シンプラル法律事務所
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債権各論U(不法行為法)(潮見)

★第1章 不法行為制度
  ◆1.1 不法行為制度といは、どのような制度か? 
  ◆1.2 不法行為制度のもとでの救済・・・損害賠償が原則 
  ◆1.3 損害賠償の基本原理・・・どのような場合に損害賠償が認められるのか? 
  ◆1.4 過失責任の原則が採用された理由・・・過失責任を支える基本的考え方
  ◆1.5 過失責任の原則の例外・・・無過失責任 
  ◆1.6 無過失責任を支える基本的考え方
  ◆1.7 過失責任の枠内での修正へのインセンティブ・・・過失の主張・立証責任 
  ◆1.8 「過失責任の原則」の修正(p7) 
  ◇1.8.1 過失における注意義務の高度化 
  ◇1.8.2 過失についての「事実上の推定」 
※     ※事実上の推定と間接反証 
  過失についての「事実上の推定」が用いられる場面では、あくまでも「過失があったとの評価を根拠づける具体的事実については、被害者が主張・立証責任を負う」
⇒「加害者に過失があたとの評価を根拠づける具体的事実があったのかどうかわからない場合には、被害者に不利な判断がされる」という原則が維持。
主張・立証責任の対象となる事実(=過失があったとの評価を根拠づける具体的事実)ではなく、それに関する事実(間接事実)から、裁判官が経験則を適用して「過失があったとの評価を根拠づける具体的事実があった」との心証を形成⇒その事件は過失について「真偽不明」の事件ではなくなった。
  加害者:
「過失があったとの評価を根拠付ける事実があったのかどうかわからない」という「真偽不明」の状態に持ち込みさえすれば(間接反証という)、「過失があった」との裁判官の心証形成が遮断される⇒加害者に過失があったことを認めるに足りる証拠はない⇒被害者側の請求が棄却。

加害者としては裁判官の心証を動揺させ、「真偽不明」の状態に持ち込めばいい。
   
  ◇1.8.3 過失についての「法律上の推定」(立証責任の転換) 
    特許法103条
     
★第2章 権利侵害  
     
     
     
     
     
  ◆2.8 「権利」論の再生
・・「権利侵害」要件の再評価 
    「権利侵害」要件についえては、「法律上保護される利益」へと「権利」概念を拡張⇒あまり議論されず。
←「権利」概念が拡張された結果として、いまや「権利侵害」要件には不法行為責任の成立する場面を限定する機能が認められない(権利侵害概念の希薄化)の認識。
but1990年代後半以降、変化の兆し。
@法秩序によって保障された他人の権利を侵害する行為に対し救済を与えるのが不法行為法の目的であることを再認識し、
Aこの不法行為法での権利保護を、憲法を基点とする基本権保護秩序の中に位置付けられるべきとする。

憲法を基点とする法秩序全体の見地から、現代社会の中で憲法により保証された個人の権利が何かを考え、それを基点として、709条にいう「権利」としての要保護性を決定していくべき。
   
  ※権利アプローチと加害者の過失 
    権利アプローチ⇒加害者の「過失」は「行動の自由」という加害者の「権利・自由」に対する制約という観点から捉えられることになる(行動の自由も、自由権的基本権)。

「民法709条に基づき、不法行為を理由とする損害賠償請求権が認められるかどうか」という判断にあたって、
@「被害者の権利」の保護の必要性と
A「加害者の権利」(行動の自由)に対する制約の必要性

との間で、
過剰介入の禁止・過少保護の禁止の観点(比例原則)からの較量がおこなわれているとの理解。
     
  ◆2.9 再び平成16年改正後の条文文言へ
    民法 第709条(不法行為による損害賠償) 
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
     
  ※夫婦の一方の不貞行為の相手方に対する他方配偶者の損害賠償請求 
    夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務がある。
(最高裁昭和54.3.30)
    夫婦の一方が第三者と肉体関係をもった場合であっても、婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、この第三者は他方の配偶者に対して不法行為責任を負わない。(最高裁H8.3.26)

@第三者が夫婦の一方と肉体関係を持つことが他方配偶者に対する不法行為となるのは、それが他方配偶者の「婚姻共同生活上の平和の維持という権利又は法益保護に値する利益」を侵害する行為と言うことができるから
A婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、他方配偶者にこのような「権利又は法的保護に値する利益」があるとは言えない。
     
  ※契約交渉過程における信義誠実に反する態度と不法行為責任 
    契約交渉過程において
(a)交渉当事者の一方が相手方に対して虚偽または不実の説明や情報提供をしたり、断定的な判断を提示したりした結果として、相手方が契約を締結した場合(説明義務・情報提供義務に対する違反、断定的判断の提供
(b)交渉当事者の一方による言動が相手方に誤解を生じさせ、相手方が誤解に基づいて交渉を勧めていることに気がついたにもかかわらず、相手方に対して誤解をしていることを指摘しなかった場合(誤認指摘義務に対する違反)
(c)契約交渉が進み契約締結にあと一歩と迫った段階で、一方y当事者がそれまでの言動に反する態度をとり、契約交渉を破棄した場合(契約交渉の不当破棄
(d)取引経験・知識を著しく欠く者に対して、その者の目的・動機に適合しない商品を売りつけた場合(投資取引における適合性の原則に対する違反)など、
契約交渉過程において交渉当事者の一方により信義誠実に反する態度がとられた結果として相手方が損害を被ったとき、相手方は、契約締結に関する自己決定権の侵害を理由として、故意・過失のある他方当事者に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求することができる。
     
     
     
     
★第3章 故意・過失  
     
  ◆3.2 故意の意義 
    故意の意味を、結果発生の「認容」の意味で捉えることで、一致。
「結果発生の可能性を認識しながら、これを認容した」場合は、未必の故意と言われ、故意に含めるのが一般の理解。
  ◆3.3 過失の意義 
    「結果発生の予見可能性がありながら、結果の発生を回避するために必要とされる措置(行為)を講じなかったこと」(結果回避義務違反)
と定義。
  ◆3.4 過失評価の対象 
    A:過失とは、意思の緊張を欠いたという不注意な心理状態に対する非難
〜内心の心理状態を対象として、過失の有無を判断
    B:過失とは、社会生活の中でおこなわれた法的に許容されない不注意な行為に対する非難

社会生活に現れた行為を対象として、過失の有無を判断

共同体社会の中では、自由な個人と個人が接触することにより、人々の権利・自由の間での摩擦・衝突が生じることは避けられない。
このとき、個人の自由の保障を基本理念として維持しつつ共同体社会を機能させるには、「個人はみな、対等(平等)である」との立場を前提にすれば、自由で対等な私人相互の権利・自由を調整する必要。

国家は、他者の権利・自由への保護を図るために社会生活上必要と考える措置を、私人に一定の行為を命じ、または禁止することによって負荷すること(命令規範・禁止規範)で、人々の権利・自由の間での摩擦・衝突を回避しよう・・・そして、他者の権利・自由を保障しよう・・・とする(内心の思想・信条そのものを直接に制約することはできない)。
こうした一定の行為の命令・禁止は、憲法に適合的なものでなければなりませんし、何よりも個人の行動の自由を制約することにもなる
⇒あくまでも他人の権利を保護するのに最大にして、かつ必要最小限の介入でなければならない(過剰介入の禁止)。
  ※過失=信頼責任とする考え方 
  ※重過失 
何が重過失に当たるか?
第1:重過失は「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」
「わずかの注意さえされば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」としたもの(最高裁)

故意と同様にもっぱら心理状態として捉えられ、かつ、認識(予見)レベルでの著しい不注意と捉えられる。
第2:重過失とは故意と軽過失の中間に位置するものであって、重過失とは「注意義務違反の程度が著しい場合」であるとする定義。

2つのタイプのものが含まれる:
@義務違反の態様が著しいタイプ
ex.一般市民がその居住する家屋で火を失したような場合における重過失

A問題となる注意義務そのものがあまりにも本質的・基本的なものであるために、行為者としては、ほんのわずかの注意さえすれば、たやすく権利侵害の結果を予見し、回避することができたというタイプ
ex.取引おいて専門家が尽くすべき注意義務の違反が問題となる場合の重過失
  ◆3.5 過失の遮断基準(その1)
・・・誰の能力を基準とするか? 
    刑事過失:
行為者本人の具体的な注意能力を基準として、過失の有無が判断(具体的過失)
民法709条の「過失」評価:
具体的行為者の注意が基準となるのではなく、平均的な人(合理人)ならば尽くしたであろう注意が基準となって過失の有無が判断される。
平均人(合理人)が尽くすであろう注意:
「善良な管理者の注意」
抽象的過失
but
社会生活の中で加害者の属する人的グループにとって平均的な(合理的な)注意という基準で、過失の有無が判断される。
ex.
医師の診療上の過失の有無が問題となるときは、
その医師が大学病院の医師か、地域の中核病院の医師か、それとも開業医かとか、
医療業務に従事している地域はどのような地域課、
専門領域は何か
などといった観点から、標準となる行為者グループが類型化され、その類型に属する人にとって尽くす必要があると考えられる注意の内容が確定される。

過失の判断基準として要求される注意の程度は、
平均人(合理人)を基準とする「抽象的過失」であるとは言え、
職業・地位・地域性・経験などにより相対化・類型化されたもの。
     
  ◆3.6 過失の判断基準(その2)
・・・いつの時点での能力を規準とするか?
    行為時
  ※段階的過失 
日常生活の中で1個の事件とみられている事件の中でも、過失の判断基準時として選択可能な時点は複数(厳密に言えば、無限に)存在し得る。
  ◆3.7 過失の判断基準(その3)
…過失判断の前提としての具体的危険・予見可能性 
    過失=客観的過失:
社会生活において必要とされる行為義務に対する違反(結果回避義務違反)
but
「その行為者には、行為義務違反としての過失がある」と評価するためには、
その行為者にとって、法的に求められているように行動することが期待できるのでなければならない。

適切な行動をすることへの期待可能性がないにも関わらず、行為者に対して「あなたの行動には過失がある」と非難したのでは、国家が個々人に対して期待できない行動を強いるという過大な要求をすることになってしまい、適切ではない。
⇒適切な行動をすることへの期待可能性があることが、過失非難、すなわち行為義務違反ありとの評価の前提となっている。
    どのような場合に、行為者に適切な行動をすることについての期待可能性があると言えるか?
@結果発生の具体的危険が存在し、かつ、
Aその結果発生の具体的危険に対する予見可能性が行為者に認められること。

支配的見解によれば
「行為者に、結果発生の具体的危険についての予見可能性があったこと」が、
過失判断の前提となっている。
    but
公害・薬害事件で、企業側に「危険発生の具体的危険についての予見可能性」を認めるのが困難なケースが社会問題化。

情報収集義務・調査研究義務といった「予見義務」を介して、具体的危険の予見可能性を肯定するもの。
企業は、結果発生のおそれ(抽象的危険)を感じた⇒問題の解明のために必要な情報を収集し、調査研究を尽くさなければならない(予見義務としての情報収集義務・調査研究義務)。
必要とされる情報収集・調査研究を尽くさなかった⇒企業は、情報収集・調査研究を適切に尽くしたならば予見できたであろう具体的危険については、「予見可能性」があったものとして扱われる。
but
この「予見義務」(情報収集義務・調査研究義務)という枠組みは、社会的に有用な行為が多数の市民への甚大な人的被害をもたらした公害・薬害・食品公害の事例で用いられているものであり、それ以上の広がりを持たない。
     
