真関連の標章について商標登録出願をし、その商標権者となった。 
Xらが、YによるY各標章の使用がXらそれぞれに有する商標権を侵害していると主張し、Yに対し、それぞれ、
①商標法36条1項に基づき、Y各標章の使用の差止めを求めるとともに、
②不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。
  争点 ①Xらの請求が権利濫用に該当するか
②損害の有無及び額 
  判断 ①Xらの本件各商標と類似するY標章が、亡Aの死亡当時から現在に至るまで、空手愛好家の間において極真会館又はその活動を表すものとして広くしられている
②極真会館の支部長が、亡Aの生前において、Y各標章を含む極真関連の標章を基本的に自由に使用していた
③Bが、亡Aの生前において、各種の空手大会で実績を残し、極真会館の支部長として極真空手の教授等を行っていた
④B及びYが、亡Aの死後、国内外で大規模に極真空手の教授等を行っている

Y各標章の周知性及び著名性の形成、維持及び拡大に対し、亡Aの生前においては、亡A及び同人から認可を受けたBを含む極真会館の支部長らの寄与があり、亡Aの死後においては、B及び同人が代表取締役を務めるYの大きな寄与があった。
Xらについて、X1が極真会館の館長ないし総裁たる地位を亡Aから承継したとはいえず、極真会館を称して極真空手の教授等を行う複数の団体の1つにすぎない。
Xらが、国内外においてB及びYが各標章を使用して大規模に極真空手の教授等を行っていたことを認識していたにもかかわらず、Xらが合理的な理由もなく、早期に本件各商標に係る商標登録出願を行わなかった。
⇒XらのYに対する本件請求は権利濫用に該当。
  解説 商標権侵害訴訟においては、商標権の行使が権利濫用に該当するとの抗弁が提出されることが少なくない。 
最高裁H2.7.20(ポパイ事件):
客観的な公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の1つ
⇒商標権に基づく権利行使であっても、客観的に公正な競業秩序を乱すものと認められる場合には、権利濫用として許されない。
下級審裁判例において、商標権の行使が権利濫用であると認められた裁判例:
A:登録商標に商標権者独自の信用が化体しておらず、正当に標章が帰属すべき第三者が存在する場合
A①:権利取得過程に濫用がある場合
A②:権利行使段階での濫用がある場合
B:商標登録自体に問題がある場合
C:相手方の行為が正当に評価される場合
C①:相手方が正当に標章が帰属すべき第三者から許諾を得ている場合
C②:商標法上の抗弁が成立しそうな場合
D:商標権に対する実質的な侵害が存在しない場合
に分類
権利濫用の抗弁は、個々の事案によって権利の取得経過や取得意図・権利行使の態様、相手方の使用の態様等の事情を総合的に利益衡量することによって、妥当な結論を導く道具として有用であるとの指摘。
  刑事p123
東京高裁H27.9.25  
  金融商品取引法167条3項違反の罪の教唆犯の成立(肯定)
  事案 証券会社の執行役員であった被告人が、同証券会社が公開買付者との間で締結した契約の締結の交渉または履行に関し、公開買付者が株券の公開買付けを行うとの事実を知り、同事実をAに伝えて、その公表前に同株券を買い付けるよう促すなどして教唆し、Aに公表前に株券を買い付ける金融商品取引法違反の犯罪を実行させたというインサイダー取引の事案。 
  規定 金融商品取引法は
167条1項において、
公開買付者等関係者は、株券等の公開買付け等の実施または中止に関する事実を知った場合には、
公開買付け等の実施または中止に関する事実の公表がされた後でなければ当該株券等の買付けまたは売付け等をしてはならないと規定
同項3項において、
公開買付者等関係者から公開買付け等事実の伝達を受けた者(第一次情報受領者)も
公開買付け等事実の公表がなされた後でなければ当該株券等の買付けまたは売付け等をしてはならないと規定
197条の2において、それらの違反行為に対する罰則を規定
but
第一次情報受領者から公開買付け等事実の伝達を受けた者について株券等の買付けまたは売付け等を禁止する規定は置いていない。 
刑訴法 第313条〔弁論の分離・併合・再開〕
裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。
  検察官 主位的訴因として、被告人には167条1項4号違反の罪の、Aには同条3項違反の罪の共同正犯
予備的訴因として、被告人にはAの同条3項違反の罪の教唆犯ないし幇助犯が成立すると主張。 
  原審 主位的訴因の共謀が認められない。
予備的訴因に基づき、法167条3項違反の罪の教唆犯の成立を肯定。 
  弁護人 ①事実誤認
②訴訟手続の法令違反:
被告人はAに公開買付け等事実を伝達していないと主張⇒そうであるならAは第一次情報受領者ではなく、Aは不処罰となる可能性がある⇒両者に対する事件は分離すべきではなく、事件を分離して審理・判決した原審の訴訟手続に法令違反あり。
③法令適用の誤り:
法167条3項の罪の成立にあたっては、公開買付け等事実の伝達が構成要件上不可欠とされているのに、同法には伝達行為を処罰する規定なし⇒伝達行為は不可罰と解すべき。
  判断 ●争点②について 
①事件の併合・分離は裁判所の広範な裁量に委ねられている
②被告人・弁護人は共謀を争い、Aの弁護士人は起訴事実を認めて早期の審理終結を希望

Aを被告人の地位から可及的速やかに解放することを考慮すれば、Aに対する事件を分離した原裁判所の措置に裁量権の逸脱はない。
  ●争点③について 
(次の)原判決の説示は正当。
①金商法167条1項において、公開買付者等関係者が公開買付け等に関する事実を知って自ら取引を行うことは、一般投資家に比べて著しく有利になるもので極めて不公平であり、そのよな取引を放置すると証券市場の公正性と健全性が損なわれ、ひいては証券市場に対する一般投資家の信頼が失われる⇒禁止。
②公開買付者等関係者が公開買付け等事実を第三者に伝達し、脱法的に第三者に取引を行わせることもあるし、そうでないとしても、公開買付け等事実の伝達を受ける第三者は公開買付者等関係者と何らかの特別な関係にあると考えられる⇒そのような者が取引を行った場合にも証券市場の構成が害される⇒同法は、同条3項において、第一次情報受領者による取引も禁止。

同条3項の規制は、同条1項の規制を補完し、インサイダー取引規制の趣旨を徹底することを目的としたもの。
⇒同条3項違反の罪の教唆行為は十分可罰的。 
  解説 ●構成要件上予定されている行為について処罰規定がない場合に、その行為について刑法の共犯規定を適用できるか(必要的共犯の内の対向犯の問題)?
最高裁昭和43.12.24:
弁護士法72条違反の非弁行為を依頼した者を同法違反の教唆者として処罰できるか?
「ある犯罪が成立するについて当然予想され、むしろそのために欠くことができない関与行為について、これを処罰する規定がない以上、これを、関与を受けた側の可罰的な行為の教唆もしくは幇助として処罰することは、原則として、法の意図しないところと解すべき」

最高裁昭和51.3.18:
預金等に係る不当契約の取締に係る不当契約の取締に関する法律4条、2条1項2号違反事件において、いわゆる導入預金の融資を受ける第三者の共同正犯としての責任も否定。
43年最判の弁護士法72条違反の非弁行為の依頼者は、自らが弁護士法72条に規定する行為をしても処罰されない。
51年最判の事案も同じ。
but
金商法167条3項違反で情報伝達をすると予定されている公開買付者等関係者は、自ら株券等の買付けまたは売付け等をしたときは、同条1項各号違反として処罰される。
   刑事p136
札幌地裁H28.3.3
  違法なおとり捜査によるもの⇒再審開始
  主張 新証拠によって、本件における捜査が違法なおとり捜査であることが明らかになった⇒確定判決が有罪認定に用いた各種証拠の証拠能力が否定されるべき⇒刑訴法435条6号所定の事由がある。 
  規定 刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
  判断 次のようなおとり捜査であったことを認定:
銃器対策部門の警察官Aは、日頃からCら捜査協力者に「何でもいいからけん銃を持ってこさせろ。」と指示していた。
CのいとこDは、Aの意を受け、ロシア人船員であった請求人に対し、「けん銃があれば欲しい中古車と交換してやる。」と持ち掛けた。
これに応じた請求人は、父の遺品である本件けん銃等を日本に持ち込んだ。
A及び銃器対策課は、捜査協力者からその情報を入手し、Cらを使って請求人に本件けん銃等を船外に持ち出させ、請求人が中古車と交換するつもりで本件けん銃等をCに渡そうとしたところを現行犯逮捕。 
①本件おとり捜査には、令状主義の精神を潜脱し、没却するのと同等ともいえるほど重大な違法がある⇒本件おとり捜査によって得られた証拠は、将来の違法捜査抑止の観点からも、司法の廉潔性保持の観点からも、証拠能力を認めることは相当ではない。
②少なくとも、現行犯逮捕によって得られた本件けん銃等の証拠物、それらの鑑定書及び逮捕時の状況に関する捜査報告書等は証拠排除されるべき
⇒請求人の自白を補強すべき証拠がないことになる⇒結局犯罪の証明がないことに帰する⇒刑訴法435条6号に基づいて再審開始。
  解説  ●おとり捜査の適法・違法の判断 
A機会提供型とB犯意誘発型に二分し、前者を適法、後者を違法とする傾向。
最高裁H16.7.12:
「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われるものを対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである」と判示し、前記の二分論を一定程度受容しつつ、他の要素も考慮した上で、当該おとり捜査を適法と判断。
本決定:
本件おとり捜査について、「典型的な犯意を誘発するタイプのものと位置づけられるので、その適否を慎重に見極める必要がある」とした上で、
具体的に、働き掛けの誘引力の強さ、請求人の属性(武器の密輸商でないことなど)を検討し、
続いて、具体的状況における銃器犯罪摘発の緊急性、おとり捜査の必要性などについて検討を進め、
最高裁決定が示す判断の枠組みに沿って判断。
2318   
  民事p24
東京高裁H28.7.12  
  自分の逮捕歴に係る検索結果につき、「忘れられる権利」等に基づく削除請求が否定された事例
  事案 インターネット上でYが提供する検索サービスにおいて、Xの氏名等を検索すると、検索結果としてXの逮捕歴(約5年前の児童買春行為)を含む内容のものが複数表示される⇒Xが、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分として、前記検索結果の削除(非表示)を命じる仮処分の申立て。
  Xの主張 Xは、抗告審において、被保全権利を「更生を妨げられない利益を人格権の1内容ととらえ、人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権」としたうえで、さらに、人格権の内容として、「忘れられない権利」「名誉権」及び「プライバシー権」を挙げた。
  判断 ①名誉権ないしプライバシー権に基づく表現行為(出版等)の差止請求の可否や、前科に係る事実の公表の可否及びその要件について判断したこれまでの判例を踏まえ
②現代社会におけるインターネット及びそれにおける検索サービスの社会的意義や重要性(表現の自由や知る権利の保護等)を考慮し、
一定の場合には、名誉権ないしプライバシー権に基づき、個人の情報に係る検索結果がインターネット上で容易に閲覧できないようにする措置(削除措置ないし非表示措置)をい講じるよう検索サービス提供者に対して請求できる。
その判断に当たっては、削除等を求める事項の性質(公共の利害に関わるものであるか否か等)、公表の目的及びその社会的意義、差止めを求める者の社会的地位や影響力、公表により差止請求者に生じる損害発生の明白性、インターネットの情報公表ないし伝達手段としての性格や重要性、更にはj検索サービスの重要性等も総合考慮して決するのが相当。
①Xの逮捕歴は、その犯罪の性質から公共性があり、処罰を受けてからの期間等を考慮してもそれは失われていない
②検索結果を非表示とすると、同一ウェブページ内にある、本件と関係のない種々の事実や意見の閲覧も極めて困難となり、多数の者の表現の自由及び知る権利が侵害される
③削除しないことにより、Xに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が直ちに生じるとは認められない

被保全権利及び保全の必要性の疎明がないとして、原決定を取り消し仮処分命令の申立てを却下。
①Xが主張した「忘れられる権利」については、それが法律で定められたものではなく、その要件及び効果も明確でない
②その実体は、人格権としての名誉権ないしプライバシー権に基づく侵害行為の差止請求と異ならない
⇒独立して判断する必要はない。
  解説 ●忘れられる権利について 
「忘れられる権利」は、平成26年5月13日付け欧州連合司法裁判所の先行判決により大きく注目を浴びるようになった。
~自己の所有不動産の競売に関する新聞公告が検索結果として表示されることについて、グーグル・インク等に対して、当該検索結果の削除を請求し、認容された。
平成28年4月に欧州議会本会議により可決されたEU一般データ保護規則(施行は平成30年5月)では、「忘れられる権利」が定められている。
グーグル・インクは、前記先行判決を受けて、EU域内のドメインに限って、検察結果からの削除要請を受け付けており、平成28年5月時点で削除に応じた割合は、URLの数ベースで約43パーセントと発表。
日本でも、大手プロバイダが、検索サービスにおける検索結果の削除について対応方針を検討。
どのような場合に削除が認められるかは、
①削除を求める情報の属性(公共性のある事項か、私人の住所等専ら私的な事項であるか(時の経過により公共性が失われる場合もある))
②削除を求める者の属性(公職者か、あるいは社会的地位・影響力のある者か等)
③削除を求める者が被る虞のある不利益の重大性等
も考慮。 
本件は、Xの逮捕歴に係る犯罪の性質から、削除請求が認められにくい事案の一つ。
  民事p31
東京地裁H28.3.18   
  耐震改修の必要と借地借家法28条の正当事由(肯定)
  事案 建物賃貸借契約における賃貸人Xが、賃借人Yに対し、借地借家法28条に定める正当の事由があるとして、同契約の更新を拒絶する旨の通知をし、所定の賃貸借期間の満了をもって同契約が終了したと主張して、終了による目的物請求権に基づき、建物の明渡しを求めるとともに、賃貸借期間の満了日の翌日から同建物部分の明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求めた事案。 
Xは、正当事由を補完する財産上の給付として、2160万円、又は、裁判所が相当と認める額の支払を申し出ていた。
更新拒絶の通知の内容:
Xは、東京都の「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」(平成23年4月1日施行。以下「本件条例」という。)に基づいて、緊急輸送道路沿道建築物に該当する本件建物につき耐震診断を実施した。その診断の結果、本件建物は
、現行の構造耐震指標を著しく下回る値の箇所が多く見られ、基準値を大幅に下回る建築物であると判明した。Xは、大地震の発生に備え、人命第一と考え、本件建物を解体することとし、よって、Yに対し、更新拒絶の通知をした。
  規定 借地借家法 第28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない
  争点 正当事由の判断にあたり、本件条例に基づく耐震診断の結果、耐震性に問題ありと診断された本件建物につき、診断機関から立替えを強く推奨された場合に、これらの事情をどの程度考慮すべきか。 
  判断 ①Yの営業する本件建物部分に係る店舗は、長年の営業により、地元に根付き、幅広い年齢層の顧客が来店⇒Yにおける本件建物部分を使用する必要性は高い。
②本件建物の耐震性には問題があり、かつ、補強工事によって対応することも合理性を欠き、かつ現実的でない
③本件建物部分における営業は、Yの顧客に対しても危険な面があり、Xは、本件建物につき、自らが使用する必要性はないとしても、建物の所有者及び賃貸人として、耐震性に問題のある建物をそのまま放置し、賃貸することは問題である
⇒Xにおいて、本件建物を取り壊そうとすることについては正当な理由がある。
④立退料なくして正当事由が具備されるということはできない。

裁判所の相当と認める立退料を支払わせることにより、Xの更新拒絶には、正当事由が具備される。
立退料の金額は3000万円とすることが相当。
  解説 従来の裁判例においても、除却や建替えの必要性・緊急性及び立退料の提供等を考慮しつつ、同条の枠組みに従った総合的な判断がなされている。 
  民事p40
東京地裁H28.3.23  
  詐欺商法業者に用いられた銀行口座開設の手伝いの内職について、損害賠償責任を認めた事例
  事案 原告Xは、詐欺商法を行う事業者Aが行った詐欺商法(いわゆるロト6詐欺)につき、Xが会員登録料や情報料として振り込みをした銀行口座の名義人であるY1~Y10に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。 
  争点 ①Y1らの内職における郵便物の転送や、Aへの本人確認書類の提出が、Aの詐欺商法への幇助行為にあたり、かつ過失があるか
②Y1らの幇助行為は共同不法行為を成立させるものか
③Xの振込みは、Aの不法行為に関与するものであり、不法原因給付を成立させるか
④Aの関係者の言動に基づくXの一連の振込み等が、過失相殺の対象となるか 
  判断 ●争点①について
①本件詐欺は、訴外Aらによる欺罔行為に基づいてXがY1ら口座に振り込むことにより成立であり、被告らの口座の存在は本件詐欺の成立に不可欠のもの
②Y1らの内職における郵便物の転送や本人確認書類のAへの提出や郵便物の転送等の行為について、本人確認書類等を第三者に提供することにより第三者によるY1ら名義の銀行口座開設手続を可能とさせ、送付された書類を転送することにより金融機関が第三者による口座開設を避けるため、名義人本人へキャッシュカードを郵送することを無意味なものとして、第三者がY1ら名義の口座を開設することを可能にさせる
⇒本件詐欺の幇助行為に該当する。
Yらの過失について
①Y1らは、内職として郵便物の転送を行っており、Y1及びY3は郵便物が銀行口座に関するものであることに気付いて以降、転送を中止⇒Aによる銀行口座の開設行為を幇助しているという認識はなかった。
but
②本人の押印を必要とする郵便物を転送していたことは、依頼者が自分の住所を使用できないことを意味し、転送の報酬が作業に比して相当高額
⇒Y1らは、自らの行為が何らかの違法行為に使われている可能性が高いことを容易に知り得た。
それにもかかわらず、報酬を得るために転送を続け、その結果としてY1ら名義の預金口座が開設され、それが本件詐欺の用に供された。

Y1らには過失がある。
Y6及びY7について、
本人名義の本人確認書類により銀行口座が作成され、この口座がAの詐欺商法において用いられた
⇒Aの詐欺行為を幇助したことについて過失あり。
Y9については、
Y1らの内職の応募とは異なり、ある団体の設立にあたり、Aと関係性のあるBの強い要請に基づいて、その団体のための銀行口座を作成し最終的に通帳を送付
~Y9の通帳交付は、やや軽率なものとしても、過失にはあたらない。
●争点②について
Aによる本件詐欺は、Xの各振込みについて個々に見れば、各振込み毎に完結
⇒個々の被告らの過失による幇助は、被告らの個々の口座が用いられた振込みの限度でAの行為と関連共同性を有するにとどまり、本件詐欺の全体について共同行為が成立するものと認めることはできない。
  ●争点③について 
Xの振込みの不法性は、欺罔行為を行ったAの不法性と比較して「極めて弱い」
⇒Xの振込みは不法原因給付ではない。
  ●争点③について 
XのAの関係者の言動を漫然と受けいれた振込みを続けたことに関し、Xの過失は相当に大きいと評価せざるを得ない。
Y1の過失を考慮し5割を過失相殺。
Y2、Y3及びY8とXとの関係では、Xは消費者金融からの借入れまでして振り込んでいることからその過失は大きく、それに対してY2らの過失は相対的に小さい
⇒7割を過失相殺。
Y10及びY11に関しては口座作成の関与が不明⇒過失相殺できない。
  解説 ●争点①について
本人確認書類の扱いは、振り込め詐欺等の悪質詐欺商法が問題となっている社会情勢を踏まえて慎重にならなければならず
本件のように、何らかの違法行為に用いられる危険性を認識しうる場合には、第三者に本人確認書類を提供するか否かは慎重に判断されるべき

にもかかわらず第三者の求めに応じて提出してしまった場合には、過失が認められ得る。
尚、運転免許証の写しを渡した者の責任。
  ●争点②について 
本件判断の②の判断は事態適合的。
but
①どの銀行口座にどれだけの金額が振り込まれるのかは、詐欺商法を行う者の被害者への指示という偶然に左右される
②銀行口座名義者らの行為は詐欺商法の一環として行われ、口座が複数あることで、詐欺商法がより容易になっている
③口座名義人が直接的に被害者を加害するものではない
④詐欺商法を行う者が所在不明となること
⑤詐欺商法において複数の銀行口座が利用される場合には前記の特徴や機能がある

銀行口座名義人同士の共同不法行為の成否、関連共同性の有無、連帯の範囲に関して、判断基準を明確にしていく必要。
  ●争点④について 
①Y1らは直接に加害行為を行っていない
②いずれの銀行口座に振り込まれるかは、Aに左右される
⇒Y1等の間で過失割合に差をもうけることは適切かが問題。
直接の詐欺商法を行ったのはAとしても、Y1らの行為はこの一環としてなされている
⇒被害者と銀行口座提供者の過失相殺においても、事情によっては銀行口座提供者と詐欺商法を行った者との関連性に基づいて後者の故意が考慮されるべき場合もある。
  民事p56
東京地裁H28.4.13  
  賃料債務保証会社による物件への補助錠設置及び家財撤去に対する損害賠償請求(肯定)
  事案 Xは、不法行為に基づく損害賠償を求め、慰藉料200万円と共に、財産的損害として、火災保険において家財の再取得価格とされる300万円を援用しつつ、その3分の1である100万円の賠償を求めた。 
  判断 補助錠設置行為および家財撤去行為につき、後者については窃盗罪ないし器物損壊罪の成立可能性を援用しつつ、それらが不法行為に当たる。 
財産的損害の額について、
①撤去された家財のうち比較的価格の高い電化製品はテレビやブルーレイレコーダーだけ
②いずれの物についても客観的価値に関する立証がない

その額は30万円にとどまると認めるのが相当。
精神的損害について、
①補助錠設置によりホームレス状態を強いられた
②家財撤去により多大な生活上の不便や経済的支出を強いられたことが推察される
⇒Xの精神的苦痛は重大。
他方で、
①管理会社やYへの連絡を怠った点でXの対応も著しく不誠実であった
②Xは賃貸人からの解除の上での明渡請求には直ちに応じざるを得ない立場にあった
③XはYが立て替えた滞納家賃を未だ支払っていない
⇒慰謝料の算定上重要な要素
⇒慰謝料額は20万円
  民事p59
大阪地裁H28.3.8  
  脳梗塞に罹患した患者に対する医師の検査義務違反(肯定)
  事案 脳梗塞に罹患した患者に対する医師の診断義務違反又は検査義務違反があるか否か、患者の適切な医療を受ける期待権が侵害されたか否かが問題となった事案。 
Xは、平成12年、16年の2度にわたって右脳梗塞を発症。
平成22年11月2日、路上で転倒し、Y病院に救急搬送
Y病院に入院中の11月13日午後3時20分頃、左脳梗塞を発症
同日(13日)午後6時57分、頭部CT検査を受け、事後的にみれば、同検査のCT画像には左側頭葉に脳梗塞のアーリーCTサイン(早期虚血性変化)とみられる低吸収域を呈する所見。
11月16日午前10時24分、頭部CT検査を受け、急性脳梗塞症と診断され、処方。
but
重度の失語症などの後遺症が残った。
  請求 Xは、後遺症の原因は、Y病院の主治医であるA医師が、XのCT検査画像等から脳梗塞を診断し又はそのための検査を行うべき義務に違反したと主張し、Y病院に対し、
主位的に診療契約の債務不履行に基づき、
予備的に適切な診療行為を受ける期待権を侵害されたとして不法行為(医療法68条前段、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条)に基づき
各500万円の損害賠償請求訴訟。 
  規定 医療法 第68条〔一般社団法人及び一般財団法人に関する法律等の準用〕
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成十八年法律第四十八号)第四条、第七十八条、第百五十八条及び第百六十四条並びに会社法第六百六十二条、第六百六十四条、第八百六十八条第一項、第八百七十一条、第八百七十四条(第一号に係る部分に限る。)、第八百七十五条及び第八百七十六条の規定は、医療法人について準用する。この場合において、同法第六百六十四条中「社員に分配する」とあるのは、「残余財産の帰属すべき者又は国庫に帰属させる」と読み替えるものとする。
一般社団法人法 第78条(代表者の行為についての損害賠償責任)
一般社団法人は、代表理事その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
  争点 ①頭部CT撮影後、読影に約1時間を要したとして13日午後8時頃にはXは脳梗塞に罹患していると読影できたのに、これを誤り脳梗塞と診断しなかったか否か
②検査義務違反の有無
③検査をしていれば、Xの本件後遺症を回避又は軽減できた相当程度の可能性があるのか否か
④期待権の侵害 
  判断 ●争点①について 
11月13日午後8時の時点で、Xの症状及びCT画像から、Xに新たな脳梗塞が発症したと診断するのは困難であった⇒診療義務違反を否定。
  ●争点②について 
①11月13日午後8時時点でのXの症状は新たな脳梗塞を発症したものとみても矛盾しないものであり、本件CT画像も、読影時点を基準にしてもアーリーCTサインと疑う余地のあるものであった
②一般に脳梗塞には、早期に脳梗塞か否かを鑑別するための対応が必要
③脳梗塞の発症を鑑別するための更なる検査としては、MRI検査の拡散強調画像(DWI)撮影又は造影CT検査を行うことが有効とされ、Y病院でこれらの検査を行うことは可能であったと認められ、それらの検査をすればXが脳梗塞を発症していたと診断することができた。

A医師には検査をしなかった義務違反がある。
  ●争点③について 
鑑定を引用しつつ、適切な薬を使用すれば、Xの神経症状が改善した可能性が高かった。⇒検査義務違反と後遺症との相当因果関係を肯定。
  争点④について
①期待権侵害(=患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする不法行為)が認められるためには、当該医療行為が著しく不適切なものであることが必要
②本件医療行為は著しく不適切と評価できない。
  ⇒Xの請求を150万円の限度で認容。
  民事p69
大阪地裁H28.5.27  
  暴力団組長の不法行為責任のほか上位組織の長の使用者責任が肯定された事例
  事案 指定暴力団A組の二次組織であるB組の長であったY1が、訴外Cに対して出資法の上限金利を超える利息の約定を伴う金銭の各貸付けを行うに当たり、その各債務についてXに連帯保証させた上、Xに対しても出資法の上限金利を超える利息の約定を伴う貸付けを行い、その後、指定暴力団の威力を示して前記各契約に基づきXから利息を受領し、又はその支払を要求
⇒Xに対する不法行為に当たるとし、
Y1に対しては民法709条に基づき、
A組の組長であるY2に対しては暴対法31条の2又は民法715条1項に基づき、
XがY1に対して返済した金員相当額の損害賠償を請求。
  規定 民法 第715条(使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
 (威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
暴対法 第三十一条の二  指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一  当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二  当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。
民法 第708条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
  判断 CとY1との各消費貸借契約、XとY1との各連帯保証契約及びXとY1との消費貸借契約の各締結の事実と、XがY1に対して支払った利息の合計額を認定。 
出資法が、同法の上限を超える利息の契約をしたり、同法が定める割合を超える受領したり、その支払を要求した者に対し、刑事罰をもって臨んでいる趣旨

①同法の上限を超える利息の契約自体が公序良俗に反するものとして無効であるとの評価を受けるべきであるのみならず、
②同契約に基づいて利息を受領したり、支払を要求するといった行為は、その行為の悪性が著しいということができ、これによって第三者に損害を与えた場合には、当該行為自体が違法なものとなる。
本件において、
CとY1との各消費貸借契約及びXとY1との消費貸借の利息の約定は月1割(1日当たり約0.35%)とう出資法の上限を超えるもの

①前記利息の約定は公序良俗に反して無効であり、
②Y1がXから受領した利息の額は借入れ元本を大幅に上回るもので、Y1が利息を受領することによってXに損害を与えたことは明らか

Y1がXから出資法の上限を超える利息を受領した行為は、Xに対する違法な行為として不法行為を構成。
  ●Y2の使用者責任について
  ①暴力団の共通した性格が、その団体の威力を利用して暴力団員に資金獲得行為を行わせて利益獲得を追及することにある
②暴力団の組員は擬制的血縁関係に基づく全人格的包括的な服従統制下に置かれている
③A組はY2を頂点とするピラミッド型の階層的組織を形成しており、Y1が組長を務めるB組はA組の二次組織(直系団体)であった
④A組は下部組織に対して威力を利用して資金獲得活動をすることを容認する一方、その末端組織の構成員に至るまで、A組の総本部の指揮命令に従うものとされている
⑤ Y1は組員から毎月上納金を受け取っており、B組も毎月上納金を納めていた

A組はB組を服従統制下に置き、B組に対し、威力を利用して資金獲得活動を行って利益を追求することを容認して、そこから生じる収益を上納金という形でA組に取り込むという体制を構築。

Y2はA1にその直接間接の指揮監督の下に置き、A組の威力を利用して資金獲得活動に係る業務に従事させていたとして、Y2とY1は使用者と被用者の関係にあった。
貸金業法に違反して無登録で貸金業を営んだり、出資法に違反する高金利の貸付を行ったりすることは、暴力団の資金獲得行為、いわゆるシノギ行為の代表的な例⇒出資法に違反する高金利の貸付けや、その利息の受領やその支払の要求はB組の資金獲得行為の一環。

前記利息を受領した行為は、A組の威力を利用して行う資金獲得活動に係る事業の執行について行われたものといえる。 
⇒Y2は、Y1の前記行為について、使用者責任を負う。
  ●Xに生じた損害およびその額 
Y1からXに対して貸付けとして金員が交付されることによってXが得た利益は不法原因給付によって生じたもの

同利益を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象としてXの損害額から控除することは民法708条の趣旨に反するものとして許されない。

