シンプラル法律事務所
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論点整理(実験制度会計論)

論点の整理です(随時増やしていく予定です。)

実験制度会計論
第T部:制度を選ぶ 
★序章:新しい制度会計論を目指して 
■1 本研究のねらい 
近年の会計制度を巡って
@複数の中から選ぶ(または選ばれる)視点が重要であること
A単に会計処理の中身だけでなく、それを用いる人間心理の問題が大きく問われている
■2 会計制度研究の重要性:コンバージェンス問題と会計不正問題
●2.1
●2.2 大型会計不正と「制度が予想する人間行動」からの乖離:こころと制度
@制度が防止すべき人間行動:企業経営者による会計不正
A@のために必要となる人間行動:監査人による会計不正の対処
制度が「成功」するケース:当初予定通り@への対処成功
制度が「失敗」するケース:@への対処失敗
意図なき失敗:監査人の能力の欠如、意図せぬ審理バイアス
意図ある失敗:意図的に見逃す
「制度は選ぶ(選ばれる)ものである」という視点
「制度の失敗に人間の意図が大きくかかわっている」という視点
■3 意図と選択が織りなす制度の分析:ゲーム理論と実験による分析の強み 
●3.1:ゲーム理論と実験による分析の特徴 
ゲーム理論:複数のプレイヤーによる意思決定問題の帰結を均衡として予測ないし解明する分析ツール。
ある社会の仕組みを抽象化し、かつ多くの選択肢の中の1つとして捉えることで、制度比較を容易になしうる。
予測し、説明し、そして処方するために有用なツール。
実証分析:@アーカイバる分析、A実験
A実験:
実験者が自由に実験条件等を構築⇒モデルに忠実な設定を構築し、検証すべき変数も実験の設定に上手く組み込むことで、必要なデータを直接的に採取することも可能。
実験の事前検証性
人間心理に踏み込んだ分析可能性
●3.2:ゲーム理論と実験による分析と制度選択 
●3.3:ゲーム理論と実験による分析と制度の失敗
■4 従来の「制度会計」と「実験会計学」 
従来
制度会計論:人間不在のまま研究がなされていたり、分析上も制度の有用性を事後的にしか研究できないという限界
実験会計学:
人間と制度とのかかわりはそれほど重視されてこなかった。
●4.1:従来の「制度会計論」・・・人間不在と事後検証 
制度の失敗の原因を、会計情報の精度bの問題として捉えていた。
●4.2:従来の「実験会計学」・・・私的選択と1人意思決定問題 
個人単体の1人意思決定問題に注目した研究が中心
@その多くが私的選択に関するものであり、社会的選択に関する実験研究は皆無
〜「制度」は選ぶ(選ばれる)ものであるという視点からの実験が欠如
A「私的選択」でも、心理学をベースにした個人単体の意思決定問題に着目したものがほとんど
⇒複数人間の意思決定を想定していない。
■5 両社の融合、そして新しい制度会計論へ 
■補論:方法論的基礎:社会科学における実験の意義と他の方法論との関係 
実験:他の条件は一定にして、ある1つの独立変数だけを実験操作によって変化させ、従属変数の変化が仮説どおりに起こるかどうかを調べるための手法。
●実験と分析的研究との関係 
◎第1:仮説の検証手段 
分析的研究:数理モデル等により仮説を提示
そこで示される仮説を検証するのが実証分析。
実験は、実証分析の1つ。
◎第2:フィードバック効果 
実験により意図せざる結果や外部性を発見し、それを理論にフィードバック
⇒意図せざる帰結への対処方法を検討。
◎第3:人間心理に踏み込んだ分析可能性。
実験⇒被験者の意思決定や行動を直接観察することができる⇒さまざまなプレイヤーが実際にどのような認知プロセスにより、どのような意思決定をおこなっているのかという点に注目した研究も可能。
◎第4:ゲーム理論における複数均衡問題。 
説明するモデルが複数均衡⇒その制度の顛末がうまく予想できない。
実験の結果、そのいずれかに至ることが観察できれば、制度の顛末の予測や説明が上手くできるかもしれない。
●実験とアーカイバル分析 
仮説の検証手段とう意味では同じだが、以下の4点で相違。
◎第1:実験は事前検証が可能
アーカイバル分析:現実にあるデータを用いる⇒当該制度がすでに存在していることが大前提。
but
実験:実験室の中に疑似的な制度を創出し、そこにおける被験者行動のデータを用いた分析が可能⇒制度や仕組みが現実に存在する前に、検証可能。
◎第2:データのハンドリングの容易性 
実験⇒実験者が研究目的に応じて自分で条件等をデザインすることができる⇒仮説検証のために必要な変数も直接的に実験のしくみの中に盛り込むことが可能 
アーカイバル分析:現実に存在するデータから、仮説検証のために必要な変数にできるだけ近いものを代理変数として探してこなければならない⇒代理変数の妥当性や整合性が問題となる。
◎第3:内的妥当性が高い 
実験:実験者が柔軟にデータを採取する状況(実験)をデザインし、研究目的や検証すべき仮説に直接即した変数や統制条件を構築⇒アウトプットされるデータとしても、因果関係を直接検証することができるような、条件の統制が十分になされたものを得ることが可能となる。
◎第4:外的妥当性が相対的に低い 
疑似的な世界で創出されたデータを用いる⇒外的妥当性が相対的に低い
●会計・監査研究における実験 
A:経済実験
B:心理実験