  ◆3.8 過失の判断基準(その4)
・・・行為義務違反の判断因子 
    不法行為時点で行為者に過失(行為義務違反)があったかどうかを判断する際に考慮されるべき因子:
    ハンドの公式:
@損害発生の蓋然性(P)
A被侵害利益の重大性(L)
B損害回避義務を負わせることによって犠牲にされる利益(B)
「P×L>B」⇒行為者に過失あり。
but
「B」に何を盛り込むかにより、この公式にはそれぞれ異なった意味が与えられる。
A:Bを「損害回避コスト」と捉え、経済的効率性の観点から被害者側の危険と加害者側のコストとを比較して、過失の有無を決すべき。

B:Bに「加害者の不利益」の要素だけでなく、「行為の社会的有用性」や「公共性」の要素も組み込んで評価をすべき。
     
     
  ◆3.9 過失の主張・立証責任
・・・規範的要件としての「過失」 
    「過失があったかどうか」は法的な評価であって、裁判官が判断することであり、当事者による主張・立証責任の対象となる事実ではない。
    過失があったことについては、被害者が主張・立証責任を負う:
過失があったとの評価を根拠づける具体的な事実については、被害者が主張・立証責任を負う。
   
被害者が主張してきた「過失があったとの評価を根拠づける具体的事実」(=評価根拠事実)のそれぞれが、被告である加害者の認否の対象。
加害者は「過失があったとの評価を妨げる具体的事実」(=評価障害事実)を、被害者からの損害賠償請求に対する抗弁として主張・立証することができる。
     
  ※「規範的要件」としての過失(p36) 
要件事実:適用される法規範の要件に該当する事実。
そこに言う「事実」は「評価の対象」であって、「評価そのもの」ではない。
but
法規範が適用されるための「要件」とされるものの中には、「事実」を記述したもののほかに、「過失」とか「正当事由」のように、「評価の結果」を記述したものがある。
〜「規範的要件」

「規範的要件」にあっては、この規範的要件を根拠づけたり(評価根拠事実)、規範的評価を妨げたりする具体的事実(評価障害事実)こそが「要件事実」であるというのが、司法研修所の考え方。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
★第4章 因果関係 (p41)
  ◆4.1 「何」と「何」との因果関係?
    民法 第七〇九条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、
これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
    A:「加害行為(故意・過失がある行為)」と「損害」との因果関係
「権利侵害」要件に重きを置かない立場を基礎とし、かつ
どのような損害が発生したのかを損害賠償請求権の出発点に捉えて立論していく手法
⇒発生した損害からさかのぼって「加害行為」にたどり着くことができれば因果関係として十分ということになる。
    B:
@「加害行為(故意・過失がある行為)」と「権利侵害」との間の因果関係と
A「権利侵害」と「損害」との間の因果関係

@:「権利侵害」の結果を加害行為に帰することができるかという意味で、「責任を設定する」という目的のためにその前提として要求
A:「権利侵害」から派生する不利益のうちどこまでを賠償範囲に組み入れるかという意味で、「賠償範囲を画定する」という目的のため、その前提として要求。

両因果関係は異なった目的に使えるものだから、分けて考えるべき。
民法709条の条文にも適合する。
  ※「責任設定の因果関係」・「賠償範囲の因果関係」
A:
@加害行為と「第一次侵害」との間の因果関係を「責任設定の因果関係」として捉え
A「第一次侵害」と「損害」との間の因果関係および「第一次侵害」と「後続侵害」との間の因果関係を「責任充足の因果関係」として捉える見方。
vs.
加害行為と第一次侵害との因果関係は、加害者・被害者の権利・自由のレベルで被害者の行動自由と被害者の権利のそれぞれに関する保護と制約の許否・程度が問われる点において同質
その一方
第一次侵害と損害との間の因果関係は、第一次侵害と後続侵害との間の因果関係とは質的に異なる問題、すなわち、侵害された権利の価値がどのように評価されるのか(民法416条の条文見出しの表現を使えば「損害賠償の範囲」)を扱うもの

両者をまとめて扱うことには疑問。
  ◆4.2 責任設定の因果関係の判断構造(p43)
    ●責任設定の因果関係をどのような枠組みで捉えるのか?
A:因果関係=法的因果関係(=条件関係+相当性)

被害者に生じた権利侵害の原因が加害者の故意・過失行為であると言うことができるためには、
@被害者に生じた権利侵害と加害者の故意・過失行為との間に事実レベルでの条件関係が認められることが必要であるとともに、
A被害者の権利侵害と加害者の故意・過失行為が条件関係にあるだけでは足りず、さらに、両者の間に、被害者に生じた権利侵害を加害者の故意・過失行為に帰することが法的・規範的にみて相当であると評価することができるだけの関係(「相当性」)が認められなければならない。
〇B:因果関係=事実的因果関係(潮見説)(規範の保護目的説)

加害者の故意・過失行為と被害者に生じた権利侵害との因果関係とは、もっぱら事実レベルのもの(上記@に対応)であり、因果関係の有無が問題となる場面では、事実の連鎖という観点から捉えたときに、被害者に生じた権利侵害から事実を復元していくと加害者の行為(故意・過失の評価対象としての行為)へとたどりつくことができるかのみが問われるとする考え。

法的・規範的にみたときに被害者に生じた権利侵害を加害の故意・過失行為に帰するに値するかどうかの判断は、因果関係の問題ではなく、これとは別の、規範の保護目的(または保護範囲)のレベルで捉えられる。

@加害者の行為を故意・過失のあるものと評価する際の基礎になった禁止規範・命令規範が、侵害された被害者の権利を保護の目的(射程)に入れていたかどうか義務射程内の権利侵害か否か)にとどまらず、
A禁止規範・命令規範が保護の目的とした被害者の権利が加害者の行為によって侵害されたこと(第一次侵害)の結果として具体化した「特別の危険」(一般的な生活危険(これは各人が負担すべきもの)の域を超えるもの)が、さらなる被害者の権利の侵害(後続侵害)を引き起こしたかどうか危険性関連とも言われることがある)が判断される。
C:因果関係で問題となるのは、もっぱら、法的・規範的にみたときに被害者に生じた権利侵害を加害者の故意・過失行為に帰するに値するかどうかの判断であるとする考え方。
(因果関係=評価的因果関係=帰責相当性)

責任設定の因果関係において、事実レベルでの条件関係・事実的因果関係が認められることは、もはや不可欠でも決定的でもない。
  ◆4.3 因果関係判断の基礎・・・条件関係(事実的因果関係) 
    伝統的立場や規範の保護目的説:
因果関係があるとされるためには、少なくとも、事実のレベルで、被害者に生じた権利侵害(または損害)が加害行為(故意・過失の評価対象となった行為)の結果であるという関係が認められる必要がある。
    条件関係(事実的因果関係)
「あれなければ、これなし」という公式(不可欠条件公式)を用いて条件関係(事実的因果関係)の存否を判断。
仮定的原因(予備的原因)を考慮していはいけない
因果関係の断絶:
Yが毒を入れたワインをXが飲んだけれども、毒が回らないうちに、DがXをピストルで撃ってXが即死した

DがXをピストルで撃った行為はX死亡という結果発生の前に現実に生じた行為⇒「Yの毒を盛った行為」を「Xの死亡」との間には因果関係がない。
  ※合法則条件公式 
A:不可欠条件公式「あれなければ、これなし」
vs.
@裁判においてはこのような単純な判断枠組みで因果関係を判断しておらず、間接事実を積み重ね、過去に生じた事象の経過をもう一度たどりなおす作業をしてようやく因果関係の存否判断に到達している。
A論理的にも「PなければQなし」という命題が真であるということから「PがあればQがある」という命題が真であるということは出てこない(裏必ずしも真ならず)。

B:因果関係において証明すべき対象は、「PからQが生じたか」それ自体

@裁判の実態(「あれなければ、これなし」などという単純な枠組みで因果関係の認定がされているわけではない)を直視
A真理命題
     
  ◆4.4 不可欠条件公式による条件関係の判断の限界 
  ◇4.4.1 不作為の因果関係 
  ◇4.4.2 原因の重畳的競合 
  ※原因競合 
    @必要的競合:

A重畳的競合:

B択一的競合:
原因αと原因βのいずれにも結果全部を惹起する力があり、かつ、原因αと原因βのいずれかにより結果全部が惹起されたものの、原因αと原因βのいずれが結果を惹起したのか不明である場合。(民法719条1項後段)

C累積的競合(重合的競合、加算的競合):
原因αと原因βのそれぞれには具体的に生じた結果の一部を惹起する力しかないものの、原因αと原因βが累積することによって結果全部が惹起された場合。
  ◆4.5 因果関係の判断基準時 
    事実審最終口頭弁論終結時の科学技術の知見を基準として判断するのが適当。
←因果関係は、一定時点での過去の行為が原因となって問題の結果が発生したかどうかという事実認定に属する問題を扱う。
  ◆4.6 因果関係の主張・立証責任・・・被害者側 
  ◆4.7 因果関係の証明度・・・「高度の蓋然性」 
     
  ◆4.8 因果関係の立証の緩和 
  ◇4.8.1 因果関係についての主張・立証責任の転換(法律上の事実推定) 
    因果関係の立証面での被害者の負担回避⇒因果関係が真偽不明である場合に、その不利益を加害者が負担する(因果関係が存在するものとして処理される)
    民法719条1項後段:
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。
共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。

加害者不明の共同不法行為(あるいは、択一的競合不法行為)
宅配業者であるA・B・Cそれぞれの配送員が別々の時間帯に荷物を配送するためX宅を訪れ、荷物を配送したところ、この間に、X宅の門から玄関までに至る庭に置かれていた石灯篭が破損されていた場合:
XがA・B・Cの全員もしくはそのうち1人ないし2人を被告として損害賠償請求⇒Xとしては、侵害行為を特定する必要はあるが、(たとえば、Aを被告とするときに)「Aの行為とX所有の石灯篭の破損との間に因果関係があること」を主張・立証する必要はない。
Xとしては、A・B・Cそれぞれの配送員の行為が択一的競合関係にあること、つまり、加害者がA・B・Cの配送員のうち誰かであること(私見によれば、さらに、A・B・Cのほかに行為者はないこと)さえ主張・立証すれば足りる。

原告Xの請求に対する抗弁として、被告とされたA・B・Cそれぞれの側が、「自分のところの配送員の行為と、石灯篭の破損との間には、因果関係がないこと」(因果関係の不存在)について主張・立証責任を負う。

因果関係の存在が「真偽不明」のときには、その不利益は加害者側が負担。
  ◇4.8.2 因果関係の事実上の推定 
    「因果関係についての主張・立証責任は、被害者にある」という点は原則どおりに維持しつつ、因果関係についての事実上の推定がされることがある。

「因果関係を直接に決定づける事実」はいえないまでも、間接的に因果関係の存否判断を与える事実(間接事実)があれば、その事実をもとに、経験的に、裁判官が「加害行為と結果との間には因果関係があった」という心証を抱く場合がある。

その事件は因果関係の存否について「真偽不明」の事件ではなくなり、(他の要件事実が充たされれば)加害者に対する被害者の損害賠償請求が認められる。
     
  ※疫学的因果関係 
   
  ◆4.9 「相当因果関係」の理論について
  ◇4.9.1 責任設定レベルでの相当因果関係 
    我が国の伝統的学説の実務:
民法のいても条件関係だけでは因果関係を認めることはできないとし、「因果関係とは、相当因果関係である」という考え方を採用。

「加害行為と結果との間に因果関係がある」とされるためには、
@条件関係が認められることに加えて、
Aその行為が結果発生にとって相当性を有することが、
必要とされている。

「相当性」はその結果をその行為に帰するのが法的にみて相当であると評価されるということを意味するもの⇒「相当性」の判断は規範的評価を伴う。
    相当因果関係説:
相当性は、行為時に当該行為者が予見していた事情および予見できた事情を基礎として、発生した結果を行為者に負担させるのが適切か否かという観点から判断。