XがY1に対し弁済した全額が原告に生じた損害。
  解説 暴力団の組長の使用者責任については、最高裁H16.11.12がこれを肯定。 
  知財p81
知財高裁H28.6.22  
  フランス民法上の急速審理命令により不分割共同財産の管理人として指名されたピカソの相続人1人による著作権侵害の主張(肯定)
  事案 フランス共和国法人の著作権管理団体である原告協会、及び、亡パブロ・ピカソの子どもの1人である原告X1が、主催するオークション用に、原告協会の会員の作品やピカソ作品の写真を掲載したカタログを作成した被告に対し、著作権(複製権)侵害を理由に、不法行為に基づく損害賠償請求ないし悪意の場合の不当利得返還請求として、
①原告協会につき一部請求として8650万円及びこれに対する遅延損害金の支払を
②原告X1につき一部請求として850万円及びこれに対する遅延損害金の支払を、
それぞれ求めた事案。 
  原審 原告らの請求につき、
原告協会について、4094万4350円の支払請求及びこれに対する附帯請求を
原告X1については、441万7000円の支払請求及びこれに対する附帯請求を認容
  争点 ①原告X1の原告適格の有無(フランス民法上認められている不分割共同財産制度の管理者として、パリ大審裁判所の急速審理命令によって、ピカソの著作権の管理者に指名された原告X1が、我が国において自己の名義で訴訟提起することの可否)
②フランスにおける著作権管理団体である原告協会に対する各会員の権利移転の有無(適用される準拠法のほか、入会時の一般規約において使用されている「apport」という用語の意義)
③ 被告の複製権侵害の態様と原告らの損害額(本件カタログ上、白黒以外の単色で印刷されている作品についての「モノクロ」該当性、証拠として提出されていないカタログへの掲載の認定の可否、事後的に作成された著作権管理料での損害額の認定の可否)
④利用許諾の有無(会員番号四の作品につき、被告への管理委託の有無)
⑤本件カタログへの写真掲載についての著作権法47条の「小冊子」該当性(観賞用の展示以外の目的での複製についての該当性)
⑥本件カタログへの写真掲載についての著作権法32条該当性(写真の掲載について、目的、方法等の点での公正な慣行への合致の有無、引用の目的の正当性)
⑦本件訴訟が権利濫用に該当するか(平成22年1月施行の著作権法改正により47条の2が新設された趣旨、譲渡の申出の際の複製が従前から適法であったことを確認されたものか)
  判断  ●争点①
当事者適格の準拠法:
①手続法上の問題⇒法廷地である我が国の民訴法を準拠法をすべきであることを前提
②我が国の民訴法が、他人の権利や法律関係を訴訟で主張することを無制限に認めているわけではない
⇒訴訟担当の中でも、訴訟法自体が担当者の定めを規定している場合ではなく、担当者が実体法上の法律関係に基づいて、訴訟物の管理処分権等が認められる場合においては、法廷地法の視点から、当該者に管理処分権及び訴訟追行権限を認めてよいか否かという点を検討する上で、訴訟担当者と非担当者との関係を規律する当該実体法の内容を考慮すべき。
③本件は、訴訟担当者の訴訟追行権限が一定の実体法上の法律関係の存在を前提⇒当該法律関係の準拠実体法を参照することが求められる。
原告X1の訴訟追行権限は、フランス民法1873条の1に基づく権利不分割の合意を前提にした上で、管理者の選任について、フランス民法1873条の5第1項に規定する共同不分割権利者の合意が成立しなかったため、パリ大審裁判所の急速審理命令により、原告X1がピカソの相続人中の管理者として選任されたことに基づくもの。
①民訴法30条の選定当事者制度
②共有者の権利の内容(民法252条、249条)
③各共有者による共有物不分割の合意(民法256条1項ただし書)
④債権の合意による不可分(民法428条)
⑤相続財産の共有(民法898条)
⑥相続財産の保存に必要な処分についての相続財産管理人の選任(民法918条)などの条文等は、フランス民法に基づく権利不分割合意とその不分割財産の管理者に関する規定と同様の趣旨と解される

相続人間で不分割とすることを合意した財産のうち、準物権的な知的財産権について、裁判所により管理者に選任された相続人が、単独で訴訟を提起することは、我が国の法規とも合致
⇒原告X1の訴訟追行権限を許容すべき合理的な必要性は、我が国の訴訟法の観点からも是認できる。
外国裁判所の確定判決に関する効力(民訴法118条)という観点からも、
本件急速審理命令は、争訟性のある事件に関する判決には該当しない
⇒被告に対する送達(2号)及び相互保証(4号)の要件の具備は要しない。
  ●争点②
原告協会への入会に関して、著作権移転の原因となる債権行為については法の適用に関する通則法(「通則法」)7条により準拠法はフランス法
著作権の物権類似の支配関係の変動については、通則法13条により、準拠法は日本法。
通則法 第7条(当事者による準拠法の選択) 
法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。
通則法 第13条(物権及びその他の登記をすべき権利) 
動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による。
原告協会への入会に関する一般規約の「apport」の意義について、団体への出資という形態をとっており、対外的には団体へ財産が移転するが、団体の加入者の間では内部的に条件や留保が付されている前提の文言として使用されていると解するのが相当。
⇒会員から原告協会への著作権移転を認めた。
  ●争点⑤
著作権法 第47条(美術の著作物等の展示に伴う複製)
美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。
本件カタログが
①本件オークションや下見会への参加の有無にかかわらず、被告の会員に配布するもの
②その主たる目的は、本件オークションにおける売買の対象作品を特定するとともに、作家名やロット番号以外からは直ちに認識できない作品の真贋、内容を通知し、配布を受けた者の入札への参加意思や入札額の決定に役立つようにする点にあり、観覧者のための著作物の解説又は紹介にない

著作権法47条にいう「小冊子」とは認められない。
  ●争点⑥ 
著作権法 第32条(引用)
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
①本件のカタログへの複製目的
②実際の本件カタログをみる限り、各頁に記載された写真の大きさが、ロット番号、作家名、作品名、予想落札価格、作品の情報等の記載の大きさを上回るものが多く、掲載された写真は、独立して鑑賞の対象となり得る程度の大きさといえ、前記の情報等の掲載に主眼が置かれているとは解し難い
③本件オークションでは、本件カタログの配布とは別に、出品された美術作品を確認できる下見会が行われており、前記の情報などと合わせて、美術作品の写真を本件カタログに記載された程度の大きさで掲載する合理的な必然性は見いだせない

社会通念上合理的な引用とは認められない。
  解説 争点②に関する判断中に、フランス知的財産法によれば法定証明力が認められるものの、日本の民訴法上は、書証の一つとしてしか位置づけられない原告協会の代表者の宣誓供述書の信用性について判断。

権利移転の関係で直接証拠であるが、公証人による供述録取書にすぎず、陳述書と同等に位置づけられるもの⇒その信用性について十分吟味する必要。 

本判決では、権利移転について争いがある会員について、入会手続で提出された各資料と争点部分の原告の主張内容が整合的であるかを検討し、整合性が肯定される会員が多数いた⇒全体としての信用性を肯定。

直接証拠の信用性を他の間接事実や補助事実から肯定。
ex.戸籍制度がない外国人の相続等の証明について一般的に参考になる。
カタログにおける複製物の掲載という認定について、
原告が立証責任を負うことを前提に、
①証拠上確認できる他の大半のカタログで掲載が認められる
②本来の発行者である被告から証拠が提出されなかった

証拠として提出されていないカタログへの掲載についても事実上の推定を及ぼし、掲載の事実を認定。

権利侵害・損害の事実を間接事実から推認した事例。
  ●争点① 
X1がX1~X5全員の共有持分権についての権利侵害を主張して訴訟追行
~自己の名義で他人の権利行使をしていることとなり、第三者による訴訟担当に該当。
被告は、著作権法117条2項が他の共有著作権者による他の共有著作権の持分に関する部分の訴訟を禁止していると解釈して、原告X1の原告適格を争った。
渉外事件の当事者適格:
A:当事者適格の問題は実体問題⇒準拠実体法による(準拠実体法説)
B:当事者適格の問題は手続問題として法廷地法によるが、その判断に必要な限度において準拠実体法を参照すべき(法廷地法)
C:個別類型化説
D:準拠実体法所属国訴訟法適用容認説
本判決は、Bの法廷地法説に比較的親和的な判示。
     ・・・・・
     
  商事p130
大阪地裁H28.2.19  
  新設分割会社の株主の不法行為責任と取締役としての任務懈怠責任が否定された事例
  事案 A社は、複合材料を用いた建築材料、工業材料の研究開発及び製造販売等を目的とする株式会社。
X1~X4(「Xら」)は、A社の株主で、X1、X2、X4はA社の取締役。
Y1社は、複合材料等の素材、その加工や表面処理装置及びその部品の製作、売買等を目的とする株式会社であり、A社の発行済株式総数の過半数を有していた。
Y2は、Y1社の常務執行役員であった者であり、X1、X2及びX4のA社の取締役解任後にA社の代表取締役に就任し、A社の業務全般を掌理していた者。
X1、X2及びX4は、平成22年5月のA社の定時株主総会において、Y1社による取締役解任議案の提出、賛成を受けてA社の取締役を解任され、代わってY2外1名がA社の取締役に就任。

Y1社が、A社から新株予約権の無償割当てを受けるなどしてA社の発行済株式総数の3分の2を超える株式を取得。
A社の取締役会及び臨時株主総会において、A社が当時行っていた、複合材料を用いた工業用資材の研究開発及び製造販売等に関する事業(「本件事業」)に関する権利義務を、新たに設立するB社に承継させる旨の新設分割計画が承認され、新設分割設立会社であるB社につき設立の登記が経由。
A社の取締役会において、新設分割によりA社に割当てられたB社の普通株式の全部(「本件株式」)をY1社に譲渡する旨の決議。
A社は、Y1に対し、6000万円で本件株式を売却。
A社は、破産手続開始の申立てを行い、破産手続開始決定がなされた。
  主張 Xらが
①Y1社に対し、Y1社が、A社の定時株主総会において、その当時取締役であったX1、X2及びX4外1名を解任する旨の議案を提案し、これに賛成した上、自己の意を受けてA社の代表取締役に就任したY2外1名に指示して、Y1社に対する新株予約権の無償割当てを実施させ、新設分割により本件事業をB社に承継させるとともに、A社から本件株式を著しい廉価でY1社に譲渡させ、A社を破産手続開始の申立てに至らしめたという一連の行為が、Y1社とA社及びXらを含むA社の株主との間で交わされた株主間協定に違反し信義誠実の原則に著しく反するものであるとして不法行為責任を主張
②Y2に対し、Y1社の意を受け、A社を破産させることを企てた上、新設分割を通じて、A社の唯一の事業であった本件事業をB社に承継させるとともに、A社に割り当てられた本件株式を著しい廉価でY1社に譲渡したとして、会社法429条1項に基づく役員の第三者に対する責任を主張
③Y1社及びY2に対し、前記各責任に基づき、Xらの有していたA社の株式が無価値になったことによる損害及びXらのA社に対する債権が一部回収不能になったことによる損害の賠償
を求める。
  判断 ●主張①について
A社の有していたFRP製高圧油井管の遠心成形技術(「本件技術」)に対する評価及び本件株式の譲渡価格を決定する際に作成された調査報告書の正当性を判断したうえで、
①株主間協定は、基本条項に照らしても、直ちに、Y1社に対し、XらとY1社との協力関係に関し、具体的な法的義務を負わせたものと解することはできない
②Y1社が新株予約権を行使してA社の発行済株式総数の過半数の株式を取得し、X1、X2及びX4をA社の取締役から解任したことをもって、株主間協定に違反するということはできない
③新設分割からA社の破産申立てに至る一連の経緯については、本件事業の継続を図り、これにより債務超過と事業停止に至ったA社の法的整理と行ったというもので、Y1社に対する本件株式の譲渡価格が不相当に廉価であったとも認められない
④前記一連の行為が会社法上適正な手続に則って行われた

Xらの主張する前記一連の行為は、Y1社により、本件技術を不当な対価で奪い取るという違法・不当な意図の下で、法制度を潜脱して行われた不法行為とはいえない。
  ●主張②について 
Y2の善管注意義務違反又は忠実義務違反の有無について:
①本件技術に関する事業の継続のための新設分割を実行したY2の判断は、当時のA社の経営状態にかんがみれば、A社の取締役として合理性を欠く不当なものであったということはできない
②本件株式を譲渡し、対価を債権者に対する弁済に充て、そのたんめに破産手続を利用することが合理性を欠く不当な判断ということもできない
③Y1社に対する本件株式の譲渡価格が不相当に廉価であったともいえない

株式譲渡からA社の破産申立てまでの一連の経緯について、Y2にA社の取締役として善管注意義務違反又は忠実義務違反があったということはできない。
    ⇒Xらの請求をいずれも棄却。 
  商事p142
神戸地裁姫路支部H28.2.10 
  温泉付きホテル内に出店しているマッサージ店と利用客との取引と会社法9条の類推によるホテルの経営会社の責任(肯定)
  事案 X1はY2の経営する温泉付きホテル内にY1が出店しているマッサージ店において、Y1からマッサージの施術(「本件施術」)を受けた⇒頸椎症性脊髄症となり、手術を受けたが、四肢不全麻痺の後遺障害
  請求  X1⇒Y1:
本件施術におけるY1の注意義務違反ないし過失により頸椎症性脊髄症を発症し、四肢不全麻痺の後遺障害を負ったとして、債務不履行又は不法行為に基づき、
X1⇒Y2:
Y2が本件マッサージ店の営業主体であると誤認させる外観を作出し、X1がこれを信じて本件施術を受けたために前記後遺障害を負うに至ったなどとし、
①主位的に、会社法9条の類推適用に基づき、
②予備的に、使用者責任に基づき
損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払を求める
X1の妻であるX2並びに子であるX3及びX4
⇒Y1:不法行為
⇒Y2:会社法9条の類推適用
に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
  判断 X1の請求:
Y1の債務不履行責任及び不法行為責任を肯定。
Y2は、X1に対し、会社法9条の類推的により名板貸任と同様の責任を負う。 
会社法9条の類推:
最高裁H7.11.30を引用し、本件において、会社法9条が類推適用される要件として、
①本件マッサージ店の営業主体がY1であると誤認混同させる外観の存在
②外観作出へのY2の関与
③X1の信頼
①ホテルAのある半島には同ホテル以外の独立した商業施設がなく、ホテルAの建物外部に本件マッサージ店の屋号は表示されていない
②ホテル内部においても、顧客案内用の掲示には「マッサージコーナー」とのみ表示され、本件マッサージ店の入口の看板にも屋号の表示なし
③本件マッサージ店は、ホテルAの他の施設に混在して存在し、ホテルの混浴施設の利用客に渡すためにホテルAのロゴが記載されたタオルが常備され、マッサージの代金をホテルの宿泊料金と一括清算できるようにするなどしていた

一般のホテル利用客に対し、本件マッサージ店の営業主体がY2であると誤認混同させる外観が存在。
Y2がその概観の作出に関与していたといわざるを得ず
X1はその外観を信頼して本件施術を受けたといえる

Y2は、会社法9条の類推適用により、X1とY1の取引に関して名板貸人と同様の責任を負う。
X2ないしX4の請求:
Y1に対する民法709条、710条に基づく損害金等(慰藉料等)の請求を一部認容。
Y2に対する会社法9条の類推適用は否定。
  解説 会社法 第9条(自己の商号の使用を他人に許諾した会社の責任)
自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。
  会社法9条は、平成17年改正前商法23条を承継した規定。
権利外観法理ないし禁反言法理を基礎として、営業主体を名板貸人であると誤認する取引相手方の信頼を保護する規定。
最高裁H7.11.30:
スーパーマーケットの屋上でペットショップを営んでいたテナントからインコを購入した客の家族がオウム病等にかかり死亡した事案について、商法23条の類推適用により、スーパーマーケットの経営会社がテナントと客との取引に関して名板貸人と同様の責任を負うと判示。
  名板貸責任における被許諾者が行う営業については、特段の事情のない限り、許諾者の営業と同種の営業であることを要すると解されている。(最高裁昭和43.6.13)
but
商法23条の類推適用を肯定した最高裁H7.11.30の最判解説においいては、営業の同種性については、外観の存否を判断する一要素として考慮すれば足りるであろうと指摘。
本判決は、同種の営業でないことを前提としても、ホテル業とマッサージ業の関連性などからすれば、営業主体を誤認混同させる外観の存在を肯定できると判断。
  X2ないしX4のY2に対する会社法9条の類推適用の可否について、
X2ないしX4との間に取引関係がなく、X2ないしX4が外観を信頼したということはできない
⇒会社法9条を類推適用する前提を欠く。
  刑事p154
東京高裁H27.7.7  
  公務執行妨害罪で保護される適正な職務
  規定 刑法 第95条(公務執行妨害及び職務強要) 
公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
  判断 公務執行妨害罪によって保護される適正な職務には、分掌事務に直接該当するものに限られず、当該事務を円滑に遂行するため、これを阻害する要因を排除ないし是正することも、相当な範囲にとどまる限り、本来の職務に付随するものも含まれる。 
本件当日の被告人の振る舞いは、保護課職員を萎縮させて保護の適正な執行を阻害するおそれがあるものであった⇒これを是正するため被告人に対し謝罪を求めた行動は、被害者の本来的な職務に付随するものとして、法令上の根拠を有する。
被告人がそれまで職員に対し恫喝的な態度をとってきており、これに対し注意、説得する必要があった⇒被告人に謝罪を求める行為が必要性、相当性を欠くものとまでは認められない。
  解説 刑法95条1項にいう職務は、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれる。(最高裁昭和53.6.29) 
公務執行妨害罪によって保護されるべき職務に当たるかどうかが問題となるのは、当該公務員が、本来的に担当する事務ではなく、これに付随する事務を行っていた際に暴行脅迫を受けたケース。
路上で、被告人の吐いた唾が交通整理等をしていた警察官にかかったことから、その警察官が職務質問をするため、胸元をつかみ歩道上に押し上げた行為は、職務質問に付随する有形力の行使として当然許されるとしたもの(最高裁H1.9.26)。
公務執行妨害罪によって保護の対象となる職務の執行は、抽象的・包括的に捉えられるべきものではなく、具体的・個別的に特定されていることを要する(最高裁昭和45.12.22)が、一般的職務権限内の行為であれば、内部的な事務分担については問わないというのが大勢。
港湾建設局事務所の事務室で、工務課調査係長が上司の命により専門官の職務に相当する事務に属する研究のため参考文献を読んでいたところ、暴行を加えられた事案で、
公務員の職務の執行と認められるためには、法令上当該公務員にその行為をする一般的職務権限があることを必要とするが、その職務内容は必ずしも法令で具体的に規定されたものであることを必要としない。
一般的権限を有する以上、単に職務執行上の便宜に基づいて定められた内部的事務分担のいかんは、職務権限の有無に影響を及ぼさず、
更に、一般的職務権限は当該公務員の独立の権限たることを要せず、上司の指揮・命令によって事務を執り行う場合であっても差し支えない。
(神戸地裁昭和37.3.19)
郵政事業職員の職務分類上の内務職員とされる集配課主事が、外無職の職務である郵便物の大区分作業をしていたところ、暴行を加えられた事案につき、被害者の職務執行は適法性を欠くとの主張に対し、被害者が必要に応じて本来の所掌事務ではない郵便物区分作業を行うことは組織規定上も違法とはいえないのみならず、上司の職務命令によって事務応援として前記作業を行うことができることも当然であって、本件においては、上司の職務命令によって郵便局の大区分作業を担当するに至ったものであるから、その職務執行は適法。(東京高裁)
内部的な事務分担自体が適法なものでなければならないのは当然。 
税関職員が繋留中の外国船内において所持品検査をしたところ、反則違反の現行犯と認め、連行していく際に暴行を加えられた事案につき、
税関職員は職務上犯則事件の現行犯人を逮捕する権限を認められた規定はなく、税関監視部長の命により内部的に実施されている職務分掌規程中反則違反の現行犯に対し同行を求め得ることを定めたことは何ら法令上の根拠に基づくものではない。
税関職員い同行を求める法令上の職務権限があるとは認められないのみならず、任意の同行を逸脱し、半ば強制的に連行した場合に当たる
⇒公務員の職務の執行に当たらない(大阪高裁昭和34.5.4)
2317   
  行政p39
最高裁H28.6.28  
  政務調査費の制度が設けられた後に、普通地方公共団体が地方議会の会派に補助金を交付することの可否
  事案 平成14年から同18年までの間に、京都府が府議会の4つの会派に対し、会派運営費として補助金を交付

府内に主たる事務所を有する特定非営利活動法人であるXが、前記補助金の交付は違法であるから、四会派は府に対して補助金に相当する金員を不当利得として返還すべきであるのに、Y(京都府知事)がその返還請求を違法に怠っているなどとして、地自法242条の2第1項4号に基づき、四会派に対して不当利得の返還請求をするよう求める住民訴訟の事案。
  規定 地方自治法 第242条の2(住民訴訟)
普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第四項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第四項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる
一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求
地方自治法 第232条の2(寄附又は補助)
普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。
  判断 普通地方公共団体は、平成12年改正により政務調査費の制度が設けられた後においても、地方議会の会派に対し、政務調査費の対象経費とされた「調査研究に資するため必要な経費」以外の経費を対象として、地方自治法232条の2に基づき、補助金を交付することができる。

原判決のうち上告人敗訴部分を破棄し、その余の点について審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻した。 
  解説 地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律の施行により、地方公共団体の自己決定権や自己責任が拡大し、その議会の担う役割がますます重要なものとなってきている
⇒平成12年改正により設けられた政務調査費の制度は、議会の審議能力を強化し、議員の調査研究活動の基礎の充実を図るため、議会における会派又は議員に対する調査研究の費用等の助成を制度化し、併せてその使途の透明性を確保しようとしたもの。 

①従前、会派に交付されていた補助金のうち、「調査研究に資するため必要な経費」について、以後はこれを政務調査費という新たな法制度に基づいて交付することができるものとし、②その交付の対象、額等については条例で定めなければならないとするとともに、③その使途の透明性の確保のための定めを置いたところに意義がある。
平成12年改正の際、その余の経費に対する補助の可否については、これを禁止する旨の規定が設けられることはなく、立法過程においてそのようんな補助を禁止すべきものとする旨の特段の検討がされた形跡もうかがわれない。

平成12年改正後において、普通地方公共団体が、会派に対し、政務調査費の対象とされた「調査研究に資するため必要な経費」を交付するためには、政務調査費の交付の対象、額等について定めた条例に基づいて行う必要が生じ、従前のようにこれを地自法232条の2に基づく補助金として交付することは許容されなくなった。
but
その余の経費については、これを対象とする補助金の交付が一律に禁止されたものとは解されないのであり、そのよな補助金交付の可否については、従前と同様に、当該補助金の交付が同法232条の2の要件を充たすか否かにより決せられるべき。
  行政p42
福岡高裁那覇支部H28.9.16  
  授益的行政処分に対する職権取消権の発生要件等
  事案 平成24年の地方自治法の改正により設けられた是正の要求(同法245条の5)又は指示(同法245条の7)についてのいわゆる不作為に関する国の訴えの初めての事例。
国土交通大臣であるXが、沖縄県知事であるYが沖縄防衛局が前沖縄県知事から普天間飛行場代替施設の建設のために受けた名護市辺野古沿岸域の埋立承認処分を取り消したことは公有水面埋立法42条1項及び3項並びに同法4条1項に反しているとして、Yに対し、地方自治法245条の7第1項に基づいて、前記取消処分の取消しを求めた(是正の指示)。
⇒Yが、同取消しをしない上、法定の期間内に前記是正の指示の取消訴訟をも提起しない(同法251条の5)
⇒同法251条の7に基づき、Yが前記是正の指示に従って前記取消処分を取り消さないという不作為の違法の確認を求めた訴訟。
(本件訴訟は、XのYに対する同法245条の8に基づく前記取消処分の取消しを命ずる訴訟とYのXに対する同法251条の5に基づく前記取消処分の執行停止処分(平成26年法律第68号による改正前の行政不服審査法34条)の取消訴訟の和解に基づいて、Xが前記是正の指示を行い、Yがそれに対して同法250条の13に基づき国地方係争処理委員会へ審査の申出を行ったあと、Yが前記是正の指示の取消訴訟(同法251条5)を提起しないために提起されたもの。)
  争点 ①前記承認処分のような授益的行政処分の職権取消権が発生する場合は原処分が違法である場合に限定されるのか、原処分に不当又は公的目的違反がある場合も含まれるのか、その発生要件の判断について裁量が認められるのか(=職権取消しの適法性の判断において、原処分の違法性を判断すべきか、あるいは、職権取消しにおける裁量権の逸脱・濫用の有無を判断すべきかに関わる争点)。
②公有水面埋立法4条1項1号の要件審査は外交・防衛に関する事項に及ぶのか、また、同審査はいかなる場合に違法とされるのか。
③ 同項2号の要件審査はいかなる場合に違法とされるのか。
④仮に前記承認処分についての職権取消権が発生した場合に、その取消権の行使は制限されるか。
  判断・解説 ●争点①について
授益的行政処分の職権取消権の発生要件について、自作農創設特別措置法の買収計画及び売渡計画に関して違法または不当を職権取消権の発生要件としていると思われる最高裁昭和43.11.7.
学説は、取消制限の問題と異なり、授益的行政処分と侵害的行政処分が区別されておらず、多数説は原処分の違法及び不当又は公益目的違反としており、原処分の違法に限定する見解は少数。
判断:
法律による行政の原理ないし法治主義⇒授益的行政処分の職権取消権は、侵害的行政処分と異なり、原処分が違法である場合に限り発生する。

①原処分がした要件充足の判断がそもそも裁量の範囲内にある上に直接その判断の当否を法的・客観的に審査しても要件を充足している場合に取消しが可能というのは不条理。
②司法審査を通じて行政の恣意的権力行使を否定するという法の支配の観点。

仮に、不当又は公益違反の瑕疵の場合も含められると解されるとしても、公有水面埋立法の解釈として、同法の承認処分の取消権は同法が違法である場合に限られると判断。 
●争点②について 
公有水面埋立法4条1項1号の要件審査は外交・防衛とうい国家の安全保障上の問題が含まれるかについて、
本判決:
①同審査は、国土利用上の観点から埋立ての必要性及び公共性の高さと埋立て自体及び埋立て後の土地利用による自然環境ないし生活環境に及ぼす影響等と比較衡量した上で、地域の実情を踏まえ総合的に判断するところ、
②同審査に当たっては埋立てに係る事業の性質や内容は不可欠
③同法の承認(同法42条1項)は法定受託事務(同法51条1号、地方自治法2条9項)であるが「地域における事務」ともいえる
⇒肯定。
公有水面埋立法4条1項1号の要件審査の違法性について、
前記のような同審査の判断は、高度の政策的判断に属するとともに、専門技術的な判断も含まれる⇒知事に広範な裁量があるとして、いわゆる小田急平成18年最高裁判決と同様の基準を採用。
●争点③について 
公有水面埋立法4条1項2号の要件審査の違法性について、
同号の「環境保全」について「十分配慮された」とは、環境保全について十分と言える程度に問題の現況及び影響を的確に把握した上で、これに対する措置が適正に講じられたことを言う。
①その措置が講じられない場合には私人の個別的利益を具体的に侵害するおそれがあり
②他方で、同号の文言から一定の裁量的判断を許容するもの

多方面にわたる専門的技術的知見を踏まえた総合的判断が必要とされるとして、知事に裁量を認め、いわゆる伊方最高裁判決(最高裁H4.10.25)と同様の基準を採用。
●争点④について 
争点①について授益的行政処分の職権取消しは原処分が違法である場合に限定
争点②及び③において、前記承認処分が公有水面埋立法4条1項1号及び2号の要件審査において違法であると認められない
⇒前記取消処分は違法。
but
念のため争点④について判断。
前記承認処分についての職権取消権が発生した場合について、その取消権の行使は制限されるか?
判例:行政処分の取消しを必要とする公益上の理由が同取消しによってもたらせる既存の法律秩序の破壊による不利益を上回らなければならないという利益衡量的判断。
本判決:
同様に利益衡量により前者が後者を明らかに優越していることが必要。
その考慮要素としては、
①前記取り消すべき公益上の必要及び②取り消すことによる不利益に加え、
③処分の性質及び瑕疵の性質・程度、③瑕疵が生じた原因も含め、処分の根拠法令等に即して判断されるべき。
前記承認処分については、
①性質上法的安定性の確保の要請があり、
②その瑕疵については、Yが主張していると解される本件承認処分の法令要件違反における裁量範囲を逸脱する違法と連続する関係における裁量範囲内の違法でない要件違反がある場合であり、その程度は軽度であり、その瑕疵が生じた原因は承認申請者にない

取り消すべき公益上の必要が取り消すことによる不利益に比べて明らかに優越しているとまでは認められない。
⇒前記取消処分は許されない。
 
  民事p103
東京地裁H27.10.29  
  弁護士報酬の算定事例
  事案 弁護士が依頼者に対して着手金、報酬を請求し、委任の範囲、報酬額等が問題になった事件。 
BがY、Cを相手に、遺産分割の調停を申し立てた。
Yは、X、Dに代理人となることを委任し、YとXは、委任に係る報酬について、
経済的利益の額を1500万円、着手金は1年あたり52万5000円(始期平成23年12月)、報酬は上限を150万円として事件終結後成果等を勘案し、協議して決める旨の合意。
Aは、遺言を作成していたことから、本件調停事件で遺産分割の対象となったのは基本的には複数の不動産。
本件調停事件は、平成24年、審判手続に移行する等したが、Aの遺産のほか、B、C、Yの間で共有関係にあった多数の物件(権利関係に争いはなく、誰がどの物件を取得するかで意見の対立)の共有状態の解消も問題となった。
Yの代理人であるXらと、B、Cとの間で、平成26年1月、Aの前記遺産、共有状態にあった前記物件につき遺産分割、共有状態の解消による分割を内容とする調停が成立。
Yは、同年3月、Yに報酬250万円の支払を求める旨を通知し、Yは、同年4月、報酬として100万を支払った。
Xは、主位的に、委任契約に基づき着手金残金52万5000円、報酬金162万5000円があると主張し、
予備的に、不当利得を主張し、同額の支払を請求。
  争点 ①当初委任契約以後の共有物件の共有関係の解消に係る拡大委任契約の成否
②着手金の額
③報酬の額 
  判断 当初委任契約の委任条項が本件調停事件に関して包括的な定めであり、調停事項の対象が拡大された場合、拡大された対象に関する処分行為も当然に代理権を付与する旨の合意が含まれていた。
⇒遺産以外のYらの共有物件にも代理権が付与された。
当初の本件報酬合意には拡大された事項に関する報酬合意まで当然に含まれているとはいえない。
①調停の成立を踏まえて本件調停事件の弁護士報酬の額を検討し、法律相談あっせんセンターあっせん弁護士の報酬に関する細則の規定を適用し、Yが取得した持分の価額の3分の1を経済的利益と考えると84万7158円となる。
②本件調停の内容が当初想定していた遺産分割に比してYに相当の利益があった。
⇒報酬額が上限の150万円と認め(未払分は50万円)、着手金は1年3か月分を認め(未払い分は13万1250円)、Yの不当利得を否定し、主位的請求を一部認容し、予備的請求を棄却。
  民事p111
神戸地裁H28.2.23  
  裁判官の釈明権の行使が違法とされた事例(国賠請求)(肯定)
  事案 別件過払金等請求事件、損害賠償事件を担当していたB裁判官は、平成24年4月24日、口頭弁論を終結。
B裁判官は、Xの訴訟代理人弁護士が退廷したところ、A社の訴訟代理人に対して、別件損害賠償請求権の消滅時効について釈明権を行使。
B裁判官は、本件釈明をした直後に口頭弁論の再開をし、同日、口頭弁論期日を開き、A社は、別件損害賠償請求権について消滅時効を援用。