経済実験 心理実験
依拠するモデル 経済学(ゲーム理論、契約理論)  認知心理学、社会心理学 
人間観 経済合理性  限定合理性 
対象となる意思決定 複数人の相互依存的意思決定  個人単体の意思決定 
想定される被験者 特に限定なし  専門家 
コンテクスト  ないほうがよい 
(コンテクストを入れるとモデルそのものの検証ではなくなってしまう。)
あるほうがよい 
謝金設定 必須  必ずしも必須ではない 
得意領域  制度論(しくみ)  手続論(人の判断・意思決定) 

★第1章 グローバル・コンバージェンス問題のゲーム理論分析:「世界に1つだけの基準」は成り立つか?  
■1 はじめに   
@IFRSへのコンバージェンスの動きの本質にある構造を捉え説明すること。
Aそのことにより、その動きの今後の方向性を理論的に予測し説明すること。
 
     
     
■2 IFRSをめぐる賛成論・反対論   
●賛成論の根拠:  
@会計基準の比較可能性とネットワーク外部性:
財務諸表の国境を越えた企業間比較可能性が高まる⇒投資家保護を図ることができる。
 
A市場の流動性が高まること
B企業の資本コストが低下すること
 
●反対論の根拠:   
@基準間競争の必要性  

「世界に1つだけの会計基準」となることそのもののメリット・デメリットを直接計測するものない⇒グローバル・コンバージェンス問題の部分的な側面しか捉えきれていない。 
 
アーカイバル分析では、実現しないと、その問題の全体的な効果を検証することは困難。  
■3 基本思考・・・会計基準選択のモデル化   
ある国にとって他国と同じ会計基準を採用するか否かという意思決定問題。  
●3.1 コーディネーション・ゲーム・・株価バブルの例   
投資家がお互いに買い注文⇒株価の(業績以上の)上昇により、単独で買い注文を出す場合よりも多くの利得を得られる。  
●3.2 ネットワーク外部性と会計基準   
ネットワークの外部性:
同じ行動をとる(同じプラットフォームを利用する)プレイヤーが増加すればするほど、(当該プラットフォームを利用する)各プレイヤーが便益を得るような現象。
より大きな規模を持つネットワークのほうが、消費者の利便性が高まる現象。
 
会計基準にもこのような側面がある。
ネットワークの大きさ自体により参加者(企業や投資家等)に大きな便益(ex.投資家には国境を越えた企業比較可能性、企業には投資家の比較可能性確保による資金調達のグローバル化や資本コスト減少など)をもたらす。
 
●3.3 コーディネーション・ゲームとしての会計基準選択   
システムを共有化することでベネフィットを得ることができる⇒プレイヤー1の戦略=プレイヤー2の戦略がナッシュ均衡。
but
それは、各プレイヤーが何もシステムを有していない状態から、初めてシステム選択を行う場合を表現したゲーム。
 