実際の事例で相当性の判断が問題となり得るのは、
・不法行為の当時に特殊な事情が存在したため権利侵害の結果が発生した場合や、
・不法行為の後に特殊な事情が介入して結果の拡大を招いたような場合
(ex.事故後に精神的疲労が重なり、被害者が自殺した場合や、交通事故被害者が搬送先病院で医療ミスで死亡した場合)
    A:「相当因果関係」の考え方を採用しつつ、4.1で述べた因果関係を1個のものとして考える立場(加害行為と「損害」との間の因果関係とする立場)
⇒因果関係の要件は「加害行為と相当因果関係のある損害のみが、賠償される」
〜相当因果関係の要件は、損害賠償の範囲を画するための基準として機能。
B:「相当因果関係」の考えを採用しつつ、4.1で述べた因果関係を2個のものとして考える立場(加害行為と「権利侵害」との間の因果関係と、「権利侵害」と「損害」との間の因果関係の2つに分ける立場)
⇒因果関係の要件は、
@責任設定の因果関係としては、「権利侵害は、加害行為からの相当の結果でなければならない」という、ちょうど刑法の相当因果関係と同じ意味で捉えられ、
A賠償範囲の因果関係は、上記の見解と同様、「権利侵害と相当因果関係のある損害のみが、賠償される」という意義。
  ※相当因果関係論・・・責任設定の因果関係と民法416条の類推適用 
因果関係を2個に分けて考える場合には、416条が類推適用されるのは、あくまで賠償範囲の因果関係についてだけで、これを責任設定の因果関係の場面に類推することはできない。

責任設定の因果関係において相当因果関係説を支持するのであれば、そこでの相当性判断をどのようにしておこなうかは、416条を離れて考えなければならない。

そこでは、刑法における相当性判断の枠組みや、規範の保護目的説・保護範囲論がおこなっている法的・規範的評価の手法などが参考になる。
  ◇4.9.2 相当因果関係の理論に対する批判 
  ◇4.9.3 事実的因果関係説における相当性判断のゆくえ(p56)
    A:「因果関係とは、事実的因果関係である」との考え方を採用しつつ、4.1で述べた因果関係を1個のものとして考える立場(加害行為と「損害」との間の因果関係とする立場)
⇒相当因果関係の理論が相当性判断で問題としているような規範的評価は、因果関係とは別の、保護範囲(5.9で説明)という要件のもとで行われる。
B:因果関係とは、事実的因果関係であるとの考え方を採用しつつ、4.1で述べた因果関係を2個のものとして考える立場

責任設定の因果関係のところで相当因果関係論が相当性判断で問題としているような規範的評価は、因果関係とは別の、規範の保護目的(および危険性関連)という要件のもとで行われる。(4.2のB説)

@「法秩序が禁止規範・命令規範を立てることによって保護しようとした権利・法益の中に、侵害された被害者の権利・法益が含まれるか」という規範的判断が、この要件のもとで行われる。

A被害者の権利・法益に対する侵害が、ある権利・法益に対する侵害から派生したもの(後続侵害)であるとき⇒さらに、「侵害された被害者の権利・法益は、禁止規範・命令規範によって保護されている権利・法益への侵害(第一次侵害)から生じた特別の危険が現実化した結果であると言えるか」という規範的判断(危険性判断)が必要となる。

賠償範囲の因果関係のところで相当因果関係論が相当性判断で問題としておいるような規範的評価は、これまた因果関係要件とは別の、「損害」要件のもとで行なわれることになるとするのが素直。(規範的損害の考え方)
     
第5章 損害 (p57)
  ◆5.1 差額説 
    通説・判例
差額説:
不法行為がなければ被害者が置かれているであろう財産状態と、
不法行為があったために被害者が置かれている財産状態との
差額が損害
     
  ※損害事実説
    差額説
vs.
「事実の確定・評価」に関する問題と「金銭評価」に関する問題とを峻別せず議論している
    損害事実説:
損害とは、不法行為によって被害者に生じた不利益な事実
何を不利益な事実と見るか?
A:個別の損害項目(金額を割りつけられる以前のもの)
B:各種の個別項目を系統立てたときに「最上位」に来る事実(平井)
  「権利侵害」=「損害」

C(潮見):
不法行為がなければ被害者が置かれているであろう事実状態と、不法行為があったために被害者が置かれている事実状態との間に差が生じていること
事実状態比較説
   
  ◆5.2 金額差額説・・・個別客体差額説と総体財産差額説 
    差額説:
損害とは、
不法行為がなかったということを仮定した場合の被害者の財産状態と、
不法行為があったための被害者が置かれている財産状態
の差を金額であらわしたもの。

@損害とは財産状態の差であり、
Aそれが金額の差として示される。

損害にAの要素を入れる

「事実としての損害」@と
「損害の額」A
とを区別しない。
    財産状態の差をどのような観点から捉えるか?・・・多様なものがある。
(a)
権利侵害を受けた対象(客体)の価値に注目する場合(「個別客体差額説」(個別財産差額説))
と、
権利侵害を受けた被害者の財産の全体に着目する場合(「総体財産差額説」)
(b)
不法行為が生じる前の状態を金銭で回復するか(原状回復損害賠償)、
不法行為がなければ推移したであろう事態を想定して、この場合に現在あったであろう状態を金銭で実現するか
     
  ※権利保全費用の賠償請求権 
    @侵害された権利・法益の価値の金銭的保障を得ることや
A権利・法益侵害がなかった状態の金銭による原状回復(原状回復的損害賠償)を受けることができるだけでなく、
B他人による権利・法益侵害からみずからの権利・法益を保全し、侵害により生じ得る損害を回避するための措置に要した費用(権利保全費用)に相当する額の損害賠償も、
その措置が権利者みずからの負担すべき一般的な生活危険を超える危険に対応するためにされたものである場合に(通説の表現によると、相当因果関係の範囲内で)、侵害者側に対して請求することができる。
ex.
店舗経営者が店舗内で頻発する万引き防止のために監視カメラや警備員を措置することに要した費用
近隣の向上から発生する騒音や悪臭を防止するために近隣住民が自宅に防音ガラスなどの設備を設けることに要した費用
     
  ◆5.3 差額説の限界 
  ●第1
判例は、差額説を基礎に据えつつも、交通事故による人身侵害事例で、差額説を貫いた場合に生じる不都合を考慮した修正を加えている。
@事故の前後を通じて現在および将来の所得の減少が認められなくても、それが労働能力低下による収入の減少を回避するための被害者本人の特別の努力など事故以外の要因によるものであって、このような要因がなければ収入の減少が生じているであろう場合や、
A本人が現に従事し、または将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給・昇任・転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあると認められる場合

財産上の損害の賠償を肯定。
  ●第2
  「不法行為によって被害者に生じた不利益な事実」を「損害」と捉えたうえで、これに続けて、この意味での損害を金銭評価する(=損害額を算定する)際に現実の事実状態と仮定的状態との間の差を金銭で評価し、差額計算をしているというように見られる場合:
有価証券報告書に虚偽記載のある株式をつかまされたために虚偽記載が発覚後に株価が下落し、投資家が損失を受けたという場合に、その株式を取得させられたこと自体が「損害」であるとしたうえで、虚偽記載と「相と因果関係」のある「損害の額」を差額計算によって算定した一群の裁判例。

「損害」と「損害の額」を切り離し、
「損害」については、損害事実説に近い位置づけをしているのではないか・・・「差額説」は「損害の額」を算定する場でのみ機能している・・・が窺われる。
このとき、「損害」=「権利・法益が侵害されたことによる不利益な事実」という捉え方による。 
  ●第3
  民訴法248条で、「損害」の証明があたものの、「損害額」について「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」は、裁判所は、口頭弁論の全趣旨および証拠調べの結果に基づき、「相当な損害」を認定することができる。

「損害」と金銭評価と切り離して捉える立場(損害事実説)がその基礎に捉えられている。 
     
  ◆5.4 個別損害項目積上げ方式による差額計算(p61)
    個別損害項目積上げ方式(個別積算方式):
個別の項目(損害項目)を立て、項目ごとの計算を積算することによって差額を算定する方法。
財産的損害・・・被害者の財産に被った損失
非財産的損害・・・慰謝料、法人の場合は信用失墜による事業運営の打撃を内容とする無形損害。
財産的損害:
@被害者が有している財産を失ったとうい積極損害(治療費・修理代金のようなもの)
A被害者が将来得ることができたであろう利益を得られなかったという消極損害(逸失利益とか得べかりし利益)
     
  ※包括一括請求 
    公害・薬害や、集団的な食品被害・労働災害のように、重篤な人身損害を受けた被害者が多数にのぼる損害賠償請求訴訟では、原告被害者側が包括一括請求という手法を採ることが少なくない。
包括一括請求:
加害行為によって生じた全人間的破壊による損害を個別損害項目に解体することなく「総体として包括的に」捉え(包括請求)、そのうえで、多数の原告被害者の請求額に(症度によるランク分けを別とすると)差を設けない(一括請求)という請求方式。
@人間の価値は平等であるとの理念に支えられ、
A加害行為により生活全体か破壊されているのだとの認識のもと、
B個々の被害者ごとの損害の主張・立証活動を展開することによる審理期間の長期化に伴う被害者救済の遅延を回避するとの実践的意義
に基づいて展開。
裁判実務では、包括一律請求の賠償請求も、多くの集団訴訟裁判例で、財産的損害の証明困難による訴訟遅延・被害者救済遅延の回避という点から、許容されている。
     
  ◆5.5 具体的損害計算の原則と抽象的損害計算 
    個別損害項目を積算しながら差額計算をしていく際に、
「損害項目として何を選定するか」という点と、
「その損害項目にどのような金額をあてるか」という点
について
@権利侵害を受けた当該具体的な被害者を基準に決定していくか(=具体的損害計算)、それとも、
A社会生活においてその被害者が属するグループの平均的な人を基準にしていくか(=抽象的損害計算)
という問題。

「損害計算」という言い方をするが、「項目の選定」と「金銭評価」の両面がある。
    通説・判例:
具体的損害計算を原則として、差額計算をしている。

損害賠償の目的は被害者個人に生じた実損額の填補にある⇒被害者の個人的事情を斟酌しなければならない。(最高裁H9.1.28)
    特別法の中では、被害者に具体的な損失として生じたか否かに関係なく、抽象的損害計算のもとで「損害」を算定することが認められている場合。
ex.
特許法102条3項や著作権法114条3項:
無断で他人の特許権や著作権を利用⇒特許権者・著作権者が実施料・使用料に相当する額を賠償請求できる。
     
  ※抽象的損害計算とそれを支える理念・思想 
具体的被害者についての損害項目・金額が確定できないにもかかわらず、なぜ抽象的損害計算の手法を用いて被害者の賠償請求を認めることが正当化されるのか?
憲法の定める平等原則のもとに成り立っている私法秩序

国家によって保障された権利の価値は、それが誰に属するかに関係なく共通であり、
権利に割り当てられる価値の代替物である損害賠償請求権についても、私法秩序がその権利にどれだけの金銭的な価値を与えたかを個々の被害者から離れて確定し、少なくともそうした確定された金額については、被害者が誰であれ最低限賠償してやるべき(そうでなければ、権利を権利として国家が保障した意味がなくなる)、とう理念・理想。

@損害賠償に際しては「抽象的損害計算」が原則とされるべきであり、少なくとも権利の客観的価値に相当する金額については、最小限の損害として賠償を認めるべき。
Aこれによって填補されないない当該具体的被害者の個人的事情に出る部分については、個人的事情に由来する損害項目もしくは金額を当該被害者が具体的に主張・立証することに成功してはじめて、賠償を認めるべき
  ※交通事故損害賠償実務における定額化・定型化の方向 
     