請求棄却の判決。 
  規定 民訴法 第149条(釈明権等)
裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
2 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。
3 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。
4 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第一項又は第二項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。
  判断 最高裁H2.7.20は、裁判官が行った争訟について責任を肯定するためには、裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると判示。 
裁判官が行う釈明権の行使は、裁判の内容形成に密接にかかわるものであって、争訟と異にする理由は当たらない⇒前記最高裁が示した規範がそのまま当てはまる。
本件釈明が民訴法149条に反した行使態様か否かについて、行使時期、行使の必要性について詳細に検討し、直接民訴法149条に反し、Xの訴訟法上の利益を侵害したとはいえない。
本件釈明により、Xが公平な裁判かつ公開の法廷における適正手続を受ける権利を侵害されたか?
対席での釈明に特段の支障があるわけではないのに、当事者の一方がいないところで、他方当事者に対して有利な結論に直結する消滅時効の援用について釈明をすることは、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものといえ、違法である。
損害賠償として慰謝料5万円、弁護士費用5000円を認容。
  解説 裁判官が行う「争訟の裁判」については、最高裁H2.7.20のほか、同昭和57.3.12も同様の判断。 
  知財p121
東京地裁H28.3.30  
  存続期間の延長された特許権の効力が被告の製造販売に及ぶかが問題となった事例
  事案 発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする特許(本件特許)の特許権者である原告が、被告に対し、被告の製造販売に係る製剤(被告製品)は、本件特許の願書に添付した明細書(本件明細書)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し、かつ、存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は、被告製品の生産、譲渡及び譲渡の申出に及ぶ旨主張して、被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求めた。 
  規定 特許法 第67条(存続期間)
特許権の存続期間は、特許出願の日から二十年をもつて終了する。
2 特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。
  特許法 第68条の2(存続期間が延長された場合の特許権の効力)
特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。
  判断  特許権の存続期間の延長登録の制度:
特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった特許権者に対して、政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について、当該政令処分を受けるために必要であった期間、特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって、特許発明を実施することができなかた不利益の解消を図った制度。 
特許権68条の2の規定によれば、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、政令処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施行為にのみ及ぶ。

原則として、政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行使、すなわち、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった(当該用途に使用される)物についての実施行為にのみ及び、特許発明のその余の実施行為には及ばない。
前記の延長登録の制度趣旨

当該政令処分の対象となった(当該用途に使用される)物と相違する点がある対象物件であっても、当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は、当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点)において、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効用を奏するものではないと認められるなど、当該対象物件が当該政令処分の対象となった(当該用途に使用される)物の均等物ないし実質的に同一と評価される物についての実施行為にまで及ぶ。
  特許法67条2項の政令で定める処分が、 医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律所定の医薬品に係る承認である場合は、当該医薬品の「用途」と特定する事項に該当すると考えられる「用途、用量、効能、効果」について必ず審査される
⇒特許法68条の2括弧書の「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当。
政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合、「当該用途に使用される物」についての特許発明の実施か否かを判断しなければならない⇒「物」及び「用途」の特定が必要となる。
医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、「物」に係るものとして「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で効力が及ぶものと解するのが相当」(「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれる。)
  本件では、処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」とは、「物」に係るものとしての成分として「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含みそれ以外の成分を含まない製剤。
but
被告製品の成分は、「オキサリプラチン」と「水」以外に、添加物として「濃グリセリン」を含むものであると認定。

「当該用途に使用される物」とは、「成分」において異なる⇒本件処分に対象となった「当該用途に使用される物」とは異なる。 
  実質同一物か否かの判断について: 
「当該用途に使用される物」といえないとしても、「被告製品と本件処分の対象となった「当該用途に使用される物」との相違が、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、本件発明の種類や対象に照らして、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではない場合には、その「当該用途に使用される物」の均等物、あるいはその「当該用途に使用される物」の実質同一物と認めるのが相当」
当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明
⇒延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多い
⇒「当該用途に使用される物」の均等物や実質的同一物に当たるとみるべきときが策なくない。
当該特許発明が製剤に関する発明であって、医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合
⇒延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分が異なっていれば、生物学的同等性が認められる物であっても、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、単なる周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たるといえず、新たな効果を奏することがある
⇒「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在。
①本件発明は、医薬品の成分全体と特徴的部分とする発明であって、原告は、その実施として、「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み、それ以外の成分を含まないとする得るプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けた。
②被告製品は、「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」のほか、有効成分以外の成分として、「オキサリプラチン」と等量の「濃グリセリン」を含有するもので、本件発明との関係でみると、被告製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる。

本件処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当することはできない。
  解説 実質同一物かの判断基準については、拡大先願(特許法29条の2)に関する審査基準の言い回しが使用されており、いわゆる均等論と同一の基準を用いず、医薬品の特質を踏まえながらも独自の判断基準を立てたもの。 
  刑事p136
東京高裁H27.8.12  
  不法装てん罪の故意
  事案 被告人は、猟場で1発目の実包を発射し、 2発目を発射することなく狩猟を終えたが、2発目の実包が自動的に薬室に装てんされ、装てん状態が継続。
その後別の場所で被告人が引き金を引き、実包が発射。

検察官は2発目の発射の時点を捉えて、銃砲刀剣類所持等取締法違反(不法装てん)の罪で起訴。
  規定 銃砲刀剣類所持等取締法  第10条(所持の態様についての制限)

5 第四条又は第六条の規定による許可を受けた者は、第二項各号のいずれかに該当する場合を除き、当該銃砲に実包、空包又は金属性弾丸(以下「実包等」という。)を装てんしておいてはならない。
  解説 「装てんしておいてはならない」

装てんする行為自体を禁じているのではなく、装てんされた状態が若干の時間継続したときに本条違反が成立。
適法に実包等を装てんしたが、その後局面が変わって発射が許されない状況になったときは、直ちに銃砲から実包等を取り出さなければならない。
  判断 ①不法装てん財の故意が成立するためには、法定の除外事由がないのに実包が装てんされている状態が開始された時点で所持者がそのことを認識していることが必要とされるのであって、その装てん状態が維持されている限り、その後に所持者がそのことを失念・忘却しても故意は失われない。
②本件の被告人は、狩猟を終えた時点で実包が装てんされたままになっていることを認識していたと推認できる(2発目発射の際、被告人が意図的に引き金を引いたのだとしても、それはその時点で実包装てん状態のことを失念していたことを意味するに過ぎない)。

引き金を引いた時点において被告人に不法装てん罪の故意があったものと認められる。 
  解説  自動車の保管場所の確保等に関する法律11条2項2号は、自動車が夜間に道路上の同一の場所に引き続き8時間以上駐車することとなるような行為を禁じる。 
自動車を運転して帰宅した被告人が、後で運転するつもりで自宅前の路上に自動車を駐車したが、その後運転予定がなくなったのに車庫に入れず、そのまま翌朝まで8時間以上路上に放置した事案。
控訴審:
故意としては、当該自動車を最終的に駐車させた者において、駐車させる際に自己又は他人が法定の制限時間内に当該自動車を使用又は移動させる等その駐車状態を解消することの予測が立たないままこれを駐車させた後に前記のような予測が消失したのに、当初の駐車状態のまま放置することの認識があれば足りる。一旦上記のような認識を持った以上、その後、駐車状態についての認識を持ち続ける必要はない。
上告審(最高裁H15.11.21):
「本罪の故意が成立するためには、行為者が、駐車開始時又はその後において、法定の制限時間を超えて駐車状態を続けることを、少なくとも未必的に認識することが必要である」と解した上で、
自動車を使用する予定がなくなった時点において道路上に駐車させたままであることを失念していた旨の被告人の弁解を排斥して故意があったと認定するには合理的な疑いがある。
物の所持を始めた後、そのことを失念・忘却していたケースについての裁判例 
最高裁昭和24.5.18:
一旦所持が開始されれば爾後所持が存続するためには、その所持人が常にその物を所持しているということを意識している必要はないのであって、いやしくもその人とその物との間にこれを保管する実力支配関係が持続されていることを客観的に表明するに足るその人の容態さえあれば所持はなお存続する。
覚せい剤の所持について「一旦物を保管する意思でその物に対する実力支配関係が実現する行為をすれば、右関係が維持されている限り、所持人が右所持を忘却しても「所持」にあたると解する」(東京高裁昭和50.9.23)
覚せい剤の入った紙袋を持って電車に乗った被告人が、その紙袋を座席に置いたまま電車内を移動し、置き忘れたことに気付かないまま降車した事案について、
「所持」とは、人が物を保管する実力支配関係を内容とする行為をいい、物理的に把持することまでは必要ではなく、その存在を認識してこれを管理し得る状態にあれば足りると解し
「車両を移動して以降、被告人は覚せい剤の存在自体を失念していた可能性が高い。原判決が認定した時点(=被告人が置き忘れて車内を移動していった後、紙袋に気付いた他の乗客が車掌に届けた時点)では、被告人が覚せい剤を車両内に保管していたとはいえない」
(東京高裁H14.2.28)
火薬類の所持について、「火薬類を所持していることの認識があった以上、その後の所持について常に意識している必要はなく、また、その後仮にその所持を失念していたとしても、いわゆる継続犯である不法所持罪の性質上、所持の認識を欠くことにはならない」(東京高裁H2.11.15)
  刑事p138
千葉地裁H28.1.21 
  危険運転致死罪の「その進行を制御することが困難な高速度」の判断
  事案 飲酒の上、自動車を運転した被告人が、第1事故を起こして逃走し、その被害者の追跡を気にして前方左右不注視のまま最高速度時速50kmの道を時速約120kmで走行⇒道路左側路外施設に向かい対向右折してきた原動機付自転車に衝突してその運転者を死亡させるという第2事故。 
  規定 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律
 第二条(危険運転致死傷)
次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。

二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
  解説 危険運転致死傷罪における「その進行を制御することが困難な高速度」の意義については、
①速度が速すぎるために自動車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度をいい、
②具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の形状、路面の状況などの道路の状況、車両の構造、性能等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることになるような速度をいう
とする裁判例が散見。
but
①と②は同じこととされており、事案判断においては、具体的に書かれた②の定義への当てはめをすることになる。
⇒①は定義として不要。
  判断 被告人運転車両の速度は時速120kmと認定した上で、危険運転致死罪ではなく過失運転致死罪の成立を認めた。
危険運転致死傷罪における「その進行を制御することが困難な高速度」について、
「自動車の性能や道路状況等の客観的な事情に照らし、ハンドルやブレーキ操作をわずかにミスしただけでも自動車を道路から逸脱して走行させてしまうように、自動車を的確に走行させることが一般ドライバーの感覚からみて困難と思われる速度」と定義。

上記①を定義から外している。
危険運転致死罪の成否を判断するに当たって考慮すべき道路状況等に、路外施設とそこへ向かう車両の存在可能性等が入るか?
条文の語義、立法の経緯、過失運転致死傷罪との関係⇒ここでいう道路状況とは、道路の物理的な形状等をいうのであって、他の自動車や歩行者の存在等を含まない。
  解説 宮﨑地裁H24.10.29:
テストコースであれば時速約160kmで走行することができるが、歩行者や脇道からの車両等の侵入があり得る一般道路であれば安全に進行できるのは時速約100kmであるとの証言を
「周囲の状況から発生が予想される種々の危険性に対処するための心理的な要素を考慮することは相当ではない」と批判しており、本判決と同様の考え方。 
2月   
2316
  行政p53
最高裁H28.7.15   
  離職せん別金に充てるための、市の共済会に対する補助金交付が違法とされた事例
  事案 鳴門競艇従事員共済会から鳴門競艇臨時従事員に支給される離職せん別金に充てるため、鳴門市が共済会に対して補助金を交付
⇒給与条例主義を定める地方公営企業法38条4項に反する違法、無効な財務会計上の行為であるなどとして、市の住民であるXらが、Y1及びY2を相手に、本件補助金交付当時の市長、市公営企業管理者企業局長に対する損害賠償の請求等をすることを求めた住民訴訟。 
  第1事件 原審 離職せん別金が退職金としての性格を有していることは否定できない。
but
臨時従業員の就労の実態が常勤職員に準じる継続的なものであり、退職手当を受領するだけの実質が存在。

本件補助金の交付が給与法定主義の趣旨に反し、これを潜脱するものとはいえず、本件補助金の交付に地自法232条の2の定める公益上の必要性があるとの判断が裁量権を逸脱、濫用したものとは認められない。

本件補助金の交付が違法であるということはできない。
  判断 ①共済会から臨時従事員に対して支給される離職せん別金に充てるため、市が共済会に対してした本件補助金の交付が、地自法232条の2所定の公益上の必要性の判断に関する裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして違法であると判断。
②予算の調整を違法な財務会計上の行為として当時の市長に対して損害賠償請求を求める請求に係る訴えについて、住民訴訟の対象外の行為を対象とする不適法なものとして却下。
  第2事件 原審 本件条例の制定経緯及び趣旨⇒
本件条例の制定・施行により、本件補助金を介して支払われた離職せん別金には地方公営企業法38条4項にいう条例の定めがあったことになる⇒本件補助金の交付は適法なものとなる。
⇒Xらの請求をいずれも棄却。
  判断 共済会から臨時従事者に対して支給される離職せん別金に充てるため、市が共済会に対してした補助金の交付が、本件条例の制定により遡って適法なものとなるとした原審の判断には違法がある。
  解説 第1事件 地自法232条の2は、普通地方公共団体は「公益上必要がある場合」に寄附又は補助をすることができると規定。

様々な行政目的をしんしゃくした政策的な考慮が求められる⇒この点についての地方公共団体(最終的には支出の権限を有する長等)の判断は、特に不合理又は不公正な点のない限りはこれを尊重することが必要であり、地方公共団体の長等の裁量権の行使に逸脱・濫用がある場合に限り、当該寄附又は補助が前記の要件を満たさないものとして違法となる(最高裁H17.10.28)。
本件における離職せん別金の支給原因、計算式、実際の支給額の大きさ等⇒離職せん別金は退職金の性格を有する。
①市から共済会に対して交付される補助金額の計算式が、共済会から臨時従業員に対して支給される離職せん別金の計算式と連動
②離職せん別金の原資に占める本件補助金の割合が約97%に及んでいた

市が共済会を経由して臨時従業員に対し退職手当を請求するために共済会に対して交付したものと評価するのが相当。
地自法204条の2は、普通地方公共団体は法律又はこれに基づく条例に基づかずにはいかなら給与その他の給付も職員に支給することができない旨を規定。
地方公営企業法38条4項は、企業職員の給与の種類及び基準は条例で定めると規定。
but
①本件補助金の交付当時、臨時従業員に対して離職せん別金又は退職手当を支給することを定めた条例の規定なし。
②賃金規程においても退職手当の規定なし。
③臨時従事員は、採用通知書により指定された個々の就業日ごとに日々雇用されてその身分を有する者にすぎず、その雇用が継続するものではない。⇒給与条例の定める「勤務期間6月以上で退職した場合」の要件に該当しないことは明らか。
⇒臨時従事員が常勤職員又は非常勤職員のいずれに該当するかにかかわらず、給与条例に基づき臨時従事員に対して退職手当を支給することはできない。

市が共済会に対して離職せん別金に充てるために本件補助金を交付したことは、条例上の根拠なく実質的な退職手当を支給したものであって、地自法204条の2及び地方公営企業法38条4項の定める給与条例主義を潜脱する違法なもの⇒本件補助金の交付に公益上の必要性があるとの判断には裁量権の逸脱・濫用がある。
また、原審は、臨時従業員の就労実態等から本件補助金の交付を適法としているが、実質論により、条例の定めを欠く給与の支給を適法とすることはできない。
住民訴訟の対象となる行為:
地自法242条の2第1項、242条1項において、
「公金の支出」、「財産の取得、管理若しくは処分」、「債務その他の義務の負担」又は「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」、すなわち財務会計行為に限られており、予算の調整はこれに当たらない。

予算の調整を違法な財務会計上の行為として本件補助金交付当時の市長に対し損害賠償請求をすることを求める請求に係る訴え部分を不適法として却下。
  第2事件 地方公共団体が条例に基づかずに給与等の支給をした場合であっても、その後に条例において当該支給の根拠となる規定を設けるとともに、既に行われた支給について当該根拠規定に基づいて支給されたものとみなす旨を定め、これを遡って適法とすることは給与条例主義の趣旨に反するものではなく、許される(最高裁H5.5.27)。
本件条例は、臨時従業員に退職手当を支給する旨を定めた上で、「この条例の施行の際現に企業局長が定めた規程に基づき臨時従業員に支給された給与については、この条例の規定に基づき支給された給与とみなす。」との経過規定(附則)を定める。
but
離職せん別金は、共済会の事業としてその規約に基づき臨時従業員に支給されたものであり、企業局長が定めた規程(企業管理規程)に基づいて臨時従業員に支給された給与に当たらない。

本件条例の制定により臨時従業員に対する離職せん別金の支給につき遡って条例の定めがあったことになるとした原審の判断には、本件条例の解釈適用を誤った違法がある。
  行政p60
大阪地裁H26.1.27  
  評価基準を定めた行政庁である総務大臣を被告のために参加させる旨の原告の申立が認容された事例
  事案 大阪府堺市に家屋を所有するXは、堺市長によって決定され固定資産課税台帳に登録された右家屋の平成21年度及び平成24年度の価格を不服として、堺市固定資産評価審査委員会に対し、それぞれ審査の申出
⇒平成21年度の価格については一部しか変更されず、平成24年度の価格については審査請求を棄却する旨の決定⇒Xが適法と考える価格を超える部分の取消しを求める取消訴訟を提起。
Xが、行訴法23条に基づき、被告であるYのために総務大臣を訴訟参加させることを申し立てた事案。 
  規定 行政事件訴訟法 第23条(行政庁の訴訟参加)
裁判所は、処分又は裁決をした行政庁以外の行政庁を訴訟に参加させることが必要であると認めるときは、当事者若しくはその行政庁の申立てにより又は職権で、決定をもつて、その行政庁を訴訟に参加させることができる。
2 裁判所は、前項の決定をするには、あらかじめ、当事者及び当該行政庁の意見をきかなければならない。
3 第一項の規定により訴訟に参加した行政庁については、民事訴訟法第四十五条第一項及び第二項の規定を準用する。
  判断 ①地方税法は、固定資産課税台帳に登録すべき固定資産の価格を算定するための評価基準を総務大臣が定めることとし(388条1項)、固定資産の価格を決定するに当たっては、市町村長は、総務大臣が定める右評価基準に従わなければならないことを規定(403条1項)
②右取消訴訟において、Yは、右評価基準には一般的合理性があることを前提として、これに従って決定された価格は適正な時価であると推認されると主張
but
Yは、評価基準の基礎となる調査、検討資料等を保有しておらず、当該調査、検討に関する詳細な事情を明らかにすることはできないとする。

右評価基準を定めた行政庁である総務大臣をYのために右取消訴訟に参加させることが必要。 
  解説 行訴法23条に基づく参加の必要性の要件の判断は、裁判所の裁量に委ねられていると解されている。
その判断は、本条の趣旨・目的に即してされるべきであって、当該行政庁を参加させることにより、①攻撃防御に関する資料が豊富になり、②訴訟の実質化が図られ、その結果、③適正な審理裁判を実現できるかどうかが重要であるとされる。 
具体的には、係争の処分等についての当該行政庁の有効な知識、経験、資料の提供を得ることが審理上必要で、かつその見込みがあるかどうかという観点から判断されるべきである等との指摘。
行訴法は、訴訟資料等の充実という観点から、23条の行政庁の訴訟参加以外にも、釈明処分の権限を裁判所に認めている(23条の2)。
同条が予定する資料等の提出に限られない行政庁の知識、経験等を踏まえた審理判断が必要となる場合もある。
行訴訟23条1項の規定により行政庁を訴訟に参加させる決定に対しては、不服申し立てが許されないとされており(最高裁H6.12.16)、本決定によって行政庁には当然に補助参加人に準じる地位が与えられることになる(行訴訟23条3項、民訴法45条1項、2項)。
  民事p63
東京地裁H28.1.18  
  芸能プロダクションと女性アイドルとのマネージメント契約の解除・損害賠償請求
  事案 芸能プロダクションに所属していた女性アイドルが男性ファンと交際⇒芸能プロダクションがアイドル、その両親、交際相手の男性に対して損害賠償請求 
Xは、Y1、Y2に対し、共謀の上、イベント等への出演業務を破棄した等と主張し、
主位的に本件契約の債務不履行、不法行為に基づき逸失利益等の損害賠償、
予備的には不利な時期に本件契約を解除したと主張し、民法651条2項に基づき損害賠償を請求するとともに、
Y1の両親Y3、Y4に対し、Y1の生活及び活動状況を適切に管理監督すべき義務違反があったと主張し、不法行為に基づき損害賠償を請求。
  契約 X㈱は、芸能タレントの育成、マネージメント等の事業を行っており、Y1は、平成24年4月、Xと契約期間3年間の専属マネージメント契約を締結。
当時、Y1は未成年で、父Y3が同意し、契約書の親権者欄に署名押印。
本件契約には、
①Y1がXの指示に従って誠実に出演業務を遂行する旨(3条)
②仕事等に遅刻、欠席、キャンセルしたり、ファンと性的な関係をもったり、Xがふさわしくないと判断したりした場合には、XがY1に損害賠償を請求できる
旨の定めあり。 
  規定 民法 第628条(やむを得ない事由による雇用の解除)
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
  争点 ①Y1の債務不履行、不法行為の有無
②本件契約の解除の有無・時期
③Y2の共謀の有無、
④Y3らの管理監督義務の有無
⑤損害額等
  判断  Y1がAグループのライブに出演せず、Y2と交際を開始し、男女関係を持ち、Xからの連絡に応じなかったことは、本件契約に違反する。 
but
本件契約の内容
⇒本件契約はY1がXにマネージメントを依頼するというY1が主体となった契約ではなく、XがY1を具体的な指揮命令の下にXが決めた業務に従事させることを内容とする雇用契約類似の契約
⇒民法628条所定のやむを得ない事由があるときは、本件契約を解除することができる。
本件契約はY1に一方的に不利なものであり、生活するのに十分な報酬も得られないまま、Xの指示に従ってアイドル活動を続けることを強いられ、従わなければ損害賠償の制裁を受けるもの
⇒本件契約による拘束を強いるべきものではない。

Y1の内容証明郵便による解除の効力を認め、これ以降の活動停止は債務不履行、不法行為に該当しない。
Y2との性的な関係は、アイドルの勝ちを維持するため、マネージメント側がその発覚を避けたいと考えることは当然⇒マネージメント契約でこれを制限する規定を設けることも一定の合理性がある。 
①異性との合意に基づく交際を妨げられない自由は幸福追求の自由の一内容⇒
Xが、異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは、Y1が積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更にこれを公にしたなど、Xに対する害意が認められる場合等に限定して解釈すべき。
②本件では、この場合に当たるとの証拠がない。

民法628条後段については、本件契約の解除のやむを得ない事由がY1の過失によって生じたものではない。
Xの主張に係るグッズ在庫、逸失利益、信用毀損の損害が生じたとは認められない。

Y1の損害賠償義務なし⇒Y2の損害賠償義務もなし。
Y1がY2と交際を開始したときは既に成人に達していた
⇒Y3、Y4は、Xに対して管理監督義務を負わない。
  民事p77
東京地裁H28.2.23  
  死刑確定者と弁護士との立会のない面会の不許可と国賠請求(肯定)
  事案 死刑確定者X1と弁護士X2・X3が、拘置所長から秘密面会を許されなかったことにつき、国賠法1条1項に基づき、損害賠償(一部請求)として、面会1回につき慰謝料15万円及び弁護士費用1万5000円並びに遅延損害金の支払を求めた事案。 
  争点 秘密面会を許さなかった拘置所長の措置が国賠法上違法か否か 
①最高裁H25.12.10にいう「心情の安定を把握する必要性が高い」か否かをどのように判断するか
②同判決の判断枠組みは死刑確定者と代理人弁護士との民事訴訟に向けた打合せのための面会にも妥当するか
③代理人弁護士は秘密面会をする固有の利益を有するか
  判断 ●争点①について 
心情の安定は個々の人の主観、内心に関わる問題⇒これを理由として、死刑確定者に保障されるべき権利利益を誓約することが必ずしも相当とはいえない。

死刑確定者又は弁護人が再審請求に向けた打合せにつき秘密面会を許さない措置が心情の安定を把握する必要性から許容されるのは、「死刑確定者の面会についての意向を踏まえ」た場合、すなわち、面会に否定的な意向を有しているのか否か、秘密面会を求めているのか否かなどの死刑確定者本人の意向を最も重要な考慮要素として判断した場合に限られる。
  ●争点②について
①死刑確定者は、自己が受けた処遇に関する救済を求める国家賠償の訴訟(処遇国賠訴訟)を提起した場合においては、刑事施設が紛争の相手方本人であること、
②刑事収容法112条2号、116条2項の趣旨

同法121条ただし書にいう「正当な利益」として、同訴訟の代理人弁護士と秘密面会をする利益を有する。

死刑確定者又は代理人弁護が処遇国賠訴訟に向けた打合せのために秘密面会の申出をした場合にこれを許さない措置は、平成25年最判にいう特段の事情がない限り、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して死刑確定者の秘密面会をする利益を侵害するものとして、国賠法1条1項の適用上違法となる。
  ●争点③について 
処遇国賠訴訟の代理人弁護士が、固有権として死刑確定者との秘密交通権を有することをうかがわせる法令上の規定は見当たらず、同弁護士は、あくまでも、死刑確定者の代理人として、死刑確定者が求める限度で、死刑確定者の利益のために活動する地位を有するにとどまる。
⇒死刑確定者と秘密面会をする固有の利益を有しない。
  解説 ①平成25年最判のいう「心情の安定を把握する必要性が高い」ことの認定に付き、「心情の安定」という本人の主観にわたる不明確な要件によって秘密面会が制限されるとするのは相当ではない。
②同判決が「死刑確定者の面会についての意向を踏まえ」という文言をあえて加えている意図

死刑確定者が秘密面会あるいは弁護人あるいは弁護人との面会自体に否定的な意向を示している場合は格別、少なくとも死刑確定者が弁護人との秘密面会を求めている場合には、前記場合には該当しないという見解があり、東京高裁H26.9.10も同様の判断。
本判決は、平成25年最判で説示された「死刑確定者の面会についての意向を踏まえ」という文言を重視し、前記認定が許されるのは死刑確定者本人の意向を最も重要な考慮要素とした場合に限られるとした。
  民事p94
前橋地裁H28.4.25  
  不動産の処分禁止の仮処分に対する保全異議が認められた事例
  事案 不動産について、債権者が申し立て、発令された処分禁止の仮処分について、債務者が保全異議を申し立てた事案 。
債権者は、本件不動産について、債務者に対する所有権に基づく所有権移転登記手続請求権を有すると主張し、処分禁止の仮処分を申し立て、同申立ては認容された(基本事件)。
その後、債権者は、債務者に対し、本件不動産につき、所有権に基づく所有権移転登記手続を求める訴訟を提起し(本案事件)、本案事件係属中に、仮に債権者が所有権を喪失したとしても、債務者に対する物権変動的登記手続請求権を有する旨の予備的請求を追加。

本案係属中に、債務者から、基本事件について、保全異議の申立てがなされた(本件)。
本件不動産を所有していたAは、平成26年3月、債務者との間で、本件不動産について、委託者をA、受託者を債務者、受益者をBとする信託譲渡の合意(本件合意)をし(債務者は、本件合意は、信託契約ではなく、売買契約であると主張)、本件合意に基づき、本件不動産について、従前の受託者であったCから債務者に対する所有権移転登記及び信託内容に係る登記がなされた。
その後、A及びBは、平成26年11月、債務者を解任して債権者を受託者として選任する旨合意し、債権者が受託者に就任。平成28年1月には、債権者を解任して債務者を受託者として選任する旨合意し、債務者が受託者に就任。
  問題点 本件合意が売買契約である場合はもとより、信託契約であったとしても、平成28年1月になされた受託者変更により、債権者は所有権を喪失⇒所有権に基づく主張は維持できなくなる。 
⇒債権者は、本案事件において予備的請求を追加するとともに、本件においても同旨の主張を行い、基本事件に係る決定が維持されるべき旨を主張した。
(保全異議審において、申立ての趣旨の変更を伴わない被保全権利及び保全の必要性についての主張の変更は、請求の基礎の同一性が認められるかぎり許されるとするのが一般)
この場合においては、所有権は、A→債務者→債権者→債務者と移転したことになるが、所有権移転登記はAから債務者に移転したままであって、いわゆる中間省略登記がなされた場合と類似の状態。
このような事案で、物権変動的登記手続請求権を保全するために処分禁止の仮処分を発令すべきかが問題。
  規定 民事保全法 第58条(不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分の効力) 
第五十三条第一項の処分禁止の登記の後にされた登記に係る権利の取得又は処分の制限は、同項の仮処分の債権者が保全すべき登記請求権に係る登記をする場合には、その登記に係る権利の取得又は消滅と抵触する限度において、その債権者に対抗することができない。
2 前項の場合においては、第五十三条第一項の仮処分の債権者(同条第二項の仮処分の債権者を除く。)は、同条第一項の処分禁止の登記に後れる登記を抹消することができる。
  判断 中間省略登記が現在の実態的権利関係に合致している場合には、その抹消を求める中間者において正当な利益を有することが必要(最高裁)。
but
これと類似の関係にある本件について、登記名義を中間者的立場にある債権者に移転すべき事情の主張及び疎明がない。 
抗告審で、債権者は、本件不動産の賃借人に対し、債権者が受託者としての地位を有する期間の賃料請求を行うために所有権移転登記を得る必要がある旨主張したが、排斥。
  処分禁止の仮処分の効力は、当該仮処分の後にされた登記に係る権利の取得又は処分の制限について、抵触の限度においてこれを対抗することができないととすることにある
⇒仮に債権者が物権変動的登記手続請求権を有するとしても、所有権者がこれを処分することを妨げることはできない
⇒原決定後に仮処分に反して転得者が表れたとしても、債権者はいわゆる前々主に過ぎず、登記の欠缺を主張する正当な利益を有することにはならない。
⇒前記転得者は、債権者に対し、その登記及び仮処分の有無にかかわらず所有権取得を主張できる。 
民保法58条2項との関係においても、転得者が現れた場合に債権者が対抗要件に立たない⇒処分禁止の仮処分によって権利保全が図られる関係にない⇒保全の必要性の疎明なし。
  基本事件に係る決定後の事由に基づく保全異議の当否についても問題となったが、保全取消事由を保全異議手続において主張することは許される(通説)として、本決定も同旨の判断。 
     