●3.4 先行研究の拡張・・・初期保有システムの導入   
■4 グローバル・コンバージェンス・モデル   
S:そのまま自国基準を採用し続ける戦略
O:相手の基準に合わせる戦略
N:誰も採用していない第3の基準に移行する
 
■5 基本モデルの均衡とその解釈・・・基準間で品質や移行コストに差がないなら?   
●5.1 場合分け   
●5.2 基本モデルの均衡・・・基準間で品質や移行コストに差がないモデル   
ナッシュ均衡は、(S,O)(O,S)(N,N)の3つ
(S,O)(O,S)はパレート最適ではあるが、「公平(=全てのプレイヤーにとって利得が同じ)」ではない。
 
@IASBのいう「世界に1つだけの会計基準」は、3パターンある。  
A「公平」とパレート最適性との間にはトレードオフ関係がある(IFRSのジレンマ)。
〜IFRSへのコンバージェンスの流れを推し進めることは、実は、社会全体としてはパレート最適な状態が充たされないことになる。
 
■6 派生モデルの均衡とその解釈・・・IFRSが世界で唯一高品質なら?   
     
★第2章:コンバージェンス問題の実験的検証:「IFRSが世界で唯一高品質」となるなら、IASBの野望は達成されるか?   
★第3章:「基準つくりの基準」のパラドックス:コンバージェンスのためにはダイバージェンスが必要か?   
第U部:こころと制度   
★第4章 :情報開示をめるぐ信頼と互換性:会計不正の源流を探る  
一般的には望ましいとされる情報開示がかえって「報われない」信頼を生み出してしまうという、意図せざる帰結が生じる恐れがある。  
■1 はじめに   
■2 信頼ゲーム   
送り手S(株主ないし投資家)
受け手R(経営者)
 
第1段階:
Sは初期保有額Eの範囲内でRに渡す金額M(0≦M≦E)を決定。
Rは渡されたMを原資として企業活動を行い、渡された額のe(e>1)倍の金額を獲得。)
eは企業の収益力ないし業績。
Rが実際に受け取る金額はeM。
 
第2段階:
RはeMの範囲内でSに返す金額K(0≦K≦eM)を決定。
 
最終的な利得:
Sの利得:E−M+K
Rの利得:eM−K
 
第1段階では、XはRに渡す金額を自由に決定でき、第2段階で、RはSに返す金額を自由に決定できる。
第1段階でのSが選択する金額は、第2段階でのRの返戻額への予想に応じて終わり、SがRのことを信頼すればするほど、SがRに渡す金額は大きくなる。
 
第1段階でSがいかなる行動を選んでいる場合であっても、Rが自己利得のみを最大化するのであれば、RはK=0とするのが最適戦略となる⇒第1段階ではSはM=0とすべき。
but
多くの経済実験では、Sが正の金額をRに渡し、Rが獲得した金額の一部をSに返すという現象が観察されている。
 
■3 開示オプション付き信頼ゲーム・・・情報の非対称性の導入と2つの情報開示システム   
パラメータeはrにとっての私的情報(Sは知らない)であると仮定。  
開示オプション
第1:R自らのオプションを行使してeを自発的に開示できるというシステム。(Voluntary条件)
〜情報開示や監査は経営者のためにある(経営者が大規模資金調達等をおこなうために、自らの潔白を証明する手段(ボンディング)として情報開示や監査を用いるという発想。米国。)

第2:Sがオプションを行使し、それに応じてRがeを開示するというシステム。(Compelled条件)
〜情報開示や監査や株主や投資家のためにあるとする考え方。英国。
 
■4 仮説・・・ゲーム理論の均衡   
■5 実験デザイン   
■6 実験結果・・・情報開示の主導権の違いは株主の信頼と経営者の互恵に影響を与えるか?   
●6.1 開示オプションの行使行動   
●6.2 株主(送り手S)の投資行動・・・株主は経営者を信頼するか?   
Voluntary条件のもとで、前半から後半にかけて、開示オプション行使率の大幅な伸びがみられた
〜Voluntary条件において、前半では、経営者はあまり情報開示に積極的ではなかった(情報開示をしてパラメーターeが共有知識になってしまうと、経営者の受取総額eMが明らかになってしまう⇒eMに見合う分の返戻額Kをきちんと返さなければならなくなる=開示が自分の不利につながると考えた)。