  ◆5.6 人損による逸失利益算定・・・具体的損害計算の修正
  ◇5.6.1 幼児・年少者、学生、専業主婦の場合 
    通説・判例:損失が発生したことのみならずその金額についても、損害賠償請求をする被害者が主張・立証しなければならない。
but
被害にあった当該具体的な個人である5歳の幼児の逸失利益について、将来得たであろう収入を主張・立証するのは不可能。
当該具体的な個人である40歳の専業主婦についても同様。
    通説・判例:
個別の被害者の逸失利益につちえ、具体的な個人固有の収入額や算定資料が存在しない場合でも、労働能力喪失率表・賃金センサスと就労可能期間を基準に、逸失利益の賠償額を算定。
最高裁(昭和39.6.24):
「年少者死亡の場合における右消極的損害の賠償請求については、・・・できうるかぎり蓋然性のある額を算出するように努め、ことに右蓋然性に疑がもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法(たとえば、収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法)を採用することにすれば、慰謝料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出することができ、被害者側の救済に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることともならず、損失の公平な分担の窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副う」

控え目な算定方法
比例原則(過剰介入の禁止、過少保護の禁止)を基礎に据えている。
交通費・医療費・療養介護費等について具体的な支払額の証明書がない場合でも、裁判実務は、経験的に編み出された基準額をもとに、その支出を加害者に命じている。
     
  ◇5.6.2 逸失利益算定における男女間格差問題 
    年少女子の逸失利益について「全労働者」の平均賃金を基準に算定する理由(東京高裁H13.8.20)
@未就労年少者は、現に労働に従事している者とは異なって、多様な就労可能性を有する⇒現在就労する労働者の労働の結果として現れる労働市場における男女間の賃金格差の将来の逸失利益の算定に直接的に反映させるのは、将来の収入の認定ないし蓋然性の判断として合理的なものとは言い難い。
A未就労年少者の将来の逸失利益に、男女の性の違いのみにより、現在の労働市場における男女間の賃金格差と同様の差異を設けることは、未就労年少者の多様な発展可能性により差別するという側面を有している⇒個人の尊厳ないし男女平等の理念に照らして適当ではない。
B・・・・男性の占めていた職業領域にも進出しつつある。
  ※若年非正規雇用労働者の逸失利益 
     
  ※重度知的障害児の逸失利益 
 
後者の裁判例の基礎には、
(a)人間一人の生命の価値を図る基礎として何が適切であるかという点(とりわけ、人間の価値が平等であるとの観点)を考慮すべきであること
(b)健常者の賃金水準には劣るとしても、知的障害者の雇用環境・社会条件が改善しつつあり、社会進出の機会が増えつつある点を考慮すべきこと

「最低賃金額に相当する額の収入」を保障すべきであるとの規範的は価値判断。

得べかりし収入についての将来予測や蓋然性に関する判断という衣をまといつつも、その実質においては、重度の知的障害を負った者にも健常者と同程度の労働による収入相当額を与えるべきか否かという規範的な価値判断が基礎にあり、また、見解の対立の核心を成している。
     
  ※一時滞在外国人の逸失利益 
    最高裁H9.1.28:
短期在留資格で来日してい不法就労していたところ、労災に遭い負傷し後遺障害を残したパキスタン人の逸失利益を判断するにあたり、
一時滞在外国人ぼ逸失利益の算定方法として、
「当該外国人がいつまでわが国に居住して就労するか、その後はどこの国に出国してどこに生活の本拠を置いて就労することになるか、などの点を証拠資料に基づき相当程度の蓋然性が認められる程度に予測し、将来のあり得べき収入状況を推定すべき」であるとしたうえで、
@予想されるわが国での就労可能期間ないし滞在期間はわが国での収入等を基礎とし、
Aその後は想定される出国先での収入等を基礎として
逸失利益を算定するのが合理的。

権利主体(被害者)が自らの労働能力を投入して得ることのできた利益がいくらであるかは、その主体が労働能力を投入する労働環境・生活環境という「場」に即して評価すべきである」との規範的評価が、その基礎に据えられている。
     
  ※公的年金の逸失利益性 
     
  ◆5.7 物損の場合 
    物に損傷がなかったとしたらあるであろう状態をどのように把握し、それをどのように金銭的に評価するのかという観点から捉えられている。
3つのアプローチ:
  第1:物の完全性を回復すために必要な費用(原状回復費用相当額の賠償)を被害者に与える 
修理費用の賠償。
  第2:物の交換価値を金銭で填補するにふさわしい価額を被害者に与える 
等価物としての金額の支払を目的とした損害賠償
  @原状回復費用相当額の賠償とA交換価値の賠償との間は、二者択一の関係。
@の方向での金銭賠償を選択するか、Aの賠償の方向で金銭賠償を選択するかは被害者の自由であるのが基本。 
but
車両損害に関する判例は、
@修理が可能⇒修理するよりも買い替えたほうが安く済む場合を除き、原則として、修理によって原状回復すべき
A修理が物理的または経済的に不可能⇒その物と同種・同等の物を市場で調達するのに要する価格相当額が賠償の対象。
  第3:利用価値の賠償 
@被害者が物を完全な状態で利用することができたにもかかわらず、その使用収益の権限(利用権限)を行使してその物を利用することができなかったために、被害者の総体財産に損害が生じたこと
(ex.加害車両にタクシーが衝突されたことによる代車・休業損害)、
または、
Aその物を完全な状態で利用するこいとができたのと同等の利用可能状態を調達(確保)するために費用を投下したことにより、被害者の総体財産に損害が生じたことを理由に、その填補をする
(ex.加害車両に自家用車が衝突されたことによる修理中の代車賃借料相当額の損害)
という観点からのアプローチ。
    A:交換価値の賠償利用価値の賠償では、後者は前者に包摂されるのではないか
vs.

利用価値の賠償といわれているものの内実は、
(a)「その物の所有権が帰属する権利主体は、その物の所有者として自己に与えられた使用収益の権限を行使して、権利の客体である物を用いてみずからの行動を展開しることにより得ることができた利益を保障すべきである」という観点から、客体としての物の交換価値とは異質な利益としてその賠償が認められるべきものであるか、または
(b)「所有権に由来する使用収益の権限またはその権限を行使することによって得られる利益を保全するために投下した費用は権利主体にその回復を認められるべきである」という観点から、これまた、客体としての物の交換価値とは異質な利益としてその賠償が認められるべきものである。
     
  ◆5.8 損害の主張・立証責任 
    被害者が被った損害のうちで、財産的損害については、被害者が主張・立証責任を負う。
通説・判例のような「差額説」
〜「損害」とは「金額」

被害者は、「損害が生じたこと」という要件事実のもとで、損害の項目のほか、損害の金額についてまで主張・立証しなければならない。
   
     
     
  ◆5.9 慰謝料の算定・・・慰謝料の果たす機能 
    慰謝料について、判例は、
@その算定にあたっては、裁判官はその額を認定するに至った根拠をいちいち示す必要がなく、
A被害者が慰謝料額の証明をしていなくても諸般の事情を斟酌して慰謝料の賠償を命じることができ、
Bその際に斟酌すべき事情に制限はなく、被害者の地位・職業等はもとより、加害者の社会的地位や財産状態も斟酌することができる

慰謝料をいくらと認定するかについては裁判官の裁量的・創造的役割に全面的に委ねられている、
   
慰謝料には、単に精神的苦痛を填補する機能だけでなく、その他の機能も与えられているという指摘。
ex.
被害者が財産的損害の主張・立証に成功しなかったものの、裁判官から見れば、損害発生の高度の蓋然性はないけれど財産的損害をゼロとするのは被害者に酷⇒慰謝料額を決定するにあたり、上記の事情を考慮して金額を上積みしてやることが可能。

慰謝料には精神的苦痛を填補する機能(損害填補機能)だけでなく、「財産的損害を補完する機能」(補完的機能)がある。
    慰謝料の制裁的機能(懲罰的機能):
アメリカ・カリフォルニア州最高裁の判決のわが国での執行が問題となった万世工業事件判決:
最高裁は、懲罰的損害賠償はわが国の「公序」に反するとして、わが国での執行を認めなかった(最高裁H9.7.11)。
わが国においては、加害者に対する制裁や将来における同様の行為の抑止は刑事上または行政上の制裁に委ねられているのであり、不法行為の当事者間で、被害者が加害者から制裁および一般予防を目的とする賠償金の支払を受けることができるとすることは、被害者が被った現実の損害の補填を目的とするわが国の不法行為損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相容れないとされた。
     
  ※損害賠償請求と訴訟物の個数 
    「同一の事故」による「同一の法益への侵害」を理由とする財産的損害と非財産的損害の賠償請求権の訴訟物は1個

裁判所は、被害者の請求額の範囲内であれば、被害者が提示した内訳に拘束されることなく、被害者の提示した慰謝料額を超えて慰謝料を認定してもよい
     
     
  ◆5.10 損害賠償請求の方法
  ◇5.10.1 「一時金」方式と「定期金」方式 
     
  ◇5.10.2 一時金賠償と中間利息の控除 
    逸失利益とか将来予想される介護費用に相当する額を不法行為時に生じた損害として一時金で被害者に取得させると、これを元本として運用した利息分を被害者が利得することになる。

中間利息分をあらかじめ控除して一時金を支払わせるという処理。
     
    @将来において取得すべき利益(たとえば、人身侵害による逸失利益)についての損害賠償の額を定める場合において、その利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは、その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率による。

ヒュ法行為を理由とする損害賠償義務では不法行為の時点、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償債務では義務違反の時点が、法定利率の基準時。
     
     
     
     
     
  ◆5.11 賠償されるべき損害の確定・・・加害行為(・権利侵害)と損害との相当因果関係、さらに民法416条の類推適用論、相当因果関係論、相当因果関係論批判 
  ◇5.11.1 相当因果関係論 
    不法行為の加害者は、加害行為から生じた被害者の財産的・非財産的損失のうちのどこまでを賠償しなければならないか?
2つの問い:
@どこまでの損害項目が損害賠償の範囲に取り込まれることになるか
A差額の算定にあたって、どの金額で評価することになるのか
    通説・判例:
「賠償されるべき損害は、加害行為(もしくは権利侵害)と相当因果関係のある損害に限られる」という考え方。

「差額説」に立つ通説・判例

@「当該損害項目が、加害行為(または権利侵害)と相当因果関係のある損害項目か」という判断と、
A「当該損害項目を金銭評価するときに、どこまでの金額が加害行為(または権利侵害)と相当因果関係のある金額か」
という判断が含まれる。
通説・判例は、不法行為を理由として賠償されるべき損害の範囲を確定するにあたり、
金銭評価の点をも含めて相当因果関係論を採用したうえで、
民法416条を類推適用することにより、
相当性判断を行っている。

@賠償されるべき損害は、加害行為(または権利侵害)と相当因果関係にある損害であるところ、
A債務不履行の効果としての損害賠償の範囲を差段目る416条は、相当因果関係を定めた規定であるから、
B不法行為による損害賠償についても、416条が類推適用される。
(富喜丸事件、大連判大15.5.22)
@まず、416条1項は「通常生ずべき損害」(通常損害)を賠償すべきだとすることで「相当因果関係」の考え方を採用しているところ、不法行為の場合も、当該不法行為により「通常生ずべき損害」の賠償が求められるべきであり、
Aさらに、同条2項は「特別の事情によって生じた損害」(特別損害)であっても、当事者(=債務者)がこの特別事情を予見し、または予見すべきであったときには賠償が認められるとしている
⇒不法行為の場合も、被害者としては特別事情を加害者が予見していたこと、または予見すべきであったことを主張・立証することで特別損害が賠償の範囲に入ってくる。