  知財p97
東京地裁H28.4.21   
  映像作品のデータを動画共有サイトのサーバーにアップロードした行為についての損害賠償請求
  事案 映像作品(本件著作物1及び2)の著作権を有するXが、Yが本件著作物1及び2のデータを動画共有サイト(本件動画サイト)のサーバーにアップロードした行為が公衆送信権の侵害に当たると主張し、民法709条及び著作権法114条1項又は3項に基づき、損害賠償金1475万4090円及び遅延損害金の支払を求めた訴訟。 
  争点 Xが蒙った損害の額。 
  規定 著作権法 第114条(損害の額の推定等)
著作権者、出版権者又は著作隣接権者(以下この項において「著作権者等」という。)が故意又は過失により自己の著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為によつて作成された物を譲渡し、又はその侵害の行為を組成する公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行つたときは、その譲渡した物の数量又はその公衆送信が公衆によつて受信されることにより作成された著作物若しくは実演等の複製物(以下この項において「受信複製物」という。)の数量(以下この項において「譲渡等数量」という。)に、著作権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物(受信複製物を含む。)の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者等の当該物に係る販売その他の行為を行う能力に応じた額を超えない限度において、著作権者等が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を著作権者等が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
3 著作権者又は著作隣接権者は、故意又は過失によりその著作権又は著作隣接権を侵害した者に対し、その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。
  判断 著作権法114条1項に基づく損害額:
①本件著作物1及び2の本件動画サイトにおけるストリーミングによる動画の再生回数が受信複製物の数量に当たるとはできないし、②これをダウンロードの回数と同視することもできない。
⇒同項に関するXの主張は失当。
同条3項に基づく損害額について:
本件における事実関係を前提とすれば、Yにほる本件著作物1及び2の公衆送信権の損害に対してXが著作権の行使につき受けるべき金銭の額はそれぞれ50万円とするのが相当。
  解説 ●著作権法114条1項に基づく損害額
①侵害者による譲渡等数量に②権利者の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、権利者の能力に応じた額を超えない限度において、権利者が受けた損害額とする旨の規定。
譲渡等数量とは、①有体物の無断譲渡を想定した「譲渡した物の数量」及び②インターネットを用いた無断送信を想定した「受信複製物の数量」をいう。
②の「受信複製物の数量」は公衆によるダウンロードの数量をいうとする見解が多数。
視聴のみを目的とするストリーミング配信は一般にダウンロードをともなわないが、その過程で行われる端末パソコン内における情報の一時的蓄積(CACHE)が受信複製物に含まれるかという問題があるが、著作権法114条1項の解釈としても、受信複製物には当たらないとする見解。
①「受信複製物」とは、条文の規定上、公衆送信が公衆によって受信されることにより作成された著作物等の複製物をいう。
②ダウンロードを伴わないストリーミング配信の場合、データをダウンロードした場合と異なって視聴を終えた後に視聴者のパソコン等にデータが残ることはない。

本件において受信複製物が作成されたとは認められないとし、結論として上記多数意見に沿う判断。
  著作権法114条3項に基づく損害額について
著作権者等が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であり、個々の事案における具体的な事情を考慮して「受けるべき金銭の額に相当する額」を算定。
業界の一般相場、権利者の他の使用許諾契約、著作物使用料規定等が考慮要素。
  商事p101
東京地裁H28.1.28  
  株式交換の効力発生日後に株式買取請求が撤回された場合
  事案 被告(Y)がその親会社(Z)との間で、当該親会社を株式交換完全親会社(「完全親会社」)、被告を株式交換完全子会社(「完全子会社」)とする株式交換。
被告の株主であった原告(X)らが反対して株式買取請求⇒株式の価格について協議が整わず、また、価格決定の申立てなされないまま当該株式交換の効力発生日から60日経過した後に、同請求撤回。
Xらは、Yに対し、
①主位的に、Zの株式を取得している⇒証券保管振替機構の口座振替及びZの配当金(民事法定利率に基づく遅延損害金を含む。以下同じ。)の支払を求め、
②予備的に、Yの株主であることの確認と株主名簿への記載及びYの株主であることを前提とする配当金の支払を求め(予備的請求1)
③主位的請求のZの株式を取得していることを前提とする口座振替が認められない場合に、そにれ代わる金員の返還及び主位的請求と同様の配当金の支払を求め(予備的請求2)
④予備的請求1のYの株主であることの確認等が認められない場合に、それに代わる金員の返還及び予備的請求1と同様の配当金を求めた(予備的請求3)。
  判断 ●本件各撤回により、Xらの地位はどうなるのか? 
株式交換が行われた場合、
①完全親会社は、効力発生日に完全子会社の発行済株式を取得し、完全子会社の株主は、効力発生日に完全親会社の株主となり(会社法769条1項、3項1号)、
②株式交換に反対する完全子会社の株主が完全子会社に対して行った株式買取請求に係る株式の買取りは、効力発生日にその効力を生じる

株式買取請求がされた後、株式交換の効力が生じたときは、株式買取請求を行った株主が完全親会社の株主となることはなく、当該請求を行った完全子会社の株主が有する株式は、その効力発生日に完全子会社を経て完全親会社に移転する。 
株式交換の効力発生日後に株式買取請求権が撤回

①完全子会社にには原状回復義務として完全子会社の株式を返還する義務
②完全親会社が完全子会社の株式を取得していることから、当該義務は履行不能
⇒完全子会社は、株式買取請求に係る株式の代金相当額の金銭を返還する義務を負う。
  ●YがXらに支払うべき金額がどのように算定されるか?
株式買取請求を撤回⇒撤回の時点でにおいて完全子会社の株式の現物返還は不能であり、株主は金銭債権を取得

撤回時における完全子会社の株式の価格相当額を返還すべき。

具体的には、交換比率に特に不当と認めるべき事情も認められない⇒株式買取請求を撤回した時点における完全親会社の市場株価を交換比率で換算して算出した金額をもって代金相当額と定めるのが合理的。
  刑事p107
福岡高裁宮崎支部H28.1.12  
  控訴審でのDNA再鑑定による強姦事件で無罪となった事案
  事案 平成24年10月7日午前7時過ぎに、南九州の繁華街の路上で、自転車に跨った被告人が17歳の被害者を170メートル離れた路地裏まで連行し、そこで強姦したという事案 
  一審 被告人に強姦されたとの被害者の証言は、以下の①ないし④の事実に照らして信用できるとして、被告人を有罪とした。
①被害者が事件直後に母親と勤め先の店長に助けを求めるメールをしている。
②被害者の乳輪周辺から採取された付着物から被告人のDNA型と一致する唾液が検出された。
③被害者の膣前庭部、膣口部、子宮口部から採取された膣液から精液が検出された(但し、この精液については、抽出されたDNAが微量であったためPCR増幅ができず、型官邸には至らなかったとされている。)
④現場に遺留された自転車から被告の指紋が検出された。 
  再鑑定 控訴審で行われた民間専門家によるDNA型再鑑定により、前記③の資料からは被告人の精子は検出されず、逆に被告人のものとは異なる他の男性の精子の存在が認められ、かつその精子は、被害者が事件当日着用していたショートパンツに付着していた資料とDNA型が一致。
同再鑑定は、一審の鑑定について、いかに微量でも精子の存在が認められる場合にそのDNA鑑定ができないことは通常考え難いとする。
  判断 再鑑定結果⇒被害者が本件直近の他の男性との性交の事実を秘匿しているなどとして被害者証言の信用性を否定し、被告人を無罪とした。 
前記②の事情については、被告人と被害者との性的接触までは推認されるが、強姦や強制わいせつの事実と認める証拠とはならない。
  解説  一審有罪判決の決め手となった鑑定について、「実際には精子由来ではないかとうかがわれるDNA型が検出されたにもかかわらず、それが、その頃鑑定の行われていた被告人のDNA型と整合しなかったことから、捜査官の意向を受けて、PCR増幅ができなかったと報告した可能性すら否定する材料がない」と判示。
一審で証拠とされた鑑定は、その鑑定担当者が、抽出後定量に使用したDNA溶液の残部を全て廃棄し、その上、鑑定経過を記載した「メモ紙」までも廃棄しており、その経過の追証が不可能な状態になっていた。
  控訴審は、検察官が提出しようとした再々鑑定についての事実取調べを相当性がないとして却下。
「検察官が公益の代表者として重要な資料を領置しているいることを奇貨として、秘密裏に、希少かつ非代替的な重要資料の費消を伴う鑑定を嘱託したもので、その結果が検察官に有利な方向に働く場合に限って証拠請求を行う意図であったことすらうかがわれるのであって、単に上記の本来の在り方を逸脱したにとどまらず、訴訟法上の信義則及び当事者対等主義の理念に違背し、これをそのまま採用することは、裁判の公正を疑わせかねないものである。」 
DNA型鑑定は「個人識別能力という意味では既に究極の域に達している」と評価され、その結果は事実認定に決定的な影響力をもつ。 
   刑事p119
大阪地裁H27.10.16
  被害者とされた少女の新供述により再審が開始され無罪とされた事案
  事案 被告人が同居していた養女に対して、強制わいせつ行為を行い、あるいは、複数回強姦行為に及んだという公訴事実につき、有罪の確定判決をを受けた被告人の再審無罪事件。
平成27年2月27日に再審開始と刑の執行停止が決定。
平成27年10月16日に本無罪判決が言い渡された。
再審の開始については、検察官も、再審を求める意見を述べており、再審開始決定が出る前に、検察官において、刑の執行を停止し被告人を釈放。
  規定 刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。

二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。

六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
  問題点 近時再審請求が認められ、無罪判決が出される事件が散見されるが、多くは、客観的な鑑定の結果等が大きな理由。 
供述の信用性について、刑訴法435条2号の「証言・・・が確定判決により虚偽であったことが証明され」るということは容易に想定し難い。
このような場合も、同条6号により再審の途が開かれることになる。
6号の場合、証拠に新規性が要求されるが、「新規性」とは、証拠資料としての未判断資料性であり、①確定審には登場しなかった証人の証言に新規性が認められることはもちろん、②確定審で証言した証人がその証言を変更した場合にも新規性が認められ、③被告人が確定審でした自白を覆した場合も同様。
  解説 再審請求の途を開いたのは、確定判決の最大の根拠となった被害者とされる少女と犯行を目撃したとされるその兄が、いずれも、確定審で供述した内容は虚偽で実際は、犯罪行為はなかったとの供述をするに至ったこと。 
実母とその夫から厳しく問い詰められて、胸を揉まれたとか、強姦されたとかの虚偽の内容を認めざるを得なかった(本件少女)。
実母およびその夫から被害を見ていないはずはないと問い詰められ、目撃した旨の虚偽の話をしてしまった(本件兄)。
●  ●本判決の指摘
各新供述が信用できる理由(本判決):
①二度の強姦後の時点で、少女の処女膜は破れておらず、被告人の本件少女への強姦の事実がなかったことを如実に示す
②本件両名は、自身が偽証罪に問われる危険を冒してまで、被告人が無実であると述べており、そこには虚偽供述をする事情が見当たらない
③旧供述において虚偽供述をした理由や今回真実を述べるに至った理由について合理的な説明をしている
本件両名の旧供述の疑問点(本判決):
①被告人の母親や本件兄のいる部屋の隣や廊下で各犯行に及んだという犯行発覚の可能性からみた不自然さ
②被害時期についての供述の変遷:
被害少女が被害時期を1年前に変え、同時に本件兄も、全く別の理由で1年前のことと供述を変遷させている⇒本件兄の迎合が強く疑われる。
●確定判決での判断 
①本件少女に虚偽供述を行う利益や動機がないことを相当重視。
②本件少女の母親が、中学生頃からという年若くして被告人と性的関係を有しながら、結局は結婚してもらえなかったことを恨みに思っている可能性も検討しながら、結論においてはそのような恨みの影響はないと否定。

③基本的に、本件少女の供述の信用性を肯定。
たとえば、犯行発覚の可能性については、「常識的に考えれば、被害少女に叫び声を上げられて隣室の者等に犯行が発覚する可能性もあって、被告人がそのような状況の下で果たして強姦に及ぶのか疑問におもわれなくもない。」としつつ、強姦に及ぶ可能性が認められる根拠をいくつか説明をして、疑問を排斥。
④供述の変遷について、被害日時の特定の観点から、知人の結婚式の翌日という特定の仕方に着目し、その日が客観的な証拠によって一年遡ったとすれば、被害も一年前になるという説明を信用。
⑤本件兄の供述についても、本件兄は時期を明確に記憶していたわけではない⇒本件少女の供述の変遷に伴って同様に変遷があったとしてもさほど大きな問題ではないと評価。
⑥実母が、本件少女の強姦被害を疑い、本件少女を産婦人科医院に連れて行ったことが実母の証言で明らかになっているのに、その診断結果は証拠調べされなかった。⇒その診断結果が、確定審段階で明らかにされなかった。
●まとめ
①性的被害を受けたと訴える者の供述の信用し、しかも、14歳という年少者の供述の信用性が、誤判に結びついたもの。
②身内での犯行という要素が加わり、被告人と被害者以外の者の存在(本件少女の実母)が大きく影響。
①被害者供述の内容の吟味、
②その客観的裏付けの吟味
③当然あるべき事実が確認できない、又は反対事実が確認される契機を絶対に見逃してはならない。
④供述が誰に対してどのような形で出てきたのかという供述の出現経緯、その変遷等に何らかの誘導な歪曲が入り込む余地はなかったかを虚心坦懐に見極めることの重要性。
2315   
  行政p37
東京地裁H27.7.23  
  地方公共団体の長の株式会社の代表取締役への責任追及を行わないことが、違法に財産の管理を怠る事実に該当しないとされた例
  事案 渋谷区が発行済み株式の全部を保有する株式会社で、渋谷区から使用料免除、転貸禁止等の条件で行政財産使用許可を受けて行政財産たる建物の一部を使用していたAが、同使用許可部分の一部を約3年弱の間法人Bに転貸したことに関し、渋谷区に本件専有部分に係る使用料相当額及び利息相当額(「本件返還金」(940万円))を支払ったことに関する住民訴訟の事案。 
渋谷区の住民であるXは、本件返還金の支払により渋谷区の有するあ株式の価値が下がり、渋谷区が損害を被っている
⇒渋谷区長(Y)はその損害を回復させるためAの代表取締役の地位にあったCに対し、会社法847条に基づき責任追及等の訴えを提起しなければならないのに、Yがこれを提起しないことは、違法に財産の管理を怠る事実に当たる。
⇒地方自治法242条の2第1項3号に基づき、当該怠る事実の違法確認を求めた。
  規定 地方自治法 第242条の2(住民訴訟)
普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第四項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第四項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
・・・
  判断 株主として株式会社に対し役員等の責任追及等の訴え提起の請求をしたり、当該株式会社のために自ら訴えを提起する場合、その実体的な要件である当該役員等の違法行為や当該株式会社の損害の存否自体が必ずしも明らかでない場合が多い⇒地方公共団体の長において提訴請求や責任追及等の訴え提起をしないことが違法な怠る事実に当たるというためには、少なくとも、客観的に見て当該役員等の違法行為、当該株式会社の損害、その他提訴請求や責任追及等の訴えの要件の存在を認定するに足りる証拠資料を入手し又は入手し得たことを要する。 
地方公共団体の長が証拠資料を入手し、又は入手し得たとしても、そのことにより直ちに責任追及等の訴えを提起すべき義務を負うと認めるのは相当ではなく、責任追及等の訴えをとるべき必要性やその実効性等諸般の事情を考慮して、訴えを提起しないとする判断が合理性を欠くものであり、その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があると認められる場合に限り、責任追及等の訴えを提起しないことが違法な怠る事実に当たるというべき。
地方公共団体が有する株式の管理については、管理行為の具体的な内容を定める法令上の定めがない⇒地方自治法施行令171条から171条の7までの規定がある債権の管理と同列に解することはできない。
本件においては、Aによる本件行政財産使用許可の転貸禁止条項違反により渋谷区に本件専用部分に係る使用料相当額の損害が生じたという余地があり、同転貸禁止条件違反について代表取締役Cには善管注意義務違反が認められるところ、Yは、本件返還金の支払を受領するに当たってAから受けた報告等により、Aが本件返還金を支払ったことが客観的にみてCの善管注意義務違反によるものであることを認定するに足りる証拠資料を入手していた。
but
①本件返還金の支払によりAの株式の価値が減少したことを否定できないとしてもAの純資産額等からしてその程度はそれほど大きなものではない、
②渋谷区自身が本件返還金の支払を受領した
③渋谷区がAの株式を譲渡することを予定していない
④Cに対する責任追及等の訴えの実効性の有無及び程度が判然としないこと
⑤Bは本件専用部分を利用してAからの委託業務も行っていたのであり、転貸禁止条件に違反するというのはむしろ手続上の問題とみることもでき、この点につきCに悪意があったとか個人的な利得があったと認めるに足りる証拠はない

YがCに対する責任追及等の訴えを提起すべき必要性が高いなどということはできず、同訴えを提起しないとするYの判断が合理性を欠くものであると断ずることはできない。

Cに対する責任追及等の訴えを提起しないことがYの裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものということはできないと解するのが相当であり、違法に財産の管理を怠る事実に該当するということはできない。
  行政p44
東京地裁H28.1.14  
  消費者庁が行った不開示決定が取り消された事例
  事案 情報公開訴訟で、不開示処分が取消訴訟で争われている事案。 
本件開示請求書「消費者庁が保有する、2010年夏にAから預託法順守状況についての報告申し出があったにもかかわらず担当課長らに対してなされた処分の内容及び理由、経過等が分かる一切の文書」(「本件開示請求対象文書」)
処分行政庁である消費者庁長官は、本件開示請求対象文書は作成も取得もしておらず、これを保有していないとして、開示しない旨の決定(「本件原決定」)
異議申立て⇒情報公開・個人情報保護審査会は、答申上明記した「特定すべき文書」(「本件答申対象文書」)についての保有を認め、その開示を検討すべき旨を答申⇒処分行政庁は、本件開示請求対象文書が本件答申対象文書であると特定し、これに基づく特定の文書について、当該文書中の不開示情報該当部分を除く文書につき開示する決定(「本件決定」)
⇒原告は、本件決定における不開示部分の取消しを求めて本件訴えを提起⇒処分行政庁は、本件決定における不開示部分中、Aの社員氏名以外の部分ほかの特定部分(「本件追加開示部分」)を開示する旨の本件決定の変更(「本件変更決定」)。
  規定 行政情報公開法 第五条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。
一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
・・・
二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
・・・
六 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ
ロ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
ニ 人事管理に係る事務に関し、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
ホ 独立行政法人等、地方公共団体が経営する企業又は地方独立行政法人に係る事業に関し、その企業経営上の正当な利益を害するおそ
行政情報公開法 第四条(開示請求の手続)
・・・
2行政機関の長は、開示請求書に形式上の不備があると認めるときは、開示請求をした者(以下「開示請求者」という。)に対し、相当の期間を定めて、その補正を求めることができる。この場合において、行政機関の長は、開示請求者に対し、補正の参考となる情報を提供するよう努めなければならない。
行政手続法 第八条(理由の提示)
行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。ただし、法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。
  争点 ①本件不開示文書に記載された情報が行政情報公開法(「法」)5条各号所定の不開示情報に該当するか
②本件不開示文書の部分開示義務の有無等
③本件決定における手続的違法(法4条2項違反、行政手続法8条違反) 
  判断 ●争点①
不開示情報該当性についての主張立証責任が被告行政側にあることを踏まえ、法5条6号該当性について、「同号の定める要件に該当する事情の有無によって客観的に判断されるべきものであって、同号の文言に照らしても、行政機関の長の裁量判断に委ねられていると解することはできない」
⇒処分行政庁は、開示請求に係る行政文書の外形的事実等に加えて、国の機関等の行う事務又は事業の目的及び内容を明らかにした上で、当該行政文書を公にした場合に当該事務又は事業にいかなる影響(実質的な支障)が及ぶのかを主張立証すべき。
消費者庁の調査官が景表法に基づく措置命令に向けた本件での立入検査においてAから任意の提出を受けた文書の不開示について、「本件不開示文書を公にすることによって、消費者庁の事務(現在及び将来の景表法に基づく調査委事務)の適正な遂行について実質的な支障を及ぼす蓋然性を客観的に認めることはできず」、法5条6号の不開示情報には該当しない。
Aの役員の氏名、役職、報酬等の本件役員情報については、法5条1号該当性を認める不開示妥当を判断。
Aが監査法人からの質問事項に対して用意した回答内容が記載された不開示部分については、当該監査法人との関係において法5条2号イの定める不開示情報には該当しない。
Aの役員が債務保証をしている関連法人に関する不開示部分につき、争点②にかかる判断において、
全証拠を精査しても、本件役員情報部分を除いた部分に不開示情報が記録されていることを認めるに足りる事実ないし証拠はない

本件決定のうち、前記部分の不開示部分の取消しを判示。 
争点③について 
処分行政庁が本件原決定をすべて取り消して本件決定を行った⇒法4条2項には違反しない。
本件決定書において処分行政庁が本件答申対象文書を本件開示請求対象文書として特定した経緯を記載し、本件答申対象文書について不開示部分ごとに不開示理由を明記した表を添付。
本件決定書の記載内容をみた場合、行手法8条の趣旨に照らしても、処分行政庁が本件開示請求対象文書に含まれないと判断した文書や、存在していない文書について、逐一その理由を同条に基づき示すべき義務を負っていたということはできない。
⇒行手法8条に違反しない。
  解説 争点①の判断理由として
①本件不開示文書が、景表法違反被疑事件調査事務において入手された文書ではなく、措置命令を行うための景表法9条調査等事務である本件立入検査において入手されたもの⇒景表法違反被疑事件調査事務の遂行に具体的な影響が生じるとは直ちに考え難い
②本件不開示文書の任意提出について、これをAが不提出とした場合に景表法16条、18条による拒否の場合の罰則の対象となる⇒景表法違反被疑事件調査事務における任意の協力と同視することはできない。
③消費者庁が本件措置命令の概要を公表していること
を指摘。
争点②の理由につき、
本件役員情報部分が本件不開示文書の本文の上段部分に記載されていることに鑑みればと、文書中の不開示情報の記載位置に着目。
  民事p61
大阪高裁H28.4.22  
  検察官が刑事被告人の勾留先を捜索して弁護人との手紙等を押収したことは違法。捜索差押許可状発付の違法性は否定。
  事案 強盗、窃盗等の刑事事件で大阪拘置所に勾留されていたX1が、検察官が、罪証隠滅工作を行うおそれが高いとして、捜索差押許可状の発付を受けてX1の勾留先を捜索し弁護人であるX2との手紙等を押収

本件捜索差押許可状の請求及び執行をした検察官に故意または過失があったとして、X1は秘密交通権、秘匿権、防御権を侵害するとし、X2は、弁護権を侵害するとして、Yに対し損害賠償を請求。 
  規定 刑訴法 第218条〔令状による差押え・捜索・記録命令付捜索・検証・身体検査、通信回線接続記録の複写等〕
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。
  一審 令状発付裁判官の捜索差押許可状の発付は違法性が認められないが、検察官の捜索差押許可状の請求及び執行等は違法
⇒Yに対し、それぞれ55万円の支払を求める限度で認容。 
  判断 一審判決は相当。 
  解説 争訟の裁判と国賠責任について
最高裁昭和57.3.12は、
裁判官に違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情があることを必要とする。
本判決:
①裁判官が裁判を行うに当たっては、事実認定が、証拠を自由に取捨選択し、多様な経験則を適用することによって行われる、自由な心証に基づく純粋思惟作用であり、その判断は裁判官により異なり得る
②法令の適用解釈についても、客観的な基準によって唯一絶対のものではなく、その判断は裁判官により異なり得る
③裁判官は、良心に従い独立して職権を行うものであり(憲法76条3項)、裁判官の独立を確保するためには、間接的であれ、その職権行使に影響を与えることは、できるだけ排除されなければならないとの要請が働く
④このことは、争訟の裁判と捜索差押許可状等の令状発付についての裁判とで異なることはない

令状発付の場面において、昭和57年最判がいう「裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認められるような特別の事情」とは、裁判官が、与えられた裁量を著しく逸脱し、法が裁判官の職務の遂行上遵守すべきことを要求している基準に著しく違反する裁判をした場合を指すものと解すべきである。
すなわち、通常の裁判官が当時の資料、状況の下で合理的に判断すれば、到底捜索差押許可状を発付しなかったであろうと認められるのに、これを発付したような場合がこれに該当し、このような場合には、当該令状発付が国賠法上も違法と判断されるものと解するのが相当である。
  民事p83
富山地裁H27.7.8  
  新車の売買の錆による瑕疵担保責任(肯定)
  事案 新車を購入したところ錆。
Yに対して、売買契約上の瑕疵担保責任に基づき車両代金と査定額の差額につき損害賠償請求。
  争点 ①錆の瑕疵の該当性
②損害の発生の有無 
  判断 自動車の部品の中には防錆加工をすることができないものがあり、鋼鉄を使用する製品であり、およそ錆の発生を防止することは不可能⇒新車に錆が生じていたことのみをもって直ちに瑕疵があるとはいえない。 
Yが取り扱う自動車メーカーのウェブサイトの「品質への取り組み」の記載において錆のない自動車を提供することが必要である等の旨が発信されている
⇒新車購入者が納入される車両の床下部分等に多量の錆が発生していることを予想しておらず、そのような錆が生じていないことが売買契約において予定されていた車両の品質。

本件自動車の錆の状態が通常の使用に問題がないとしても、予定されていた品質を欠くものとして瑕疵に当たるとし、瑕疵担保責任を肯定。
損害については、その性質上その額を立証することが極めて困難⇒民訴法248条により車両の減価としての損害を5万円と認め、原判決を変更し、請求を一部認容。
  民事p88
さいたま地裁H28.1.28  
  老人性痴呆患者の長期ケアを目的とする精神病院での転倒事故に当たっての医師の責任
  事案 平成23年2月17日午後3時45分頃老人性痴呆患者の長期ケアを目的とする精神病院でAが転倒⇒Z医師が現場で視・聴診したところ、Aは左側頭部の痛みを訴えたが意識障害がなかったことから経過観察⇒午後5時20分頃意識レベルが低下し、呼吸状態が悪化⇒午後6時過ぎ救急車手配しE病院に搬送⇒頭部CTにより左硬膜下血腫、切迫脳ヘルニア状態であることが確認⇒回頭血腫除去術、外減圧術を行った結果一命は取り留めたが意識回復に至らず、平成24年8月、転院先のF病院で肺炎により死亡。
  患者Aの遺族(妻及び長男、次男)のうち、原告妻X1と原告次男X2は、亡AはD病院の担当医師らの過失によって損害を受け、Aの死亡により原告らがその損害賠償請求権を法定分に従い相続⇒D病院の設置運営者である被告Yに対して、原告X1に対して1531万円余、原告X2に対して765万円余及び年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
過失内容:
亡Aは転倒後、頭が痛いと訴えたのであり、被告病院のスタッフは、転倒の状況を見ておらずその危険性を判断することができなかった⇒被告病院の担当医師は、転倒の時点で直ちにCT、MRIによる客観的な検査をするよう対処すべきであったが、それを怠り転倒から二時間以上経過した午後6時4分に至ってようやく転送のための対処をした点に注意義務違反がある。
  判断 原告が提出した文献に基づき「急性硬膜外血腫と急性硬膜下血腫」の違いについての、調査嘱託の結果によって「頭部の外傷時のCT検査について」ついての検討結果(見解)を示した上で、
①亡Aは、本件転倒時に、意識レベルの低下がなく、痛みを自ら訴えるなどしている⇒意識障害は見られなかった。
②患部に発赤や腫脹はない⇒頭蓋骨骨折が疑われる状況にあったということはできないし、現に頭蓋骨骨折は認められない。
③本件転倒直後には顔色不良等の症状があったが間もなく回復し、嘔気もなかった⇒特にCT検査の適用となるような症状があったことも窺えない。
④これらの症状は、同に血午後5時20分まで変化がなかった。

本件転倒により頭部を打撲したことが疑われるとしても、被告病院の担当医師に、本件転倒直後直ちにCT検査やMRI検査をすべき義務があったということはできない。
⇒請求棄却。
  解説 本件の患者は過去に交通外傷により脳j挫傷・水頭症手術・頭蓋骨半分のセラミック置換術を受けた既往があり、その30年後に歩行中転倒して再び頭部を打撲して硬膜下血腫との診断のもとに大学病院で水頭症手術を受けた認知症患者で、その患者が医療施設(病院)の機能回復訓練を行う場合で三度目の店頭によって頭部打撲。

議論の確信は、このような経歴を有する患者が、病院が医療として実施する機能回復(リハビリ)訓練の場所ないしは訓練中に転倒・頭部外傷を負った場合に、これを診断した病院の医師は、何をすべきか(あるいはさらに遡って転倒のおそれの)ある機能回復訓練を行うことの適否。

転倒による頭部打撲(外傷)が起きた場合の一般論で、注意義務違反・責任の有無を論ずるのはいささか早計。
E病院の転送が遅すぎたのではないなかとの問題。
  民事p93
東京地裁H28.3.25  
  自筆証書遺言として有効か?
  事案 遺言者Aの孫にあたるXが、遺言者の法定相続人であるYらに対し、家庭裁判所において検認されたAの自筆証書遺言(本件遺言)が有効であることの確認を求めた事案。 
ステープラーで留められた2枚の書面(本件書面)と封筒(本件封筒)からなる。
①本件書面の文言上、日付と遺言者の署名はあるものの押印を欠いていたが、1枚目の裏面と2枚目の表面にまたがり遺言者の実印が押捺(契印)されていた
②本件書面は無地の本件封筒に入れられ、その綴じ目には「〆」の文字と共に遺言者の実印と矛盾しない印が押捺
③家庭裁判所による検認時には封がされていない状態
  規定 民法 第968条(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
  解説 民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自書のほかに署名押印を要する趣旨について、
最高裁H1.2.16:
遺言全文の自書と相まって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書について作成者が署名しその下に押印することで文書の作成を完結させるという、我が国の慣行ないし法意識に照らして、文書の完成を担保するところにある。
最高裁H6.6.24:
遺言書本文に遺言者の押印を欠いていても、封筒の綴じ目にされた押印をもって民法所定の押印要件に欠けるところはない。

文書の完成を担保するとの趣旨を損なわない限り、押印の位置は必ずしも署名下であることを要しないとしたもの。
東京高裁H18.10.25:
遺言書本文に押印のない事案において、押印のある封筒と遺言書との一体性が認められない⇒民法所定の要件を満たさないとして遺言無効。
  判断 検認当時において本件封筒に封がされていなかった⇒本件遺言と本件封筒が一体のものであるとは認められない⇒これにより民法所定の押印の要件を満たすとはいえない。
  1枚目の裏面と2枚目の表面にまたがり遺言者の実印が押捺(契印)されていた事実をもって、本件遺言は自筆証書遺言として有効であるとして、Xの請求を認容。 
①契印は、重要な書類を作成する場合において、その一体性を確保し、後日の差し替え等を防止するために行われる
②契印が押捺されるのは、複数枚の書類を記入し終えた段階において、書類を綴じ合わせるのと同時に行われるのが一般的