株主サイド:
経営者に対する信頼形成について、情報開示を基礎に大きく2つのパス(「開示してくれる経営者は信頼できる」というパスと、「開示してくれない経営者は信頼できない」というパス)が構築されていった。

経営者サイド:
「情報開示すれば、たくさん投資してもらえる。」
「情報開示しなければ、あまり投資してもらえない」


公判では、オプション行使率が統計的に有意に増加した。
 
●6.3 経営者の返還額K決定行動・・・経営者は株主に対して互恵的に振るまったか?   
Compelled条件でのオプション行使が、経営者は株主に対してより互恵的に振る舞う。  
Voluntary条件における互恵性
株主サイド:
「情報開示してくれる経営者は信頼できる」(平均M=4.6)
「情報開示してくれない経営者は信頼できない」(平均M=2.93)
経営者サイド:
情報開示する経営者の互恵性(返戻率=0.19)
情報開示しない経営者の互恵性(返戻率=0.19)
⇒情報開示の有無と返戻率は無関係

経営者は、情報開示を逆手にとり、オプションを行使することにより株主の信頼を得つつも、それに応えない行動を行っていた。
 
■7 本章のまとめと次章に向けて   
3つの重要なインプリケーション  
@2つの条件間でオプション行使率の推移が大きく異なった。
特にVoluntary条件では、後半にその比率が高まった。
←情報開示が株主から信頼を得る手段となり得ることに気付いた経営者の行動による。
 
A2つの条件間で、株主の経営者に対する信頼の形成パターンが大きく異なった。
Voluntary条件のもとで、経営者に対する信頼形成について、情報開示を基礎に大きく2つのパス(「開示してくれる経営者は信頼できる」というパスと「開示してくれいな経営者は信頼できない」というパス)が構築されていった。
 
B2つの条件間で、経営者の株主に対する互恵の度合いが大きく異なった。
特にVoluntary条件のもとでは、
経営者の自発的開示に株主は反応し経営者への信頼を高めるが、
肝心の経営者はそれを裏切る
という状況が観察された。
 
米国型の情報開示システム(Voluntary型)は、そもそも株主の信頼と、それに対する経営者の裏切りの行動が生まれやすいしくみになっている可能性。  
★第5章:記録と記憶が生み出す信頼:脳と会計制度   
■1 はじめに   
第4章⇒ある状況下では、一般的には望ましいとされる情報開示がかえって「報われない」信頼を生み出してしまうおそれあがる。  
■2 会計研究と脳・・・2つの方向性   
●2.1 企業会計の意思決定支援機能と神経科学研究   
企業会計の職能の第1は、意思決定支援機能ないし測定のパースペクティブ。

投資家の経済的意思決定に際し、有用な情報を提供するために会計情報が存在するという職能。
投資家のファンダメンタルバリュー予測に資するために会計情報が役立つものとされる。
 
◎留意点1:株価との関連をどのようにとらえるのか。  
証券市場では、単にファンダメンタルバリューがわければすべてが解決するわけではなく、人間の予想や心理なしいそれらの相互作用が株価を生み、さらにはそれが人間心理にフィードバックされ、新たな人間心理を生み出すという循環関係。
⇒単に企業価値をどう予測するか、というだけではなく、他者の予想や心理をどのようにとらえるか、という相互依存的な文脈の中での投資家や経営者の神経活動、および会計情報をの利用を検討していく必要がある。
 
自分が「協力」を選んだ時に、相手も「協力」を選ぶと、報酬、葛藤の調整、感情を司る部位が賦活化する。
互報的な協力行動は、喜びの感情をもたらす。
 
(コンピュータでなく)人間が対戦相手となる方が、賦活化の度合いが大きい。⇒人間相手の方が喜びの度合いが大きい。  
絶対的損得に対しては、脳の帯状皮質およびその周辺は賦活化した。
相対的損得に対しては、脳における前頭連合野とよばれる部位が賦活化。
 