通説・判例からは、ここにいう「損害」には「金額」も入る
⇒上記のことは、金銭評価についても当てはまる。
     
  ◇5.11.2 相当因果関係論批判(p78)
    批判@:

民法416条は契約違反の場合を対象とした規定⇒不法行為についてこれを妥当させようとするのはおかしい。

債務不履行の場合、当事者は合理的計算に基づいて締結された契約により結合
⇒債務不履行による損害について予見可能性を問題とする意味がある。
but
無関係な者の間で突発する不法行為においては、故意の場合はともかく過失による場合には、損害の予見可能性がほとんど問題となり得ない。
にもかかわらず、416条を類推適用
特別損害の賠償が困難となり、その不都合を回避するために、通常損害や予見可能性を擬制せざるを得なくなる。
    批判A:

相当因果関係の理論は完全賠償原則を前提としてドイツで展開されたものであるところ、
わが国の民法416条は完全賠償責任を採用していない(イギリスの判例を基礎とした制限賠償原則を採用)

416条と相当因果関係の理論を結合すること自体が既に失当。
    批判B:

「相当因果関係」判断の中に異質の作業が混在している。

「賠償されるべき損害は、加害行為(もしくは権利侵害)と相当因果関係のある損害に限られる」という中には、
@加害行為と損害との間の事実的因果関係を確定する作業(過去の事実の復元という事実認定に関する作業)
A加害行為と事実的因果関係にある損害のうち、どこまでの範囲のものを賠償対象とすべきかという規範的価値判断の作業(「保護範囲」を確定する作業)
B賠償されるべき損害をどのように金銭評価するかという作業
の3つが含まれている。

それぞれ区別すべき。

「賠償されるべき損害の範囲」については、
@故意不法行為の場合⇒原則として全損害
A過失不法行為の場合⇒過失の評価規範としての損害回避義務の射程範囲内にある損害
が賠償されるべきとされる。
     
  ◆5.12 弁護士費用の賠償 
  ◆5.13 遅延損害金(遅延利息) 
  ◇5.13.1 遅延損害金の起算点 
    加害者が被害者に対して負担する不法行為に下づ損害賠償債務は、「履行期の定めのない債務」⇒遅延損害金については民法412条3項が適用され、被害者からの催告(請求)を待って遅滞に陥る(=遅延損害金は損害賠償を請求した日の翌日から起算される(初日不算入の原則。民法140条本文))ことになりそう。
    but
判例は、一貫して、「不法行為に基づく損害賠償債務は、なんらの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥る」(初日不算入の原則も妥当しない。)
  ※弁護士費用相当の損害についての遅延損害金の起算点
その損害は不法行為時に発生し、かつ、それと同時に履行遅滞に陥る(判例)
     
  ◇5.13.2 遅延損害金の算定利率 
     
  ※補論・・・相当因果関係についての筆者(潮見説)の考え方★★
  責任設定の因果関係と賠償範囲の因果関係を分ける立場
  ●責任設定の因果関係:
合法則条件公式のもとで捉えられる事実的因果関係と解すべき。
×相当因果関係
責任設定の相当因果関係が問題となる場面において、相当性の考慮でおこなわれているのは、故意・過失ありとされた行為(禁止規範・命令規範に違反する行為)と、具体的に発生した権利侵害の結果とを関連づけることが法的に正当化されるかどうかの評価

この法的評価を過去の事実の復元という意味での因果関係の確定作業から切り離して判断するのが、異質の判断過程を混合しない点で論理的に優れている。
同じ理由で、損害の金銭評価についても、別の次元で捉えるべき。
責任設定面:
×「過失があったかどうか」という評価をする際の行為義務は、現実に発生した具体的な結果から回顧的に(レトロスペクティブに)判断して、「その具体的結果を回避するために、行為者は、あのときに、これこれの行動をすべきであった」というように決められる(平井説)
vs.
〇共同体社会の中で生活している人々に対する禁止規範・命令規範を立てて行動の自由を制約するときには、事前的に(プロスペクティブに)「その行動に出るときには、そこから生じるかもしれないこと(=想定される被害者群(被害者類型)を対象として、事前的に想定されるさまざまな権利侵害)を考慮して、こういう注意深い行動をとるべきだ」というように判断しないと、これから行動を起こそうとする際の人々の行動の自由は保証されない。

責任設定レベルで相当性の判断
と言われているものは、事前的に判断された作為義務に違反した行為と、具体的に発生した権利侵害とを関連づける規範的価値判断であると考えるのが適切。
その規範的価値判断において、
@「侵害された具体的権利が、法秩序が命令規範・禁止規範により保護しようとした権利の中に含まれる」ときには、「その権利侵害は、禁止規範・命令規範の保護目的内のものである」という評価がされ、その権利侵害(第一次侵害)は行為者に対して帰責される。(「規範の保護目的説」と呼ばれる考え方)
A「侵害された具体的権利が、法秩序が禁止規範・命令規範により保護しようとした権利には入っていない(⇒義務射程は当該権利には及ばない)ものの、その権利侵害は、故意・過失による行為により生じた結果から特別に高められた危険が実現したことにより生じたものである」(第一次侵害との危険性関連を有している)ときにも、その権利侵害(後続侵害)は行為者に対して帰責される。
  ●賠償範囲の因果関係: 
損害事実の確定という点では、「損害があったかどうか」の判断の中に組み込まれる

金銭評価の部分を除いた賠償範囲の因果関係の問題は、「不法行為がなければ置かれたであろう事実状態(仮定的事実状態)と、不法行為がされたために置かれている事実状態(実際の事実状態)の差」を「損害」として把握する際に、同時に考慮されている。
不法行為損害賠償制度の目的:侵害された被害者の権利について被害者に割り当てられた価値を金銭で保障することにある(損害賠償請求権の権利追求機能に立脚した規範的損害論)
⇒この事実状態の差は、権利・法益の主体である被害者に割り当てられた価値を金銭で保障する方向で填補されなければならない。(権利の主体に割り当てられた価値の金銭による実現)

決定的なのは、責任設定の因果関係および規範の保護目的該当性の判断により故意・過失行為と関連づけられることとなった被侵害権利の主体に割り当てられ、保障された価値がいくらのものであるかであって、被害者の損失が禁止規範・命令規範の射程(義務射程)に入っているかどうかではない。
@権利侵害の結果として生じた事実状態の差を踏まえて、権利の主体である被害者に割り当てられた価値を金銭で保障するという観点⇒5.5のコラムで述べたように、抽象的損害計算のもとで算定される金額については、最小限の損害としての賠償が認められるべき。
(これへの上積みを図る方向での具体的損害計算も認められるべき)
A権利侵害の結果として生じた事実状態の差を踏まえて、権利の主体である被害者に割り当てられた価値を金銭で保障する場合に、損害賠償の方向は、
(a)権利侵害がなければ被害者が置かれるべき状態を金銭により実現するという前向きの方向での損害賠償と、
(b)権利侵害がされる前の状態を金銭により復元するという逆戻りの方向での損害賠償(原状回復的損害賠償)の2つのものを観念することができる。
いずれを選択するかは、被害者の自由
B上記(a)については、
(i) 権利の客体それ自体の価値を被害者に保持させることを目的とした賠償(権利の客体それ自体の価値賠償)と、
(ii) 被害者が社会生活の中で権利の客体を用いて人格を自由に展開すること(人格権・自己決定権に由来する人格の展開の自由。財産管理・処分の自由を含むもの)によって享受することができた財産状態を被害者に実現することを目的とした賠償(人格の展開の自由が侵害されたことにより、被害者の総体財産に生じた損害の賠償
を観念することができる。 
  潮見説による民法709条の要件事実
@Xの権利が侵害されたこと
AYが行為をするにあたり、Yに故意があったこと。または、Yが行為をするにあたり、Yに過失があったとの評価を根拠づける具体的事実。
B@の権利侵害とAの行為との間に因果関係(事実的因果関係)があること
C@の権利侵害がAの命令規範・禁止規範の保護目的内のものであったこと(を根拠づける具体的事実)後続侵害の場合には、第一次侵害との危険性関連(を根拠付ける具体的事実)
D損害の発生(を根拠づける具体的事実)
E損害の金額
     
第6章 損害賠償請求権の主体  
     
     
     
     
     
  ◆6.2 姓名侵害と損害賠償請求権の相続問題(その1)・・・問題の所在 
     
※   ※不法行為による負傷者が判決までに死亡した場合の処理 
  A:切断説
B:継続説
  判例は、継続性を指示し、
交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合につき、障害を理由とする逸失利益の算定にあたっては「その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特別の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではない」(最高裁H8.3.25)

@労働能力の一部喪失による損害は、不法行為の時に既に一定の内容のものとして発生しているのであって、その後に生じた事由によってその内容に消長をきたすものではない。
A不法行為の被害者がその後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務者がその義務の全部または一部を免れ、他方、被害者ないしその遺族が不法行為により生じた損害の填補を受けられなくなるのは公平の理念に反する。
     
     
第7章 損害賠償請求に対する抗弁(1)  
     
     
     
第8章 損害賠償請求に対する抗弁(2)
  ◆8.1 承前
  ◆8.2  抗弁(その1)・・・過失の評価障害事実
     
  ◆8.3 抗弁(その2)・・・過失相殺 
  ◇8.3.1 過失相殺と裁量減額主義 
     第七二二条(損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺)
 第四百十七条及び第四百十七条の二の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

被害者の過失を認定しても、これを考慮するかどうかは裁判所の裁量に委ねられている(裁量減額主義)。
  ◇8.3.2 過失相殺制度を支える考え方
    被害者に発生した損害を被害者を加害者の負担となった不利益の一部について、「被害者の過失」を理由に、再び被害者に転嫁する制度。
自分に生じる損害を回避したり、減少させたりするための行動が被害者に期待されるときに、そうした行動をとらなかったことによる不利益(損害回避行動の失敗)を被害者に負担させる制度が過失相殺制度。
「被害者の過失=自己危険回避義務違反」
     
  ◇8.3.3 3つのレベルの「被害者の過失」 
    @加害者の不法行為それ自体に「被害者側の過失」が関係することがある
ex.被害者の挑発的な言動が加害者の不法行為を誘発したような場合 
    A損害の発生に「被害者の過失」が関係することがある。
ex.放射能漏れを起こしている施設で防護服なしに作業をしたという場合
    B損害の拡大に「被害者の過失」が関係することもある。
ex.手術後の行為について医師が十分な説明をしていなかったところ、患者側も常識外れのj行動をとったために病状が悪化して入院が長引いた。
     
  過失相殺における主張・立証責任 
    被害者の過失を根拠づける事実は、弁論にあらわれている必要。
⇒被害者の過失を根拠付ける事実については、加害者に主張責任がある。
     
  ◆8.3.4 過失相殺と被害者の責任能力・事理弁識能力 
     
     
     
  ◆8.5 抗弁(その4)・・・被害者の素因 
    損害の発生・拡大の原因となった被害者の素質・・・素因
    最高裁S63.4.21:まず、被害者の心因的素因が損害の拡大に寄与している事件(50日の加療を要するとするとされたむちうち症の10年間もの長期治療)で、このような場合に損害の全部を加害者に賠償させるのは損害の公平な分担を目的とする損害賠償法の理念に反する
⇒民法722条2項を類推適用することで賠償額の減額を認めた。
その後のものとして、最高裁H12.3.24:過労による労働者の自殺。素因減額を否定。
最高裁H4.6.25:
被害者の疾患が損害発生の一因となった事件において、「当該疾患の態様、程度などに照らし」、公平の観点から民法722条2項の類推適用を認める判断をした。
(後発的疾患につき、最高裁h4.6.25.問題の交通事故より以前に、車内で仮眠中に一酸化炭素中毒になったことのあるタクシー運転手のケース。)