Aは、本件書面を作成する最後に、その重要性を認識しながら、書面を完成させる目的で契印をしたと認めるのが相当であり、民法が自筆証書遺言に諸ン名押印を求める趣旨を損なうものではない。

民法968条1項所定の方式に欠けるところはなく、自筆証書遺言として有効。
  解説 本判決は、契印という形で押印がなされている以上、Aにおいて、本件遺言を完成させる意思を有していたことが十分に担保されていたと認められれば、民法所定の形式を満たすとの判断。
  最高裁H28.6.3:
花押を書くことは民法968条1項所定の要件を満たさない。
←我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるとう慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。

民法所定の要件を満たすためには、当事者が当該行為(花押)により文書を完成させる意思を有していたのみでは足らず、そのような慣行ないし法意識が存在することが必要。
●遺言書有効確認訴訟 
遺言が有効であると主張する原告が、直接その遺言に基づく給付の訴えを提起して、遺言内容の実現を図ることが可能⇒確認の利益の有無が問題。
but
本件の場合、
①本件遺言は、相続人である被告1名の遺留分を侵害して原告に対し遺贈する内容
②本件遺言の有効無効が確定した後にその判断に従った遺産分割協議を行う意思を当事者らが有していた
⇒確認の利益の存在につき異論なし。
  民事p96
東京家裁H27.8.13  
  婚姻費用の算定事案
  事案  
  判断・解説 ●婚姻費用の支払の始期
XがYに内容証明郵便をもって婚姻費用の分担を求める意思を表明した平成26年1月とするのが相当。
◎解説
婚姻費用や養育費の支払の始期については、裁判所の合理的な裁量によって決定すべき問題。
実務上は、権利者が婚姻費用や養育費の分担請求をした時とすることが多く、通常は、調停や審判の申立てをした月。
調停や審判の申立てをする前に婚姻費用や養育費の請求をしたことが内容証明郵便や電子メール等で明らかな場合⇒その請求をした月を始期とすることが多い。
  ●Xが居住する自宅の住宅ローンの支払について
Yによる住宅ローンの支払額の一部に相当する額を婚姻費用の分担額から控除するのが相当。
  ◎解説 
義務者が家を出て、権利者が居住する自宅の住宅ローンを支払っている場合、
①権利者は自らの住居関係費の負担を免れる一方、②義務者は自らの住居関係費とともに権利者世帯の住居関係費を二重に支払っていることになる。
⇒婚姻費用の算定に当たって、義務者が住宅ローンの支払をしていることを考慮する必要がある。
but
住宅ローンの支払には義務者の資産を形成するという側面がある
⇒支払額全額を控除することは、生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果にもなり、相当ではない。
この場合の算定方法:
A:住宅ローンの支払額を特別経費として控除する方法
B:算定表による算定結果から一定額を控除する方法
本審決は、Bの考えに従っているが、住宅ローンの返済条件の変更に伴って、控除する額に変更を加えている。
  ●就学中の長男及び長女の取扱い及び学費の考慮 
既に成年に達している長男及び近い時期に成年に達する長女を未成熟しとして取り扱うのが相当と判断。
その学費等については、
①Yによる進学への承諾は長男及び長女が奨学金の貸与を受けることを前提としたものであったこと、
②長男及び長女が奨学金の貸与を受けており、長男及び長女の教育費にかかる学費等のうち、長男の火曜大学への学校納付金につちえは全て、また、長女の通う専門学校への学校納付金についても9割以上、各自の受け取る奨学金で賄うことができる
③算定表で既に長男及び長女の学校教育費としてそれぞれ33万3844円が考慮されている
④Yが、現在居住している住居の家賃の支払だけでなく、住宅ローンの債務も負担、
⑤長男及び長女がアルバイトをすることができない状況にあると認めるに足りる的確な資料がない
⑥当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の人数その他本件に顕れた一切の事情

長男及び長女の学費等を算定表の幅を超えて考慮するのが相当とまではいうことはできない。
  ◎解説 
未成熟子とは、経済的に自ら独立して自己の生活費を獲得すべき時期の前段階にあって、いまだ社会的に独立人として期待されていない年齢にある子女。

子が成年に達していても、大学等に進学している場合には、未成熟子として取り扱うことが実務上少なくない。
他方、その場合も、親の収入状況や親が扶養すべき家族の人数等によっては、子の奨学金やアルバイト収入等を考慮に入れないと、婚姻費用や養育費について適正な額を算定することが難しいこともある。
本審判が、長男及び長女の進学についてYの承諾がありながら(義務者が私立学校への進学を承諾している場合には、算定表による算定結果に私立学校の学費の不足分を加算することが多い。)、長男及び長女の奨学金や稼働状況、当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の数等を考慮し、学費などを算定表の幅を超えて考慮しないとしている。
  知財p100
知財高裁H28.4.12  
  「フランク三浦」事件
  事案 Yが無効審判請求⇒特許庁が、本件商標は商標法4条1項10号、11号、15号及び19号に該当する商標であるとして無効審決⇒Xが審決取消訴訟を提起。 
  規定 商標法 第4条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)

十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
  判断 本件商標は、 商標法4条1項10号、11号、15号及び19号のいずれにも該当しない旨判断し、審決を取り消した。
  ●商標法4条1項11号該当性
最高裁昭和43.2.27(しょうざん事件)を引用し、
Yの使用する「フランク ミュラー」ないしは「フランク・ミュラー」の文字から成る商標(Y使用商標1)と、これの語源となった「FRANCK MULLER」の文字から成る商標(Y仕様商標2)は、本件商標の商標登録出願時及び登録査定時においては、外国の高級ブランドとしてのYの商品を表示するものとして、我が国においても、需要者の間に広く認識され、周知となっていた。
本件商標と引用商標1の類否を検討し、両者は
①呼称において類似するものの、
②その外観において明確に区別し得る
③本件商標からは、「フランク三浦」との名ないしは名称を用いる日本人ないしは日本と関係を有する人物との観念が生じるのに対し、Y仕様商標1と同一の更正である引用商標1からは、外国の高級ブランドであるYの商品の観念が生じる⇒両者は観念において大きく相違
④本件商標及び引用商標1の指定商品において、もっぱら商標の呼称のみによって商標を識別し、商品の出所が判別される実情があることを認めるに足りる証拠はない

本件商標及び引用商標1が同一又は類似の商品に使用されたとしても、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない

本件商標は引用商標1に類似するものということはできない。
類似性を否定⇒商標法4条1項10号及び19号該当性も否定
  ●商標法4条1項15号該当性 
最高裁H12.7.11(レールデュタン事件)を引用し、
①Y仕様商標は、外国ブランドであるY商品を使用するものとして周知であり、
②本件商標の指定商品はYの商品と、その性質、用途、目的において関連し、本件商標の取引者及び需要者は共通する
but
③本件商標とY仕様商標とは、生じる呼称は類似するものの、外観及び観念が相違し、かつ
④本件商標の使用商品において、呼称のみによって商標を識別し、商品の出所を判別するものとはいえないものであって、
⑤かえって、・・・商品の外観を示す写真を掲載して宣伝広告⇒本件商標の指定商品のうちの「時計」については、商品の出所を識別するに当たり、商標の概観及び観念も重視される
⑥その余の指定商品についても、時計と性質、用途、目的において関連するものであるから、これと異なるものではない
⑦Yがその業務において日本人の姓又は日本の地名を用いた商標を使用している事実はない

本件商標の指定商品の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準としても、本件商標を前記指定商品に使用したときに、
当該商品がY又はYと一定の緊密な営業上の関係若しくはYと同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信させるおそれがあるとはいえない。

本件商標が「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」に該当するものとは認められない。
  解説 パロディ的商標を扱った各裁判例においては、当該商標がパロディに当たるかどうかを判断するのではなく、あくまで、当該事案において問題となった商標が商標法4条1項各号に該当するか否かという観点から判断。 
  知財p112
東京地裁H28.1.28  
  特許権侵害の主張で構成要件の充足性否定(事案)
  事案 「メニュエール病治療薬」とする特許権を有する原告が、被告らによる被告製品の製造販売が前記特許権の侵害に当たると主張⇒
被告らに対し、
①特許法100条1項及び2項に基づく被告製品の製造等の差止め及び侵害の予防に必要な行為を
②民法709条及び特許法102条2項又は3項に基づき損害賠償金の一部及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を
求めた。
  争点 ①特許請求の範囲記載中「成人1日あたり0.15~0.75g/kg体重のイソソルビトールを経口投与されるように用いられる」という要件を被告製品が充足するか 
②本件特許の無効事由の有無
③損害額
  判断 争点①について、前記要件の充足性を否定し、原告の請求をいずれも棄却。
  ①イソソルビトールの投与量が成人1日あたり0.15~0.75g/kg体重の範囲未満または超過の用法があっても本件の発明の技術的範囲に含まれるのか否かにつき特許請求の範囲には記載されていない。
②明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を見ると、本件の発明は従来のイソソルビトール製剤の投与量が過大であるために生じる種々の問題を前記範囲にまで投与量を削減することによって解消したというもの
⇒前記範囲を超える量のイソソルビトールを投与するように用いられる治療薬は、患者の特徴や病態の変化に応じて医師の判断により投与量が削減された場合に前記範囲で用いられ得るものであっても、本件の発明の技術的範囲に属しないと解すべき。
⇒①の要件は、この用量を、患者の病態変化その他の個体の事情に着目した医師の判断による変動をしない段階、すなわち治療開始当初から、患者の個人差や病状の重篤度に関わりなく用いられることをいうものと解するのが相当。
薬剤の用法用量は添付文書に記載され、医薬品の製造販売業者から提供されていることを義務付けられている⇒被告製品が本件の発明の技術的範囲に属するためには所定の用法用量が添付文書に記載されていること又は製造販売業者が提供する情報に含まれていることが必要。
but被告製品はこうした要件を満たさない。
  解説 物の発明(特許法2条3項1号)は、原則として、当該物をその構造又は特性により特定することが求められる(最高裁H27.6.5)ところ、物を特定の用途に用いることが未知の特性となる場合に、その用途を特定することが行われる。
薬剤の発明においては、薬剤を構成する化合物は既知である一方、用法及び用量という用途が未知のものであるとして、これを特定することが行われている。
こうした用途は、物の使用方法であり、具体的には使用の主体(誰が使用するのか)及び態様(いつ、どこで、どのように使用するか)を明らかにすることによって特定。
  労働p119
東京地裁H28.5.13  
  定年後再雇用者との期間の定めのない労働契約を締結した場合の労働条件の労契法20条違反
  事案 Yを定年退職した後、Yとの間で期間の定めのある労働契約を締結し、嘱託社員として就労しているXらが、期間の定めのない労働契約を締結し、正社員として就労している従業員との間に賃金に関する不合理な労働条件の相違が存在し、労契法20条に違反すると主張⇒正社員に適用される就業規則等の適用を受ける労働契約上の地位の確認を求めるとともに、本来支給されるべき賃金額と実際の支給額との差額の支払(主位的に労働契約に基づく賃金として、予備的に不法行為に基づく損害賠償金として)を求めた。 
  規定 労働契約法 第20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

有期契約労働者の労働条件が、期間の定めのあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、当該労働条件の相違は不合理と認められるものであってはならない旨を規定。
  争点 ①労契法20条の「期間の定めるがあることにより」との文言に関連して本件に同条が適用されるか?
②同条が適用されるとした場合、本件における労働条件の相違が不合理と認められるものであるか?
③本件における労働条件の相違が同条に違反するとした場合、Xらの労働条件が正社員と同様のものになるのか? 
  判断 ●争点①について 
労契法20条の「期間の定めがあることにより」という文言は、有期契約労働者と無期契約労働者との間に労働条件の相違が機関の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であり、同条の適用範囲について、使用者が機関の定めの有無を理由として労働条件の相違を設けた場合に限定する趣旨ではない。
嘱託社員と正社員との間でどの地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があり、その相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らか⇒労契法20条の適用を肯定。
  ●争点②について 
有期契約労働者の①職務の内容並びに②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について、両者の間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り不合理であると評価される。
①本件の有期労働契約が、定年退職者との間で高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として締結されたこと
②Yが労働組合の主張・意見を聞いて嘱託社員の労働条件の改善を実施したこと、
③Xらが労働条件に同意していたこと
は、いずれも労働条件の相違を正当と解すべき特段の事情には当たらない。
⇒本件における労働条件の相違は、労契法20条に違反。
  ●争点③について 
①嘱託社員の賃金に関する労働条件が労契法20条に違反し無効。
②Yの正社員就業規則が原則として全従業員に適用されるものとされ、嘱託社員にはその一部を適用しないことがあるとされているにとどまる。

嘱託社員の労働条件のうち無効となる部分には正社員就業規則の規定が適用されることになるとして、Xらによる地位確認及び差額賃金の各請求をいずれも認容。
  解説 ●争点①について 
労契法20条は、非正規労働者と位置づけられる有期労働者の待遇改善を指向する規定で、正社員としての定年を迎えた後の再雇用者については、同条の典型的な対象者であるとはいい難い。
but
労働契約法の施行通達(平24・8・10基発0810第2号)は、同条が定年後再雇用者にも適用されることを前提に、定年後継続雇用の場合の不合理性の判断基準を示している
⇒行政解釈は、定年後再雇用者と正社員との間の労働条件の相違にも労契法20条が適用されるとの立場。
  ●争点②について 
これまで、労契法20条の不合理性の判断において、①職務の内容並びに②当該職務の内容及び配置の変更の範囲の点に違いがあることを前提に、その違いをどのような種類の労働条件にどの程度まで反映させることが許容されるかとう枠組みで議論。
前記施行通達も、定年後再雇用者と定年前の労働者との間の労働条件の相違について、定年の前後で右①②が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理とは認められないとしている。
本件は、①②が同一である場合にいかなる枠組みで不合理性を判断するのかという問題。
  ●争点③について
労契法20条に違反する労働条件の定めは、私法上も無効になるという解釈が一般的。
前記通達は、更に進んで、無効とされた労働条件については、基本的に、無期契約労働者と同じ労働条件が認められるとの解釈を示しているが、
学説上は、労基法13条のような補充的(直律的)効力が規定されていない⇒労働契約、就業規則、労働契約の合理的補充解釈によるべきことになるとする見解が有力。
本件は、就業規則の規定の解釈によって結論を導いており、学説有力説と同様の見解。
  刑事p132
東京地裁H27.7.7 
  起訴後の被告人の取調べについての供述調書の証拠能力が否定された例
  事案 警察官が、起訴翌日以降被告人を呼び出して面会し、公訴事実に関する取調べを行い、自白を内容とする供述調書を作成。
検察官は、刑訴法322条1項前段による証拠採用を求めた。
  規定 刑訴法 第322条〔被告人の供述書面の証拠能力〕
被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。
  判断 起訴後の被告人の取調べを適法なものとして許容すべき事情はなく、供述調書に録取された供述が任意にされたものでない疑いがある
⇒その証拠能力を否定し、証拠調請求を却下。
  解説 最高裁昭和36.11.21:
起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないが、これによって直ちにその取調を違法とし、その取調の上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきではない
⇒第1回公判前に作成され、公判で被告人及び弁護人が証拠とすることに同意した供述調書を採用した原判決に違法はない。 
最高裁昭和53.9.4:
起訴後の取調べは被告人の当事者たる地位にかんがみてなるべく避けなければならないとしつつ、第1回公判期日前又は検察官の冒頭陳述前の取調べであり、その取調べによって公判手続の進行に支障を生じたとか被告人の防御権を侵害したとかの事実は認められない⇒取調べを適法とした。
最高裁昭和57.3.2:
36年決定は、起訴後においても、捜査官はその公訴を維持するために必要な取調べを行うことができることを認めたものであり、起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないことを判示してはいるが、それ以上に、起訴後作成された被告人の捜査官に対する供述調書の証拠能力を肯定するために必要とされる具体的要件を判示しているとは解されない
  その後の裁判例~
起訴後の取調べはすべて許されないというのではないが、これが許されるためには、
①取調べを行う具体的な必要があること、
②取調べの前に被告人には刑訴法198条1項ただし書から導き出される義務(いわゆる取調受忍義務)がないことを告げ、被告人がこれを理解した上で取調べに応じるなど、その防御権を侵害しなかったことなどの事情が必要。
②については、取調室に出頭した被告人と捜査官との間で確認するやりとりがなされ、その旨が供述調書の冒頭に記載される扱いが定着。
  判断 最高裁決定を踏まえ、被告人の訴訟当事者としての地位と事案解明のために証拠を保全する必要との調和の観点から検討し、
①被告人が起訴後の取調べについて当初拒否的な態度をとっていた、
②弁護人が取調べを許諾した事実がない、
③自白の任意性自体に疑いを生じさせる事情がある、
④取調べの方法や時期に不当な点がある、
⑤起訴後の取調べが必要不可欠なものではなかった

以上を総合して起訴後の取調べは適法なものではなかったと判断。 
公判審理で被告人は公訴事実を否認していたが、判決は、被告人の供述調書以外の証拠によって被告人の関与を認定し、有罪を宣告。
量刑理由で、「被告人は不自然な弁解をしている。しかし、証拠上、組織内における被告人の地位や報酬額など詳しい事情は不明である」と言及。」
   
2314   
  行政p25
最高裁H28.6.27  
  市が土地開発公社の取得した土地をその簿価に基づき正常価格の約1.35倍の価格で買い取る市長の判断の適法性(適法)
  事案 大洲市が大洲市土地開発公社との間で土地の売買契約を締結し、これに基づき市長が売買代金の支出命令をしたところ、市の住民のXらが、前記売買契約の締結及び前記支出命令が違法であるなどとして、市の執行機関であるYを相手に、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、前記売買契約の締結及び前記支出命令をした当時の視聴の相続人らに対して不法行為に基づく損害賠償の請求をすることや本件公社等に対して不当利得返還の請求をすることを求める住民訴訟。
平成16年8月26日:市⇒公社に対し、・・土地の先行取得を依頼。
同年9月29日:公社は、本件土地を含む保留地を1㎡6万3700円で取得。
市⇒公社に隣接地を1㎡当たり、約8万4700円での取得を依頼し、
平成16年12月7日、本件隣接地取得契約締結。
本件隣接地の平成16年2月7日時点の正常価格は、1㎡当たり6万6700円。

平成19年8月14日、本件土地を1㎡7万2400円で購入。
同日時点での正常価格は1㎡5万3500円。

不動産鑑定士による鑑定によれば、本件土地及び本件隣接地における平成16年12月7日から平成19年8月14日までの間の地価変動率は、マイナス10.7%。
  規定 地方自治法 第2条〔地方公共団体の法人格、事務、自治行政の基本原則〕
⑭地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。
地方財政法 第4条(予算の執行等)
地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。
  一審・原審 本件売買契約のうち本件隣接地に係る部分に財務会計法規上の違法はない。
同契約のうち本件土地に係る部分につき、
①本件土地の取得価格がその正常価格の約1.35倍に及んでいること
②前記取得価格は、市が不動産鑑定や近隣の土地の分譲価格等との比較を行わず、本件公社の所有する保留地の簿価に基づいて算定された1㎡当たりの金額に本件土地の面積を乗じて決定したものにとどまること等

市が本件土地の取得のために支出した費用のうち本件土地の正常価格の1.15倍を超える部分は、地方公共団体の財政の適正確保の見地から合理性、妥当性を欠くものであり、これを私法上無効としなければ法の趣旨を没却する結果となる特段の事情は認められないものの、市長の裁量を逸脱、濫用したものとして、地方自治法2条14項や地方財政法4条1項に違反する財務会計行為として違法。

一部認容。
  判断 市が既に取得していた隣接地と一体のものとして事業の用に供するため、土地開発公社の取得した土地をその簿価に基づき正常価格の約1.35倍の価格で買い取る売買契約を締結した市長の判断は、
①前記隣接地の取得価格は、近隣土地の分譲価格等を参考にした定められたものであり、相応の合理性を有するものであったこと、
②前記売買契約に係る土地の1㎡当たりの取得価格を下回るものであり、これを地価変動率で前記売買契約締結当時のものに引き直した価格をも下回るものであったこと等の判示の事情

その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるとはいえない。 
  解説  本件隣接地及び本件土地の必要性の有無やその取得価格が不当に高額であるか否か等を踏まえ、
①本件売買契約又はこのうち本件隣接地に係る部分の先行行為である本件隣接地取得契約が私法上無効であるか否か
②仮に①の点が認められないとしても、本件売買契約が財務会計法規上の義務に違反して違法に締結されたものであるか否か
が問題。
  最高裁(昭和62.5.19、H16.1.15)によれば、
地方公共団体の締結した契約が私法上無効であるか否かが争われる場合、
①まず、当該契約が法令又はその趣旨に反するか否か(契約の違法)を検討し、この点が認められることを前提として、
②これを無効としなければ法令の趣旨を没却する結果となる特段の事情があるか否か(特段の事情の存在)を検討するとの立場。 
広域連合が土地を賃借する契約につき賃料額が私的鑑定において適正とされた賃料額より高額であることを理由として当該契約が違法でありその賃料の約定が無効であるとした原審の判断に違法があるとした最高裁H25.3.28:
前記①の契約の違法として、契約の対価の適否の観点から地方自治法2条14項、地方財政法4条1項違反が問題とされた場合については、契約の対価が鑑定評価等において適正とされた価格を超えたことをもって、直ちに契約の締結を違法とするのではなく、契約の対価に係る地方公共団体の長の判断に諸般の事情を相互考慮した上での裁量権の逸脱・濫用が認められるかどうかを検討すべきとの立場。

本件の場合、
当該契約の締結については、当該不動産を買い取る目的やその必要性、契約の締結に至る経緯、契約の内容に影響を及ぼす社会的、経済的要因その他の諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられており、当該契約に定められた買取価格が鑑定評価等において適正とされた正常価格を超える場合であっても、前記のような諸般の事情を総合考慮した上でなお、地方公共団体の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものと評価されるときでなければ、当該契約に定められた買取価格をもって直ちに当該契約の締結が地方自治法2条14項等に反し違法となるものではないと解することになる。
以上の点は、当該契約の締結が財務会計行為に先行する原因行為に当たり、これが私法上無効になるか否かが問題となる場合についても同様であると解される。
  原審は、本件売買契約の締結について、その取得価格と正常価格との較差の程度や取得価格の決定方法等に着目し、
本件隣接地の取得に関する部分には財務会計法規上の違法がないとする一方で、本件土地の取得に関する部分には財務会計法規上の違法があると判断。
vs.
①そもそも本件隣接地の取得価格は、本件公社による前記保留地の分譲価格や近隣2か所の件基準値の標準価格等を参考にして定められた相応の合理性を有するもの(原審も、本件隣接地の取得価格が市長の裁量権を逸脱・濫用するものとは認めていない。)ところ、
本件隣接地と一体として利用される本件土地の取得価格は、このような本件隣接地の取得価格を下回るだけでなく、これを本件鑑定で示された地価変動率により本件売買契約当時のものに引き直した価格をも下回っている。
⇒その価格自体から特に高額であるとはいえないと考えられる。
②そもそも正常価格(=不動産鑑定評価基準総論では「市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価格を表示する適正な価格」)は、個人の主観的事情や特別な事情(例えば、取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものであること等)を捨象した客観的な経済価値として判定されるものであり、本件土地の正常価格は、前市長が本件土地の取得価格を決定する際の考慮事情となる本件土地を取得する目的や本件売買契約の締結に至る経緯等は考慮せずに算出されたものであること、本件土地の取得価格と正常価格との較差(約1.35倍)も本件隣接地の取得価格と正常価格との較差(約1.27倍)と比較して顕著な相違があるとはいえない
⇒この点から直ちに前市長の裁量権の逸脱・濫用を認めることもできない。
本件土地の取得価格の決定方法も、不動産鑑定等や近隣土地の分譲価格等の比較が行われていない点で、取引の実例価格等を必ずしも考慮していない面があることは否定できないが、当該取得価格の算定基礎とされた前記保留地の平成19年度期末簿価は、本件土地を含む前記保留地の取得に要した経費等を積算したもので一定の算定根拠を有するものであり、これを基礎として算定された当該取得価格が前記①のとおり本件隣接地の取得価格等を下回るものであったことからすと、前市長が前記簿価に基づいて本件土地の取得価格を決定したことが明らかに合理性を欠くとはいえない。

原審が本件土地の取得価格やその決定方法等に関して指摘した点は、いずれも本件公社との間で本件売買契約を締結した前市長の判断に裁量権の逸脱・濫用があることを理由付けるものとはいえないと考えられる。
  行政p30
仙台高裁H28.5.13  
  年金給付の受給権者が死亡した場合に、その配偶者が自己の名で未支給年金の支給を請求するための「その者と生計を同じくしていたもの」の要件の判断。
  事案 老齢基礎年金及び老齢厚生年金を受給していた別居中の夫Aが死亡⇒妻であるXがその未支給年金の支給を申請⇒Aの死亡当時XがAと生計を同じくしていたとは認められないとの理由で不支給処分⇒Xがその処分の取消しを求めた。 
  国の主張 生計同一要件に関する認定基準(「本件基準」)に照らし、
住所が住民票上異なり、現に起居を共にしていないXについては、「やむを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること、定期的に音信、訪問が行われていることが認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにすると認められる」場合でなければ生計同一要件を充足しない。
  判断 本件基準の合理性を肯定。 
本件基準自体が「これにより生計同一関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合」を例外としていることを指摘し、
婚姻関係の破綻につき有責で自ら離婚請求することが許されないような配偶者が婚姻費用分担義務を履行せず、その強制執行も奏功しない間に死亡したといった場合を例に挙げ、
生計同一要件充足性の判断においては「現に消費生活上の家計を一つにしているか否か」という事実的要素のみによって判断すべきでなく、婚姻費用分担義務の存否その他の規範的要素を含めて判断すべき場合がある。
X・A夫婦の婚姻関係の実態をより詳細に認定し、別居はやむを得ない事情によるもので、もしAの健康が回復していれば別居解消の可能性があった
⇒そのような事情の下では「定期的に音信、訪問があった」とはいえないとしても、本件基準の定める例外として生計同一性を認めることができる。

Xの請求を認容。
  解説 生計同一要件に関する認定基準:
受給権者の法律上の配偶者の住所が受給権者の住所と住民票上同一である場合には、れ以上の実質的審査を行うことなく生計同一性を認めるものとなっている。
十分な資力を有していない法律上の配偶者が遺族年金等の支給を認められない場合としては、受給権者が重婚的内縁関係を形成しその内縁配偶者からも遺族年金等の支給申請がなされている場合が典型例。
最高裁:
法律上の配偶者であっても、「その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みがないとき、すなわち事実上の離婚状態にある場合」には、もはや遺族年金を受けるべき「配偶者」に該当しない。
「事実上の離婚状態」にあるか否かは、重婚的内縁関係の実態との相対的比較で決せられるのではなく、「(当該夫婦間に)婚姻関係を解消することについての合意があり、事実上の離婚に関する経済的給付も、事実上の離婚給付としての性格を有するものであるなど、双方の積極的な意思が合致して事実上の離婚状態を作り上げているということでなければならない。」との指摘。

遺族給付受給資格における法律上の配偶者の地位を重視し、「事実上の離婚状態」と、いわゆる「婚姻関係の破綻」とを明確に区別。
本件基準は生計同一要件に関する基準。
「別居解消の可能性がない」
「定期的な音信、訪問がない」
「現に経済的援助を受けていない」
ということから生計同一性を否定

受給権者による遺棄的な状況で別居を余儀なくされ、婚姻費用の支払も受けられていない法律上の配偶者は、自ら離婚を受け容れない限り、離婚給付も得られず、年金分割の請求もできず、その間に受給権者が死亡してしまうと遺族年金の支給も受けられないという事態に陥ることもあり得る。

本判決は、生計同一性の判断において事実的要素のみではなく規範的要素を含めて判断すべき場合があるとする。
  民事p40
札幌高裁H28.5.20  
  プロ野球観戦中の観客にファウルボールが当たった事故と試合を主催した会社の安全配慮義務違反(肯定)
  事案 Xが札幌ドームjにおいて、平成22年8月21日に行われたプロ野球の試合を観戦中、打者の打ったファウルボールがXの顔面に直撃して右眼球破裂等の傷害を負った⇒本件ドームには通常有すべき安全性を備えていなかった瑕疵があった、観客をファウルボールから保護するための安全設備の設置及び安全対策を怠ったなどと主張し、本件試合を主宰していたY1、本件ドームを管理していたY2、本件ドームを所有していたY3らに対し、不法行為又は国賠法に基づき、損害賠償を請求。 
  判断 本件ドームの一塁側内野席には高さ約2.9メートルのフェンスが設置されていた⇒通常の観客を前提とした場合に、観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており、社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。 
本件試合を主宰していたY1としては、野球を観戦する者に対し、ファウルボールが観客席に飛来する危険があること、危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して席を選択する機会を保障するなど安全対策を講じるべき義務を負っていたと解するのが相当であるところ、Y1は右のような安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められない。
⇒Y1の損害賠償責任を肯定。
Xにも打球の行方を見ていなかった過失があった⇒2割の過失相殺を認めた。
Y1に対する損害賠償請求を3357万円とし、Y2とY3に対する本訴請求を棄却。
  解説 民法717条1項に言う工作物の「瑕疵」とは、工作物が通常有すべき安全性に関する性状又は設備を欠くことを言うと解するのが、通説・判例。 
最高裁昭和50.2.25が「安全配慮義務」の不履行が損害賠償責任の根拠となることを判断してい以来、この理論は定着し、雇用契約、請負契約、交通事故、医療事故などにその適用範囲が広がっているが、プロ野球観戦中の観客に対する安全配慮義務が問題となったのは本件が初めて。
  民事p64
名古屋高裁H28.8.4  
  リハビリでの骨折⇒施設側の責任(否定)
  事案 Xの姉らは、平成23年4月頃から、自宅において、四肢の拘縮予防のため、パターニングと呼ばれるリハビリ運動をXにさせていたが、平成24年1月から、Yの施設において実施。 
Yの職員である看護師らは、平成24年2月、Yの施設において、Xの姉らの教示により、Xに対しリハビリ運動をさせた⇒Xの左足を伸ばす運動をさせた際、Xに肥大大腿骨警部の骨折が発生。

Xは、右骨折は、看護師がリハビリ運動の方法を誤ったことにより発生したと主張し、Yに対して、不法行為又は債務不履行により損害賠償を請求。
  一審 本件骨折当時、Xの骨密度は非常に低いものであったと推認され、いかに慎重に注意深くリハビリ運動を実施したとしても、不可抗力的に骨折という結果が生じる可能性も十分認められる
⇒骨折という結果が生じたことから遡って直ちに看護師の外力の加え方に何らかの注意義務違反があったと推認することはできない。
⇒請求棄却。 
  判断 手技の際に加える外力の点については、看護師が加えた外力が客観的には許容範囲を超えた外力を加えたものであったとは認められる。
but
①Xの姉らが、看護師に対して、Xの骨密度が極めて低い状態であることを伝えておらず、
②これまでXの姉らが自宅において実施してきたリハビリ運動を依頼したのであるから、看護師らが家族が実施してきたリハビリ運動を実施するとしても、骨折が発生するなど危険性が高いものであるとは考えないのが通常