◎留意点2:会計情報はあくまで多くの情報源のうちの1つにしかすぎない   
現実の証券価格は、企業のファンダメンタルズだけで決まらず、そこに「人間の心理」や「市場全体におけるさまざまなタイプの投資家間の相互関係」というものが加味されて初めて決定される。
〜他の情報源との相対の中で、会計情報を位置づける作業が重要となる。
 
うわさと会計情報との関係性。
うわさは、人間の相互依存的な関係性の中で、集合行為として伝播し、変容していくもの。
 
不確実性下における意思決定(会計情報)⇒明確な報酬が期待できる場合に、脳の線条体(報酬に関する部位)が活性化。
あいあまい性下における意思決定(うわさ)⇒情動に関与する部位が活性化。
 
●2.2 企業会計の契約支援機能と神経科学研究   
■3 経済発展と記録・・・脳の補完としての会計制度   
Dickhaut(2009)は、脳は会計制度の起源であると述べ、脳活動と会計行為との関係について検討。  
取引履歴を「脳の外」へ随時記録していることにより、人間は、経済発展の中でも、安心して取引を行うことができ、さらなる経済発展をよぶという正のフィードバック・ループができあがる。
会計は、複雑化していく経済環境の帰結であり、人間の脳を補完するもの。
 
記録がある場合とない場合とでは、記録のある場合のほうが、信頼性や互恵性のより高い社会環境が構築され、結果として経済全体も発展していく。  
田口:
コーポレート・ガバナンスないし企業の内部統制との関係で、企業会計における記録機構(複式簿記機構)の重要性が見直されており、継続的かつ網羅的に企業の経済活動を(勘定を辿ることで)記録していく複式簿記システムの存在により、このような企業不正ないし企業不祥事を事前に牽制ないし防止しようとする流れがある。
誘導法により、企業の経済活動を継続的かつ網羅的に勘定に記録していくという複式簿記機構の存在が、企業のコーポレート・ガバナンスを、システムとして頑強にしており、また、そのようなガバナンス面での役割期待(ないし、会計構造(複式簿記機構)の存在をベースとした契約支援機能や会計責任概念)こそが、企業会計の本質と捉えることができるかもしれない。
 
■4 本章のまとめと次章に向けて   
@企業会計研究と神経科学研究の接点に係る第1の方向性:
企業会計の意思決定支援機能の観点から、証券市場を前提として、投資家の意思決定プロセスや会計情報の利用プロセス、ないし、経営者の情報開示プロセスなどを神経科学的に解明していくことで、現在の会計制度が、投資意思決定支援に、どれだけ役立っているのか説明したり、どのような制度設計が望まれるかの検討を進める。
 
そこでは、株価との関連や、他の情報源との関連性を踏まえる必要があり、単に投資家の意思決定における脳活動をf−MRIで分析するだけの研究では不十分。  
A第2の方向性としては、企業会計の契約支援機能の観点から、企業における組織ないし契約関係を前提として、株主や債権者の意思決定プロセスなどを神経科学的に解明したり、記帳組織の重要性を神経科学的に解明していくことで、現在の会計制度が、契約支援にどの程度役立っているのかを説明したり、どのような制度設計がのぞまれるか検討を進めることが考えられる。  
その際、社会脳(Social Brain)に係る研究や、脳の記憶との関連性を捉える研究が有望。  
     
★第6章:ガバナンス規制のあり方に関する理論と実験:どのような規制が望ましいのか?   
■1 はじめに   
会計制度の根本部分である記録は、脳の記憶を補完することで、株主・経営者の間の「報われる」信頼関係の形成に大きく貢献する。  
⇒会計不正を防止するための大掛かりな規制などは、そもそもいらないのではないか?  
■2 倫理規程の理論と実験・・・どのような規制が「実効力ある規制」なのか?  
●2.1 問題意識・・・倫理規程の比較制度分析   
●2.2 「倫理規程」付きの信頼ゲーム・・・理論と実践   
信頼ゲーム:送り手と受け手の信頼や互恵性を測るゲーム。
送り手の投資額の均衡からの乖離=相手プレイヤーに対する信頼性の大きさ
受け手の返戻額の均衡からの乖離=相手プレイヤーに対する互恵性の大きさ
 