被害者の疾患が過去の被害者自身の行為によって後発的に形成された事例。
最高裁は、心臓に先天的疾患を有していた被害者につき、素因減額を肯定した(最高裁H20.3.27)。
「疾患」とは言えない被害者の身体的特徴を賠償額算定にあたり考慮するかどうかにつき、特段の事情の存しない限り、これを考慮しない。(最高裁H8.10.29)
「人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべき」

「日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような」、
「通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者」
の場合は、公平の観点から、賠償額を減額する余地がある。
    以上の4つの最高裁判決
⇒民法722条2項の類推適用という形を借りて、「裁判所は、被害者(側)に過失がない場合にも、加害者に損害の全部を負担させるのが公平に反するときには、自らの裁量により賠償額を減額することができる」という一般命題が、判例法上形成。
    学説:
A:素因を理由とする減額に好意的な立場:
被害者は自己の危険領域内の特別の危険から生じた結果に対して責任を負うべきであるところ(領域原理)、被害者の身体的内部にあり、それゆえに被害者の権利領域に属する素因についてみれば、被害者個人差以上の素因が損害発生に競合したときには、自然力の競合の場合と異なり、生じた損害を加害者に転嫁することはできない。

B:素因を理由とする減額に慎重な立場:
素因が損害の発生ないし拡大にとって原因となったとしても、素因の形成について被害者に帰責性がないときに、なぜその不利益を被害者に負担させ、当該不法行為につき帰責事由のある加害者の減責を肯定するのが正当と言えるのかという疑問。

素因斟酌説は結果的に素因保有者の社会生活への参加・行動の自由に抑止的効果をもたらすことにより、相当ではない。
「加害者は、被害者のあるがままを受け入れなければならない」といの考え方を支持。
    潮見:
素因が存在するとの事実そのものは賠償額決定にあたって直接に考慮されるべきではないが、被害者に素因を発見あるいは統制することが期待可能で、かつ、これに基づいて自己の行動を適切にコントロールすることが可能であったという場合に限り、期待可能な措置を講じなかったという被害者の帰責性を基礎に、賠償額の減額を認めるべきであるという考え

被害者の素因発見・統制義務の違反を理由に賠償額の減額を認める。

損害拡大防止義務の一種だが、一般の過失相殺のいて想定されている義務とは違い、義務の向けられた対象は損害ないし結果の発生・拡大ではなく、素因の発見と統制。
     
  ◆8.8 抗弁(その7)・・・消滅時効 
    民法 第724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
  ◇8.8.1 短期消滅時効 
  ■(1) 消滅時効期間・・・3年 
    被害者が損害と加害者を知った時から3年の消滅時効にかかる。

@証拠の散逸・立証困難
A被害者の感情の沈静化
  ■(2) 起算点
    「損害及び加害者を知った時」

被害者(またはその法定代理人)にとって損害が発生したかどうか、また、誰に対して損害賠償の請求ができるかが不明な間に、損害賠償請求権が時効消滅しないようにするため。

同条1号の消滅時効が進行を開始するためには、被害者にとって損害賠償請求権の行使が現実に期待のできるものであることが必要。

「加害者を知った時」:
加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時」を意味する。
(最高裁昭和48.11.16:被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を正確に知らず、当時の状況においてこの者に対する賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合には、その状況がやみ、被害者が加害者の住所氏名を確認した時、はじめて「加害者を知りたる時」にあたる)

「損害を知った時」:
被害者が損害の発生を現実に認識した時」を意味する。

@被害者が損害の発生を現実的に認識していない場合には、被害者が加害者に対して損害賠償請求に及ぶことを期待することができない。
Aこのような場合にまで、被害者が損害の発生を容易に認識できるというだけで消滅時効の進行を認めたのでは、被害者は、自分に対する不法行為が存在する可能性のあったことを知った時点で、自分の損害賠償請求権を消滅させないために、損害の発生の有無を調査しなければならなくなってしまうが、不法行為によって損害を被った者に対してこのような負担を課すのは不当。
B損害の発生を現実に認識しているのならば、消滅時効の進行を認めても、被害者の権利を不当に侵害することにはならない。
but
損害賠償請求が事実上可能な程度に損害の「発生」を認識すれば足りるのであって、損害の程度や金額まで知る必要はない(判例)。
  ■(3) 継続的不法行為の場合の損害賠償請求権 
  ●@不法行為は継続しているものの、これによる損害が性質上分断可能な被害の場合
(ex.土地の不法占拠、日照妨害) 
分割して把握可能な個々の損害賠償請求権ごとに損害賠償請求権を観念することができ、この個々の損害賠償請求権ごとに消滅時効を観念することができる
⇒個々の損害ごとにその進行が停止した時を起算点とすべき。(個別進行説)
  ●A継続的不法行為による被害を集積し、統一的に把握すべき累積的被害の場合
(ex.騒音・振動や大気・水質汚染による健康被害) 
全体として1個の損害賠償請求権を観念することにより、その累積的性質を損害賠償に反映させることができる
⇒この全体としての1個の損害賠償請求権につき消滅時効を観念し、被害者との関係で継続的加害行為が終了した時を起算点とすべき。(全部進行説)
  ●B不法行為は継続的ではないものの、損害が断続的・継続的に発生する場合 
@Aの区別を参考にして、損害をどこまで統一的に把握することができるかを考え、1つにまとめ上げられるものごとに時効期間の進行が開始。
  ■(4) 弁護士費用相当額の損害賠償請求権 
    弁護士費用相当額の損害賠償請求権の消滅時効:
不法行為時ではなく、弁護士への委任契約時を起算点(最高裁)。

この時点で損害、すなわち、弁護士に対して報酬を支払わなければならないことを被害者が知ったといえる。
     
  ◇8.8.2 生命・ 身体侵害を理由とする損害賠償請求権の短期消滅時効
  ■(1) 消滅時効の特則・・・5年 
     
第9章 使用者の責任・注文者の責任
     
     
第10章 物による権利侵害・・・・工作物席ん・営造物席ん・製造物責任・動物占有者の責任  
     
     
第11章 共同不法行為・競合的不法行為  
     
  ◆11.1 競合的不法行為と共同不法行為 
    複数の人の行為がされた結果として被害者の権利が侵害された場合の2つのアプローチ:
    第1:
Aの不法行為を理由とするYのAに対する損害賠償請求権
Bの不法行為を理由とするYのBに対する損害賠償請求権
Cの不法行為を理由とするYのCに対する損害賠償請求権
を、それぞれ別個に捉えて評価し、
個別的に損害賠償請求が認められるかどうかを認定・判断しているアプローチ。

この個別的な判断の結果として、それぞれの損害賠償請求権で賠償されるべきものとされた損害(額)が重なり合う限りで、各行為者の不法行為責任が重なり合う(競合する)ことになる(連帯債務)。

重なり合う損害(額)の部分については、競合する賠償義務者の誰かが支払えば、他の者に対する損害賠償請求権も、その限りで消滅する。

競合的不法行為。
    第2:
A・B・Cの行為が関連しあっている点に着目して、Xの被った損害について、A・B・Cに連帯して責任(損害賠償義務)を負担することにさせるというアプローチ。

「共同不法行為」のアプローチ。
     
  ◆11.2 競合的不法行為(不法行為責任の競合) 
    競合的不法行為が問題となる場面では、個別の不法行為責任が競合⇒被害者の個々の加害者に対する損害賠償責任を考える上で、要件事実面で特有の問題は、基本的にない。

せいぜい、因果関係(事実的因果関係および相当性)を認定・判断する際に、他の行為者の行為が権利侵害(・損害発生)の原因となっている・・・原因競合・・・という観点から斟酌されることがあるところ。
    but
加害者不明の不法行為⇒明文の規定で因果関係の主張・立証責任が転換。
民法719条1項後段:
「共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする(=各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う)」
と規定。
719条1項後段に基づき、A・B・Cを被告として損害賠償請求をする場合:
@Xの権利侵害
A損害の発生(およびその金額)
B権利侵害行為および行為者として考えられるのがA・B・Cであること
CA・B・Cのほかに行為者がいないこと
DAに故意があったこと、または過失があったとの評価を根拠づける具体的事実
EBに故意があったこと、または過失があったとの評価を根拠づける具体的事実
FCに故意があったこと、または過失があったとの評価を根拠づける具体的事実

この時、被告とされたA・B・Cは、
「自分の行為とXの権利侵害(・損害)との間に因果関係がなかったこと」を、抗弁として主張・立証することができる。
     
  ◆11.3 共同不法行為の基本的な仕組み(その1)
伝統的考え方による場合 
    伝統的な考え方:それぞれの共同行為の間に関連性があることが、故意・過失行為と損害との間の相当因果関係の判断において意味をもつ。

各人の行為が関連共同していることが相当性判断に影響を与え、個別の行為者ごとに損害賠償責任を考えたときには相当性がない賠償が認められない損害についても、賠償対象となり得る
    要件事実:
@
A
B
C
D
E
F
G
H
  ◆11.4 共同不法行為の基本的な仕組み(その2)
最近の考え方による場合 
    伝統的な考え方

各人の行為(個別行為)が不法行為責任のすべての要件を備えていることを要求
vs.
@各人の行為について不法行為のの成立要件が充足される結果として各人は民法709条により損害賠償責任を負い、この損害賠償責任が重なるときには結果的には連帯責任となる⇒民法709条1項前段の共同不法行為を論じる意味がない。
A因果関係の「相当性」の操作次第で、民法709条の不法行為の枠内において同じように評価することができる。
    最近の考え方:
民法719条に民法709条と異なる独自の存在理由を与えるように解釈するならば、関連共同性要件としてと因果関係要件との間の相互関係にそれを求めるべき。
「個別行為を捨象した共同行為」に着目し、民法719条1項前段にあっては「各人の行為の関連共同性」の要件が課されているがゆえに、民法709条の不法行為におけるような各人の行為と損害との間の個別的因果関係は要求されていない。

@「各人の行為の牽連共同性」と
A「共同行為と発生した結果との間の因果関係」
を問えば足り
B個別的因果関係を問題としない(=個別的因果関係不存在の抗弁を認めない)点に、
共同不法行為の特色を見いだす。
    要件事実
@
A
B
C
D
E
FA・B・Cの共同行為を権利侵害(・損害)との間の因果関係
  ◆11.5 関連共同性の意味 
  共同不法行為とされるためには、各人の行為の間に関連共同性が存在する必要。
    A:行為者相互の意思の連絡を必要とするとの主観的共同説
B:意思の連絡は不要であり、客観的に見て関連しあっていれば足りるとする客観的共同説
    山王川事件(最高裁昭和43.4.23)
「共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときには、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責任ずべきであ」るとの一般論

客観的共同説を採ることを示唆。
    どのような場合に客観的関連共同性があるか?
場所的近接性・時間的近接性
「拡大された注意義務」(共同行為者として、相互に他人の権利を侵害しないように協力する義務)と「集積の利益」(複数の行為者が共同で行為をすることにより利益を受けていること)を要求したり
危険共同体ついての一体性や利益共同体としての一体性を要求したり
する見解
     