リハビリ運動を開始するに際して医師等の専門家の意見を聴取することなく、Xに対してリハビリ運動を開始したとしても、Xに対する配慮を欠く不法行為上あるいは契約上の注意義務違反があったとは認められない。
  解説 注意義務違反の判断基準は、通常人の能力、技量等を基準として一般的・客観的に決定されなければならない。
医療機関や介護施設内の事故について、具体的な事故の予見可能性の判断としては、事故の原因・誘引の有無、内容、程度等を勘案して検討。
これまでの裁判例上、患者等が突然特異な異常行動に出て転落したというような事例以外には、予見可能性が認められやすい傾向にある。
  民事p70
鳥取地裁H27.9.9   
  ハンセン病患者の遺族による国賠請求
  事案 平成8年4月1日に廃止されたらい予防法11条の国立療養所に入所していなかったハンセン病元患者であるAの相続人Xが、国会議員、内閣、厚生大臣及び鳥取県知事は、平成8年まで非入所者及びその血族に対する偏見・差別を除去するために必要な行為をせず、また、これらの者は、非入所者及びその血族を援助する制度を創設・整備するために必要な行為をしなかったために、A及びXは精神的苦痛を受けたと主張
⇒Y1(国)びY2(県)に対し、国賠法に基づく損害賠償を請求。 
  主張 国については、ハンセン病患者・元患者(A)及びその血族(X)に対する偏見・差別を除去する義務(偏見・差別除去義務)並びに非入所者及びその血族に対して在宅医療制度等の援助制度を創設・整備すべき義務(援助制度創設・整備義務)があるところ、
①国会議員の立法不作為
②内閣の法案不提出
③厚生大臣のらい予防法廃止前の隔離政策の不転換があり、
これらは偏見・差別除去義務違反及び援助制度創設・整備義務違反として国賠法上の違法行為に当たる。
県に対しては、
④国の負うべき損害賠償席についてにの国賠法3条1項にいう費用負担者としての責任を主張するほか、
⑤機関委任事務の一環としての隔離政策及び県自ら推進した「無らい県運動」により県がハンセン病患者に対する偏見・差別等を創出・助長・維持してきたとの主張を前提に、患者・元患者が地域社会で生活することは公衆衛生上問題ないことを一般に周知徹底すべき義務及び患者・元患者が適切な治療・介護を受けることができるための医療体制・福祉体制を整備した上でその情報を周知する義務、患者・元患者の血族(X)についてはさらに、血族に対する相談体制を整備・充実させるべき義務(いずれも条理上の義務)を怠ったと主張。
  判断 ●Aの国に対する主張について
①同隔離規定による隔離及び患者の意思に反して強制的に療養所に収容される可能性があったことは、対象となる患者にとって人生選択の、ひいては人格の形成・発展の可能性を著しく制約するものであり、
②このような規定とその運用がもたらす事態

それは単に居住・移転の自由の制限というにとどまらず、憲法13条に含意されるところの、人格権の直接的な制約にわたるものとも評価することができる。

同隔離規定による対象者の権利・自由の制約が憲法に適合的であるためには、らい予防法の目的(ハンセン病の伝染予防)自体に十分な合理性が備わっていることを前提に、当該目的達成の手段として隔離以外に適当な方法がなく、かつ、いったん感染した場合には適切な治療法が存在しないという事情が認められる必要がある。

遅くとも昭和35年以降、すべてのハンセン病患者との関係で、伝染予防のための隔離の必要不可欠性はまったく失われており、同隔離規定の違憲性は明白。
国会議員が平成8年に至るまでらい予防法の隔離規定を廃止しなかったこと(偏見・差別除去義務に関連する主張)について:
国会議員の立法不作為について、遅くとも昭和40年以降平成8年に至るまで、国会議員が意見な規定であることが明白な同隔離規定を改廃する法律を制定することを怠ったことは、入所者のみならずAを含む非入所者との関係においても国賠法1条1項の適用上違法と評価されるべきであり、この点に関する国会議員の過失も認められる。
厚生大臣の政策不転換の主張について:
①遅くとも昭和35年の時点で、厚生大臣は隔離政策の抜本的な変換をする必要があったのであり、少なくとも新たにハンセン病患者を収容することをやめると共に、すべての入所者に対し自由に退所できることを明らかにする相当な措置を採るべきであった。
②厚生大臣は、隔離政策の一環として、療養所外でのハンセン病医療を妨げる制度的欠陥を取り除くための相当な措置を採るべきであった。
③ハンセン病患者が一般社会で生活しても公衆衛生上問題とならないことを社会一般に認識可能な形で明らかにするなど、社会内の偏見・差別を除去するための相当な措置を採るべきであった。

これらの措置を採ることなく、らい予防法6条、15条の下で隔離を継続し、また、ハンセン病が恐ろしい伝染病であり患者は隔離されるべき危険な存在であるとの社会認識を放置

厚生大臣の公権力たる職務行為に国賠法1条2項の違法性(偏見・差別除去義務違反)があったと認めるのが相当

厚生大臣の過失あり。
Aの相続人であるXは、平成14年1月28日ころに、ハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会との間で、国が非入所者との関係で隔離政策が違法であることを認めたものと評価することができる基本合意書に従った合意をしたことを認識したところ、それから3年以上経過した平成22年4月19日に本件訴訟を提起。

同訴え提起時点で民法724条に基づく消滅時効期間は経過。
国は消滅時効を援用する旨の意思表示。

国家賠償請求権は消滅時効により消滅。
  ●Xの国に対する主張について
Xは、少なくとも平成9年にAの診療録が開示されるまではAがハンセン病に罹患していたと認識するまでには至っておらず、らい予防法廃止以前においてAの罹患の事実を認識していなかった。

ハンセン病患者の子であるという認識のないXがハンセン病患者の子であることを隠しながら生活を送ることを強いられることにより生活上の様々な不利益を被ったということはできない(=具体的損害を認めることはできない)。
  知財p118
東京地裁H28.2.25  
  ソーシャルアプリケーションゲームと職務著作・映画の著作物
  事案 「神獄のヴァルハラゲート」との名称のソーシャルアプリケーションゲームについて、職務著作の成否や「映画の著作物」該当性等が問題となった事例。
開発に関与した原告は、本件ゲームをインターネット上で配信する被告に対し、
①主位的に、原告は本件ゲームの共同著作者の一人であって、同ゲームの著作権を共有するから、同ゲームから発生した収益の一部の支払を受ける権利がある
②予備的に、仮に原告が本件ゲームの共同著作者の一人でないとしても、原被告間において報酬に関する合意があり、
仮に合意がないとしても、原告には商法512条に基づく報酬を受ける権利がある旨主張し、
著作権に基づく収益金分配請求権(主位的請求)ないし報酬合意等による報酬請求(予備的請求)をした。
被告:本件ゲームは、被告における職務著作であり、また、映画の著作物に該当
⇒いずれにしても被告に著作権が帰属するなどと主張。
  規定 著作権法 第15条(職務上作成する著作物の著作者)
法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
著作権法 第29条 
映画の著作物(第十五条第一項、次項又は第三項の規定の適用を受けるものを除く。)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。
著作権法 第2条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十 映画製作者 映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をいう。

3 この法律にいう「映画の著作物」には、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含むものとする。
  判断 ●著作権法15条1項所定の職務著作 
本件ゲームの開発に関与していた時点では被告会社に雇用されておらず、同開発がほぼ終了した後に同社の取締役に就任
but
①原告は本件ゲームの開発期間中にはタイムカードで勤怠管理をされ、
②被告のオフィス内で被告の備品を用い、
③被告代表者の支持に従って開発しておいり、
④原被被告間において当然に報酬の合意があったとみるべきこと
⑤当初から原告が被告の取締役等に就任することが予定されていたこと等

原告は「法人等の業務に従事する者」である。
他の要件も満たす⇒職務著作の成立を肯定。
  ●著作権法29条1項所定の映画の著作物
①本件ゲームは、音声はないものの、利用者から人気の高い戦闘場面等において動画的な画像を多く用いており、「映画の効果に類似する視覚的効果」、すなわち「目の残像現象を利用して動きのある画像として見せる効果」がある
②著作権法2条3項所定の他の要件も満たす
⇒映画の著作物に該当。
①被告代表者が原告に対して本件ゲーム開発への参加を勧誘し、原告もこれに応じて別の会社を退社した上で同ゲーム開発に関与
②被告代表者が新会社(被告)を設立した上で、原告や被告の従業員とともに本件ゲーム制作を行った
③本件ゲームが被告名義で配信され、原告が被告を退社した後も被告名義で運営されている

本件ゲームの製作に発意と責任を有する者は被告であり、被告が「映画製作者」。
①「参加約束」については、「著作者が、映画製作に参加することとなった段階で、映画製作者に対し、映画製作への参加意思を表示し、映画製作者がこれを承認したこと」を意味する。
②原告は、映画製作者である被告の代表者から本件ゲーム開発に参加するよう勧誘され、これを了承して同ゲーム開発に協力してきた。
⇒原告は被告に対して参加約束をした。

著作権法29条1項により、本件ゲームの著作権は映画製作者である被告に帰属することになる。
  原告が本件ゲーム開発に際して従事した作業時間や作業量からすれば、当然に当事者間で報酬合意があったとみるべき。
⇒予備的請求のうち報酬合意に基づく請求を一部認容。 
  解説 著作権法15条の「法人等の業務に従事する者」について
最高裁H15.4.11:
法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、
①法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、
②法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかを、
業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して判断すべき。
●著作権法29条1項所定の映画の著作物について、
ゲームソフトが「映画の著作物」に該当するかについて、
先例が示した枠組み(=音声の有無にかかわらず、映像が動きをもって見えるという効果を生じさせることが「映画の著作物」たる必要的要件)を踏襲。
「映画製作者」は、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」をいうとされる(法2条1項10号)が、
より具体的には、法律上の権利義務が帰属する主体であって、経済的な収入・支出の主体となる者であるとされている。
  労働p129
東京地裁H28.3.16
  過重な長時間労働⇒精神障害を発症し自殺⇒出向元・出向先・両社の代取への損害賠償請求
  事案 Aが出向先企業で過重な長時間労働に従事⇒精神障害を発症し自殺に追い込まれた⇒Aの雇用主(出向元企業:Y1)、出向先企業(Y2)ならびに両者の代表取締役を兼務する者(Y3)の三者に対しAの両親(X1及びX2)が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を追及。 
  判断  Y1、Y2、Y3の全てに責任を認め、過失相殺を否定。
在籍出向においては出向先と労働者との間、出向元と労働者との間に二重の労働契約が成立。
出向先は在籍出向による労働契約関係に基づき、
出向元(雇用主)は労働契約に基づき、
ともに出向労働者において業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないように注意する労働契約上の付随義務としての安全配慮義務を負う。
出向元については、雇用主が労働者に他の企業への出向を命じて、他の企業の事業に従事させている場合には、法は不可能を強いるものではない

出向先・労働者との出向に関する合意で定められた出向元の権限・責任、及び、労務提供・指揮監督関係の具体的実態等に照らし、出向元における予見可能性および回避可能性が肯定できる範囲で、同義務を負う。
両者の代表を兼任するY3に対し、
出向先の代表者としては、
出向労働者の労働時間、業務の状況及び出向労働者の心身の健康状態を適切に把握して、労働時間が長時間に及ぶ等業務が過重であるときは、配置転換や人員体制を拡充する等の措置により、業務負担を軽減する措置をとる義務を負い、
出向元の代表者として、
出向労働者の長時間労働を知り得るようにし、長時間労働をしている出向者がいれば、その業務負担の軽減の措置をとることができる体制を整える義務がある。
  解説 安全配慮義務を負う主体は労働契約の当事者に限られず、労働者を受け入れて指揮命令する者もまた同様の責任を負う。 
出向(在籍出向)中の労働者は、雇用元の企業(出向元)との雇用関係を維持したまま他企業(出向先)の指揮命令系統に属し業務に従事⇒出向先・出向元ともに出向労働者に対する安全配慮義務の主体となりうる。
出向先と出向元がそれぞれ果たすべき義務の内容は出向実態に即して判断される。
形式上出向元は労働者を直接管理監督する立場にない⇒概して出向先より責任を認められにくい傾向がある。
本判決:
①出向先の労務管理を出向元の人事部が行い、
②出向元の代表者(Y3)が出向先の代表者も兼ねるという状況の下、Y3が出向元代表者としても出向先代表者としても労働者の出向先における就労状況を把握・管理できた
⇒予見・回避可能性を肯定。
●  代表者個人の責任:
労働者に対する安全配慮義務の直接の負担者は、まずは雇用契約関係にある(もしくは労働者を支配管理下に置く)会社。
会社の代表者(代表取締役)は会社の職務執行全体に責任を負う立場⇒会社とともに責任(民法い709条や会社法429条の責任)を問われることがある。
責任原因は適切な労働体制の構築を怠ったことに帰する
⇒必ずしも本件のように代表者が労働者の労務状況を直接把握できた場合に限定されない。
会社法 第429条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
1月   
2313   
  行政p18
東京地裁H28.2.16   
  建築基準法86条の2第1項に基づく認定処分の手続的瑕疵が、処分後の措置により治癒されたとされた事例
  事案 八王子市長がA団地管理組合に対し、建築基準法86条1項に基づく一団地の認定された旨公告された区域内に所在するA団地について、法86条の2第1項に基づく認定処分⇒区域内に居住する近隣住民であるXらがその取消しを求めた。 
  規制 建築基準法の各種制限は、原則として敷地単位に適用。
but
法86条1項は、一団地内に総合的設計によって建築される二以上の構えをなす建築物を建築する場合等において、特定行政庁がその各建築物を建築する場合等において、特定行政庁がその各建築物の位置・構造が安全・防火・衛生上支障がないと認めるもの(「一団地認定」)については、容積率等の制限に係る規定の適用については、当該建築物は同一敷地内にあるとみなすとしている。
法86条の2第1項は、区域内で建築物を立て替える場合などには、当該建築物の位置・構造が他の建築物の位置・構造との関係において安全・防火・衛生上支障がない旨の特定行政庁の認定(「同一敷地内建築物認定」)を受けることを要するとしており、
建築基準法施行規則10条の16第2項2号は、同一敷地内建築物認定の申請をしようとする者は、区域内の他の地権者に対する建築物の計画に関する説明のために講じた措置を記載した書面(「説明措置記載書面」)を特定行政庁に提出するものとしている。
  判断 ①本件規定は、同一敷地内建築物認定を得て新たな建築行為が他の地権者の知らないうちに行われると、それらの者の将来の建築行為に対する規制に影響が及び、権利が侵害される結果になりかねない⇒事前の説明措置によりかかる事態を未然に防止する趣旨。
②説明措置は、少なくとも区域内の他の地権者の大半に説明内容が伝わり得るような形態であることを要するとし、A管理組合の提出書面をもって本件規程所定の書面とは評価できない。 
③本件規定の前記趣旨⇒特定行政庁は、同一敷地内建築物認定をするに当たり、提出書面の記載内容から法の趣旨にかなった説明措置が実施されたかを審査しなければならないと解すべき。

本件認定処分には瑕疵があったとみる余地がある。
行政処分に瑕疵がある場合であっても、その後に当該処分の要件が満たされたときには当該瑕疵が治癒する場合がある(最高裁)ところ、法律が慎重な判断を求めて詳細な手続的要件を定めていたにもかかわらず、これを無視して行政処分がされた場合にその瑕疵の治癒が認められるとはいえないところであって(最高裁)、瑕疵の治癒が認められるかどうかは、①処分内容の趣旨・内容、②瑕疵の程度、③事後的にされた措置の内容、④瑕疵が関係者に与えた影響⑤その他諸般の事情を考慮して判断すべき。
①当初の説明措置が最も利害関係が強いと思われる隣接地権者に対してなされたこと、②本件認定処分後に法の趣旨に沿った説明措置が追加されたこと、③説明措置は他の地権者に同意権を与えたものではない上、④他の地権者がその予想を超える不利益を受けないことなどの本件事情
⇒本件認定処分に瑕疵があったとみる余地があるとしても、これが治癒されたものと解するのが相当。
  解説 行政処分につき処分時に処分要件を欠く瑕疵がある場合は違法として取り消されるのが原則。
処分後の事情により処分要件が具備され、処分を取り消しても同一の処分が繰り返されることが予想されるときは、行政経済や法的安定性の見地から瑕疵の治癒を認めるべき場合があると解されている。
(もっとも、瑕疵の治癒は、法律による行政の原理から安易に認めるべきではないとされる。) 
本判決は、その引用する最高裁判決の判示内容等から、瑕疵の治癒に係る考慮要素を括り出し、これを本件について検討した結果、処分要件の趣旨・内容に照らして瑕疵は軽微であって事後的に処分要件を具備しており、関係者への影響も大きくない⇒本件認定処分に瑕疵があったとみてもそれは治癒されている旨判断。
敷地所有者の承諾を欠く建築基準法上の道路位置指定処分につき瑕疵の治癒を認めた例(裁判例)あり。
  民事p25
最高裁H28.4.28  
死亡保険金受取人(=破産者)が有する死亡保険金請求権と破産財団への帰属
  事案 保険契約者兼被保険者である者が、第三者のための生命保険契約を締結していたところ、その保険金受取人につき破産手続開始の決定がされた後に保険事故(=被保険者の死亡)が発生した場合の死亡保険金(請求権)が破産者たる保険金受取人とその破産財団のいずれに帰属するかが争われた事案。
平成24年3月、Y1とA(Y1の配偶者)について破産手続開始決定。
Y1(破産者)は、平成24年5月上旬、死亡共済金及び死亡保険金の各請求手続をして、同月下旬に合計2400万円を受け取り、このうち1000万円(「本件金員」)を費消し、同年9月、残金1400万円をX1の預り金口座に振込送金。
本件金員のうち800万円は、同年6月からY1の代理人となった弁護士であるY2の助言に基づいて費消された。
  請求 X1・X2(破産管財人)が、
①本件保険金等請求権がY1又はAの各破産財団に属するにもかかわらず、Y1が本件金員を費消したことは、Y1において本件金員を法律上の原因なくして利得するもの。
②Y2にはY1が本件金員を費消したことにつき弁護士として注意義務違反がある。

Y1に対しては不当利得返還請求に基づき、
Y2に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、
X1において800万円及び遅延損害金等の連帯支払を、X2において200万円及び遅延損害金等の連帯支払を求めるもの。
反訴:
Y1が、本件保険金等請求権がY1の破産財団に属しないにもかかわらず、X1が法律上の原因なくその一部である1400万円を利得していると主張⇒X1に対し、不当利得返還請求権に基づき、1400万円及び遅延損害金の支払を求めるもの。
  規定 破産法 第34条(破産財団の範囲) 
破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
.2 破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権は、破産財団に属する。
  原審 本件保険金等請求権は、破産法34条2項にいう「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」に該当するものとして、本件各破産財団に属する。

①Y1が本件金員を費消したことは、Y1において本件金員を法律上の減員なくして利得するもの
②Y1が本件金員のうち800万円を費消したことについて、Y2に弁護士としての注意義務違反が認められる

X1・X2の本訴請求のうちY1に対する請求を認容するとともにY2に対する請求を一部認容。
  判断 上告審として受理した上、Y1・X2の上告を棄却。 
  解説  ●保険契約の成立後、保険事故が発生する前に保険金受取人について破産手続開始の決定⇒当該保険契約に基づく保険金請求権が破産法34条2項にいう「将来の請求権」として、破産財団に属するか?
A:保険契約成立説:
保険契約の成立とともに保険事故等保険契約の定める保険金支払事由の発生を停止条件とする債権(抽象的保険金請求権)が発生し、これが破産法34条2項にいう「将来の請求権」に該当。
⇒破産手続開始の決定前に保険契約が成立していれば、破産者たる保険金受取人の有する保険金請求権はその破産財団に属する。
B:保険事故発生説:
b1:そもそも抽象的保険金請求権の発生を認めないか、又は、
b2:そのような請求権の発生自体は認めても、破産法34条2項にいう「将来の請求権」には該当しない
⇒保険事故の発生により具体化した保険金請求権は、その保険事故が破産手続開始の決定前に発生していない限り、破産者たる保険金受取人の自由財産(新得財産)になる。
通説・執行実務:
本件契約の成立とともに抽象的保険金請求権が発生し、同請求件は処分可能であり、かつ、差押えの対象にもなる。
最高裁昭和40.2.2:
第三者のための保険契約の死亡保険金請求権について、保険契約の効力の発生と同時に保険金受取人が自己の固有の権利として原始的に取得し、保険契約者兼被保険者の遺産より離脱しているものと解している。

抽象的保険金請求権の発生それ自体は肯定。
抽象的保険請求権の破産財団帰属性を肯定した上で、個々の破産事件において財団放棄又は自由財産の拡張等の判断をする際の考慮事情の中に、保険契約の性質、内容、保険金額、保険金請求権の具体化の可能性等といったものを含めるといった破産手続の運用によって対応するのが理論的にも無理がなく、実務的にも相当。
  ●損害保険に係る保険金請求権(なお、損害保険の1つである責任保険(保険法17条2項)の保険給付請求権は、同法22条3項で原則として差押禁止とされている⇒破産財団帰属性は問題とならない。)について: 
損害保険の場合にも抽象的な保険金請求権が発生することを認めている。
but
被保険者について破産手続が開始された後に第三者の不法行為により保険事故が発生した場合に、破産管財人において保険金請求権が破産財団に帰属することを前提に保険金の支払を受けてしまうと、保険会社が破産者たる前記被保険者の前記第三者に対する損害賠償請求権(=本来、上記被保険者の新得財産に当たるもの)に代位できてしまう(同法25条)という問題。
  民事p29
東京地裁H28.4.28  
  新システムを開発・構築する業務委託契約でのプロジェクトマネジメント義務違反(肯定)
  事案 本訴請求:
Y(ベンダー)との間でシステム開発に係る複数契約を締結したX(ユーザー)が、Yに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求、又は債務不履行解除に基づく原状回復請求として、18億113万4321円及びこれに対する遅延損害金(商事法定利率)の支払を請求
反訴請求:
Yが、Xに対し、前記システム開発に係る前記以外の契約に基づく委託料支払請求、又は商法512条に基づく相当報酬額支払請求として、2億3661万9422円及びこれに対する遅延損害金(商事法定利率)の請求
  規定  商法 第512条(報酬請求権)
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる
  争点 本訴請求:
①債務不履行に基づく損害賠償責任の有無
②本件各契約の債務不履行解除等の可否
反訴請求:
①未払委託料の有無
②商法512条に基づく相当報酬請求の可否 
債務不履行に基づく損害賠償請求について、Xが、
①本件システム開発において、Yは多数の不具合ないし瑕疵を発生させたとして契約上の債務の不完全履行を主張したほか、
②予備的に、契約上の付随義務違反としていわゆるプロジェクトマネジメント義務違反を主張。
  判断 Yは、
①システム開発の専門業者として、Xに対し、②本件提案書を提出し、③業務改革を早期に実現するためのアプローチ、組織、役割などについて体系化されたY独自の方法論、システムの企画から保守・運用までを8個のフェーズに分けたシステム開発工程、フェーズの目的及び主要成果物などの説明、また、④Yの業務改革プロジェクトの経験とノウハウを集約した化学産業向けシステム開発に適用するテンプレートの説明、⑤同テンプレートの想定業務プロセスに目標業務プロセスを合わせる形のシステム設計方法など説明した上で、Xとの間で本件基本契約を締結し、本件プロジェクトを遂行するための協働関係に入った。

Yは、自らが有する専門的知識と経験に基づき、本件システム開発に係る契約の付随義務として、本件システム開発に向けて有機的に組成された各個別契約書や本件提案書において自らが提示した開発手順や開発手法、作業工程等に従って自らなすべき作業を進めるとともに、それにとどまらず、本件プロジェクトのような、パッケージソフトを使用したERPシステム構築プロジェクトを遂行しそれを成功させる過程においてあり得る隘路やその突破方法に関する情報及びノウハウを有すべき者として、常に本件プロジェクト全体の進捗状況を把握し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処すべき義務を負う。
システム開発は開発業者と注文者とが協働して打ち合わせを重ね注文者の意向を踏まえながら進めるべきもの⇒Yは、注文者であるXの本件システム開発へのかかわりなどについても、適切に配慮し、パッケージソフトを使用したERPシステム構築プロジェクトについては初めての経験であって専門的知識を有しないXにおいて開発作業を阻害する要因が発生していることが窺われる場合には、そのような事態が本格化しないように予防し、本格化してしまった場合にはその対応策を積極的に提示する義務を負う。
具体的には、Yは、Xにおける意思決定が必要な事項や解決すべき必要がある懸案事項等の発生の徴候が認められた場合には、それが本格的なものとなる前に、その予防や回避について具体的にXに対して注意喚起をすべき。
懸案事項等が発生した場合は、それに対する具体的な対応策及びその実行期限を示し、対応がされない場合に生ずる支障、複数の選択肢から一つを選択すべき場合には、対応策の容易性などそれらの利害得失等を示した上で、必要な時期までにXにおいて対応することができるように導き、また、Xがシステム機能の追加や変更の要求等をした場合、当該要求が委託料や納入期限、他の機能の内容等に影響を及ぼすときにはXに対して適時にその利害得失等を具体的に説明し、要求の撤回、追加の委託料の負担や納入期限の延期等をも含め適切な判断をすることができるように配慮すべき。
本件プロジェクトはそもそもSAPソフトウェアの導入に伴うXの業務改革プロジェクトで、フルオーダーメイドでソフトウェアを製作するのであれば、自社の業務フローを変えずにソフトウェアを業務フローに合わせることも可能であるところ、Xは、これを認識しつつも、敢て現行業務の標準化を推し進める契機とするために、既存ソフトウェアであるSAPソフトウェアを導入してXの既存業務フローを変える選択をし、いったんは確定した目標業務とシステム要件に基づく本件システムが構築された。しかし、Xは、X内部の現場ユーザーからの業務改革に対する強い反発を受けこれを抑えることができなくなったために、結局、Xにおいて本件プロジェクトを中止するという決断に至った。
このような経緯は、基本的にX内部の原因

結論として、本訴請求については、原告の請求額の3割相当が相当因果関係のある損害。 
  解説 本判決は、いわゆるプロジェクトマネジメント義務を肯定。 
プロジェクトマネジメント義務は、本件のように債務不履行において問題とされているところ、契約に基づく債務不履行は当該具体の事案における契約当事者間の法律関係による⇒一般的抽象的に論じることができないものであり、具体的事案との見合いで論じる必要。
本判決は、
①Yは、Xに対し、業務改革を早期に実現するためのアプローチなどについて体系化されたY独自の方法論や業務改革プロジェクトの経験とノウハウを集約したテンプレートを説明した上で、Xとの契約関係に入った。
②本件プロジェクトはそもそもパッケージソフトウェアを利用したXの業務改革プロジェクトであり、Xは、あえて現行業務の標準化を推し進める契機とするために、パッケージソフトウェアを利用したシステム構築を選択した
という前提事実の下で、Yが負うべき義務を措定し、債務不履行責任を一部肯定。
  民事p55
東京地裁H28.1.26  
  銀行の誤送金による債務不履行と(それによる建玉喪失との間の)相当因果関係(肯定)
  事案 Xは、A証券会社との間で、株式の信用取引を行っていた。
Yは銀行。
Yは、誤って本件指定口座とは口座番号の異なる別の口座に振込通知をし、同日中に本件指定口座への270万円の送金手続を行わなかった。
A証券は、同月31日、前日までにXが本件追証相当額を本件指定口座に入金しなかった⇒本件建玉を強制決済⇒XはYに対し、本件債務不履行に基づく損害賠償として、957万7300円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  規定 民法 第416条(損害賠償の範囲)
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
  判断 ●相当因果関係の有無 
  XがYの従業員らに対し、送金の目的が追加証拠金を送金することにあり、当日中に入金ができない場合には強制決済がされる旨を説明し、Yの従業員が当日中の送金が可能である旨を述べた

Xの送金依頼の目的が証券会社に指定口座に入金を目的としたものであり、当日中に入金されない場合には強制決済がされるという民法416条2項の特別事情のYが認識し、又は少なくとも認識することができた。

本件債務不履行と本件建玉の喪失との間の相当因果関係を肯定。
●本件債務不履行により原告に生じた損害額の認定
株式の信用取引における建玉が財産的な価値を有するところ、その損害としての金銭の評価について、本件強制決済がなかった場合にXがいかなる時期まで本件建玉を保有していたかが判断における要素となる。
株式の信用取引における投資家の判断の一定の不確実性をもってする個々人の判断
⇒Xが決済したであろう時期を立証することが民訴法248条の定める「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」に当たる。
口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて、①Xの強制決済回避の意図や ②本件建玉の保有期間及び③保有期間内に各建玉が現実に持ち直したことなどを認定。

本件強制決済によって確定した損失に想到する金額を本件強制決済によって生じた損害と認定し、Xの請求を812万2943円の限度で一部認容。
  民事p61
東京地裁H28.2.5  
  事故で全損した福祉車両の代車料相当の損害賠償(肯定)
  事案 信号待ちのため停車中の車両への追突事故によりクレーン・スロープ等が装備された福祉車両が全損⇒車両の時価相当額のほか買替えまでの55日分の代車料41万円等を請求。
  判断 本件事故前の状況:
①原告は、体幹機能障害により起立位を保つことが困難であるとして身体障害者2級の認定を受け、電動車いすを使用
②原告の配偶者は、原告との間の子(幼児)の監護養育、原告の通院・外出等の送迎のため、自動車を使用する必要があった

③原告は、女性である配偶者が一人で電動車いすを昇降することができるように、クレーンやスロープ等が装備された福祉車両(本件車両)を購入し、配偶者がこれを原告の通院、買物等の日常生活において使用してきた。
本件事故により、本件車両が全損。