T1:「No code」条件:倫理規定なし
T2:「Present」条件:倫理規定あり&全員に強制
T3:「Certified」条件:倫理規定ありかつ「certification」(選択)ステージ
 
●2.3 実験結果とその解釈・・・規制における「ひとひねり」の重要性   
◎  送り手の投資額:T3>T1>T2
受け手への返戻額:T3>T1>T2
 
@倫理規定が存在し、Aその採択についてオプション(選択の余地)があり、Bその採択結果が開示される
〜「経営者の規律漬けが適切になされた」

@株主の投資を活性化させ、A経営者の互恵性を増大させた。
 
〜社会的な「選択の余地」自体がオプションとしての価値を生み、situational cues として有効に機能。  
倫理規定が存在し、かつそれが経営者に一律強制されるという「Present」条件が、「倫理規定」自体が存在しない「No code」条件よりも悪い結果をもたらしている。
〜社会の期待(相手プレイヤーに対する期待)により説明。
「倫理規定」が存在するが、強制にすぎない⇒経営者の行動が伴わない⇒株主の「期待」が裏切られる⇒より投資しなくなる⇒経営者はさらに誠実に振る舞わなくなる。
「No code」条件では、そもそも相手に対する「期待」が存在しない⇒悪循環がは生まれない。
倫理規定とその「選択の余地」を合わせることで、株主・経営者のよりよい信頼と互恵の関係が構築される可能性がある。
but
倫理規定を強制しただけでは意味がない。
規則は単に強制するだけでは上手くいかないケースもあり、「ひとひねり」が求められることもある。
■3 内部統制監査制度の理論と実験・・・内部統制に関する規制は効果があるか?   
●3.1 問題意識   
SOX法の有効性についてのアーカイバル分析。
導入前後の利益の質や監査の質を比較することで、その有効性を検証することが多い(「before-after 型分析」)。

仮に有効であるとしても、なぜ有効なのか、また逆に有効でないとしてもなぜ有効でないのか、詳細な要因の発見や因果関係の抽出にまで踏み込むのが困難。
田口・福川・上枝による経済実験。
「内部統制監査制度は、本当に監査リスクを低下させるのか」というリサーチクエスチョンを掲げ、ゲーム理論のモデルをもとに経済実験。
因果関係の抽出にまで踏み込むかたちで内部統制制度監査制度の有効性を検証。
●3.2 内部統制監査制度に関する分析・・・監査人と経営者の内部統制&不正ゲーム   
正直者タイプ(H)、不正直タイプ(D)
内部統制の強度s、不正量α
正直者タイプの経営者:最強度の内部統制s=1と最低の不正量α=0を選択。
不正直タイプの経営者:そのような制約なくsとαを決定し得る。
不正直タイプの経営者は、コストとの兼ね合いを見ながら、ある程度内部統制の水準sを高めて正直者のふりをしつつ、不正を行うということになる。
このインタラクションの中で特に重要なのは、経営者が決める内部統制の強度s。
内部統制監査制度が導入されることで、特に、不正直な経営者が内部統制を必要以上に高めてしまう結果(内部統制の強度sの増加)、監査人側からすると、正直な経営者とフ正直な経営者との見分けがつかなくなってしまう
経営者の不正を監査人が探知できない確率(監査リスク)がむしろ増加してしまう。
●3.3 内部統制監査制度の経済実験・・・2条件の比較   
●3.4 実験結果・・・規制は効果があるか?   
@内部統制監査制度は、監査リスクを上昇させる可能性があるというモデルの予想が支持された。
内部統制監査制度の導入⇒誠実な経営者も不誠実な経営者も、総じて内部統制の強度sを上げざるを得なくなる⇒経営者のタイプを見分ける唯一の手段であったシグナルが意味をなさなくなる⇒相手の手イプに応じた効果的・効率的な監査ができなくなってしまう。
A内部統制監査制度は、不正量αも増加させてしまうおそれがある。
←経営者が、他の経営者行動や監査人の状況を織り込んでより戦略的に行動し得る条件がそろっている。
実証性テスト実施前に、監査人側に自分の情報(自分のタイプが誠実か不誠実か)が伝わる可能性がある唯一の「媒体」は、シグナルhである。
しかし、「制度あり」ではそれは意味をなさなくなる。
⇒経営者は、内部統制の強度sを高め「防御」したうえで(誠実な経営者のふりをしたうえで)、不正量αを高める行動をとることができる
■4 会計不正を適切に対処し得るガバナンス規制を設計するためには・・・研究と実務との間の「距離感」を埋める   
●4.1 違和感と不信感が生み出す「距離感」   
実務サイド⇒研究サイドに感じる違和感:
@「コーポレート・ガバナンスかくあるべし」という規範的な議論への違和感
A一般性・普遍性と個別性・具体性との間のアンバランスに対する違和感
実務サイド⇒研究サイドの不信感
@企業の不正等がなくならい現状
A「制度の失敗」が起きてしまっている現状
●4.2 研究サイドで必要となる3つのポイント   
@「かくあるべし」という規範的議論からの脱却
A一般的傾向と個別具体性のバランスを重視
B制度設計への具体的・積極的な関与を進めるとともに、より現実的な人間観に則した制度設計
●4.3 「距離感」を埋めるための手段としての実験研究   
社会科学における実験研究の優位性
(1)人間の行動データや心理データから仮説を検証することができる