  ※最近の考え方のまとめ・・・・大東水害訴訟第1審判決
    「一般に、共同不法行為が成立するためには、各人の行為がそれぞれ独立して不法行為の要件(故意・過失、権利侵害(違法性)、損害の発生、因果関係、責任能力)を備えていること及び行為者の間に客観的な関連共同性が存在することが必要である。しかし、右要件のうち、各人の行為と結果発生との間の因果関係については、共同行為と結果発生との間の因果関係の存在をもって足りると考えるべきである。けだし、各人の行為と結果発生との間の個別的因果関係の存在を必要とするときは、その立証がなされた場合は各人は当然に民法709条による責任を負うことになり、行為の関連共同性という要件を附加するところの共同不法行為の規定は無用のものとなるからである」。
  ◆11.6 共同不法行為の効果 
  ◇11.6.1 全額連帯責任とその緩和(p182)
    民法719条1項前段:

「賠償されるべきであるとされた損害総額」について、行為者各自が全額賠償責任を負う。

(細かなことを言うと、過失相殺が問題となって「相対的過失割合による過失相殺」がされたときには、共同行為者ごとに金額がかわってくることがあるが、その場合には、共通部分についての全額連帯ということになる。)

共同行為者が原因力の大小等を問題とせずに全額につき連帯関係に立つことが共同不法行為の特色
    but
共同不法行為の成立にほんのわずかだけしか関与していないのに、全額の賠償責任を負わせるのは酷にすぎるのでないかという問題提起

「加害者側の原因の与え方に大小の差がある以上、各自の与えた原因が共通する限度で連帯責任を認め、残りは、より多く原因を与えた者の個人的賠償義務とすべきである」との理論。
(一部連帯の理論)
   
結果発生に弱い関連共同性しかない者には、その者の結果発生への関与が少量ならば、全部責任を負担させられることとなる不合理を避けるため、分割責任の抗弁が認められる可能性。
全部連帯責任を緩和する理論:
A:割合的因果関係の理論
vs.
@結果発生の原因力のみを基準とすることへの批判
A因果関係要件は「ある結果を、その行為者の行為に帰することができるかどうか」を判断するものであって、まさに「あるか、ないか」の判断しか行い得ないもの。

〇B:寄与度減責の理論:
交通事故・公害等の下級審裁判実務で比較的多様されている。
因果関係という事実認定レベルではなく、規範的価値判断レベルでの賠償額限定基準として「寄与度」を捉えるもの(評価的寄与度)、理論的・体系的には、より洗練されたものとなっている。
  ※公害被害特別法上の寄与度減責の理論 
    寄与度減責の考え方は、特別法上でも、大気汚染防止法25条の2で採用:
「前条第1項に規定する損害が2以上の事業者の健康被害物質の大気中への排出により生じ、当該損害賠償の責任について民法719条1項の規定の適用がある場合において、当該損害の発生に関しその原因となった程度が著しく小さいと認められる事業者があるときは、裁判所は、その者の損害賠償の額を定めるについて、その事情をしんしゃくすることができる
(水質汚濁防止法20条にも同趣旨の規定)
  ◇11.6.2 「弱い関連共同性」と寄与度減責の抗弁 
    共同不法行為のすべての場合に寄与度を考慮して責任の減額を認めたのでは、民法が設けた共同不法行為制度が崩壊

共同不法行為の中には、
@寄与度減責が認められない共同不法行為と、
A寄与度減責が認められる共同不法行為
の2種類がある。

@強い関連共同性あり⇒寄与度減額の抗弁は認めない
A弱い関連共同性しかない⇒寄与度減額の抗弁を認める
    西淀川第2次〜第4次訴訟第1審判決(大阪地裁H7.7.5):

共同行為に客観的関連性が認められ、加えて、
@共同行為者間に主観的な要素(共謀、教唆、幇助のほか、他人の行為を認識しつつ、自己の行為とあわさって被害を生じることを認容している場合等)が存在したり、
A結果に対し質的にかかわり、その関与の程度が高い場合や、
B量的な関与であっても自己の行為のみによっても全部又は主要な結果を惹起する場合など
(=強い共同関係)

共同行為の結果生じた損害の全部に対し責任を負わせることは相当であり、共同行為者各自の寄与の程度に対応して責任の分割を認める必要はないし、被害者保護の点からも許されない

そうでない場合、すなわち、
右のような主観的な要素が存在しないか、希薄であり、共同行為への関与が低く、自己の行為のみでは結果発生の危険が少ないなど、
共同行為への参加の態様、そこにおける帰責性の強弱、結果への寄与の程度等を総合的に判断して、
連帯して損害賠償義務を負担させることが具体的妥当性を欠く場合
(=弱い共同関係)

各人の寄与の程度を合理的に分割することができる限り、責任の分割を認めるのが相当
  ※「強い関連共同性」・「弱い関連共同性」の峻別と条文上の根拠(p184)
    公害判例を中心に、「強い関連共同性」・「弱い関連共同性」を区別し、後者についてのみ「寄与度減責の抗弁」を認めるというのが、有力な見解。
A:「強い関連共同性」がある場合には民法719条1項前段を適用し、「弱い関連共同性」しかない場合は民法719条1項後段の類推適用により処理する見方が示されることがある(大阪地裁H3.3.29)。

民法719条1項前段は全額連帯責任を定めているものであるところ、「強い関連共同性」がある場合には、いかに各自の寄与度が明らかであったとしても、責任の分割は認められず、共同行為者各人は全損害について賠償責任を負担しなければならない⇒民法719条前段によって処理される。

民法719条1項後段は、全額連帯責任から「個別的因果関係」の不存在の立証を理由として個々の行為者のを免責するための規定であって、そこでは損害の発生に100%因果関係がないとの立証に成功した者を解放することが定められているところ、たとえば損害の発生について10%しか寄与していない行為者も、その立証に成功すれば、90%についての賠償責任から解放されてより(減責が認められてよい)⇒民法719条1項後段の準則を類推して処理すればいい。
vs.
「事実的因果関係の不存在を理由とする抗弁」と「寄与度という規範的評価に基づく抗弁」とを同列に論じている点で問題。
B:「強い関連共同性」のある場合も「弱い関連共同性」しかない場合も、ともに民法719条1項前段の適用問題。
vs.
@民法719条1項前段に寄与度減責の抗弁が認められる場合と認められない場合とが混在していることとなり、民法719条1項前段の準則を曖昧なものとする
Aそもそも全額連帯責任を命じることで被害を救済するという共同不法行為の制度の趣旨そのものを没却しかえんあい。
     
  ◇11.6.3 共同不法行為制度の根幹・・・全額連帯責任 
  ■(1) 共同不法行為・・・・全額連帯責任 
    共同不法行為は、個別行為を理由とする反論を許さないほどに強力な連帯責任を効果を共同行為者間に作り出す制度

各人の行為が社会観念上一体をなすと認められるべき程度にまで関連づけられていて、かつ、その一体的行為と損害との間の因果関係が認められればそれだけで共同不法行為が成立し、どの部分について因果関係や個別の寄与が存在するかについて被告の反証による減額も許さないと考えるのが一貫する。
個別的因果関係や個別的行為の寄与度・割合等を持ち出して、これをもとに減免責を認めることは、民法719条1項の趣旨に反する。
    最高裁H13.3.13:
交通事故と医療過誤の連鎖した事例(交通事故に遭って搬送された患者が医師の過失により死亡したという事件)
「共同不法行為」としつつ過失相殺割合算定にあたって損害額を共同行為者間で寄与度に従い割り付けるのを否定した文脈で
本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たる⇒各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべき。
本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はない⇒被害者との関係においては、各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し、各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当。

共同不法行為によって被害者の被った損害は、各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして、各不法行為者はその全額を負担すべきものであり、
各不法行為者が賠償すべき損害額を案分、限定することは連帯関係を免除することとなり、
共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し、これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり、
損害の負担について公平の理念に反することとなる。
  ■(2) 寄与度減額類型・・・競合的不法行為の中の特殊類型 
    寄与度減額が認められるとされている「弱い関連共同性しかない共同不法行為」と言われているものは、民法719条の共同不法行為ではなく、単に民法709条の不法行為責任が競合しているにすぎないのであって、それぞれ個別の不法行為責任が損害(額)の面で競合している限りで連帯しあっている競合的不法行為の1場合。
    被害者保護という政策的観点⇒全額連帯責任と構成したうえで、
一定の場合に寄与度に関する主張・立証責任が転換された競合的不法行為
として捉えるべき。
    寄与度に関する主張・立証責任の転換を正当化するためには、
被害者保護の必要性を語るだけでは足りず、
民法719条1項後段なみの関連共同性を各自の行為の間に要求すべき。

←寄与度減責の抗弁は個別的因果関係不存在の抗弁の延長線上で考えられている。
     
  ◆11.7 重合的競合(累積的競合)と寄与度についての主張・立証責任の転換(4版p190) 
  ◇11.7.1 重合的競合(累積的競合)の意義
    複数の行為が関与して結果が発生した場面であるものの、個々の行為だけでは結果の一部を惹起させることができても、全部の結果を惹起させる可能性がなく、いくつかの行為が積み重なってはじめて全部の結果を惹起させることができる場合、すなわち、全部惹起力のない複数原因が累積して1つの損害が発生した場合。
ex.身体に有害な物質αを含む煙をA・B・Cが大気中に放出し、これを吸ったXが健康被害を受けた例で、A・B・Cそれぞれが放出したαの量は単独ではXに生じた健康被害の結果の全部を惹起するのに十分ではないものの、A・B・Cすべての煙が重なり合うことによってXの健康被害の結果の全部が惹起されたという場合。
  ◇11.7.2 重合的競合(累積的競合)と寄与度減責・・・民法719条1項後段の類推適用 
    判例:民法719条1項後段の類推適用により、複数行為者の寄与度(集団的寄与度)に応じた連帯責任を認めている。(最高裁R3.5.17:建設アスベスト訴訟)
〜判例による法創造というべきもの。
    前提:
(i) 複数行為者の行為の結果が被害者の側に相当回数にわたって到達しており(各自の行為が結果の一部を惹起したこと(到達の因果関係))
(ii) 複数行為者の行為により惹起された損害が被害者に生じた損害全体の「一部」であり、
(iii)各行為者の行為が個別に被害者に対してどの程度の影響を与えたのかが明らかでない
という特徴を有する事件類型。
(具体的には、建設現場で用いられたアスベスト含有建材により労働者に生じた人身侵害が問題となった事案
@重合的競合(累積的競合)において、複数行為者の行為が損害の全体の一部についてのみ影響を与えている場合は、複数行為者は、「行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で」連帯して損害賠償責任を負う(集団的寄与度に応じた割合的連帯責任)。
A複数行為者の行為の寄与度(集団的寄与度)については、被害者が主張・立証責任を負う。
B行為者が寄与度に応じた割合的連帯責任を個別に減免したいときには、その行為者は、損害の全部または一部につき個別的因果関係が存在しないことについて主張・立証しなければならない(ン民法719条1項後段の類推適用による立証責任の転換)。

上記(ii)に関して、複数行為者の行為により惹起された損害が被害者に生じた損害の「全部」である場合をどのように処理すべきかを直接に扱うものではない。
この場合、
@複数行為者の全額連帯責任になるとしたうえで、
A個々の行為者からの寄与度減責の抗弁を認める(民法719条1項後段の類推適用による立証責任の転換)のが、この法理と整合性を有する。
この法理は、各行為者の行為が個別に被害者に対してどの程度の影響を与えたのかが明らかである場合:
寄与度が明らかな行為者との関係では、各行為者の個別的寄与度に応じた単独責任(個別的寄与度に応じた分割責任)と捉えるのが整合性を有する。
   