原告は、ディーラーから、電動車いすを乗せることができる車内空間があり、かつ、女性一人で電動車いすを昇降できるクレーンやスロープ等が装備された福祉車両を月額20万円で借り受けた。
これを配偶者が原告の通院や、常時介護を要する原告や幼児を同伴しての買物等の日常生活で使用。
買換車両は、福祉車両で注文生産⇒注文から納車まで2か月近くを要した。
原告には、主張の55日間の期間につき代車使用の必要性があった。
代車の車種についても、ディーラーには本件代車以外に適当な車両がなかった⇒その選択の必要性、相当性あり。 
⇒41万円全額について損害と認めた。
  解説 代車料:車両が損傷して、その修理や買換えのために車両を使用できなかった場合に、有償で他の車両を貸借するのに要した費用。
これが損害として認められるためには、①実際に代車を使用したことのほか、②代車を使用する必要性があることを求めるのが実務。 
被害者量が営業車両⇒代車の使用は不可欠であるとしてその必要性を認められることが多い。
マイカーとして使用⇒裁判例や保険実務はこれを認めるのに消極的との指摘。
ex.主婦が代車を使用した事案において、その使用目的(買物、習い事、孫の送迎)や使用頻度等から、代車使用の必要性を否定した裁判例。
代車のグレード:
通常、代車は事故車両と必ずしも同一である必要はなく、事故車両の用途に照らし、それに相応する車両であればよい。
代車使用の期限の相当性:
代車は、現実に修理や買換えに要した期間のうち相当な期間に限り認められるところ、修理や買換えに必要かつ相当な期間は、損傷の部位・程度や事故車両の車種等により異なるものの、一般論としていえば、修理の場合は概ね2週間程度、買換えの場合は概ね1か月程度と感がられる。
  民事p67
東京地裁H28.1.29  
  アメリカ合衆国イリノイ州の裁判所の養育費についての判決の日本での執行判決(肯定)
  事案 Xが離婚した元の夫であるYに対し、アメリカ合衆国イリノイ州の裁判所からXとYとの間の子であるAの養育費の支払を命ずる確定判決を得た
⇒民執法24条に基づき、本件外国判決についての執行判決を求める事案。 
  規定 民執法 第24条(外国裁判所の判決の執行判決)
外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄し、この普通裁判籍がないときは、請求の目的又は差し押さえることができる債務者の財産の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。
2 執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない。
3 第一項の訴えは、外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第百十八条各号に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない。
4 執行判決においては、外国裁判所の判決による強制執行を許す旨を宣言しなければならない。
民訴法 第118条(外国裁判所の確定判決の効力)
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
  判断 本件外国判決は、Yが納税申告書を提出しないために、Yの収入に関し、Yが一切納税をしていないとの不利益な事実推定をした上で養育費を算定

制裁や抑止の目的で実際負担すべき養育費より多額の支払を命じたものではない。 
①外国判決の当否は調査の対象とはならない(民執法24条2項)
②本件外国判決が定める養育費の負担の内容は、日本の法律の定める内容と大きく隔たっているということはできない

XとY及びAがいずれも日本国籍を有し、かつ、常居所地を現在日本に置いているだけでは、養育費の支払いを認める外国判決が特別の事情がない限り日本のおける公の秩序に反するとはいえない。
⇒本件外国判決の内容が「日本における公の秩序」に反しない。
  解説 いわゆる懲罰的損害賠償の制度については、外国判決のうち、補償的な損害賠償等に加えて、見せしめと制裁のために懲罰的損害賠償として金員の支払を命じた部分については、我が国の公序に反するから、その効力を有しない(最高裁H9.7.11)。 
支払を命ぜられる養育費の額だけでは、その内容が日本における公の秩序に反しないとする判断がされるのが一般。
  民事p73
大阪地裁H28.2.8  
  他者との関係において人格的同一性を保持する利益であるアイデンティティ権の可能性を認めた裁判例
  事案 ある者(Z)がインターネットの掲示板にプロフィール画像として原告(X)の写真を使ってX本人になりすまし、様々な発言を掲示板に投稿⇒Xが権利を侵害されたとして、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダー責任法)4条1項に基づき、インターネットサービスを提供した被告(Y)に対し、Zの氏名又は名称、住所及び電子メールアドレスの開示を求めた事案。 
  争点 プロバイダー責任法4条1項1号にいう「権利が侵害されたことが明らかであるとき」に該当するか? 
  主張 Xは、名誉権、プライバシー権または肖像権、アイデンティティ権を侵害されたと主張。 
  解説 ●なりすましによる権利侵害 
他人のパスワードを利用してアクセスしたり他人のアカウントを乗っ取ったりした場合には不正アクセス行為の禁止等に関する法律(不正アクセス禁止法)に違反。
but
本件のようななりすましは不正アクセス禁止法違反にはならない。
名誉権侵害の証明は容易でない
←つぶやきのようなコメントは社会的評価の低下の判断が難しく、しかも本人になりすまして行った発言が本人の名誉を損なうのはどのような場合なのかがはっきりしない。
プライバシー権侵害の場合も多くない
←元々本人が使っていたSNSを利用するため、新たに本人のプライバシー情報が明らかになることが少ない。
  ●アイデンティティ権 
Xの主張:
アイデンティティ権とは「他者との関係において人格的同一性を保持する利益をいい、社会生活における人格的生存に不可欠な権利であって、憲法13条後段の幸福追求権ないしは人格権から導き出される。」
裁判所:
なりすましによって本人以外の別人格が構成されて本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持ち、なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味でのアイデンティティ権が侵害されたということができる。

人格的同一性を保持する権利としてアイデンティティ権を認めた。
vs.
アイデンティティ権の内容は自分に関する情報を利用されて勝手に自己に関するイメージを創出されないことを求めるに近く、それはプライバシー権または自己情報コントロール権でも対応できる。
それでもあえてアイデンティティ権を創出するのであれば、それがなければ人格が維持できなくなるほどの侵害場面が存在しなければならないはず。
人格権に基づいて新たな権利を創出することは、名誉権やプライバシー権と同様、時に表現の自由と衝突する可能性がある。
たとえば、アイデンティティ権は著作権法が認める著作者人格権の同一性保持権(著作権法20条)に似ているが、同一性保持権はパロディ作品を認めないことがあり、表現の自由と対立関係に立つことがある。
  民事p77
さいたま地裁熊谷支部H28.3.14  
  労災認定では認められた高次脳機能障害が否定された事案
  事案 原告が軽度外傷性脳損傷による高次脳機能障害に罹患⇒被告に対し、自賠法3条、民法709条に基づき損害賠償請求。
被告が、原告の高次脳機能障害の発症を否認するとともに、別件の交通事故による後遺障害が影響しているとして素因減額を主張。
  争点 ①本件事故により原告が軽度外傷性脳損傷による高次脳機能障害を発症したか否か。
②本件事故の前に発生受傷した別の交通事故による既往症についての素因減額の可否。 
  判断 本件事故前後の原告のこれらの医療機関における治療経過や各種検査結果等を詳細に認定した上、WHO(世界保健機関)が平成16年(2004年)に示した軽度外傷性脳損傷の診断基準及びこれを受けて自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会が平成23年3月4日に発表した「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)」と題する報告書において整理確認された医学的知見を当てはめ、 
①原告には本件事故直後の意識障害がない
②脳の器質的損傷を裏付ける画像所見がない
③原告の症状の経過

原告について、本件事故により、軽度外傷性脳損傷による高次脳機能障害を発症したと認めることはできない。
本件事故の前に発生受傷した別の交通事故による既往症を考慮し、本件事故により発生した原告の損害の3割を素因減額。
  民事p87
松山地裁今治支部H28.2.9  
  自動車事故工学鑑定の意見書(私的鑑定)の信用性を排斥した事案
  事案 Xが、自動車同士の交通事故により 頚椎捻挫、腰椎捻挫等の傷害を負った⇒Y車の運転者であるY1及びY車の保有者であるY2に対し、損害賠償の連帯支払を求めた事案。
  争点 ①事故態様及び過失割合
②事故によるXの受傷の有無、程度、入通院の必要性、症状固定時期、既往症
③損害 
  意見書等 Y側:
A意見書:
(ア)頚椎捻挫が頭部の生理的前屈限界に達しない頭頚部の可動では受傷が生じないこと(いわゆる無傷限界値の存在)、あるいは、日常生活や通常の自動車走行において体験する加速度程度では受傷が生じないことを前提として、本件事故から推測されるXの頭部の前屈度をこれと比較する手法、及び
(イ)Y車の損傷状況からY車の有効衝突速度を推定する手法の2つを根幹とした。 
X側:
自動車事故工学鑑定の意見書(B意見書)
東京三弁護士会交通事故処理委員会むち打ち症特別研究部会の論考(「むち打ち症に関する医学・工学鑑定の諸問題」)等
  判断 本件事故の態様、本件事故前後のXの通院経過、医師の診断
⇒Xが本件事故により頚椎捻挫及び腰椎捻挫の傷害を負ったことを推認させる事情。
この推認を妨げる事情であるYらの自動車事故工学鑑定の意見書(A鑑定)について、その信用性を否定。
①B意見書及び東京三弁護士会論文等の指摘⇒前記(ア)の手法によってXの受傷を直ちに否定するのは相当ではない。
②(イ)の手法についても、本件事故の態様を踏まえ、車体の変形量から有効衝突速度を推定する手法に疑問。
③A意見書と異なる衝突速度を推定するB意見書が不合理であるともいえない。

Xは本件事故により頚椎捻挫及び腰椎捻挫の傷害を負った。
  解説 主として物損事故の態様が争われる場合の自動車事故工学鑑定の意見書については、近時の裁判実務でも、その採否について慎重な意見。 
  知財p100
東京地裁H27.11.13  
  標章の使用差止等請求の権利濫用(肯定)、不正競争防止法2条1項1号、2号の類似性
  事案 化粧品の製造販売業等を営むXが、通信機器等の輸入・販売業を営むYに対し、
①Yの使用する「DHC-DS」等の標章はXの商標「DHC-DS」と同一又は類似であるなどと主張して、商標法36条1項及び2項に基づき、前記標章の使用差止等を求めるとともに
②Yの使用する「DHC-DS」等の商標表示はXの著名ないし周知な商標等表示である「DHC」等に類似するなどと主張して、不正競争防止法2条1項1号及び2号、同法3条1項及び2項に基づき、「DHC-DS」等の表示の使用差止等を求めた事案。
Yは、
前記①の請求に対しては権利の濫用の抗弁を主張し、
前記②の請求に対しては不正競争防止法2条1項1号及び2号の類似性をいずれも否認。
  規定 商標法 第36条(差止請求権)
商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 商標権者又は専用使用権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。
不正競争防止法 第3条(差止請求権)
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。
不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
  判断 ●商標権
  ①台湾DHCはその設立から30年近くを経た会社であり、諸外国で「DHC」の商標権を取得している上、バッテリーテスター等について相当な販売実績を有している
②Yは従前、台湾DHCから輸入したバッテリーテスター等に「DHC JAPAN」との標章を付していたが、Xから当該標章の使用中止要請を受けて交渉する中で、Xの利益に一定程度の配慮をして「DHC-DS」という標章に変更した
③XはYの使用する標章をめぐって交渉を積み重ねている中で、Yが譲歩を示して、当初Xから商標権の侵害であるとして使用の中止を求められた「DHC-JAPAN」を「DHC-DS」という標章に変更してこれを使用していることを十分認識しながら、Yとの交渉が条件が折り合わずに暗礁に乗り上げたとみるや、自らの標章につき不使用取消審判を受けているにもかかわらず、あえてYの使用していた「DHC-DS」の文字につき、指定役務にわざわざバッテリーテスターを含めた上で、商標として出願し、その登録を得ると、直ちにこれをYに対して行使した
④Xは化粧品、健康食品、アパレル等の商品を販売する会社であって、バッテリーテスター等の製造・販売を行ったことはなく、ましてやバッテリーテスター等の製造・販売に当たって「DHC-DS」との商標を使用する具体的な意思があったともうかがわれない

Xが「DHC-DSの商標権に基づいてYの「DHC-DS」の使用を差し止めることは、権利の濫用に当たり許されない。
  ●不正競争防止法
  ◎  ◎不正競争防止法2条1項1号の類似性判断
  取引きの実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、呼称又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両表示を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である(最高裁昭和58.10.7)の基準を引用。
①Xの「DHC」との表示とYの「DHC-DS」との表示を比較すると、外観及び呼称においては共通する部分もあるものの、全体として異なるものと言わざるを得ない
②観念についてみても、前記各表示はいずれも造語であると認められ、何らの観念も生じない
③Xの宣伝活動は化粧品、健康食品、アパレル等の分野に限られていて、バッテリーテスター等の製造・販売事業を行っていない
④他方で、台湾DHCはその設立から30年近くを経た会社であり、諸外国で「DHC」の商標権を取得している上、バッテリーテスター等について相当な販売実績を有している
⑤他にも「DHC」の商標につき商標権を取得している会社は複数あって、少なくとも「DHC-DS」等から観念される営業主体はXだけに限られない

不正競争防止法2条1項1号にいう類似性があるとまではいえない。
  ◎不正競争防止法2条1項2号の類似性判断 
同項1号におけるそれとは基本的には同様であるが、両規定の趣旨に鑑み、同項1号においては、混同が発生する可能性があるか否かが重視されるべきであるのに対し、同項2号にあっては、著名な商品等表示とそれを有する著名な事業主と1対1の対応関係を崩し、希釈化を引き起こすような程度に類似しているような表示か否か、すなわち、容易に著名な商品等表示を早期させるほど類似しているような表示か否かを検討すべきものと解するのが相当である。
仮にXの「DHC」との表示に著名性が認められるとしても、Yの「DHC-DS」において、容易にXの「DHC」との表示を想起させるほどこれに類似しているとまでいうことは困難。
  ⇒Xの請求をいずれも棄却。
  解説 ●商標権の行使と権利の濫用
最高裁H2.7.20(POPEYE商標事件):
漫画の主人公の観念、呼称を生じさせる登録商標の商標登録出願当時、既にその主人公の名称が漫画から想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれていた場合において、右主人公の名称の文字のみから成る標章が右漫画の著作権者の許諾に基づいて商品に付されているなど判示の事情の下においては、右登録商標の商標権者が右標章につき登録商標の商標権の侵害を主張することは、権利の濫用として許されない。
●不正競争防止法2条1項1号、2号の類似性判断
不正競争防止法2条1項1号の類似性判断につき、最高裁昭和58.10.7は、
取引きの実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、呼称又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両表示を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準とする旨を判示。
不正競争防止法2条1項2号の類似性判断について、
学説上
基本的には同項1号における判断基準と同様としつつも、
同項2号の保護目的がただ乗り(フリーライド)、希釈化(ダイリューション)、汚染(ポリューション)等の防止にある

その類似性については、著名な商品等表示とそれを有する著名な事業主との1対1の対応関係を崩し、希釈化を引き起こすような程度に類似しているような表示か否か、すなわち、容易に著名な商品等表示を想起させるほど類似しているような表示か否かで判断すべきものとの説が有力。
  商事p109
東京地裁H27.10.28  
  株主への監査報告の提供無し⇒株主総会決議取消し(肯定)
  事案 Yの株主であるXが、Yの平成25年6月19日に開催された定時株主総会においてされた各決議について、本件各決議を行った本件株主総会について招集手続の法令違反、決議の方法の法令若しくは定款違反又は著しい不公正が認められると主張⇒会社法831条1項1号に基づき取消しを求めた。 
  規定 会社法 第831条(株主総会等の決議の取消しの訴え)
次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより取締役、監査役又は清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
・・・・
2 前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。
  判断 法定備置書類の本店への備置き(会社法442条1項1号)や株主によるその閲覧、謄本の交付(同条3項)は、株主の株主総会招集手続の一環であり、その懈怠は原則として決議取消原因に当たる。 
本件株主総会への準備を目的とした定時株主総会の招集通知に際して提供されるべき事業報告が欠けていたことは(他方、計算書類の一部である個別注記が欠けていた点については、事後的に株主に送付されたことをもって追完を認めた。)、また、計算書類の附属明細書の閲覧、謄本の交付要求が拒絶され、法定備置書類の備置きの不備があったことについて、本件株主総会の招集手続における瑕疵に当たる。
決算に関する監査報告書の記載は、株主が決算を承認するか否かを判断するに当たって重要な参考資料となるところ、第35期の決算に関して作成された監査報告書には、現在の会社の対応では監査不能である旨が記載されているのみであり、実質的には監査報告の提供があったとは言い難い。
⇒第35期の計算書類の承認に関する株主の実質的な準備は不能であったというべきであり、本件株主総会の招集手続における瑕疵は重大
⇒本件決議は取り消されるべき。
  解説 本判決は、株主総会の招集に際する株主への事業報告及び監査報告の提供並びに事業報告及び監査報告書の本店への備置きに関する不備を理由として、株主総会決議が取り消された事案。 
計算書類等の備置きを定時株主総会の招集手続の一環とみて、その違反は決議取消原因に当たると解するのが多数説。
  労働p119
最高裁H28.2.19  
  労働条件の変更に対する労働者の同意の有無の判断
  事案 Aの職員であったXらが、AとYとの合併によりXらに係る労働契約上の地位を承継したYに対し、退職金の支払を求めた事案。 
Xらの主張する退職金額:Aの合併当時の職員退職給与規程における退職金の支給基準に基づくもの
Yは、個別の合意又は労働協約の締結により、本件合併に伴い定められた退職給与規程における退職金の支給基準に変更されたと主張。
  争点 ①本件基準変更に対する管理職Xらの同意の有無
②Xらのうち、本件同意書に署名押印をしていない4名(いずれもAの職員組合の組合員)については、前記の署名押印がされたのと同じ日に本件基準変更を内容とする労働協約書が作成されており、労働協約の締結による本件基準変更の効力発生の有無
③平成16年合併時にも、同合併後の新労働条件(退職金額の計算において自己都合退職の係数を用いるとするものなど)に関する書面にXら全員が署名をしたことをもって、退職金の支給基準の変更に対するXらの同意があったか否か
   規定 労働契約法 第8条(労働契約の内容の変更)
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
  第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
  労働契約法 第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
労働契約法 第12条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
  原審 ①管理職Xらは本件退職金一覧表の提示を受けて、本件合併後にYに残った場合の当面の退職金額とその計算方法を具体的に知ったものであり、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をした。
⇒本件同意書への署名押印により本件基準変更に同意したものということができる。
②労働協約の締結による本件基準変更の効力発生、③平成16年基準変更に対するXらの同意についても肯定。 
  判断 ①②③のいずれについても原審の判断は是認できない
⇒原判決を破棄し、差し戻し。 
  解説 ●合意原則
  労働契約においても、民法の一般原則に従い、その締結及び契約内容の変更は契約当事者である労働者と使用者との合意によってされるという合意原則が妥当。
but
就業規則の最低基準効(労働契約法12条)
⇒就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めるものは、その部分について無効。

就業規則に定められている労働条件を変更したい使用者は、その変更に対する労働者の同意を得るに際して、就業規則の変更も併せて行う必要。 
労働条件の変更に対する労働者の同意が得られない場合には、合意による労働条件の変更は生じない。

使用者が一方的に定めることのできる就業規則の変更による労働条件の変更の効力発生の有無(=労働契約法10条に定められている就業規則の変更の要件を満たすか否か)が問題。
本判決:
労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意により変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者に不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される。
~労働条件の変更についても合意原則が適用されることを示す。
●労働者の同意の有無の判断方法 
賃金や退職金について労働者に不利益をもたらす内容の意思表示について
最高裁昭和48.1.19:
労働者が退職金債権を放棄する意思表示につき、当該意思表示が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを要する。
最高裁H2.11.26は、賃金債権を合意により相殺する場合に労働者の意思表示について同様の判断。
労働者は、労働契約の性質上当然に、使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれている上、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界がある。

賃金や退職金といった重要な労働条件を自らの不利益に変更する場合であっても、使用者から求められれば、その変更に同意する旨の書面に署名押印をするなどの行為をせざるを得なくなる状況に置かれることも少なくない。
本判決:
このような労働契約関係に特有なものである労働者の立場等に鑑みて、同意書への署名押印をするなど当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、これをもって直ちに労働者の同意があったものとみることは相当ではなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであるとして、
「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、・・・・当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」としたものと解される。
前記の観点から労働者の同意の有無につき判断する際に、具体的にどのような要素を考慮すべきかについて、
「当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為(=当該変更を受け入れる旨の労働者の行為のこと。本件では、本件同意書への署名押印がこれに当たる。)がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等」という考慮要素を挙げている。
  刑事p126
宇都宮地裁H28.4.8
  客観的事実(これだけでは不十分)+自白供述で殺人犯と認定した事例
事案 殺人等被告事件 
被告人の供述:
公判では全面否認
捜査段階から起訴後の公判前整理手続までの間:
全面否認、第三者による犯行であるという否認、自白などの間を変遷。
検察官は、捜査段階での自白調書の任意性・信用性立証のために、取調状況の録音録画を証拠申請
判断 自白以外の証拠に基づく判断⇒客観的にみて被告人の犯人性を強く疑わせる事実が認められる。
ex.
被害者の遺体から採取された獣毛のDNAが被告人の飼い猫と同種
被告人車両が遺体発見日の未明に自宅から茨城県(発見場所)方面に向かい数時間後に自宅に戻るという記録がある。
but
これら客観的事実のみでは被告人が犯人とするには合理的疑いが残る。 
自白調書の任意性を肯定した後、
信用性についても、
①自白の内容が客観的事実(遺体及び遺棄現場の客観的状況や死亡推定時刻)と矛盾しない
②捜査官の予測しない供述(死体遺棄の帰りに道に迷い高速道路に乗った)で補充捜査により裏付けが得られるものがあるなど、供述内容が不合理でない
③取調状況の録音録画(殺人容疑で逮捕前の別件勾留中のものも含む。)などからわかる供述態度や供述経過
⇒信用性を肯定。
前記客観的事実及び自白調書を併せると、被告人が犯人であることに合理的疑いは生じない⇒被告人を有罪認定。
解説 ①取調状況の録画について、すべてが録音録画されたわけではない(特に、別件勾留中における最初の自白の場面の録音録画はない。)。
②録音録画がされた取調べだけで数十時間⇒裁判員裁判においてその全部を公判で再生するのは非現実的⇒双方が選択した十数時間だけが公判で取り調べられた。
2312   
  行政p36
札幌高裁H28.3.22  
  政務調査費の支出が適法とされた事案
  事案 札幌市に事務所を有する札幌市民オンブズマンであるXが、北海道の道議会における会派又は議員らにたいする政務調査費の交付(支出)が道条例に違反する違法なもの⇒Y(知事)に対してその返還請求をするよう求めた
  原審 会派及び議員らに対する政務調査費の支出は違法⇒会派及び議員らに対し合計1952万円余の返還請求を求める部分の請求を認容 
  判断 会派は、道政懇話会の活動の結果を基に、代表質問を作成し、道政に反映させるほか、意見書を作成し、国会又は関係行政庁に提出
⇒地域の要望把握に主要な役割を担うもの
⇒これに要する費用は、「会派が行う道の事務及び地方行政に関する調査研究並びに調査委託に要する経費」に該当
⇒会派に対する政務調査費の支出は違法な支出とはいえない。
  民事p98
東京高裁H28.1.7  
  離婚給付等契約公正証書に基づく離婚前の債権差押命令申立ての事案
  事案 A・B間の離婚給付等契約公正証書に基づき、離婚による慰謝料の未払分及び執行費用を請求債権として、債権者Aが債務者Bの有する預金債権等の差押えを求めた
⇒ 執行裁判所(原審)が却下⇒執行抗告
執行証書
前文において
「夫Bと妻Aは、離婚することに合意し、離婚に伴う子の養育費、慰謝料、財産分与の支払について、以下のとおり合意した。」とし、
第2条に
「BはAに対し、離婚による慰謝料として金850万円の支払義務があることを認め、平成22年9月末日までに金400万円、平成28年5月末日までに金450万円を第1条1項に定める方法により支払う。」
  原審 当該慰謝料請求権は離婚が成立した際に初めて発生
⇒請求が債権者の証明すべき事実の到来にかかる場合にあたり、執行文及び当該事実が到来したことを証する文書のとうほんが債務者に送達されたことが執行開始の要件になる(民執法29条)ところその証明がなされていない。
⇒申立を却下 
  判断 本件執行証書は、AとBとが離婚することを合意すると共に、離婚による養育費、慰謝料、財産分与の支払を合意したもの。
協議離婚は届出を必要とする要式行為⇒その届出によって初めて離婚の効力を生ずる。
離婚に伴う慰謝料も、特段の事情がない限り、離婚の効力が発生するまで成立しない。
but
協議離婚の法的性質から、離婚当事者が離婚の成立より前の一定の時期を期限として離婚に伴う慰謝料請求権を発生させる合意をすることが法的に無効とされる理由はない
⇒このような合意は、前記特段の事情に当たる。
養育費及び財産分与の支払については、離婚の効力が発生した離婚成立月を式として支払うとするものと、具体的に定める期日または具体的に定めた期間に一定額を分割して支払うという内容のものがあるところ、後者の支払合意は、離婚の成立を要件としない支払義務を定めたものと解される。
①本件慰謝料支払条項で定める支払義務は、一定の期日までに一定額を分割して支払うとするもの。
②本件執行証書の前文で「離婚に伴う」慰謝料とか本件条項で「離婚による」慰謝料との記載があるものの、素直な文言解釈としては、離婚の成立を要件としない支払義務を定めたものと解するのが相当。
⇒原決定を取り消し、単純執行文により債権差押命令を発した。
  解説 本件決定は、執行証書の解釈認定権限について、債務名義の作成手続と執行手続が分離されている⇒債務名義の内容の解釈の資料は、当該債務名義ないし執行文に限られ、原則としてそれ以外の資料を参酌できないとしている。 
一般に離婚による慰謝料といわれるものは、離婚自体によって発生すると解されているが、その実質においては、協議離婚をせざるを得なくなった原因行為、すなわち婚姻破綻原因となった不法行為の総体により慰謝料を意味する場合も多い
⇒協議離婚の届出以前においても、個別の不法行為を詳細に特定することなく慰謝料支払合意をし、それに基づく支払義務を発生させることに障害はないであろう。
養育費については、最高裁H9.4.10は、離婚前の子の監護費用について、離婚後の監護費用に関する民法771条、766条1項が類推適用されることを認めており、離婚成立が発生要件にならない場合を認めている。
⇒本件の離婚慰謝料と同様の問題が生じ得る。
公正証書の実務としては、慰謝料の給付条項自体は、本件執行証書のように一定時期に支払う旨の記載をし、執行文付与の際に事実上離婚届出の有無を確認し、戸籍謄本を提出させるいなどした上で、単純執行文を付与している。
  民事p101
東京地裁H27.12.25 
  柔道整復師の施術・指示の過失が否定された事例
  事案 柔道整復師であるYの患者Xに対する施術、診断、指示が不法行為又は債務不履行に当たるか否かが問題となった事案。 
Xは、Yの施術等について、実際には右舟状骨を骨折していたにもかかわらず、Yから骨折はしておらず捻挫である旨の誤った診断を受けたことにより損害を被った⇒不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、187万円余の損害金及び遅延損害金を請求。
  判断 ●YのXへの説明について 
一般に骨折の有無は、各種画像診断によって確定的に診断されるものであり、舟状骨骨折については、特徴的な所見のほか、X線写真、CT等の検査を行うことで判断するものであるが、
柔道整復師が骨折・脱臼等の術前・術後の診断のために業として照射を行うことは、診療放射線技師法により許されないこととされている。
①Yの接骨院ではX線写真撮影をすることができないものであるところ、Yは、Xに対し、痛みが続くようであれば再度来院するよう指導しており、上記指導は鑑別のための経過観察の趣旨であったものとみられる。
②Yが骨折ではなく捻挫である旨の断定的な判断に至っていなかったことがうかがわれる。

YがXに対し、骨折はしておらず捻挫である旨述べたなどということは想定し難い。
  典型的な舟状骨骨折の症状も、殴った際に生ずることの多いボクサー骨折(中手骨の骨折)の典型的な症状も見られない

整形外科を受診するよう指示すべき注意義務違反もない。 
  ⇒請求棄却
  解説 柔道整復師がどのような業務を行ってはならないか?
柔道整復師法は、
①外科手術を行い、又は薬品を投与し、若しくはその指示をする等の行為をしてはならず、
②応急手当をする場合を除くほか、医師の同意を得なければ脱臼又は骨折の幹部に施術をしてはならない。
  民事p106
東京地裁H27.12.4  
   
  事案 かつて同じ法律事務所に所属した弁護士等が相互に不法行為責任を追及する等した事案。 
  争点 ①Y1等の不法行為責任の成否
②損害の有無・額
③Xのパートナー契約上の債務不履行責任等の成否
④Xの不当訴訟の提起に係る不法行為責任の成否等 
  判断 ●本訴請求
  Y1等の作成した2通の準備書面においてXにつき悪徳弁護士、悪徳行為、訴訟詐欺等と記載し、法廷で陳述した行為は、
①Xの社会的評価を低下させ、
②別件訴訟の争点とは関連性、必要性が相当希薄であり、
③主張方法として著しく相当性を欠き、
④真実性の証明がなく、真実と信ずる相当の理由も認められない。
⇒不法行為に該当。 
Y3は前記各準備書面に記名押印をし陳述された法廷に出頭し、Y2は前記各準備書面のうち1通に記名押印をしたものの、
Y1が専ら前記記載をしたものであり、正当な訴訟活動として許容される範囲内の行為であるかを判断
⇒不法行為責任を負うのはY1のみ。
Xの損害額は50万円として、一部認容。
  ●反訴請求 
①Dの相談、Bの依頼は、Y1に依頼したいとの事実は認められず、
②AにおいてXが事件を受忍するに当たり、必ずしもY1の了解を得る扱いにはなっていなかった

Xがあのパートナーとして負う契約上の義務等に違反したとはいえない。
XがBの顧問弁護士となったこと等も利益相反行為であるとはいえない。

Xの債務不履行責任を否定し、不当訴訟の提起に係るXの不法行為を否定、Y1の反訴請求を棄却。
  労働p114
福岡地裁H27.11.11  
  神社の宮司もパワハラ、神職の労働者性(肯定)
  事案 Y1神社の神職(権禰宜)であったXが、同神社の宮司であるY2からパワハラを受け、違法に解雇された

Yらに対して慰謝料を、
Y1神社に対して地位確認、賃金、残業代、付加金等の支払を求めた。 
  争点 ①パワハラの有無
②Xの労働者性の有無
③Y1神社によるXの解職の有効性の有無
④付加金を命じることの要否等 
  判断 ●争点① 
Y2は、Xを2回にわたり坊主頭にさせたほか、
平成25年6月から同年8月までの間に、Xを指導するに当たり、多数回の暴行を加え、
机を叩き、胸ぐらをつかんだりしながら、「ぶん殴りたい」「お前根性焼きしようか」「給料泥棒」「腐ったみかん」などの暴言を浴びせた。