@データでの「説明」を重視
A現実の人間に則したデータ検証により制度を考える
Bマクロ的な制度を扱いつつも、その検証をミクロ的な現実の人間心理に注目して行う
(2)事前検証性を有する

現実世界のデータがなくても実験室内に仮想の「制度」を設計し、そこでの人間の振る舞いや「意図せざる帰結」を観察することで、制度分析や制度間比較をおこなうことが可能
(3)エッセンスを捉えて分析することが得意

実験の前提となるのが経済モデルであり、またそれが現実のエッセンスを抽象化することができるなら、根源的な問題にアタックすることも可能。
■5 本章のまとめて次章に向けて   
@会計不正に対処するという観点からすると、ガバナンス規制については、単に一律強制するのではなく何らかの「ひとひねり」が必要。規制対象となる要因が、規制前にどのような機能を有していたのかを見極めたうえで制度設計をする必要。
Aコーポレート・ガバナンスにおける研究と実務との「距離感」
B3つの優位性()実際の人間の行動・心理データからの仮説検証可能、制度の事前検証が可能、エッセンスの分析が得意)をゆうする実験研究。
 
★第7章:監査の品質管理体制と社会的ジレンマ問題:規制の運営主体のあり方をめぐって   
■1 はじめに   
■2 品質管理のしくみ・・・米国の事例   
●2.1 従来の私的自治のしくみ   
●2.2 PCAOBの登場   
●2.3 PCAOBがおこなう検査のしくみ   
■3 自主規制と第三者規制に関する監査のアーカイバル研究のサーベイ   
■4 監査人の自主規制に関する実験研究・・・先行研究のサーベイ   
●4.1 自主規制と公共財供給ゲーム   
●4.2 先行研究から得られるインプリケーション   
■5 エッセンスの再吟味・・・社会的ジレンマ問題解決のための私的懲罰と第三者懲罰   
■6.比較衡量の基本的考え方・・・自主規制と第三者規制の比較はそもそも可能か?   
●6.1 存在意義の次元が異なる可能性   
●6.2 規制の歴史性の考慮   
■7 本章のまとめと次章に向けて   
●補論1 共同規制の可能性・・・現実的な解決策をめぐって(その1)   
●補論2 「リワード」の可能性・・・現実的な解決策をめぐって(その2)   
★第8章:会計専門職教育制度のデザインとジレンマ:優秀な人材の公認会計士試験離れを解消するには?   
★終章:未来の会計をデザインする:会計を超えて会計を考えることの意義