  ※累積的競合(または重合的競合・加算的競合) 
    複数の行為が関与して結果が発生した場面であるものの、「強い関連共同性」が認められない場面であり、また、複数原因の択一的競合(=原因αと原因βのいずれにも結果全部を惹起する力があり、かつ、原因αと原因βのいずれかにより結果全部が惹起されたものの、原因αと原因βのいずれが結果を惹起したのかが不明の場合(p48))(4.8.1、11.2)や重畳的競合(=原因αと原因βのいずれにも結果全部を惹起する力があり、かつ、原因αと原因βによって結果全部が惹起された場合(p48))(それぞれの行為に結果全部の惹起力がある場合。4.4.2)にも当たらない場面。):
個々の行為だけでは・・・結果の一部を惹起させることができても・・・全部の結果を惹起させる可能性がなく、いくつかの行為が積み重なってはじめて全部の結果を惹起させることができる場面(全部惹起力のない複数原因が累積して1つの損害が発生した場面)を、累積的競合(または重合的競合・加算的競合)と称する見解が、一部で有力に主張。

この場合、
@全部の結果に対する各行為者の寄与度が明らか⇒A・B・Cはそれぞれ自己の寄与度に応じた分割責任を負担。
A各行為者の寄与度が不明⇒100の結果につき、A・B・Cは連帯して被害者に対し損害賠償責任を負い、他方、A・B・Cは、抗弁として、みずからの寄与度を主張・立証することにより、自己の責任を減額することができる。
vs.
Aについて、このことを定める明示の規定がないにもかかわらず、解釈論として肯定することができるのか、疑問。
    潮見:
ここで想定されているのは、「弱い関連共同性しかない共同不法行為」の1場面であるところ、
そこでは、被害者を保護するとの政策的理由から、寄与度に関する主張・立証責任が転換された競合的不法行為が問題となっている。

単に寄与度不明を理由に主張・立証責任の転換を認めるのは相当ではない

@各自の全額賠償責任を原則とする以上、寄与度が不明と言えるほどに複数行為者の行為が一体として把握されるものであることが要求されるべき。
時間的・場所的近接性は最低限必要
Aここで、民法719条1項後段の法意を類推
⇒同項後段の場合と同様、
累積した一体としての行為に関与した主体の特定、すなわち「行為者として考えられるのがA・B・Cであること」と「A・B・Cのほかに行為者はいないこと」の主張・立証は必要。
(複数行為者の行為の一体性+行為者の人的範囲の特定)
Bまた、累積的競合であること、すなわち、各自の行為から結果の一部が発生していること(各自の行為が結果(の一部)を惹起したこと。「到達の因果関係」と呼ばれるもの)の主張・立証は必要。
     
  ◆11.7 共同不法行為者間の求償権(3版p188)
規定 
(旧法)
民法 第719条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
民法 第442条(連帯債務者間の求償権)
連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、他の連帯債務者に対し、各自の負担部分について求償権を有する。
2 前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。
    「共同行為者の内部的負担部分は、各自の過失割合によって」きまる。(判例) 
    一部弁済⇒改正前民法下の理論と違い「自己の負担部分を超える額」を弁済しなくても、求償することできる。
(民法442条新規定)
     
  ◆11.8(4版p192)
    民法719条1項⇒共同行為者は、各自が連帯して損害賠償をする義務を負う(連帯債務)
この関係には、民法の債権総則の連来債務に関する規律が適用される⇒民法442条以下の規定従って求償。 
    平成29年(2017年)の民法改正前の判例法理:
「共同行為者の内部的負担部分は、各自の過失割合によって」きまる。
    一部弁済をした者は、改正前民法下の理論と違い、「自己の負担部分を超える額」を弁済しなくても、求償することができる。
民法442条1項「その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず・・・」
     
  ※共同不法行為と使用者責任とが交錯する場面における求償権 
    AとBの共同不法行為によりXの権利が侵害され、AがCの被用者であり、Aの行為がCの業務の執行についてされたものであった場合の求償関係:
ex.C運送会社の従業員Aの運転するトラックとBの運転する軽自動車が信号機のない交差点で衝突し、軽自動車がXの所有する建物に突っ込んで破壊。
     
  ◆11.9 共同行為者の1人について生じた事由の影響(4版p193) 
   
     
     
     
第12章 差止請求と損害賠償  
     
     
第13章 名誉毀損および人格権・プライバシー侵害  
  ◆13.1 名誉毀損と人格権・プライバシー侵害 
     
  ◆13.2 名誉と名誉毀損の意義 
    名誉:人がその品性、徳行、名声、信用その他の人格的利益について社会から受ける客観的評価
    名誉毀損:「被害者の社会的評価」が保護法益。
    主観的な名誉感情(自分自身の人格的価値についてみずからが有する主観的な評価)の侵害だけでは、いまだ名誉毀損とはならない。
but
「人格権侵害」を理由とする救済の可能性はある。
   
※新聞記事・テレビ報道による名誉毀損と社会的評価の低下
    他人の社会的評価を低下させるかどうかについては
当該記事についての「一般の読者の普通の注意と読み方」、
当該報道についての「一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方」
を基準として判断すべき。
     
  ◆13.3 名誉毀損の免責法理
・・・・真実性の抗弁と相当性の抗弁 
   
  ※名誉毀損の免責法理と基本権相互の均衡問題 
    名誉毀損の免責事由(違法性阻却事由)が語られる際に問題となっているのは、
@「自己に対する社会的評価」につき被害者が有している人格的利益と、
A名誉毀損をおこなったとされる行為者が有している言論・報道の自由や思想・信条の自由との間で、どのような較量をおこなうかという基本権レベルでの調整。
  ◇13.3.1 真実性の抗弁
    行為者が、
@摘示された事実が真実であること、
A適示された事実が公益の利害に関する事実にかかるものであること
B事実摘示がもっぱら公益を図る目的にえでたこと
を主張・立証したときには、その行為には「違法性」がない。
(最高裁)
   
(a)「真実の事実の摘示といえでも、一般的には人の社会的地位を低下させるものは名誉毀損を構成する」と考えたうえで
(b)「公表事項の公共性」と「公益目的での公表」という2つの要件を満たした場合にのみ、
例外的に不法行為責任を阻却する。
     
  ◇13.3.2 真実と信じたことについての無過失の抗弁(相当性の抗弁) 
    行為者は、適示された事実が真実であることを立証できなくて、
「行為者において、その事実を真実と信じるについて相当の理由がったことを根拠づける具体的事実」を主張・立証することで、名誉毀損の理由とする責任を免れることができる。

故意・過失がなかったとされる。
    「適示された事実が周知のものとなっていた」という事実(周知性)を主張・立証するだけでは足らない。
←周知性は、その事実が真実であるということへの信頼を基礎づけない。

@信頼すべきところから材料を入手したことと、
Aその真実性について合理的な注意を尽くして調査検討したこと
が不可欠。
    配信サービスの抗弁:
アメリカ法において展開された理論をもとにしたもので、
掲載記事中で配信元が明確にされているという場合には、
「取材のための人的物的体制が整備され、一般的にその報道内容に一定の信頼性を有しているとされる通信社からの配信に基づく記事については、裏づけ取材をしなくても、真実を伝えるものであると信じるについて相当の理由がある」というもの
vs.
判例:
信頼性のある通信社から配信されて掲載した記事が
「私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とするものである場合」に、このような配信サービスの抗弁を認めていない。

最高裁H23.4.28:
新聞社が通信社からの配信に基づき新聞に記事を掲載した場合において、両者が報道主体としての一体性を有すると評価することができるときは、通信社が配信記事に摘示された事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、通信社が配信記事に摘示された事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、特段の事情のない限り、新聞社が自己の掲載した記事に摘示された事実を真実と信じるについても相当の理由がある。
行為者が刑事第1審の判決を資料としてその認定事実と同一性のある事実を真実と信じて適示したという場合には、特段の事情がない限り、摘示した事実を真実と信じるについて相当の理由がある。(最高裁H11.10.26)
     
     
  ◆13.4 意見・論評による名誉毀損 
    意見(論評も同じ)には意見で対抗すべきであって、意見によって名誉が毀損されても、裁判所に法的救済を求めることは許されるべきでない。

そう考えないと、憲法の保障する思想・信条の自由が保障されなくなってしまう。
意見の表明によって社会的評価が下落したとしても、それが人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、その意見・論評が合理的か不合理かを問わず、およそ不法行為責任の成立が否定される。

このように解することで、基本権としての意見・論評を表明する自由が手厚く保護されている。
    行為者が意見ないし論評として表明した事柄が「法的な見解の表明」であって、裁判所が判決等によって判断を示すことができるものであったとしても、異ならない。
    「意見の表明」による社会的評価の体かを理由⇒名誉毀損を理由とする不法行為責任が成立しない。
「意見の表明」がされたことで社会的評価が低下したときに、「意見や論評をする際の基礎ないし前提となった事実」の摘示により社会的評価が低下した点を捉えて、名誉毀損の不法行為責任を追及していく可能性はあり。
判例:
ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、
@その行為が公共の利害に関する関する事実にかかり、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に、
A意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、
人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠く(真実性の抗弁)。

B意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意または過失が否定される(相当性の抗弁)。
(最高裁H9.9.9)
     
     
     
  ◆13.5 人格権・プライバシーの権利の意味・・・総論 (4p214)
    人格権:
人間の尊厳に由来し、
@人格の自由な展開の保障(個人の自律・自己決定の保障、行動の自由、思想・信条の自由の保障など)や、
A個人の私的生活領域の平穏の保護(氏名・肖像などの保護)
を目的とする権利。
     
     
  ◆13.6 平穏生活権としてのプライバシーの権利(4p215)
     
    平穏生活権としてのプライバシー権を捉える見方

個人の私的生活空間や個人が秘密とする事柄について、他社による干渉からの保護を求めることができる権利。
私事をみだりに公開されないという保障は、個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障するうえで、必要不可欠なもの。
    @一般人の感受性を基準に判断したとき、当該私人の立場に立ったならば公開を欲しないであろう事柄であって、
A一般の人にいまだ知られていないものであったかどうか
が決め手となる。
そのうえで、
Bその事柄の公開によって、当該具体的個人が実際に不快・不安の念をおぼえたことが必要。
さらに、「私事をみだりに公開されない」ことが「権利」として法的の保護されるためには、
C問題の事項につき社会が関心を持つことが正当とは言えないものであることが必要。
    プライバシーの権利の輪郭は、「社会の正当な関心がどこまで認められるか」という評価との関連の中できまってくる。
とりわけ、平穏生活権としてのプライバシーの権利は、「知る権利」や表現の自由・報道の自由との衝突を考慮しながら内容を確定する必要。
特に、公共の制度・利害に直接関係がある場合には、公開の目的に照らし合理的な一定範囲内で私生活の公開は許される。
     
     
     
     
第14章 医療過誤・説明義務違反  
     
     
     
  ◆14.3 因果関係 
     
    「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定される」(最高裁H11.2.25) 
「患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない」
    「権利侵害」の箇所での述べた「生存可能性(延命利益)」が独立の権利・法益になる場合との関係:
民法709条の「権利」として「生存可能性(延命利益)」が問題となるのは、診療上の過失と「生命」侵害との間での「高度の蓋然性」が認められないときに、せめて「生存可能性(延命利益)」を権利・法益として逸失利益賠償に到達したいという考慮が働く場合。
「生存可能性(延命利益)」について言及した判決(最高裁H12.9.22):
疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、
右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、
医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当。
ここでは、
@権利・法益該当性に関する判断、すなわち、患者が生存していた相当程度の可能性に関する判断と、
A責任設定の因果関係に関する判断、すなわち、「医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」があることの判断が、
同時に行われているものと見ることができる。

Aにおいては、因果関係の証明度が高度の蓋然性から相当程度の可能性へと緩和されているものと見ることが素直。
     
     
     
     
     
第15章 自動車損害賠償保障法条の運行供用者責任