指導方法として許容し得る範囲を著しく逸脱しており、かかる行為はY1神社の職務を行うにつきされたもの

Yらに対し連帯して100万円の慰謝料の支払を命じた。
  ●争点② 
労働省(当時)労働基準局長は昭和27年2月5日、「宗教法人又は宗教団体の事業又は事務所に対する労働基準法の適用について」と題する通達(「本件通達」)を発している。
そこで、「宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修業中の者、信者であって何等の給与を受けず奉仕する者等は労働基準法上の労働者ではない」としている。
本判決:
本件通達二(イ)に規定される者に該当するのは
①「宗教上の儀式、布教等に従事する者」又は「僧職者等で修業中の者」であって、かつ
②「何等の給与を受けず奉仕する者」
に限られると限定的に解するのが相当。
Xは、Y1神社において神職として宗教上の儀式等に従事しており、その活動には一人前になるための修行の側面があるとはいえ、Y1神社から、毎月、基本給及び奉務手当等の俸給の支給を受けている

Xは、Y1神社の指揮監督の下、Y1神社に対して労務を提供し、Y1神社はXに対し当該労務提供の対価として賃金を毎月支払っていたことになる

Xは、労基法及び労働契約法上の労働者に当たる。
  ●争点③ 
Y1神社は、解職理由として
①笛、神楽歌、衣紋等の神職として必要な教養を習得する意欲に乏しく、神社に奉仕する神職としての自覚が認められない
②Y1神社の再三の指導、教育にもかかわらず、改心の見込みがなく、神職としての適格を欠くことを挙げる。
vs.
本件解職通知が発せられた時点において、
①Xが備えていた笛、神楽歌及び衣紋等の神職としての教養レベルが、Y1神社に勤務する神職としておよそ不適格であるという程度にまで低いものであったとまでは認めることはできない
②Xがこれらの教養についての学習意欲をおよそ有していなかったともいえない

Y1神社のXに対する解職通知は無効。
Y1に対し、これまでの残業代やバックペイの支払を命じた。
  ●争点④
①本件通達は、その文言だけをみれば、宗教上の儀式に従事する者や修行中の僧職者等について、一律に労基法上の労働者とは異なる取扱いをするとの解釈も全くあり得ないとはいえないこと
②Y1神社は、労働基準監督署の調査において、神職に適用される就業規則を定める必要はない旨の指摘を受け、その後、神職を雇用保険の被保険者としない扱いを認められるようになった

Y1神社が割増賃金を支払わなかったことにも一定の理由があった。

付加金の支払については、これを否定。
  解説 厚労省の平成24年1月30日の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」:
パワハラを「同じ職場で働く者に対して、職場上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義。 
肯定の裁判例と否定の裁判例
セクハラ・パワハラについて:松村満美子「労働におけるコンプライアンス・・・その現状と今後の課題」法律のひろば67・3・18以下
  神社の神職を労働契約法上、労基法上の労働者と認定。 
これまで、研修医や社内弁護士について労働者性を肯定。
職務の内容や質、量において使用者の基本的な指揮命令のものにあって労務を提供し報酬を得ていれば「労働者」といえる。
  本件は、残業代426万円余の不払いを認めながら付加金の支払を否定した極めて珍しい事例。 
  刑事p131
最高裁H28.3.24  
  刑法207条(同時障害)の法意
  事案  共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死において、同時傷害の特例を定めた刑法207条の適用の可否が問題となった事案。 
先行する第一暴行と後行する第二暴行が共謀なく行われ、その結果被害者が急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のために死亡。
第一暴行及び第二暴行は、そのいずれもが死因となった急性硬膜下血腫の傷害を発生させることが可能なものであるが、同傷害が第一暴行と第二暴行のいずれによって生じたのかは不明。
検察官は、第一暴行の関与者と第二暴行の関与者の全員について、刑法207条を前提に傷害致死罪が成立すると主張。
  規定 刑法 第207条(同時傷害の特例)
二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。
  一審 仮に第一暴行で既に被害者の急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても、第二暴行は、同傷害をさらに悪化させたと推認できる
⇒いずれにしても、被害者の死亡との間に因果関係が認められることとなる
⇒死亡させた結果について、責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である同時傷害致死罪の規定(刑法207条)を適用する前提に欠けることとなるとしてその適用を否定

第二暴行の関与者のみに傷害致死罪を認定
第一暴行の関与者には傷害罪を認定
  原審 検察官の控訴を容れ、刑法207条の適用要件である第一暴行と第二暴行の機会の同一性等に関する審理を求めて、事件を第一審に差し戻した。 
  判断 同時障害の特例を定めた刑法207条について、2人以上が暴行を加えた事案においては、生じた結果の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多い
⇒共犯関係が立証されない場合であっても、例外的に共犯の例によることとしている。
検察官が、
①各暴行が当該傷害を生じさせえる危険性を有するものであること、及び
②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと(=同一の機会に行われたものであること)
の証明をした場合、
各行為者において、自己の関与した暴行が傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れない。
共犯関係にない二人以上の暴行による傷害致死の事案において、刑法207条適用の前提となる前記のような事実関係が証明された場合には、いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても、各行為者について同条の適用は妨げられない。
⇒上告を棄却。
  解説 刑法207条の法的性質論
A:法律上因果関係を推定する規定
B:挙証責任を転換する規定
C:挙証責任の転換とともに一種の法律上の擬制を用いたもの(通説)
挙証責任の転換ないしは因果関係の推定などといった例外的な規定
⇒厳格に適用すべき。
刑法207条と傷害致死罪への適用
A:肯定説
B:否定説 
一審判決
vs.
①暴行と死亡との間の因果関係を直ちに問題としている点で、暴行と傷害との間の因果関係が不明である場合の規定である刑法207条の規定内容と相容れない
②その立場を貫けば、本件で死亡の結果が発生しなかった場合であっても、第二暴行が傷害を悪化させている以上、同条の適用を否定しなければ整合しない
③第一暴行の程度がいかに激しくても、第二暴行と死亡との間に因果関係が認められれば、第一暴行については傷害罪にとどまることになる 
本件と同様の二人以上による傷害事犯において、先行者の暴行後に共謀加担した者は、共謀加担以前に生じていたい傷害結果についてはその責任を負わないとした最高裁H24.11.6

承継的共同正犯の問題として、因果関係がないことが明らかな傷害結果について帰責性を否定したものであり、
因果関係の有無が不明な傷害結果について立証の責任を被告人に負わせることにより帰責性を肯定する同時傷害の特例とは、問題状況が異なる。 
  刑事p134
①東京高裁H27.6.11
②松江地裁H28.1.20 
    特殊詐欺の受け子の詐欺の故意・共謀の認定
  ■  ■①事件 
  争点 詐欺の故意及び共謀の成否 
  一審 ワイシャツにネクタイ姿で、上司から言われてきたタナカですなどと偽名を名乗ってうそを言い、被害者から「200万円」と大きく書かれた偽券入りの信用金庫の封筒を手渡しで受け取って上着ポケットに入れ、何も説明することなくすぐさま立ち去ろうとした。

被告人は、遅くとも前記封筒を受領しようとした時点で、詐欺の故意があったと優に認定できる。 
①被告人が、1日当たり5ないし10万円の報酬の約束で、氏名不詳者の指示に従って行動することとし、偽券を受領する際に詐欺の故意があったのに氏名不詳者の指示に従い続けて、現金受取役とう詐欺の成否を握る極めて重要な役割を果たした
②被告人のとった行動は、氏名不詳の架け子が、被害者に伝えていた現金の受取場所、受取役の名前、立場と合致するもの

被告人に詐欺の具体的な手口について認識がなかったとしても、遅くとも、詐欺の故意が生じた時点において、被告人と指示役や架け子の氏名不詳者らとの間に順次共謀が成立したものと認められる。
  判断 被告人は、被害者から封筒を示された時点で、それが現金詐欺であると認識したと優に推認でき、氏名不詳者は、被告人が相手方から荷物を受け取るにあたり、場合によっては現金詐欺であることを察知する事態となることは了解しており、被告人が現金詐欺と認識した時点で、被告人と氏名不詳者との間に本件詐欺についての暗黙の意思の連絡があったといえる。

遅くとも封筒を受領しようとした時点で詐欺の故意及び共謀が成立したと認定した原判決に事実誤認なし。
  解説 ●組織的詐欺における共謀の成立と故意との関係 
来日して郵便物を受け取った外国人である被告人が、覚せい剤密輸入の共謀共同正犯に問われた事案で最高裁H25.4.16:
被告人が覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながら貨物受取の依頼と引き受けがされたという事実関係の下では、特段の事情がない限り、故意だけでなく共謀も認定できる。
犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼されたという事実関係の下では、特段の事情がない限り、覚せい剤輸入の故意だけではなく共謀をも認定するのが相当。
「特段の事情」の例として、犯罪組織側は事情を知らない者を道具として覚せい剤を受け取らせようとしたが、その受取役の者がたまたま覚せい剤を輸入することを察知したような場合。
  ●本件のように、指示役が犯行の詳細を知らない受け子を(道具のように)利用する態様の組織的詐欺事件の場合
行為者本人の犯罪遂行に向けての意思(故意)と共同行為者間での意思の連絡が、時期的に別個に発生することもあり、本件のような事案では、受け子がオレオレ詐欺の指示を仰がない限り、両者の間の意思の連絡と受け子の故意とは別個の機会に発生することができるとする見解。

実際上、多くの場合、指示役には、受け子がオレオレ詐欺だと知っていても構わないという未必的な共同正犯の故意があり、この場合、指示役の受け子に対する指示は、受け子に詐欺の故意が生じたことを条件とする条件付きの共同正犯の意思の連絡の面がある考えられるとする。
  ■  ■②事件 
  事案 被告人が氏名不詳者らと共謀の上、当時87歳の被害者に対して、名義貸しに係るトラブル解決のために示談金を支払えば、トラブルが解決し示談金も返還されるなどとうそを言い、受け子である被告人が被害者から1550万円をだましとったという事案。 
被告人は、金額はともかく、被害者から受領した紙袋内に現金が入っていると認識していた。
  争点 受け子である被告人に詐欺の故意があったと認められるか 
  判断 詐欺組織に属するFが被告人に対し、依頼関係の詳細を明示しないまま、正当な会社業務であるとの前提で、なし崩し的に依頼を承諾させていた。
(1)多額の経費をかけて現地に赴き、高齢者から現金を受け取り、その際、偽名を用いながら装いはスーツで整えていたという外形的な側面
⇒被告人の詐欺の故意及び共謀を推認させる。
(2)
①現金と荷物の受取だけで経費をかけて松江まで出向くのは不自然であるが、Fから、更に人に会う必要が生じる可能性があると言われたことから、送金等によらず自分が出向く方法が選択されても不自然ではないと考えるに至った経緯に不自然不合理はない
②Fの被告人に対する依頼内容が変遷した点、連絡用の携帯電話を指定された点についても、被告人の述べる経緯には一応の筋が通っている
③偽名を用いて本件預り証と交換に現金を受領した点についても、Fから、後日正式なものを送付した後に廃棄する、迷惑はかけない、被害者から受領する現金の趣旨についても、悪いことはしていないなどと言われ、最終的に、犯罪にかかわるものではないと考えたからこそ本件預り証の作成に応じたという経緯を推認されるという見方も十分可能。
④被告人は、前科があるのに、本件預り証に指紋を残し、その後宿泊したホテルの宿泊者カードに、偽名を記載したとはいえ被告人の旧住所や現在の携帯電話番号を記載し、指紋も残すなどしている。

前記(1)の事実が直ちに、被告人に対し、正当な取引に基づくものではなく何らかの犯罪に関係するものであるとの認識を生じさせたとはいえない。

被告人は、被害者から紙袋を受け取るまでの間に、何らかの犯罪に荷担していると未必的にも認識していたとは証拠上認められない。
  解説  ●オレオレ詐欺等における受け子の「故意」の認定
裁判実務では
①受け子が被害者から受領する物が現金であることを、受領時点で(未必的にせよ)認識していたと認定できるか
②認定できるとして、種々の間接事実を総合して、前記現金受領が詐欺を含む違法行為に基づくものであると(未必的にせよ)認識していたと推認できるか
が問題となり、
それぞれを推認させる間接事実の主張立証、推認を妨げる被告人の弁解内容の信用性等を検討するという判断手法が採られる場合が多い。
東京地裁H26.12.25:
①受け子が、共犯者(架け子)が被害者をだます電話をかけた際に告げたのと同じ偽の肩書き及び氏名を名乗り、あらかじめ用意した現金預り証を被害者に交付して現金入りの紙袋を受領
⇒受け子は被害者から預かる物が現金であると認識していた。
②あらかじめ氏名不詳者から、スーツを着用し、偽名を用いて会社員を装うことを指示されていた
⇒自分の行うのが虚偽を述べて現金を受領する行為であり、それが何らかの詐欺行為により現金をだまし取るものであると認識していたと強く推認できる
③被告人(受け子)の弁解が不合理
⇒詐欺の故意及び共謀を認定
①のレベルについて、
氏名不詳者が被害者に対して、わざわざ、来訪者(被告人)には書類である旨告げた上で現金を渡すよう指示⇒被告人(受け子)に荷物の中味が現金であることを悟られないようにして持ち逃げを防ぐため、本件詐欺の筋書きを知らせないまま道具として利用した可能性を払拭できない⇒被告人は前記被害者から預かる物が現金であると認識していたとは認められないとして、詐欺の故意を否定。
(東京高裁H23.8.9)
●本件について、
①被告人が、知人からの指示をうけたとはいえ、相当な経費や手間をかけた上、偽名を用いるなどして、面識もない高齢の被害者から、相当額の現金が入っていると認識しながら荷物を受け取ったという事実関係は、本判決の評価以上に本件詐欺の故意を強く推認させるものと見得るのではないか
②そこのとに照らせば、被告人の公判供述の信用性やその他の間接事実の評価についても更なる検討のよちがあったのではないか 
との異論も想定できる。
2311   
  民事p13
最高裁H28.6.3   
    花押を書くことが民法968条1項の押印となるか(否定)
  事案 X及びYらは、いずれも亡Aの子
Xは、Aが所有していた土地について、主位的にAから遺贈を受けた、予備的にAとの間で死因贈与契約を締結したと主張して、Yらに対し、所有権に基づき、所有権移転登記手続を求めるなどした事案。; 
Aが作成した本件遺言書には、印章による押印がなく、いわゆる花押が書かれていた⇒花押を書くことが民法968条1項の押印の要件を満たすかが問題。
  規定 民法 第968条(自筆証書遺言)
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
  判断 花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさない
⇒原判決中Xの請求に関する部分を破棄し、Xの予備的主張(死因贈与契約)について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻し。 
  解説 遺言について厳格な方式を要求

①遺言者の真意を確保するため。
②遺言者の死後に遺言者の真意を直接確認することはできない⇒遺言者の真意に基づいて遺言がされたことを判断するのに適した方式を定めて置き、これを満たすもののみが遺言として効力を有するとした。 
最高裁H1.2.16:
自書のほか押印を要求する趣旨について、「遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解される」

その趣旨に照らして、自筆遺言証書における押印は指印をもって足りる旨を判示。
本判決:
我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存在するものとは認めがたい。
⇒花押を書くことは、民法968条1項の押印の要件を満たさない。
最高裁昭和49.12.24:
英文の自筆遺言証書に遺言者の署名が存するが押印を欠く場合において、同人が遺言書作成の約1年9か月前に日本に帰化した白系ロシア人であり、約40年間日本医居住していたが、主としてロシア語又は英語を使用し、日本語はかたことを話すにすぎず、交際相手は少数の日本人を除いて、ヨーロッパ人に限られ、日常の生活もまたヨーロッパの様式に従い、印章を使用するのは官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られていた等原判示の事情があるときは、右遺言書は有効と解すべきである。
  民事p16
最高裁H28.6.27  
  債務整理の対象となる債権に係る裁判外の和解が司法書士法3条1項7号に規定する額を超えるとされた事例
  事案 債務者らが認定司法書士(司法書士法法3条2項各号のいずれにも該当する司法書士)に依頼した債務整理につき、当該司法書士が違法に裁判外の和解を行って報酬を受領した⇒不法行為による損害賠償を求めたもの。
  原審 多重債務者の債務整理について、裁判外の和解が不成立となった場合に通常想定される訴訟は、貸金返還訴訟と過払金返還訴訟

貸金残債務があるときの貸金返還訴訟、又は過払金が発生しているときの過払金返還訴訟における「訴訟の目的の価額」であるところの「訴えで主張する利益」(民訴法8条)、すなわち、貸金債務の元本額又は過払債権の元本額が140万円(裁判所法33条1項1号)を超えない範囲が、多重債務者から債務整理を委任された認定司法書士の裁判外の和解における代理権の範囲。

Xらの請求を一部認容。 
  判断 債務整理を依頼された認定司法書士は、当該債務整理の対象となる個別の債権の価額が司法書士法3条1項7号に規定する額を超える場合には、その債権に係る裁判外の和解について代理することができない。 

Y及びXらの各上告をいずれも棄却。
  解説 ●  債務者に貸金残債務が存在する場面において、
A:債権額説かB:受益額説か
それと別個の論点として
C:個別説(「紛争の目的の価額」とは個別の債権ごとに算定した額)かD:総額説か 
本判決は、債権額説(A)・個別説(C)を採用することを判示。
法3条1項7号の代理権の範囲を超えた認定司法書士の債務整理行為は、弁護士法72条違反(非弁行為)に該当し公序良俗違反(民法90条違反)として無効

債務者は、前記認定司法書士に対して、その支払った報酬等の返還請求ができる(最高裁昭和38.6.13)。 
  民事p19
東京高裁H28.1.19  
  失職による養育費減額の要件
  事案 抗告人は、平成26年に自らの収入減少、相手方の収入増加を理由として未成年者らの養育費を減額することを求める家事調停⇒平成27年に不成立⇒審判に移行。 
抗告人は、前記家事調停係属中の段階で失職し、就職活動をして雇用保険を受給していたが、原審判がされた平成27年時点でも就職できていなかった。
  原審 ①抗告人の収入減、相手方の収入増により、前件合意を変更するのを相当とする事情の変更があったことを認めた上で
②平成27年に失職した抗告人につき、失職して間もなく、賃金センサスの産業計・男・学歴計・50~54歳による年収額約678万円に鑑みても、少なくとも平成25年の給与収入である約605万円程度の給与を得る稼働能力があると認められる

未成年者らの養育費を抗告人が失職した月から1人当たり月額4万円に減額するのが相当。

和解条項をその旨に変更。 
  判断 養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、
義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許される。 
抗告人は、前職後、就職活動をして雇用保険を受給しているが、原審判がされた時点では未だ就職できていなかったことが認められるところ、その状態が、抗告人の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうか、また、仮にそのように評価されるものである場合において、抗告人の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから、いくらと推認するのが相当であるかは、抗告人の退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、抗告人の職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべき。
原審は、こうした点について十分に審理しているとはいえない。

原審決を取り消して差し戻した。
  民事p22
札幌高裁H27.7.28  
  寄与分が否定された事例
  事案 相続開始時における遺産総額の約3割の3100万円を寄与分として認めた原判決を取り消して、寄与分の申立てを却下し、具体的相続分を算定し、遺産分割をした事案。
被相続人DにA・B・Cの子がおり、法定相続分は3分の1ずつ。
Bが被相続人の遺産の4割の事業貢献等の寄与分を主張。
  規定 民法 第904条の2(寄与分)
共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。
  原審 ①BはDの指示で勤務中の会社を退職し、平成元年からDの経営する簡易郵便局での勤務を開始して、Dの事業に労務の提供をし、その後平成11年頃からはBが同郵便局の事業を事実上取り仕切る立場にあり、Bが正式経営している平成23年度の売上金額が994万円余りであったこと
②その他B夫婦がDから受領していた給与の額
③BがDの郵便事業に関与していた期間等

Bの特別の寄与額は相続開始時の遺産総額1億366万円余の約3割に当たる3100万円と認めるのが相当。 
  判断 ①平成18年までの郵便局の事業主体はDであった
②給与水準は従事する事業の内容、企業の形態、規模、労働者の経験、地位等の諸条件によって異なる⇒賃金センサスによる大卒46歳時の年収平均額に充たなかったとしても、B夫婦の収入が低額であったとはいえず、むしろ月25万円から35万円という相応の収入を得ていたというべき。

Bの郵便局事業への従事が被相続人Dの財産の維持・増加に特別の寄与をしたとは認められない。
  解説 家事従事型の類型の寄与分では、農業が圧倒的に多い。
農業経営以外の事業では、
①漬物製造販売業を約12年間無報酬で手伝って遺産の維持・増加に貢献した長男に対し、このような事情の下で購入した遺産家屋について、民法250条の趣旨を斟酌して、約5割の寄与分を認めたもの
②左官業に高校ないし中学卒業後約13年間従事し、生活費の負担のほかは小遣い銭程度をもらっただけで労働の対価を得ていなかった2名の子に対し10パーセントずつの寄与分を認めたもの
③時計販売修理業に二女夫婦が従事し経営を維持拡大したため、被相続人と二女夫婦が労務をそれぞれ出資するという組合契約が存在したと認定し、組合の解散に準じて残余財産を清算すべきものとすると、二女夫婦の寄与率は3分の2とするのが相当であるとしたもの等

本事案は、寄与分を主張しているBは、被相続人Dと同居し、家賃や食費はDが支出していたことに加え、それ相応の賃金を得ていた⇒寄与分があったと認めにくい事案。
  民事p27
新潟地裁H28.5.30  
  俣病認定事例
  事案 新潟市長が、原告らの公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病認定申請をいずれも棄却⇒原告らが、各処分の取消を求めるとともに、
①原告1名が、被相続人がそのかかっていた疾病が同法施行令所定の新潟県の区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定を受けることができる者であった旨の決定をすることの義務づけを
②原告8名が、同原告らの疾病が同区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務づけを
求める事案。
  争点 原告ら(被相続人を含む。)の水俣病り患の有無
①水俣病の判断基準
②臨床上把握し得る主要症候が感覚障害のみの水俣病の取扱い
③いわゆる遅発性水俣病の取扱い
等 
  判断 ①について:
原告らがかかっている疾病が水俣病である旨の認定をするにあたっては、
感覚障害等の症候の有無、発現部位や発現時期、その原因が中枢神経の障害にあることをうたがわせる事情の有無等や当該感覚障害等の症候について水俣病以外の他原因によるものであることを疑わせる事情の有無等の医学的観点からの検討だけでなく、
その患者のメチル水銀曝露歴、生活歴、種々の疫学的な知見や調査の結果等の具体的事情を総合的に考慮して判断すべき。 
②について:
軽度の水俣病においては、臨床所見として把握し得る主要症候が、四肢抹消優位の感覚障害のみであるものと存在するとの事実を肯定することが相当
四肢抹消優位の感覚障害は、水俣病における最も基礎的ないし中核的な症候ということができる
メチル水銀に対する曝露歴等の疫学的条件を具備する者について、メチル水銀曝露歴に相応する四肢抹消優位の感覚障害が他の原因によるものであることを疑わせる事情が認められない場合には、当該感覚障害はメチル水銀の影響によるものである蓋然性が高いというべきである。
③について:
加齢による影響を考慮することで、遅発性水俣病の機序についても医学的な説明が可能であることからすると、曝露終了後さらに長期間経過後に、老化に伴い臨床症候が顕在化することもあり得る
  解説 最高裁H16.10.15:
遅発性水俣病について、「水俣病患者の中には、潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること、遅発性水俣病の患者においては、水俣湾又はその周辺海域の魚介類の摂取を中止してから4年以内に水俣病の症状が客観的に現れることなど、原審の認定した事実関係の下では、上記転居から4年を経過した時点が本件における除斥期間の起算点となるとした原審の判断も、是認し得るものということができる。」
本判決は、加齢説(加齢の影響により臨床症状の顕在化の遅れを説明する見解)が「いまだ実証に至っていないものの、医学的に十分成り立つ見解であるということができる」として、曝露終了後長期間経過後(原告によっては40年以上経過)に、老化に伴い臨床症状が顕在化することがあるとして、上記最高裁判決が認めた潜伏期間を超える遅発性水俣病の存在を認めた。
本判決は、前記判断基準に従って個別に検討し、
原告らのうち7名について、
①自ら阿賀野川の魚介類を摂取するか、又は阿賀野川の魚介類を窃取していた母親の胎内にいたことにより、水俣病発祥の可能性が想定できる高度のメチル水銀曝露を受けたものと認められる。
②四肢抹消優位の感覚障害が一貫して真に認められること、これが被告の指摘する他原因に起因する可能性は、一般的、抽象的なものにすぎない
⇒メチル水銀曝露に起因して感覚障害を発症したものであり、水俣病にり患したものと認められる。
原告1名及び被相続人1名について、
①水俣病発症の可能性が想定できる高度のメチル水銀曝露を受けたかについては疑問が残る
②四肢抹消優位の感覚障害は認められるものの、それが、被告の指摘する他原因に起因する具体的可能性が否定できず、ほかに水俣病り患を積極的に推認される所見が認められない
⇒水俣病にり患したものと認めることはできない。
「一般的、抽象的なものにすぎない」と指摘して、他の原因による感染の可能性を否定したものとして、乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染したかどうかが問題となった最高裁H18.6.16
  労働p130
福岡地裁小倉支部
H28.4.19  
  マタハラの事案
  事案 介護サービス業を営むY1に雇用され、デイサービスを行うその営業所において介護職員として就労していたXが、同営業所所長Y2及びY1に対し、Xが妊娠したことをY2に報告し軽易な業務への転換を求めたにもかかわらず対応せず、かえってY2はXに退職を勧奨するなどいわゆるマタニティ・ハラスメントあるいはパワー・ハラスメントを行ったと主張

Y2においては、不法行為(709条)に該当し、Y1においては、Y2の使用者としての責任(民法715条)に加え、雇用契約上の就業環境整備等の雇用契約上の義務に反した(民法415条)として、連帯して、慰謝料500万円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、
Y1に対し、Xとの合意に基づく賃金を支払わなかったとして、雇用契約に基づき未払賃金等の支払を求めた。 
  規定 労基法 第六五条(産前産後)
③使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない
労基法 第一一九条
 次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
一 第三条、第四条、第七条、第十六条、第十七条、第十八条第一項、第十九条、第二十条、第二十二条第四項、第三十二条、第三十四条、第三十五条、第三十六条第一項ただし書、第三十七条、第三十九条、第六十一条、第六十二条、第六十四条の三から第六十七条まで、第七十二条、第七十五条から第七十七条まで、第七十九条、第八十条、第九十四条第二項、第九十六条又は第百四条第二項の規定に違反した者
雇用均等法 第九条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)

3事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
  争点  ①本件面談におけるY2の発言を含むY2のXに対する言動に、いわゆるマタニティ・ハラスメント、パワー・ハラスメントがあったか否か
②軽易業務への転換の求めに対するYらの対応が違法といえるか否か
③時間給であった原告の勤務時間を短縮したことが違法といえるか否か 
  判断 本件面談におけるY2の発言について、嫌がらせの意図はないが、Xの勤務態度に対する指導の必要性が認められるとしても、Y2の発言には妊娠を理由に業務軽減等を要望することが許されないとの認識を与えかねないものがある。
⇒妊産婦労働者の人格権を侵害。
軽易業務転換の求めに対して、Y2が、本件面談後、Xや他の職員に具体的な業務内容の変更を指示することなく、職員らの自主的な配慮に委ねるのみであった。
⇒妊婦であったXの健康への配慮義務に違反。
勤務時間の短縮について:
一方的な措置ではあったものの、Y2に違法な目的があったとはいえず、Xからも直ちに異議が唱えられたことはうかがわれない
⇒違法とまではいえない。

Y2の不法行為責任を肯定し、
Y1については、Y2からの本件面談の報告を受けながら、その後、Y2を指導するなどの就業環境整備義務を怠ったとして債務不履行責任を肯定
⇒Xの請求を、慰謝料35万円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で一部認容。
  解説  労働環境、ことに、職場における上司と部下あるいは同僚間、異性間での人間関係における、いじめ・嫌がらせなどが、セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメントとして対応すべき問題とされ定着。
●  妊娠や出産を巡る対応についても、労基法65条3項が、使用者に対し、妊娠中の労働者から請求があった場合、他の軽易な業務に転換させることを義務づけ(罰則につき同法119条1号)、また、雇用均等法9条3項が、妊娠等を理由とした不利益な取扱いを禁止する(など、同法同条項を受けて均等法施行規則2条の2台6号は、労基法65条3項により他の軽易な業務に転換するよう請求したことを理由とする不利益な取扱いを禁止することを定めている。)など、使用者において、適切な対応が求められている。
裁判例では、妊娠や出産を契機とした職責や給与額などの労働条件の変更の有効性が争われるケースが多い中、本件は、労基法65条3項の使用者の軽易業務への転換措置の不作為が問題とされ、また、妊娠および出産を契機とした使用者側の言動につき、使用者固有の債務不履行責任及び他の労働者(上司)固有の不法行為責任が一部認容された事案。
雇用均等法9条3項との関係で、時間給であった場合、勤務時間の短縮は給与減という経済的不利益に直結。
本判決:
①Y1とX間の雇用契約において1日の勤務時間につい下限の定めがなかったこと
②従前の勤務状況、Xが業務の軽減を求めていたことなどの本件事実関係
⇒違法性を否定。
but
事案によっては、妊娠中の労働者の勤務時間の一方的な短縮が雇用均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに該当する場合もあろう。
  刑事p138
最高裁H26.3.20  
  保護責任者遺棄致死事件(無罪⇒有罪⇒破棄差し戻し)の事例
  事案 夫婦である被告人両名が、妻の妹であり、統合失調症の診断を受けていた被害者を引き取って同居。
被害者が極度に衰弱し、歩行するなどの身動きも一人では不自由な状態⇒保護義務⇒被告人両名が、共謀の上、被害者に医師の診断等の医療措置を受けさせず、被害者を死亡させた。
  規定 刑訴法 第382条〔事実誤認と判決影響明白性〕
事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
  一審 被害者の衰弱状態などについて述べる医師や飲食店店員の証言は信用できる。
⇒被告人両名を有罪とし、いずれも懲役6年に処した。 
  原審 ①上記2名の証言は信用できない
②第一審判決には論理則、経験則等に照らして不合理な点がある。

事実誤認を理由に第一審判決を破棄して差し戻した。
  判断 元判決は、
①医師の証言について、医学的な専門知識等に基づく証言であることなど信用性を支える根拠があるのにこれを考慮せず
②証言内容の一部が他の証言部分の信用性を失わせるものとはいえないのに失わせるなどとし、
③店員の証言について、被害者の外見上の状況に関して述べる部分が重要であるのに証言の中心部分ではない周辺的な事情に関する食い違いを理由に証言の信用性に疑問があるなどとしている

このような信用性評価は正当とはいえず、そのような誤った信用性評価を前提に、第一審判決の認定を是認できないとしたのは、第一審判決について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。

刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある。
  解説  ●控訴審における事実認定の審査方法
最高裁H24.2.13:
刑訴法382条の事実誤認とは、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。
⇒控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをを具体的に示すことが必要であるというべきである。
本判決は、刑訴法382条の解釈適用に関し、第一審判決が有罪の場合であっても、論理則、経験則違反説が妥当する旨を示したもの。